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LoveRescue

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お前をレスキューしてやるよ。そんな日々のこと。R18
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【Love Rescue】巻き戻せない景色のこと①(2024年)

【Love Rescue】巻き戻せない景色のこと①(2024年)

気難しいと周りに噂される女が事務所にいた。
澪、27歳。
風俗嬢としてはもう旬を過ぎている。19、20の嬢たちにとっては近寄りがたい存在だった。
何を言われようとしょせん風俗店だ、1人で完結する仕事なので他人からどう思われようが気にする必要はない。しかし、澪の気難しさは周囲をピリつかせる類のものだった。

ある時、20歳の嬢が澪にこう話しかけた。
「澪さん、私、彼氏と大阪に遊びに行ったのでそのお土

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アウディに乗る妻と中年男③【最終回】

アウディに乗る妻と中年男③【最終回】

調査最終日。

今日の調査は俺が1人でやることになっていたが、昼間は史織とランチに行った。近いうち温泉旅行に行くつもりだったのでその打ち合わせも兼ねて。

カジュアルなイタリアンの店でボンゴレビアンコを食べながら話をしていたのだが、次第に様子がおかしくなり、温泉の話も半端に店をあとにした。そのまま2人とも無言で近くのラブホテルに入って、激しくセックスをした。

俺にはすぐに分かった。史織は元なのか

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【LoveRescue】葡萄①(2016)

【LoveRescue】葡萄①(2016)

トラムを降りると、低い雲に覆われた街はどこからか葡萄の香りがした。

まだ6月だというのに空気が湿って暑い。肌にまとわりつくような小雨が振り、路面電車の線路が濡れている。弟子の音羽が俺の腕に手を回して傘の中に入った。

「ここから先は少し坂道を登っていくよ」そう音羽が言い、石畳の坂道を歩き始める。

もう何年も履いていた一張羅の靴が壊れたので、駅前の地下街で安物の白いスニーカーを買った。しかしサイ

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アウディに乗る妻と中年男②

アウディに乗る妻と中年男②

史織と俺は全身黒づくめの服を着て毎晩20時30分に事務所を出発し、現場である体育館の駐車場に21時に着く。駐車場には誰もいない。車の中で不貞行為をする2人がやって来るのを待ち構える。

アウディ妻と貧乏そうな中年男との逢瀬は毎日同じことの繰り返しだ。
21時30分にアウディ妻がやって来る。21時45分に男がやって来る。男の車に乗り込んで、すぐにカーセックスが始まる。そして23時30分に女がアウディ

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アウディに乗る妻と中年男①

アウディに乗る妻と中年男①

20代の終わり。俺の商売は完全に行き詰まっていた。お金に困り果て、食べるものにも事欠く始末。やむをえず知人にバイトを紹介してもらい短期間だけ小銭を稼ぎ食いつなぐことにした。
情けないもんだ。

紹介されたバイトは探偵事務所だった。
この時代は個人情報保護法もなく、いい加減で胡散臭い事務所が沢山あったらしい。

俺がバイトに行ったのは、正直なところ反社じみた事務所だったと思う。
雑居ビルの三階にある

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(アーカイブ)LoveRescueのためのスケッチ 『葡萄①』

(アーカイブ)LoveRescueのためのスケッチ 『葡萄①』

トラムを降りると、低い雲に覆われた街はどこからか葡萄の香りがした。

まだ6月だというのに空気が湿って暑い。肌にまとわりつくような小雨が振り、路面電車の線路が濡れている。弟子の音羽が俺の腕に手を回して傘の中に入った。

「ここから先は少し坂道を登っていくよ」そう音羽が言い、石畳の坂道を歩き始める。もう何年も履いていた一張羅の靴が壊れたので、駅前の地下街で安物の白いスニーカーを買った。しかしサイズが

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1993年のカルティエ③

1993年のカルティエ③

ホテルのベッドで眠りこけている間、また夢を見ていた。

夢の中で俺は夏の函館にいた。函館駅の改札口に母親が立って俺を見ている。それは見覚えのある険しい顔つきだった。俺を大声で叱責しようとしているに違いない。俺は駅のホームに踵を返し、札幌行きの特急列車に乗り込んでしまった。

