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エッセイ

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#随筆

頭髪の秋 / エッセイ

頭髪の秋 / エッセイ

 幼時は剛毛だった。頭の形がでるほどのサラサラヘアーに憧れ、キューティクルという言葉を知り、天使の輪に魅了されては、頭部のスチールウールを掻きむしった。

 あの頃が懐かしい。なんと恵まれた頭髪であったことだろう。あれほどまでに生命力に漲っていた。もはやタワシである。もはや枝である。四方に我ありと伸び、空間をゆずらなかったあの髪。今はいずこへ。

 というと大袈裟ではあるが、へなへなと勢いがなくな

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幼心 / エッセイ

幼心 / エッセイ

 そう広くはない部屋で畳の上、脛をあらわに胡座を組んで、小窓の下の机に向かってこうしているところ。実は晩秋の雨降りで、時折はぐれたか細い風が浅くあけた小窓より流れ入っては、腕やその脛をひやりと撫でるのがなんとも心地よい。空は水に練った灰を塗りたくったようでも、それを陰鬱に思うか清かに感じるかは人それぞれ。私は今、後者としてここに座っている。遠くから近くまでよく降っていて、ざあざあと低く鳴っているけ

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事件 / エッセイ

事件 / エッセイ

 私は気性の荒い子供ではなかった。それでもそれなりに悪さをした。今思うと、とんでもないことをしたものだと恥じ入る。小学校低学年の頃だったろうか、同じマンションに住んでいた仲の良いS君という友達がいたが、その子の父親が所有する小豆色の乗用車が道路脇に停まっていた。私は落ちていた小石を拾って、その友達の名前を車体にのびのびと書ききった。名前の後ろに『号』と書いたか『ごう』と書いたか、それはそれは愉快満

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タイル / エッセイ

タイル / エッセイ

 私はタイルが苦手である。
 と、一口にタイルといっても様々で、湯気に烟る鮮やかな絵柄のモザイクなんかを見ると、「いいなあ」と思う。しかし、床に貼られたタイル、これは頂けない。想像しただけで背中が寒くなる。
 小さい頃から苦手なので、それより前に固定化された嫌悪なのだろう。どの体験が発端かおよそ検討はついている。それはトイレでのこと……いや、トイレというと語感が違う。便所での体験、これである。
 

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横領 / エッセイ

横領 / エッセイ

 私は痛いことが嫌いである。
 嫌いというよりも弱い。弱いというよりも怖いのである。子供の頃は怖いという感覚が乏しかった。振り返ってみると、小学生の頃は随分と危なっかしい遊び方をしていた。近所のアパートには剥き出しの階段があったのだが普通には登らず、外側から手摺にしがみついて、子柱の間に足をねじ込んで一段ずつ上がってみたり、外壁を上下に走る用途不明のパイプを二階の高さまで攀じ上ったりした。マンショ

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