見出し画像

狐狗狸

(本作は4,882文字、読了におよそ8〜12分ほどいただきます)


 今、私のクラスでは、こっくりさんが流行ってる。あ、「クラス」ではなく「私達のグループ」と言うべきかな。でもね、正直言ってつまんない。普通に考えてあり得ないし、馬鹿げてる。大体、そんな遊びは昭和の遺物じゃん。既に元号も一つ飛び越えてるのに、そんなアナログの幼稚なオカルトごっこ、小学生ならまだしも、私達は高一よ?  やってて恥ずかしい。せめて、手書きの紙じゃなくて、iPadぐらい使おうよ。もっとも、そんなやり方あるのか知らないけど……内心ではそう思ってるけど、そんなこと口に出せる雰囲気でもないのよね。
 毎日、仲良し(?)三人組で集まるとね、キャーキャー言いながらこっくりさんを始めるから、私も渋々付き合わざるを得なくて……もう、ホント自己嫌悪との戦いだけど、女の子同士って場を白けさせたりすると、後が怖いでしょ?  だから、私も楽しんでるオーラを限界まで出してるつもり。よく見たらよどんでるでしょうけど。

 グループのリーダーは、間違いなくリカなんだけど……ま、リーダーと言っても単に自己主張が強くて、声も態度もデカくて、妙に自信家で、家が金持ちで、悔しいけどちょっとだけ私達より可愛いだけ。たったそれだけのこと。なのに、三人で集まると、自然とリカにイニシアチブが渡ってるんだよね。しかも、最悪なことに、リカが一番こっくりさんにはまってるから……休み時間になると、必ず紙を広げて私と理紗リサを召集するのよ。
 あ、理紗はね、リカと一文字違うだけなのに性格は全く違って、長い物に巻かれるタイプ。自分がないのよね。なもんで、なんでもリカの言いなり。寧ろ、率先してリカの太鼓持ちをやってる感じ。でも、意外と頑固なところもあって、さりげなくリカに反抗することもあるけど、人との距離感を保つのが上手いというのか、無難に済ませる能力は高いかな。
 私はアオイ。多分、三人の中では一番平凡なタイプ。何故この二人とつるんでるのか分からないんだけど、多分、二人とも綾人アヤトのことが好きだから、私に近付いたんだと思う。綾人は……ま、彼の話は後回しにしようかしら。

 こっくりさんに戻るけど、リカが広げた紙にはね、真ん中の上の方に鳥居が描いてあって、その下にはひらがなが五十音順に書いてあって……汚い癖字でね。で、その下には、「はい」と「いいえ」が丸に囲まれて書いてあって、まぁ、それだけかな。地域差みたいなのもあるみたいだけど、こっくりさんとの交信に使うシートとしては、これが昭和から続いてるオーソドックスなフォーマットなんだとか。 

「じゃあ、始めよっ!」 
 はぁ……今日もリカの一声で「こっくりさん」が始まってしまった。やろうやろう!  って理紗はやる気満々を装うから、私も演技派女優にならないと。リカは鳥居に十円玉を置いてるし、準備も万端のようね。
 私たちは、急に真面目モードになって、真剣な(アホ面の)顔で人差し指を十円玉に乗せるの。三人で硬貨一枚だから、なかなか窮屈な感じ。でね、リカを中心に念じる振りをして……三人で声を合わせて「こっくりさん、こっくりさん、来てくださりましたか?」 って呼びかけるの。
 するとね、十円玉は独りでにヽヽヽヽ「はい」の上に滑るように動いたわ。馬鹿馬鹿しい。
 私も理紗も口にこそ出さないけど、明らかにリカの指先に力が入っているのよね。なのに、幼稚なリカは、毎度喜びと驚きと恐怖が入り混じったような表情を作り出しちゃうから、笑えてくるんだよね。 もう、それが見事な演技で、ある意味感心もするけど。
 勿論、私も理紗も自分なりの演技をしたわ。リカには到底及ばないけど、我ながらなかなかの名演よ。 
 さてと、こっくりさんがいらっしゃったってことで、リカは、早速質問をしたわ。 
「南君には好きな子がいますか?」って。 

