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掌編小説集

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長編、短編など、小説を文字数で分類する正式な定義はないそうです。ただ、一般的には、4,000〜5,000文字以内の短い物語を、掌編小説(ショートショート)と呼んでいます。 ここで…
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2023年4月の記事一覧

助手席の余韻

助手席の余韻

(本作は3,918文字、読了におよそ7〜10分ほどいただきます)

 一秒にも満たない瞬間的な眠りから、男は目を覚ました。今どこで、何をしているのかを把握するまでに、そこから更にコンマ数秒を要した。その間も、奇跡的に車は正しく走り続けていたのだが……数分後、瞬時の浅い睡眠と覚醒を繰り返す男が操る自動車は、急なカーブへと差し掛かることになる。



 広太は、常磐道を都内へ向けて走っていた。丁度、

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訳者あとがき③『デブシー料理の味付け』

訳者あとがき③『デブシー料理の味付け』

(本作は2,134文字、読了におよそ4〜6分ほどいただきます)

 私事ではあるが、ここ数年体調が優れず、具体的にどこが悪いというわけではないにしろ、倦怠感と虚脱感が慢性的に纏わりつくようになっていた。身体中、あちこちに綻びが目立ち始め、その所為か、いわゆる「キレやすい老人」のように、些細なことでも苛つくようになった。こんな老耄に自宅に居られると、堪ったものではないだろう。なので、同居する息子夫婦

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訳者あとがき②『チョピンの情熱』

訳者あとがき②『チョピンの情熱』

(本作は2,114文字、読了におよそ4〜6分ほどいただきます)

 公団車文庫の編集長A氏から突然電話があり、「面白い本を見つけた」と聞いた時、率直なところ嫌な予感が脳裏を支配した。と言うのも、その数ヶ月前、彼の依頼で翻訳することになったズボラ・デ・タラメーノ著「ビースオベーンの生涯(La Vita di Beethoven)」(絶版)での、ほろ苦い記憶が蘇ったためだ。
 この仕事以降、今度こそ二

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訳者あとがき①『ビースオベーンの生涯』

訳者あとがき①『ビースオベーンの生涯』

(本作は1,961文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 1904年にイタリアで出版された、ズボラ・デ・タラメーノ( Zuvolla de Tarrameno )の幻の名著、「ビースオベーンの生涯( La Vita di Beethoven )」の翻訳の依頼を頂いた際、実のところ、引き受けて良いものか悩み抜いたものだ。と言うのも、数ヶ月前、翻訳に限らず、全ての執筆業から身を引くと決断した

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狐狗狸

狐狗狸

(本作は4,882文字、読了におよそ8〜12分ほどいただきます)

 今、私のクラスでは、こっくりさんが流行ってる。あ、「クラス」ではなく「私達のグループ」と言うべきかな。でもね、正直言ってつまんない。普通に考えてあり得ないし、馬鹿げてる。大体、そんな遊びは昭和の遺物じゃん。既に元号も一つ飛び越えてるのに、そんなアナログの幼稚なオカルトごっこ、小学生ならまだしも、私達は高一よ? やってて恥ずかし

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夜のひととき

夜のひととき

(本作は4,305文字、読了におよそ7〜11分ほどいただきます)

「ただいま……」
 一応、そう声は掛けてみた。もちろん、返事どころか、反応さえ期待していないが。そして、結果は予想通りのシカトだったが、予測していたところで、きゅっと胸が締め付けられそうな感じがするのは変わらない。
 寧々は、今日も壁にもたれるように立ち、物憂げに窓から見える夜景を眺めている。沖縄出身の寧々は、よくハーフに間違えら

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朝のひととき

朝のひととき

(本作は1,799文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 これが、よく言われている「倦怠期」とかいうやつなのだろうか? そう自分に問いかけたものの、即座に否定する自分もいた。
 そもそも、倦怠期とは、簡単に言えば「相手にドキドキしなくなる時期」のことを表すそうだ。当然ながら、その大前提として、ラブラブの時期を経ていることになる。つまり、時間を重ねることにより熱が冷め、良くも悪くも関係性

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