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木漏れ日 miscellany | #創作大賞2023


[1] 連作短編集 | 木漏れ日

連作短編集 | 木漏れ日①

 わたしがこれからここに書くことは、フィクションだと言ってもさしつかえない。

 わたしは小学生の頃、哈爾浜に住んでいた。わずか一年の間過ごしたに過ぎないが。
 生まれも育ちも門司だったが、突然、父の仕事の都合で、中国語を知らぬまま、哈爾浜に住むことになった。
 温暖な気候に慣れていたから、中国の冬の寒さに震えることが多かった。
 わたしはまったく中国語を話すことができなかったから、学校へ行っても、クラスメートが話す言葉がまったくわからなかった。
 なんとなく状況から「こういうことを言っているんだろうな」ということはわかったが、自分の思いを日本語で言っても、わたしの言うことを理解できる人は一人もいなかった。
 読めなくてもいい!しかし、何とかして自分の気持ちを伝えるようになりたい!
 わたしは、ひらがなやカタカナで、クラスメートが話した言葉を、聞こえたまま、ノートに綴る日々をおくった。
 3ヶ月が過ぎた頃、「一緒に遊ぼう!」とか「楽しいね!」とか、そういう類いの言葉を、中国語で発することができるようになった。
 それからおよそ10年の時が過ぎた。いまだに中国語を読むことは苦手だが、話すことはできる。日本に帰ってきてからも、哈爾浜で書き綴ったノートは、わたしの中国語の最も大切な教科書である。


連作短編集 | 木漏れ日②

 わたしがこれからここに書くことは、フィクションだと言ってもさしつかえない。

 わたしは小学生の頃、わずか一年の間ではあるが、盛岡に住んでいたことがある。
 生まれも育ちも前橋だったが、父が会社の金をギャンブルにつかいこんでいたことがバレて、盛岡の支店に飛ばされたのだ。
 わたしはまだ小さかったから、突然の引っ越しの意味がわからなかったが、今思えば、クビにならなかっただけ良かったのだと思う。わたしという子どもがいたことを、会社側が斟酌してくれたのだろう。再生のチャンスを与えてくれた父の会社の社長は、毎週末に教会へ通う敬虔なクリスチャンだった。

 わたしたち一家は、学校の夏休み前の7月半ばに盛岡へ引っ越すことになった。わたしは長い夏休みを楽しみにしていたのだが、関東の小学校と違って、東北の夏休みは短い。
 2週間くらい急に休みが短くなってしまった。もう少し引っ越すのが遅かったらなぁ、なんて思ったこともある。
 転校とは、いろいろ子どもにとっては負担が大きい。
 友達とのお別れ。使っている教科書も違う。方言も違う。
 まあ、中国語と日本語みたいな大きな開きはないと思うけれど、関東の方言と東北の方言とは明らかに違う。
 自分では標準語だとお互いに思っている。わたしはのけ者になりたくなかったから、なるべく東北の言葉で話すことに決めた。
 しばらく時間が過ぎると、同意の「んだ、んだ」や「そうしたっけぇ~」などの独特な表現も使いこなせるようになった。
 あれからもう10年の時が過ぎた。
 いま、わたしは東京に住んでいるけれども、盛岡の友達と電話で話をするときには、自然と東北の言葉になるから不思議である。


連作短編集 | 木漏れ日③(完結編)

 わたしがこれからここに書くことは、フィクションだと言ってもさしつかえない。

「今日は久しぶりに晴れてよかったね。どっかでかけようか?」

「ユリ子はどこへ行きたいの?」

「どこって言われても、とくに行きたいところはないんだけど」

「そっか、俺もとくに思いつくところはないけれど。とりあえず、そこら辺をブラブラしようか?」

「それもいいね。でも、ちょっと待って。サンドイッチくらいつくるね。近所の散歩でも、少しピクニック気分を出せるかも」

 結局わたしたちは、最寄りの公園に行って、ござを敷いて新緑の木々を眺めた。

「そう言えば、今もユリ子は、哈爾浜に住んでいたときの友達と会ったりするの?」

「もう会うことはできないし、とくに用事もないから。でもスタバでバイトしていたとき、中国語が話せるからけっこう重宝されていたのよ」

「へぇ。役に立つ言葉ができるっていいよね。俺なんか、東北弁しか話せる外国語がないよ」

「ははは、東北弁は外国語じゃないわね。だけど、わたしの中国語とまったく同じだと思う。使っている人の数が多いか少ないかなんて、大した意味はないと思うの。あなたの話す東北弁だって、あなたの友達にとってもあなたにとっても、とても大切な言葉に変わらないわよね」

「それもそうだね。大切な言葉だね。おなか空いたね。サンドイッチ、食べようか?」

 新緑の木漏れ日が、2人を静かに照らした。木漏れ日の中で、2人だけに通じ合う言葉で、2人の愛を囁きあった。


連作短編集 | 木漏れ日(完)


[2] 木漏れ日写真集


[3] 木漏れ日エッセイ

エッセイ | 下からの眺め


読書エッセイ | 翻訳できない言葉をあえて翻訳してみる


エッセイ | 木漏れ日。


フォトエッセイ | 銀杏がとてもきれいです


写真集 | 初散歩


雑感 | 青空とお日さま


フォトエッセイ | 臘梅スペシャル


[4] 詩作・短歌・俳句

あいうえお短歌57577(日本語)を
英語俳句575 wordsにする試み


詩 | 太陽を蹴り飛ばしたい

太陽なんて
蹴飛ばして
しまいたい

気がつけば
いつも夕方
赤い太陽の
沈む様子を
眺めている

太陽なんて
蹴飛ばして
戻ってくるなと
叫びたいのに

それなのに
いつも夕日を
眺めていると
今日1日の出来事が
すべてチャラになるような
気持ちになってくるから不思議です

[5] 蓮と夕日



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