未来の校則は《自律の歴史書》 (エッセイ)
制服は一応あるけれど、私服で通学しても「お咎め」はない、という高校に3年通った。生徒手帳にあったのかどうなのか、「校則」箇所を読んだことのある生徒は身近にいなかった。
ただ、噂では、校則はひとつだけ存在し、「下駄通学禁止」だとのこと。「禁止」と言われるとやりたくなるのは人の常で、ある日、裸足に下駄で通学した。
いつものように遅刻して既に1時間目が始まっていたこともあり、油の塗られた木製の廊下を歩く私の足音は、とてつもなく大きく響き渡り、何事かと教室から顔を出す先生や生徒もいた。
(なるほど、これは禁止するはずだ)
と合点がいった。
《実際に禁止事項を実施することにより、禁止の意味がわかる》
結局その日、誰にも咎められはしなかったが、けっこう恥ずかしい思いをして、下駄通学は1日限りとなった。
長女は、制服着用義務のある高校に進学した。
好きな私服で通学する方がよかろう、と言ったら、
「制服の方がいいじゃん。朝、今日は何を着て行こうかって悩まなくてすむし」
と取り合わない。
「そこをアタマ使って悩むのがいいんじゃねーか」
と言ったが、水掛け論だった。
(まあ、《楽》な方に人は流れる)
たぶん、制服着用は、学校側も管理がしやすいし、生徒も頭を悩ませなくていい、《楽》なシステムなのだ。業者と学校が癒着して、(なぜか)高価な制服を買わせて双方利益を得ている、などと邪推してはいけない。
次女は私と同じ高校に入学した。
親戚のおばさんが、
「いいわねえ、お父さんと同じ、自由な高校で」
と社交辞令で言ったら、
「私は、父を《反面教師》として生きています」
と真顔で応じた。
30年前の自分を見るようだった。遺伝とは恐ろしい。
同時に、前世代を否定するとは、なかなか頼もしいヤツ、とも思ったが、よくよく考えれば、彼女が否定したのは前の世代ではなく、私ひとりだ。
校則はルールであり、生徒の《心》と《体》と《行動》を《拘束》し、《律する》ものである。
《校則は拘束だ》 うーむ、座布団1枚、かな?
とにかく、その《拘束》が、ひとりひとりの生徒の《人生》にとって、プラスになるものでなくてはならない。
《人生》が多様なんだから、プラスに作用する《拘束条件》も当然、多様だろう。
実際、私服通学が許されていた私の高校時代も、半数近くの生徒は制服で通学していたし、気分や天気によって制服⇔私服スイッチする者もいた。前者は、私の長女のように、《楽でいいじゃん》派だったのかもしれないし、家庭環境など、それ以外の理由があったのかもしれない。
だから、《拘束ルール》はひとりひとり、自分で決めるのがいい。《自律》であーる。ここで自分の人生を考え、頭を使って考えるのは、とても重要なことだ。
オジサン・オバサン社会でも、自分に「禁酒」の掟を課す人もいれば、「ビール大瓶1本だけ」と決めている人もいる。「必ず終電に間に合うよう店を出る」と胸を張る人もいる。
壁に「禁酒」と張り紙するように、各々の《ご法度事項》を紙に書いて、学校の壁に張り出すといいかもしれない。他の生徒の《ご法度/個人校則》を読んで、いろいろ《気付き》があるだろう。
《ご法度破り》には、先生からではなく、他の生徒から、
「お前、《個人校則》、破ってるじゃねーか」
と指摘されることになる。
《これが、未来の校則だ》
もちろん、途中で考えが変わった場合は《改定》すれば良い。ただし、以前書いた紙の上に、どう変えたかわかるようにする。── いわゆる《二本線訂正》というヤツだ。
それによって、自分自身の(高校ならば)3年間の《自律の歴史》がわかる。
そして、卒業時には、卒業証書と共に、校長なり担任教師から、この《自律の歴史書》を渡されるのだ。
うん、この《歴史書》は貴重なものになるはずだ ── 卒業証書よりも、はるかに。
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*暗い中学時代の《#忘れられない先生》バナシは……