「頭がよくならない絵本」を作り続ける絵本作家の頭の中〜『すしん』たなかひかる~
お笑い芸人の世界からキャリアをスタートし、絵本や漫画へと表現の世界を広げているたなかひかるさん。2019年に出版した初の絵本作品『ぱんつさん』では第25回 日本絵本賞を受賞するなど、大躍進を続けています。
今回はそんなたなかさんに、新刊『すしん』の刊行を記念して絵本づくりに欠かせない必需品を3つ、教えてもらいました。
★過去の連載はこちら
--------------------------------------------------
★インタビューに入る前に…まずは、たなかひかるさんワールド炸裂!『すしん』の一部の試し読みをどうぞ!
唯一無二の作風を支える必需品は、コレ!
ネットで見つけた腰ベルト
実は『パンツさん』の授賞式前日まで入院してました
――本日は新刊『すしん』刊行直後のお忙しい時にありがとうございます。早速ですが、たなかひかるさんの絵本づくりに欠かせないアイテムの筆頭として挙げられたのは腰ベルトでした。
担当編集:私、こういうガードナーベルトをネットで見たことがあります。腰に巻いておくとウエストがきゅっとしまるっていう…。
たなか:もうね、僕、腰をやって(壊して)しまいまして。実は、はじめてつくった絵本『ぱんつさん』の日本絵本賞の授賞式の前日までヘルニアの手術で入院してたんですよ。授賞式でも、立ち上がったりする時に、ずっと脂汗をかいていましたね。しゃべってるだけでもしんどくて…。
――なんと! そんな大変なことになっていたんですね。どのくらい入院していたんですか?
たなか:10日間くらいです。人生初の入院生活でした。コロナ禍で外に出なくなって、運動量がガクンと減ったのが原因だと思います。「腰がだいぶ悪いかもな」っていう自覚はあって、病院へ行こうと思って外出したとき、マンションのエントランスでぎっくり腰になって倒れたんです。ほんまに動けなくなって、通りすがりのマンションの住人の方に救急車を呼んでもらって、そこから緊急入院でした。
――それは大変なことでした。腰は一度痛めると治りづらくて厄介ですね。
たなか:身体が痛いと、なんか色々と考えられなくなってくるじゃないですか。痛いところに神経が集中してしまうというか。それでやっと集中し始めると、今度は腰に負担をかけてしまう。お医者さんに同じ姿勢を続けるのは良くないとすごく言われるので、1時間に1回は立たなきゃ、とかすごく意識しています。でも「ちょっとやばいな」って時はこのベルトをつけるんです。
――腰を痛めたことで仕事のスタイルは変わりましたか?
たなか:それまでは椅子も適当な事務椅子で「こんなん座れたら何でもええよ」とか思っていたんですが、仲のいい漫画家さんに「いや、たなかくん、俺らが一番長く過ごしている場所ってどこや? 椅子やぞ」と言われまして。椅子にはお金をかけてくださいっていうアドバイスを受けて、ちょっといい椅子を買いました。全然違うものですね。あとは散歩など意識的に身体を動かすようにしています。
――今は絵本と漫画、どのような比重でお仕事されているんですか?
たなか:これまでは漫画にかけている時間が一番長かったと思います。連載もありましたし、(漫画キャラクターの)広告などもさせていただいていたので。でも今は毎週〆切がある生活から一旦離れて、少し休みながら絵本に集中しています。
――もともとギャグ漫画がお好きなんですよね。
たなか:そうですね。風間やんわり(『食べれません』)さんや、和田ラヂヲさんなどが作る「不条理ギャグ」が好きです。今、商業誌ではああいう不条理ギャグ漫画がどんどんなくなっていってます。そのフラストレーションを僕はいま絵本にぶつけているのかもしれません。
アイデアがつまったノートとスマートフォン
絵本は「現象」を描いています
――続いてはノートとスマートフォン。これはどのように使っていますか?
たなか:アイデアが浮かんだら、まずは文字でiPhoneのメモ帳にキーワードみたいな感じでメモしておきます。その時に、これは絵本向きだなとか、漫画向きかなっていうことも考えていますね。そこに一旦アイデアを集めておいて、漫画や絵本のお仕事の依頼をいただいたときに、担当の編集者さんと話し合いながら具体的に固めていきます。
絵本の場合はページの流れが重要なので、ノートとか大きめの紙にページ台割を作って、話をどう展開させるかを考えますね。逆にこの作業は漫画だとあまりしないかもしれません。
――例えば新刊の『すしん』でいうと、最初のアイデアというのはどんなものだったんですか?
担当編集:昨年(2022年)の年明けの打ち合わせで、今年はどんな絵本を作ります? って話していたときに、たなかさんが「すしん、って音が面白いよね」ということをおっしゃって。
たなか:そうそう。寿司だけの世界って面白いかも、存在するものが全てお寿司でできていて、かつ、ヘリコプターの音や車の走る音などもすべて「すし」という音だけで表現してみる、っていうのをポンと思いついたんです。これだけ聞くと「絶対に面白くないやつな」って思われるかもしれないけど(笑)、なんか面白いねって盛り上がったんですよね。その時もノートか紙に、「こんな感じで」とお寿司の絵を描いて。
――そこからラフを描いて、何度か関係者のお子さんにも見てもらったりしてチェックしながら微修正して仕上げていったのですね。
たなか:そうですね。
――先ほど、不条理ギャグ漫画で表現しようとしていたことを、いまは絵本で表現しているというようなお話しがありましたが、漫画と絵本では考え方というかアプローチが異なるものでしょうか?
例えばサラリーマンを題材とした漫画だと「サラリーマンの世界の常識」みたいなのがある程度共有された上の不条理、みたいなところがあると思うんですが、子どもを相手にした絵本だとそのような共通了解がないですね。そのなかでどう「面白さ」にアプローチして作り上げていくのでしょうか?
