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【エッセイ】「マハール会でカレーを食べるまで」の話

「今日から君の名前はマハールやで」

このなんともフニャッとしたニックネームを付けられた理由を説明するためには2019年の12月初旬に遡る。
総務課に所属している私は、取引先に配る年賀用のカレンダー制作を担当している。
カレンダーの各月のページには世界遺産の写真を使用しており、写真の下にはその世界遺産の説明が書かれている。
自社の海外グループ企業を紹介するのが目的だ。
私が入社する5年ほど前からこの世界遺産シリーズは続いているようで、その間減らすことはあれどグループ企業が海外に現法を新しく設立することはなかった。
増えることのない海外現法を、限られた世界遺産で紹介し続けるのには無理があり、いつの日か以前紹介した現法と被るのは必然である。
だから訪れるべくして訪れたのだ。
レイアウト構成から印刷まで手掛けていただいている印刷会社と初めて打ち合わせをした際に提案があったのは3年前に紹介したインドの現法だった。
来たか。
と、率直に私は思った。
そりゃそうである。
増えてないんだもの、現法が。
減ってるんだもの、現法は。
「でもこれ3年前もタージマハルを使用して紹介してますよね?」
いやらしく聞いてみた。
「今回はタージマハル以外の世界遺産使用させていただきますんで大丈夫ですぅ〜」
関西弁のその営業が言うには、今回のカレンダーに使用する世界遺産はアーグラ城塞なるものらしい。(ちなみにアーグラ城塞とは赤砂岩で作られた城のことらしく、別名「赤い城」と呼ばれているとのこと)
まぁそれなら問題ないだろうと思い、決裁を取って発注をかけた。

本社へカレンダー達が納品されたのは年末に連れて業務も忙しくなってくる11月頃だった。
その数およそ2500枚。
課員総出で1日かけて各部門へ配布し、ひと段落した夕方、事件が起こった。
とりあえずカレンダーは一旦落ち着いたし今日は早く帰ろうと思い、配布作業で疲れて溜まったストレスを自分の社員証に込めて勤怠管理システムへ叩きつけてやるために席を立った。
管理本部長の机の隣に置かれているその機体へピピっとタッチし「お疲れ様です」と挨拶をしてそそくさ自席へ戻ろうとしたところ、その近くにいる財務課長に声をかけられた。
「ぽんぽこ君さ、これ斬新な角度やな」
カレンダーを見ながらそう言っていた。
「やっぱ僕が作ると切り取り方にも個性出ちゃいますよね」
財務課と仲の良い私は、いつものようにふざけて返した。
帰宅する時いつもこういったおふざけをしているのである。
「けどこれどう見てもタージマハルには見えへんで…」
!!?!
何をいっているんだこの人は。
これはアーグラ城塞ではなかったか。
恐る恐る見てみると、写真の下にはしっかり”タージマハル”と書いてある。
私は自分の目を疑った。
冗談抜きに三度見した。
そのやり取りを後ろで見ていた管理本部長が首をゆっくり伸ばしてこちらの様子を伺い始め、ついに口を開いた。
「なんかあったの?」
この瞬間、全身から一気に汗が噴き出る。
「あの、アーグラ城塞がタージマハルで、タージマハルじゃないんですけどタージマハルというか…なんというかごめんなさい…!」
校正段階で気が付けなかった私が悪いため、とにかく謝るしかなかった。
「これ社長知ってんの?」
ゆったりとニヤニヤしながら私に聞く管理本部長。
「…いいえ」
そう答えるしかなかった。
内心はもうヒヤヒヤものである。
「まぁ明日社長に時間作ってもらって俺から話すよ。その時呼ぶからこれして待っとけ」
首を洗う動作をしながら笑顔で言った後、ご帰宅された。
「ぽんぽこ君。君はもう今日からマハールやな。俺とA君とBさんでマハール会しようや。今年の汚れは今年のうちにやで」
笑顔で私の肩を2回ほど叩きながら財務課長がそう言った。

翌日、管理本部長に呼ばれることもなく無事に終わった。
社長の耳に入ったのかは2020年になった今でもまだわかっていないが、大きな問題にはならずに済んだのだ。(…と、願いたい)
一つ済まなかったことがある。
そう、私の禊であるマハール会の開催だ。
マハール会の開催条件はただ一つ。
店名が「タージマハル」であること。
もしくはそれに類似するものだ。
「そんなもんインド料理屋しかないではないか」
独り毒づきながらも私の失敗を優しくフォローしてくれたことに感謝して、店を探した。
残念ながら店名がタージマハルという店が会社の近くになく、ようやく見つけたのが神保町にあるインド料理屋のタージマハールコースであった。

年内はスケジュールの調整がつかず、結局マハール会は年越しの開催となった。
そして来る1月9日、果たしてマハール会は開催されたのである。
よくわからないインド料理を何品もたいらげ、最後に出てきたのが三種類のカレーと1人一枚のナン。
食べ切れないほど圧巻の量だった。
会も終盤に差し掛かった頃、財務課の男性主任Aさんが言った。
「マハールさ、次は魚系の居酒屋にしてよ」
いや、店名タージマハルじゃなくて良いんかい。
こだわりないんかい。
そこ大事じゃないんかい。
と、ひと通り突っ込んでいると隣にいた財務課長が一言。
「せやな。マハール頼むで」
このマハール会で私のカレンダーに対する禊は終わったのではなかったか。
マハールの呪いはガンジス川で洗い流さない限り私を許してくれないのか。
問題の写真と説明文が使用されているのは9月ー10月のページ。
インドの現法へ飛ばされないよう毎日タージマハルがある方角へ祈る日々が続きそうである。

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