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【短編小説】 ラビオリ


18時過ぎに自宅の最寄り駅で待ちあわせた。何軒か店をめぐって、夕飯の材料を買い集めていく。今夜はラビオリを食べようって、昨日のうちから話しあっていた。けれど駅前の店をめぐっても材料を調達することができなかった。

はっきり言って、とても落胆していた。すでに自宅には、ラビオリにあわせたワインボトルが用意されている。海鮮系のラビオリにはさっぱりとした白ワイン。例えば、ミートやチーズ系のラビオリだったらフルボディの赤ワイン。キッチンテーブルで栓を抜かれるのを待っている。

ミートソースにチーズをたっぷり含ませた様子をイメージする。そんなラビオリにはきっと、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルローなどのフルボディの赤ワインがよくあうだろう。チーズのクリーミーさを引き立てる。想像しただけでもうつくしい食事。

ラビオリは比較的重ためな料理だから、バランスをとるために新鮮な生野菜のサラダを用意しよう、と僕は言った。

「良い選択だね、それは」と君が答える。「例えば、ロメインレタス、トマト、キュウリ。ベルペッパーなんて入れてみたらどう?」

僕は無条件に頷いた。「ドレッシングは軽めのバルサミコ酢で」

「そうに決まっている」と君は笑顔で言った。



ラビオリの横にはぱりぱりとした食感のガーリックブレッドが添えてみるのもいい。ラビオリと一緒に食べてもいいだろうし、ソースをつけて食べるのにも適している。

しかし、町のパン屋をのぞくと、棚にチーズドッグが2つ並んでいるだけだった。

「今日はもう売り切れてしまったの」

レジの前で売り上げを計算していた店主の妻に言われて、僕たちは非常に残念がった。「しかし、店が忙しいというのはいいことです」

店主の妻は笑いながら自分の肩を叩いて、「疲れちゃったわ」と言った。

「ゆっくり休んでください」と僕たちはあいさつをして店をあとにした。



僕たちは途方に暮れていた。商店街の真んなかに立って、どうしようか、と顔を見あわせていた。頭のなかで思い描いていた、理想の夕食を実現するための材料が揃わないのだから。それはパズルにとりくむ前にピースの不足を知ってしまったときの心境によく似ていた。

僕はパズルがあまり得意な子供じゃなかった、と僕は言った。

「そうなんだ。でもそれとこれがどう関係しているの?」

「わからない。でも、なにかを組みあげて物体を完成させることよりも、物体そのものをつくることに興味を持っていた。僕はパズルを組みたてるよりも、パズルそのものをつくりたいと思った。そして、つくったパズルを組みたてるのは僕じゃなくてもいい。それは、パズルを組みたてるのが好きな人がやればいい。
 つまり、僕たちは頭のなかで思い描いていた「理想の夕食」を再現するよりも、もう一度、「理想の夕食」そのものをこしらえて、いかないといけないんだよね。なぜなら、ピースの大部分がなくなってしまっているから」

「ほかのパスタ料理を試してみるのはどうだろう?」

「それはとてもいい考えだね」

僕たちはパスタ売り場へと移動した。棚に並ぶ商品ひとつひとつに目をやり、気になったものがあれば手にとった。ラザニアはこの前食べたばかりだし、スパゲッティは……いささか特別感に欠けるし。そして、君がビニールで包装されたフェットチーネ・アルフレドを手にとろうとしたとき、これだ、と思った。まさに、これだ、って。僕たちは顔を見あわせた(と思う)。

ソースはミート系。チーズをたっぷり含ませて。それから……ポルチーニ茸のクリームソースはまだ家に残っているかな? ほら、数日前に君の家にお邪魔したときにつくったソースだよ。

あー、あれね、と君は視線を持ちあげた。あれはね、どうだっただろう、確か……そして君はまっすぐ僕の目を見て言った。「1人前程度は残っていると思う」

それじゃあ、決まりだね。



僕たちはビニールで包装されたフェットチーネ・アルフレドを1袋、購入した。はい、マイバッグを持っています、と僕は答えた。そしてスマートフォンをバックパックのポケットからとりだしてQRコードを読みこんでもらった。小気味よい音が鳴ってまもなく支払いは完了した。僕たちは自宅に向けて歩きだした。

家に着くと、デジタル時計には19時と表示されていた。


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