たなか:確かに、アイデアを考えているときは「これは漫画向きやな」「これは絵本向き」と分けているところはあります。でも面白がり方は基本、一緒なんですよね。僕はもう漫才はやっていませんが、漫才と漫画もネタのあり方は違う。漫才は言葉だけで映像を伝えていくわけですが、変に説明的になっても面白くないんですよね。
漫才から出発して、その後漫画っていう表現にも出会えて。漫画は自由で、背景を「宇宙」にすれば宇宙になるんですよ。
――おお、確かに。
たなか:喋らせなくても伝わることもあったし、説明をどんどん省けるというのが魅力でした。絵本は、僕にとってはさらに自由で、なんか「現象」だけを描いている感じにしたいなあと思ったんです。いろんなタイプの絵本があると思いますが、自分が作るのはストーリーがあるようなものより、現象が続くものですね。面白そうな現象を集めてつなげるようにして、絵本を作り上げています。
ヘッドフォンで音の中に潜りこむ
音楽は、絵を描く作業に潜り込んでいくためのツールです
――3つ目の必需品はヘッドフォンです。
たなか:最初はイヤホンを使っていたんですが、あまりにも聴きすぎたのか耳に負担がかかって、電器屋さんに行って「おすすめはありますか?」って聞いたら「断然これです!」と即答で。これは二台目ですが、ずっと気に入って使っています。
――イラストを描く時には音楽が欠かせないとか。
たなか:(ストーリーを)考えている間は、あんまり音楽は聞かないですけど、いざペンを持って描くぞというときは、もうずっと聴いてます。僕の家には猫がいて、あまり大きい音を長時間かけていると、猫にストレスをかけてしまうため、家でもヘッドフォンをして音楽を聴いています。
――漫画と絵本では、描くときのテンションや制作期間などは違いますか?
たなか:絵本は漫画と比べて長いスパンでじっくり作っている感じはありますね。気になったら、少し(作業を)戻って納得して作っていってると思います。だからストーリーを絵に落とし込んでいるときに、何度も見すぎてもう面白いかどうかも分からんくなってる。「俺、何描いてんねん」という瞬間があります。
――そんなときは不安になりませんか?
たなか:そうですね。そんなときはちょっと期間を空けて見ると「これはよし」とか「やっぱ嫌やわ」とか分かります。『ねこいる!』の時は、色まで入れた段階で「なんかシュッとしすぎたな」と思って、全ページ描き直しました。
――イラストのタッチも、全然違いますね!
たなか:そうですね。描き直した方が断然いい。(修正前のは)ちょっとカッコつけてしまって、バカバカしさがなくなってたなと。「せや、別におしゃれな仕事をしたいわけじゃないわ」と我にかえりました。そんな風に、自分の「なんか嫌やな」は割と信じるようにしています。
――絵を描いているときは、どんな音楽を聴いていますか?
たなか:古いものも新しいのも、幅広く聴いていますね。気分が落ち込んでいたら、ちょっと楽しい気持ちになるような音楽を知らん間に選んでいます。なんか、作っている作業にグーッと潜っていくためのツールなのかもしれないです。
――そう考えるとヘッドフォンってすごくいいですね。
たなか:そうですね。ヘッドフォンをつけて作業していて、気がついたら2〜3時間経ってた、みたいなことがよくあります。絵を描く段階までくると、コツコツと仕上げていく感じになるんですよね。僕は淡々と作業するのが割と好きなので、黙々と描いているときは結構、快感です。
創作にめちゃめちゃ「依存」してます
――たなかさんは、小さな頃から絵本がたくさんある家で育ったそうですね。ご両親とも学校の先生で。どんな絵本を読んで育ったんですか?
たなか:記憶に残っている絵本の一つは『三びきのやぎのがらがらどん』。最後のヤギの兄弟の行動が怖いっすよね。ちょっとやりすぎじゃない? って子供ながらに思っていました。それをひらがなで淡々と説明するのがさらに怖い。でも最後に「幸せに暮らしましたとさ」みたいな終わりになってるじゃないですか。いやいやいやいや、それまでメチャクチャやったやん、って。
あとは『11ぴきのねこ』も好きでしたね。絵は可愛らしいんですけど、割とあれも、直前まで生きてた大きな魚をみんなでワーっと食べて、最後に骨しか残ってないとか、意外と残酷だったりして。「そらまあ、そうやんな…」とは思いますが。
――確かに、「いい話」だけでないあたりが記憶に残りますね。
たなか:あと両親は漫画もよく読んでいて、僕も分からないまま読んでいたんですが、特につげ義春さんの作品はどこか惹かれて読んでしまう魅力がありました。多分、すごく影響を受けていて、ああいう絵を描きたいなとは思っています。分からないけれどすごい。つげさんも僕にとっては「現象を描いている」漫画家さんです。
――その時から漫画家や絵本作家になりたいという気持ちは持っていましたか?
たなか:絵本とは思っていなかったですが、ぼんやり「なんか作るんやろうな」とは思っていました。ものづくりをしたいと。なんかヘンなもの…なんか分からないものを形にするということは幼少期からずっとやってきたことでした。
――それがお笑いだったり、漫画や絵本だったりする、たなかさんにとっての核なんですね。
たなか:創作に関しては、そんなポジティブなものというよりも、依存しているだけだなと思います。「俺にはこれがあるから、大丈夫や」みたいな。だから頑張っているっていう感覚は全然ないんですよね、依存だから。自分の世界の中に潜って、その中で遊んでいるっていうのが、ずっと続いているように思います。
(インタビュー/柿本礼子)
★今回ご紹介した書籍はこちら!