 南君というのは、さっき話した綾人のこと。彼はクラスで一番背が高くて、勉強もスポーツもトップクラスの成績で、ルックスも良くて優しくて、もう絵に書いたようなハイスペックなイケメン主人公キャラで、その上お喋りも楽しくて、女子だけじゃなくて男子からも一目置かれている人間偏差値八十超えの人気者!
 リカが綾人のことを好きなのは、もう公然の秘密みたいなものね。もっとも、綾人に好意を寄せてる人は、リカだけじゃないけど。理紗ももちろんそうだし、クラスの女子の大半は綾人を狙ってると思う。でも、私は綾人とは特別な関係で……実は幼馴染なんだ。家も直ぐ近くで幼稚園からずっと一緒、兄弟みたいな感覚のお友達。登下校も一緒だし、親同士も仲が良いので、未だにお互いの家を行き来してる関係。

 でもね……お互い高校生になって、まさか高校まで同じになるとは思ってなかったんだけど、綾人にちょっと特別な感情が芽生えてきてね。あ、これ、恋かも……って気付いたところ。
 多分、綾人は私のことなんて身近過ぎて女として見てないだろうけど、嫌いではないはず!  今でも一緒に通学してるから、知らない子は私達が付き合ってるって勘違いしてるみたい。そう見られてることは、二人とも知ってるんだけどね。それでも気まずくなることはなく、もう十年以上も友達でいられるんだから、少なくとも悪い感情はないはず。でも、逆にだからこそ、もう一歩が踏み出せないのだけど。今のままでも幸せだから、リスクを犯したくもないしね。
 結局、リカも理紗も綾人目当てで私に近付いたに過ぎないんだけど、綾人はあの二人なんて眼中にないと思う!  でも、リカのことは時々話題に出るんだよね……実際、リカは私と違って可愛いし、綾人とはお似合いかも……いやいやいや、そんなことない!

 十円玉は、予想通りと言うか、当たり前のように「はい」へと動いたわ。
「え~っ!  南君って好きな子がいるんだって!」 
 バカじゃない。自分で動かしておきながら、よく言えたものね。
「ウソ~、誰だろう?」 
 マジ、アホくさい……そう思いながらも、私も話を合わせたわ。 
「気になるわね。ねぇ、こっくりさんに聞いてみようか?」 
 自己嫌悪に陥りつつも、リカのお望み通りの展開へ振ってしまった……もぉ、最悪。心なし、理紗が私を睨んでる。
「それは、誰ですか?」 
 リカがそう問い掛けると、十円玉は「独りでに」あるひらがなの上に移動したのよ……って、もちろんのこと「り」にね。 
 その次は、またまた予想通り一直線にア段を「や」「ま」「は」「な」……と逆行していったわ。何処に向かってるかは言うまでもないわね。誰が見ても明らかなぐらい、リカの右手に力が入ってるのに、それを見て見ぬ振りしないといけない私の馬鹿さ加減ったら、逆に虚しくて笑えてくる。
 しかし、「た」を通り過ぎた所で異変が起きたんだ。順調に滑っていた十円玉が、制御装置が作動したかのように止まりそうなったの。その時の平仮名は「さ」……ふと二人を見ると、「か」に行きたいリカと「さ」で止めたい理紗、二人とも必死に指先に力を入れてのせめぎ合い。私は笑いを堪えるのに必死。しかし、リカの鋭い睨み攻撃に気付き、怯んだ理紗がアッサリと撤退したことにより、均衡は直ぐに崩れていまい、十円玉は無事に「か」に到着……予定調和の結末だ。

「り……か……りか…えっ!  ウソでしょ!?  私なの?」 
 あぁ、何て恥知らずな子なんでしょう!  むしろ、ちょっとだけ可愛く思えてきたぞ。
「でも、南君とリカってお似合いかもよ」 
 闘いに敗れた理紗が、仲直りする為か、いつもの太鼓持ちに成り下がった。理紗のこういう所は、私は大嫌いだ。
「え~、そんなことないよぉ……」 と、リカはしおらしく恥らう素振りまで見せちゃって、情けないったらありゃしない。