でも俺は気づく。そうだ、エマを置いてきてしまった。次の駅ですぐに降りてホテルに電話をして、エマを迎えに行かなければならない。

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1993年のカルティエ②

1993年のカルティエ②

1月の始めのこと。

エマと函館に旅行に行く当日。

前の夜も仕事をして、自分の体中に中年オンナの体臭と化粧品の臭いが染み付いているような気がした。まだ夜が明ける前に部屋に戻り、バスタブにお湯を張って浸かった。

つくづく、この仕事は限界だと思っていた。いや、何度もそう思いながらも考えることを先延ばししての繰り返しだったけれど。
中年オンナのベタついた感情を、肌に擦り付けられるような夜がもう我慢な

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1993年のカルティエ①

1993年のカルティエ①

「母がね」

新宿3丁目の明治通りの交差点で信号待ちをしている時、エマが言った。季節はもう12月になろうとしていて、通りに立つと足元から腹の底まで冷えるようだった。俺は客から買ってもらったカシミアのコートの襟を立てて時々身震いした。

「母がね、乳がんなんだって」

正直なところ、それがどのくらい深刻な状況なのか俺には分からなかった。

「そろそろ、覚悟しなくちゃね」

エマはそう言って俺の左腕に

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血管をなぞるように理解する夜④【2015年】

血管をなぞるように理解する夜④【2015年】

18歳で東京に移り住んでも、最初の2年くらいは基本的にアパートと新宿のごく狭い地域しか知らなかった。

まだ幼かった俺は、時間を見つけてはあちこち探検するような性格はしていなかった。心に病気を抱えていたので、新しい環境では毎日同じことを繰り返すのがやっとだった。
だからほんの狭い世界で怯えながら生きていた。目線を外して遠い景色を見ることすら怖かったのだと思う。

電車も毎日決まった路線と駅しか使わ

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【Love Rescue】血管をなぞるように理解する夜③(2015年)

【Love Rescue】血管をなぞるように理解する夜③(2015年)

20代の終わり。俺はまた結婚しようとしていた。

記憶が薄いガキの頃から家族というものに恵まれず、家族のような形だけの環境で育った。
その家族のような「箱」には、愛とか安定とか当たり前とか永遠というものは存在せず、あったのは暴力と絶望と貧困。明日の朝もおはようと言える、明後日もおはようと言える、10年後もきっとおはようと言える、そういう期待を許してくれる「箱」が家族なのだろうとずっと考えて育ってき

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【Love Rescue】血管をなぞるように理解する夜②(2015年)

【Love Rescue】血管をなぞるように理解する夜②(2015年)

18歳の冬のはじめ。生まれ育った八戸の街でのこと。

当時付き合っていた女の子と、海の見える高台に向かった。さっきまで吹きすさんでいた雪が止み、青空が広がろうとしていた。

「アキラのそのジーンズなんだけど。」女の子が俺に言う。

「うちのお父さんが駅でアキラを見かけたみたいで、その穴が開いたズボン、気に入らないみたい。」

「そうか。別に構わないけど。」

俺はその当時、ジーンズを一本しか持って

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【LoveRescue】血管をなぞるように理解する夜①(2015年)

【LoveRescue】血管をなぞるように理解する夜①(2015年)

例えば20歳のとき。

あてもなく東京に出てきた俺には金がなかったので、夜の仕事を続けていた。俺がいた世界は今どきのように決してカジュアルなものではなく、カッコいいものでもなく、もっと暗闇の中で欲にまみれた青紫色の世界だった。

そこでは過去の記憶と金と死が支配していた。目つきが悪く金を狙おうとする男と、笑っても目が死んでいる派手な女と。苛立ちと乾いた笑いで誤魔化す過去の話と。

たった来年のこと

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【Love Rescue】ドーナツ④

【Love Rescue】ドーナツ④

店を出るともうすっかり陽が暮れていた。元町の夜の華やかな明かりの中に俺はいた。俺が住んでいる東京と比べたらほんの少し空気が違う気がしたのは、近くに海の気配を感じたからかもしれない。

ほなみさんは俺の腕に手を回した。「細いと思っていたけど、意外と筋肉質なんだね」

俺が筋肉質だったわけじゃない。毎日ろくなもんを食べてなくて痩せこけていただけなんだけど。

俺はてっきりラブホテルに行くものだと思って

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