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作品をかなでる。

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田村奏天の書き物など。
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#言葉

第四回全国俳誌協会新人賞準賞受賞作『ハンカチのはりねずみ』

第四回全国俳誌協会新人賞準賞受賞作『ハンカチのはりねずみ』

 ありがたいことに、先日、第四回全国俳誌協会新人賞の準賞をいただきました。盾や賞金なんて手にするのは初めての経験でしたので、驚いたこと驚いたこと。

 どうやら受賞作は自身のページでも発表していいらしく、みなさん発表していらっしゃるので、ボクもnoteに貼り付けておきます。ただ、ボクの認識が正しければ、どうやら協会誌『俳句展望』及び、全国俳誌協会ウェブサイトに掲載されるらしいです。見る場は他にもあ

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「あかるい生活」/「(We Don't Need to be)Said Something」

「あかるい生活」/「(We Don't Need to be)Said Something」

 不安や恐れは時として暗がりから生まれる。母校の文化祭では部屋の照明を落とすことが禁じられていて、結果として文化祭然とした展示企画のいくつかは封じられている。だからあの空間に叫声が響くことはない。
 名を失ったのちの世界はどれほどの闇に包まれているのだろうと思う。想像すればそれ以上に恐ろしいことはなくて、ボクの精神が自同律にどれほどの快を覚えているのかが明瞭に分かる。書き連ねるさなかにあって、名を

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『ずいぶん溢れやすい水』

『ずいぶん溢れやすい水』

 大学卒業に際して、卒業制作を作りました。ボクのいる文芸・思想専修というところではそれは義務ではなく、ただ多くの単位をもらえる任意の授業というシステムでしたが、別に単位が足りないとかそういう理由ではなく、「そのために入学したのだから」という心持ちによって行ったことです。

 詩集を編む、という行為ははじめてのことでした。制作物に加え、補助論文が課されることもあり、結果としては満足のいく品質だったか

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墓標──『Re:その果』

 一時期、俳句を作ろうと真剣だった時期があります。もっとわかりやすく言うのであれば、俳句甲子園に関連する、俳句を作る人間という自分の一面を、大事にしていた時期があります。今はそれを大事にしていないとか、真剣じゃないとか、そういうわけではなくて、あの頃より一層自分であろうとしています。あの瞬間は、巧みさを少しばかり求めていたけれど、ちょっとした衒いというか、気の迷いだったな、と思います。ある瞬間まで

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『オアシス』

『オアシス』

 オアシスを好きになったのはたしか中学生の頃のこと。一方でボーカロイドをはじめとした、〈当時の自分たち〉に流行していたカルチャーを追いかけ、一方で中古の「Time Flies... 1994-2009」を手にして、あのざざっとしたサウンドに浸っていました。
 中学生ということは、つまりは彼らが解散した後のこと。もちろん、それまでその名を知らなかった訳ではありません。小学生のころから、父のiPodに

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『ぼくときみとのことを』

『ぼくときみとのことを』

 すいません、投稿頻度を増やしますと述べてから一切の投稿をしていません。言い訳はいろいろあるけれど、ボクはnoteに対してはあまり筆まめじゃないみたい。
 もう少し筆まめになりたいな、とは思っています。頑張ります。

 エッセイとか、そういうものを書けていないのは、常々気づきの少ない鈍いやつとして生きているからかな、と思います。ただ、作品を作っていないわけではないです。色々な考えの中、事情の中、意

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