「それに、南君って、時々リカのこと見てる気がするわ」 
「確かに、よく目が合うけど……」 
 はいはい、今度は都合の良い解釈ですか。 
「ショートの子が好きって話してたらしいしね」 
「ホント?  ……でも、アリサとかミユとかもっと短い子もいるし……」 
「でも、こっくりさんが言うのだから……」
 あぁ、ついに私も話を合わせてしまった。女子ってホントめんどくさい。
「そうよ、こっくりさんが間違えるわけないわよ」 
「そ、そうかしら?  ……あ、そんなこと言いながら、本当は二人で私をからかおうとして、わざと動かしたんじゃないの?」 
 自分で動かしてるクセに、ホントどこまで図太い神経してるのかしら。毎日こんなリカの自己満足のためだけのこっくりさん遊び、いい加減うんざりだわ。それに……綾人が、リカのことなんて好きなはずないじゃん。こっくりさんなんて、私は信じないわ。絶対にリカが動かしてるに決まってるんだから!

「ねぇ、葵は南君と幼馴染なんでしょ?  それとなく聞いてみてよ」
「そうじゃん、朝も一緒に登校してるんだよね?  ちょっと探り入れてみてよ!」
 そんなこと聞くまでもないのだけど、ここで拒否ったら地獄行きなんだろうな……
「そうだね、あまりそういう話はしたことないけど、聞いてみるね!」
 渋々そう答えたが、綾人には聞かないでおこう。もし、「リカのことが……」なんて言われたら、私が立ち直れない。

 それなのに、翌朝登校中の電車で綾人に聞かれてしまったのだ。
「葵たち、昨日もこっくりさんやってたでしょ?  こっくりさんに何を質問してるの?」と。
 はぁ、こうなったら思い切って聞くしかないか。
「あのね、リカも理紗も綾人のことが好きみたいでさ、昨日は、綾人には好きな人はいますか?  って聞いてた」
「アハハ、そうなんだ。で、こっくりさんは何て?」
「こっくりさんなんかいるわけないでしょ!  明らかにリカが動かしてるんだけど、はい、って言ってたよ」
「ただね、心理学の『オートマティスム』って知ってる?  日本語では『筋肉性自動作用』って言うんだけど、思い込みとか自己暗示とかでね、意識に関係なく身体が動いてしまう現象ってのは本当にあるんだよ。これを利用した『テーブル・ターニング』っていう占いもあるし、こっくりさんもその一種って言われてるからね、必ずしも出鱈目ってことはないよ」
「そうなの?  でも、私達のこっくりさんは別物よ。リカの指先、面白いぐらいに強張ってるし」
「まぁ、実際はそんなところだろうな。で、こっくりさんによると俺の好きな人って誰なの?」
「そんなの言うまでもないでしょ?  り、か、って動いたわ」
「リカか……こっくりさんもやってくれるね」
「え?  何?」
「なんでもない。でも、そうか、今度俺もこっくりさんに混ぜてよ。リカの好きな人、聞いてみようか?」
「アハハ、やめてよ!  ちょっと面白そうだけど!」
「じゃ、葵にする?」
「マジやめろ」
「えぇ?  本当にちょっと聞きたいんだけどなぁ」
「じゃ、先に綾人の好きな人、再トライしてからでもいい?」
「いや、それは勘弁して」

 やっぱり、綾人とは今のままでもいいのかも。私が私らしくナチュラルでいられるし、楽しいし、満たされてる。こくって今の関係が壊れるは怖い。私の中の明らかな恋心は、そのままそっと封印しよう。いつか気付いてくれるまで。
 ただ、「こっくりさんもやってくれるね」という綾人の言葉が、頭から離れなかった。多分、「的外れなことを言いやがって」って意味だと思う。でも、心のどこかで「ひょっとして」って思いもあり、どうしても拭い切れなくて。もし、本当だったら……綾人がリカのこと……いいえ、そんなはずない!

 その夜、一人でこっくりさんをやってみたんだ。こっくりさん自体がガセだってことを証明すればいいからね。見よう見まねで交信用のシートを作って、鳥居に置いた十円玉に人差し指を乗せて、一人でいつものセリフを口にしたの。
「こっくりさん、こっくりさん、来てくださりましたか?」

 するとね、十円玉はすーっと動き出して「いいえ」の上でピタッと止まったわ。ほらね、やっぱりこっくりさんなんて来るわけないじゃない!  あんなのガセよ、ガセ!  綾人の好きな子は、リカなんかじゃない!