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【薄い本】タイムカプセル


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『10年後のぼくへ
ぼくは今、11才です。10年後のぼくに質問です。
今、何をしていますか?ちゃんとプロのサッカー選手になっていますか?小野といな本といっしょにグラウンドに立っていますか?
まあ仮にだめだったとしても、サラリーマンになって会社につとめていることでしょう。
たぶんしょうやとずっと遊んでいると思うけど、20才を越えているなら、2人でお酒とか飲んでいますか?
彼女はいますか?ぼくはあんまり女の子は好きじゃないけど、10年後だったら彼女の1人ぐらいはいるはずやよね。
おいしいものはいっぱい食べていますか?まぐろはまだ好きですか?
ま、せいぜい元気に過ごしてくれ!バイビー!』

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実家に届いた茶色いハガキを自宅に持ち帰り、風呂上りのビールを片手にひとり読んでいる。

残酷な質問だ。
無邪気な質問。悪意など全くない。全くないからこそ、容赦なく僕の胸の奥が握り潰される感覚。もしこの時の自分に出会ったら、未来の自分だと気づかれないように長い前髪で顔を隠すだろう。イヤホンをつけて、音量をガンガン上げて。とにかく素通りするだろう。


牛丼やらカップラーメンやらの空き容器を包み、割り箸が飛び出たゴミ袋。あぐらをかいていた足を伸ばすと、端に避けられた袋が擦れ合い乾いた音をたてる。視界の端で、床に立てておいたTENGAが倒れた。構わず足をぐっぐっと伸ばし、再びあぐらをかく。ビールを置き、床に落ちていたボールペンとチラシを手に取った。


・・・


『10年前の僕へ
僕は今、21歳です。10年前の僕の質問に答えていきたいと思います。
残念ながら、今はサッカーはやっていません。中学に上がり、迷わずサッカー部に入部しました。でも周りは凄い奴らばっかりで、しんどいばかりであまり楽しくない、地獄のような3年間を過ごしました。最後の試合に負けた日、監督とレギュラーの奴らが涙を流す中、僕は他のベンチの奴らと笑っていました。やっと終わったなって。明日から部活に行かずに早く帰れるぞって。

高校ではハンドボール部に入部します。別にそんなに強い学校でもなく、高校からの初心者が多く、ゆるゆると続けていきます。人数が少ないから対して上手くもない僕もレギュラーに選ばれました。ちょっとワクワクしていたけれど、チームの主将がヤンキー達とタバコを吸っていたのがバレて、大会への参加資格を失い、部活動も停止になりました。僕はそのまま部活に行かなくなりました。

しょうや君?のことはあまりよく覚えていません。君はもうすぐ、たくみ君と仲良くカードゲームをするようになると思います。そのまましょうや君とはあまり遊ばなくなります。噂では、両親が離婚して父方のほうに引き取られて遠い所に引っ越してしまったそうです。お酒はたくみ君とよく飲んでいます。毎回僕はべろべろに潰れて、飲みにいくたび何かを失くしています。この間はイヤホンを失くしました。

彼女はいません。ついでに言えば、定職にも就いていません。見事にフリーターをしています。プロのグラウンドではありません。ローソンのレジの中に毎日立っています。寿司なんてしばらく食べていません。カップラーメンが大好きです。ビールを飲んでタバコを吸って、怪しげなサイトを覗いてオナニーしています。見事なクズ加減で生きています。こんな男に彼女なんてできるはずはありません。童貞も、プロの方に捧げました。

君の理想、夢

何一つ叶えることはできませんでした。
ざまあみてください。



でも、元気です。』


・・・


返事を書き終え、窓から吹く生温い風に黙って包まれていた。窓の外ではたくさんの人を乗せた最終電車がやかましく通り過ぎていく。濡れた髪はすっかり乾いていた。
タバコとライターを握り立ち上がると、足が当たって机が揺れ、残っていたビールがチラシにこぼれてしまった。


元気です。と書いた部分にビールが染み、じわりと広がり、インクが滲みだす。


元気が滲む。ぼやけてゆく。
拭き取るのも面倒で、そのままベランダに出て、タバコに火をつける。さっき身体を包んだ空気に、今度は自ら踏み出し入り込む。
ふーっと煙を吐き、手のタバコに目を落とし、自嘲気味に笑いかけた。


『違いねぇや。』


タバコの灰が崩れた。生温い風にも乗らず、真下に落ちていく。いつか自分も、この灰のようにボロボロに燃え尽きてしまうんだろうか。
はっ、くだらない。
ベランダからタバコを投げ捨てた。
くだらない世界への、ひっそりとした反抗。




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