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ソロ活大好き女によるソロ活恐怖症

ソロ活を愛してやまなかったはずの私ですが、
最近はめっきりソロ活が出来ていない…というか、ソロ活をしたいとも思えなくなってしまいました…。
(なんつーこった)
大好きだったレイトショーも、カフェ巡りも、旅行も、なんなら心穏やかに夜を過ごすことすら、一人だととても心細く感じる今日この頃です。
なんとなく理由を考えると、私にとってのソロ活の魅力の大部分をしめていたのは、旅から帰ったら家族に旅先で出会った素晴らしい出来事を話すことだったんじゃないかと思うのです。
自分の生活がガタガタな今、一人でいたいとは思えないのです。
誰かと一緒にいる方が断然今は心が落ち着くのです。


言ってることめちゃくちゃやな〜と思われるかもしれませんが、まさしくその通りです…。
(すみません、すみません叩かないで)
人間が同時に感じられる気持ちがひとつだけだったらいいのに。
手に入れた感覚や学び取った気持ちが変化したり失われたりしなければいいのに。
手に入れた瞬間のままずっと自分の糧になっていてほしいのに。
と強く思います。
自己肯定感を手に入れたら、ずっと失いたくないし、人を思いやる気持ちを学び取ったならずっと優しい人間でいたい。
それなのに、日々感情は変化して進化して、気持ちはいつだってひとつじゃないし、変化し続けて、失われていっちゃう。
本当に人の心はクソ厄介なものです。


そんな悩める日々の中で、私に改めてソロ活の魅力を教えてくれる本に出会いました。
「乙女日和 12カ月のお散歩手帖」(山崎まどか著)です。
この本はただひたすらに著者である山崎さんのやりたいこと、楽しみにしていることが12カ月分びっしりとまとめられている、ワクワクのガイドブックのような本です。
とにかく山崎さんの、「わたし、わたし、わたし」という姿勢が今の私に強烈に突き刺さりました。
作中では他人に想いを馳せる描写はほぼ無くて、とにかく
自分の好きなもの、食べたいもの、行ってみたいところ、やってみたいこと、欲しいもの、楽しみなこと
ただそれをひたすらに追求していく、そんな真っ直ぐさに溢れています。
この決断をしたら、この人を傷つけるだろうか、私の発言は誰かを不快にさせるだろうか、そんなことばかり考えて(もちろんこう考えることも大切ですが)自分を見失いかけている私と正反対です。


そもそも私がソロ活を好きになった理由が、恋人に依存してばかりの自分が嫌になったからでした。
私の人生に必要不可欠だった恋人と離れて初めての遠距離恋愛、一人暮らしを始めたある夜に、
自分のために丁寧に入れたミルクティーがあまりにも美味しくて、
夜の静けさやひんやりとした空気がこんなに気持ちいいんだということ、
私が今私だけの人生を楽しもうとしていることに感動したのです。
自分は何をしたら楽しいと思うのか、自分は何に興味があるのか、もっと知りたい、もっと自分を喜ばせたいと思ったことを覚えています。


その時からずっと、自分のために人生を楽しむことの素晴らしさを抱きしめて、ここまで生きてきましたが、今の私はその気づきを生かせていません。
一度手に入れた感覚はずっと私のものだと思っていたのに。
でも、そのがっかりが、私をさらに成長させてくれたのでは、とも思うのです。
つまり、学んだことが人生に重きをおくこともあれば、そうでないことも大切になる時もある、ということ。
どんな自分だって、前に進んでいて、日々成長していて、学びを失うなんてことはないということ、その時その時、自分は変化していくということ。
だから、ソロ活の楽しさを知りながら、それよりも優先したいことがあるのが今の自分なんだと素直に受け入れることこそが今の私にできる、自分を大切にする方法なんだと思います。


他人も自分も変わっていく。
良い方にも、望ましくない方にも。
悲しい気もするけど本当にこればっかりは仕方がないです。
でも、それをきちんと受け入れていきたいと強く思います。
私はすぐにネガティブな真実をポジティブに捉えようとして、本質から逃げるから。
苦しくて悲しい真実に向き合おうとしている自分を褒めながら、またソロ活を楽しめる日々を楽しみに、生きていこうと思います。
(とりあえず今日はルマンドを一人で一袋食べようと思います)

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