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哲学書の読み方 | キルケゴール | 死に至る病

(1) まず「断片」を読むことから始めよう!

 哲学書は難しい。内容の全部を最初から理解しようとしても頓挫する。

 1ページ目からすべて理解しようとして途中で投げ出すより、どのページでもよいから「断片」をきちんと読むことから始めたほうがよい(と思う)。

 いま手元に「死に至る病」があるが、適当に開いたページを読んでみる。予備知識は必要ない。


(2)たとえば『死に至る病』の「断片」を読んでみよう!


引用箇所

第1編 3 - B- β 絶望して自己自身であろうと欲する絶望、--強情。
(キェルケゴール[著]、斎藤信治[訳]「死に至る病」、岩波文庫、1997.7.5.第80刷p118) [原文のままだが、適宜、改行する。] 


 悩んでいる者には、自分はこういうふうに救ってもらいたいといういろいろの仕方というものがある。もしも彼がそういう仕方で救われるのであれば、無論彼は喜んで救ってもらいたいのである。

 けれども救済の必要が更に深い意味において真剣に問題になる場合、特により高いものないしは最高のものによる救済が必要とせられるという場合、どのような仕方の救済も絶対に受け入れなければならないとしたら、これは屈辱である。

 あらゆることを可能ならしめる「救済者」の手のなかでは自己はほとんど無に等しきものとならなければならない、或いはまた単に他の人間の前に自分の身を屈しなければならないというだけのことにしても、とにかく彼は救助を求める限り彼自身であることを放棄しなければならない。

 このような屈辱に比すれば、よし彼がいま抱いている苦悩が疑いもなくどのように数多く、そして深刻であり、またいつ果てるとも知れないほどのものであるにしても、それはまだしも彼にとっては耐ええられるのであり、したがって自己はもしこのまま彼自身として存在することさえ許されるならばむしろこの苦悩の方を選ぶのである。


(3)「断片」だけを手掛かりにして読む。

 実際には、キルケゴールの思想を読む取るためには、他の箇所や他の著作を読まなければならない。しかし、キルケゴール研究をするのでもなければ、断片を精読して、「こういうことかな?」と仮説を立てて読む。そして、別の箇所を読んで「違うかな?」と思ったら、修正していけばよい。
 
 とりあえず、この箇所を読んで思ったことを書く。


 今の絶望状態から抜け出すための、客観的かつ絶対的な方法があるとする。その方法が自分にとって受け入れ可能なものであれば、その方法に従えばよい。

 しかし、その救済方法が自分の最も大切にしている根本的な考え方と相容れないとき、悩みは解決しないどころか、より深刻化する。

 たとえば、今あなたが溺れているとする。助かるためには、あなたの一番近くにいる人物の「救いの手」が必要である。

 その人物があなたの好きな人ならば、あなたはその人の手を借りることだろう。
 しかし、目の前にいる人物があなたの最も嫌悪している人だったら、あなたはどうするだろう?

 助けを求めればあなたの命それ自体は助かる。けれども、あなたは、助けを求めるくらいならば死んだほうがよいという考えから逃れることができない。

 助けを求めれば、命は助かっても、耐え難い屈辱である。
 助けを求めなければ、死んでしまうかもしれないが、今の溺れている状態のほうがいいと思うかもしれない。

 けだし、キルケゴールのいう真の絶望とは、溺れていることを選ばざるを得ない状態のことである。

 溺れている状態は、絶望であるが、それは自ら選びとったものである。
 溺れている状態から抜け出すことは、自分の思想を捨てることを意味する。
 真の絶望状態にある者は、絶望のただ中にあっても、絶望から逃れることを欲しない。なぜなら、絶望を捨てることは自分を捨てることを意味するのだから。


 いま、上で述べたことは、あくまで比喩である。

 「救いの手」とは、世間一般の常識と置き換えてもいい。
 常識的な判断が、あなたの信条と合致するならば、受け入れることは容易である。
 しかし、常識的な判断というものが、あなたの最も嫌悪するものであった場合、たとえ常識が客観的に正しかったとしても、それがあなたの主観的に正しいと思う判断と合致しない、あるいは、真っ向から対立するものならば、常識を受け入れることはあなたにとって耐え難い苦痛だろう。
 
 客観的な判断が正しいと頭では理解できても、あなたの体と一体となっているあなたの主観的な考えを捨てることができない、従いたくないと、あなたの体が反応せざるを得ないとき、あなたは絶望している。


まとめ

①哲学書は、ページ通りに読む必要はない。
②簡単に図式化するな。
③全部読もうするより、断片を敷衍することから始めよう。
④自分なりの仮説(作業仮説)を立てて読もう。
⑤ひとつの「断片」を読んで、自分なりに腑に落ちたら、別の断片を読んでみよう。
⑥別の断片を読んで、最初の断片で立てた自分の「仮説」と合致しないと思ったら、また別の仮説を立ててみよう。

①から⑥の作業を繰り返す。

そして、最も大切なことは、

⑦自説を金科玉条化しないこと。

 必然的に哲学書を読むときは、速読はできない。遅読になってしまうことに耐えよう。


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