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『ずいぶん溢れやすい水』

 大学卒業に際して、卒業制作を作りました。ボクのいる文芸・思想専修というところではそれは義務ではなく、ただ多くの単位をもらえる任意の授業というシステムでしたが、別に単位が足りないとかそういう理由ではなく、「そのために入学したのだから」という心持ちによって行ったことです。

 詩集を編む、という行為ははじめてのことでした。制作物に加え、補助論文が課されることもあり、結果としては満足のいく品質だったかと言われれば微妙なのですが、自分の作品を三十編近く集めて、百頁に迫る本にしたときには、なかなかに自らの努力を褒めたくなったものです。まあ、編んだ先に得られたものは、自分の手癖に対するネガティブな所感・気づきだったのだけれど。邁進せねば。

 そんな感じで作ったものが溜まっているので、時々流そうかな、と思います。まず最初に流すのは、短歌の連作。ボクは基本俳句か自由詩ばかりをつくっていて、短歌の形にするのは久々だったのだけれど、久々に組み上げた割には、なかなか良い手触りのものが得られました。違う物語だけれど、隣接するものとして、『俳句四季2023年4月号』に寄稿した作品と読み合ってみたら、心地よく噎せる感覚があったりしたので、興味があれば、是非。


ずいぶん溢れやすい水

すみっこにかたまりきって宝箱みたいだ 人に溺れて
わかられるまえにわかれてなんとなくうみのここちににたものがたり
ひとことに揺れているから波を打つ心臓のやわらかさが分かる
アルトサックス突き抜けて愛に似た音 シェーラーの言葉のような
喧騒の中を眠れば美しいので許さなくした銀河団
星々が跳ねた油に似たような面持ち 鰓の狭さの中で
フィッシュ・アンド・チップスは食べないかもね透明性の夏を理由に
「でもさ、」と言う。「お皿の上の一切の黄色、確かに生きていたよね。」
清く、かつ、鈍く解かれていく漁網。山ほどの魚から観られて。
飛沫 コンクリートに海の抱擁を与える飛沫 深く見つめ続ける
「日焼けした体を占める大半がずいぶん溢れやすい水なの。」
菜の花にあげればいいと思うから 簡単な水ならなおさらに
そうしたら潤っていく陸に手を潤すよ 同化を進めるよ
性はありふれていて永久に満ちゆく夜という貝殻だった
水の匂いを抱きしめた星にいて、倒れる。水で出来た体で。

『ずいぶん溢れやすい水』©︎Kaname Tamura 2022

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