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掌編小説集

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長編、短編など、小説を文字数で分類する正式な定義はないそうです。ただ、一般的には、4,000〜5,000文字以内の短い物語を、掌編小説(ショートショート)と呼んでいます。 ここで…
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2023年2月の記事一覧

猫ピエロ

猫ピエロ

(本作は2,368文字、読了におよそ4〜6分ほどいただきます)

「吾輩は猫である。名前はまだ無い」
 突然そう話し掛けられると、大抵の人は戸惑うだろう。若しくは、驚くかもしれないし、怖くなるかもしれない。しかし、その老人の場合は、戸惑うでもなく、驚くでもなく、また、全く怖さも感じなかった。おそらく、長年の人生で培った経験の履歴にも見当たらない、とてもレアでイレギュラーな事態に、状況把握の為だけに

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個人事業主の為の経理マニュアル

個人事業主の為の経理マニュアル

(本作は1,970文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)

 毎年、この時期が来ると憂鬱になる。もちろん、確定申告の所為だ。

 憂鬱な理由の一つは、個人事業主としての評価を数値化した時に表出する、受け入れ難い事実に否応なく直面してしまうこと……平たく言えば、もう自営なんてやめちまえ! と言われてるような気持ちになるぐらい、苦しい経営してるんだなと思い知らされることだ。
 しかし、もっと大き

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地に足をつけて

地に足をつけて

(本作は999文字、読了におよそ2〜3分ほどいただきます)

 この香りを表現するならば、「魅惑的」という言葉しか思い付かないんだ。例えるなら、甘美な四重奏のハーモニーに耳を傾けるようでもあるし、優雅で官能的な高級娼婦も連想したさ。或いは、映画でしか観たことないような繊細で手の込んだ晩餐も思い出したし、初恋の淡い記憶も蘇ったし、透き通るような色彩の絵画も脳裏に浮かんだよ。
 そんな魅惑的な香りが漂

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鯉しくて

鯉しくて

(本作は2,482文字、読了におよそ4〜7分ほどいただきます)

 これは、ちょっと残念な……というか、気の毒な人のお話なんだよね。まぁ、俺のことだけど。

 ある日、息子が近くの池にヤゴを獲りに行ったんだけどさ、獲ってきたのはさ、2cm程の小さな鯉だったのよ。天然の鯉の稚魚って、なかなか珍しいだろ? 息子よりも俺が気に入っちゃってね、飼うことにしたんだ。
 30cm程の水槽のセットを購入してね

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ブランコは微かに揺れていた

ブランコは微かに揺れていた

(本作は3,220文字、読了におよそ5〜8分ほどいただきます)

 俺は紫が好きだ。
 紫は、妖艶でいて、高貴な印象を与える色だ。官能的で、気品に満ちている。また、その色合いによっては、インスピレーションを高めてくれ、心身をリラックスさせてくれることもある。
 一方で、俺は紫を畏れている。紫は、見る者の欲望を掻き乱し、本能を剥き出しにすることもある。また、時にはネガティヴな神秘性を孕み、不安定

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コラージュ 2013 〜報道に紛れた数奇な人生群

コラージュ 2013 〜報道に紛れた数奇な人生群

(本作は3,342文字、読了におよそ5〜9分ほどいただきます)

『国内景気は緩やかな上昇が持続と予想 帝国データバンク』
『<AKB48>マンネリ化防げるか?=5回目の総選挙始まる』
『生きた化石=絶滅種パレスチナイロワケガエルが11年振りに再発見!』



【35歳 男 フリーター】

深夜のバイトを終え、帰宅するや否やパソコンを開く。冷め切ったコンビニ弁当を味わうことなく流し込み

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引越し

引越し

(本作は2,572文字、読了におよそ4〜7分ほどいただきます)

 浩美が引越しを思い立ったのには、理由がある。

 浩美がこの街に越して来て、もう七年になる。基本的には、会社と家を往復する毎日を過ごしている。そもそもは、当時交際していた恋人と同棲を始める目的で借りた部屋だった。しかし、彼とは三年前に別れた。その後も浩美は一人でこの部屋に住み続けたが、そのことに特に理由があるわけではない。これと

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