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個人事業主の為の経理マニュアル

(本作は1,970文字、読了におよそ3〜5分ほどいただきます)


 毎年、この時期が来ると憂鬱になる。もちろん、確定申告の所為だ。

 憂鬱な理由の一つは、個人事業主としての評価を数値化した時に表出する、受け入れ難い事実に否応なく直面してしまうこと……平たく言えば、もう自営なんてやめちまえ! と言われてるような気持ちになるぐらい、苦しい経営してるんだなと思い知らされることだ。
 しかし、もっと大きな要因は、確定申告の作業そのものにある。いや、厳密には準備と言うべきだろうか。

 各書類や帳簿や領収書、保険、減価償却、仕入れ、棚卸、損失、補填、還付、借入、税金、売掛、買掛、各種控除……こういった用語を見るだけでクラクラするぐらい、オレは事務ワークが苦手なのだ。
 しかも、生まれ持った忘れっぽい性格と相まって、何が何処にありどう処理するのかが全く覚えられないときた。
 そう、認めたくはないのだが、経営者には向いていないのかもしれない。

 でも、そんなこと言ってる暇はない。迫る期限に焦り、半ベソかいて、あぁでもない、こうでもないと試行錯誤と四苦八苦。ExcelもWordもその他のソフトも、全く使いこなせないから、処理速度は極めて遅く、効率もすこぶる悪い。
 毎年同じところで躓き、悩み、行き詰まる。どこに仕舞ったのか忘れた前年の控えや控除証明を探し、家中をかき回す。一年間、全くつけなかった帳簿を必死で記入し、何でコツコツやらなかったのだろうかと後悔する。
 そして、去年も同じ後悔をしたなと思い出す。

 計算がなかなか合わない上、忘れていたことが後出しジャンケンのように次々と出てきてはやり直し、その連続に気が狂いそうになる。税理士さんにも呆れられ、叱られ、急かされる。

 それでも、何とか期限ギリギリで間に合った。
 最後の3日ぐらいは、家に閉じ籠ったままひたすら書類と格闘し、殆んど飲まず食わず、風呂にも入らず、ろくに眠れず、フラフラ状態。
 ここ数年、いつもそんな感じの綱渡りだ。

 今年こそ、こまめに帳簿を付け、書類を整理し、せめて領収書だけでも管理しよう……そう決意するのも毎年同じだ。しかし、どうせまた、決意だけで終わるのだろう。
 我ながら情けない。

 だから、今年こそ……本当の本当に今年こそ、キチンと帳簿をつけようと固く誓った。とは言え、実際のところ、何から手を付けていいのか分からない。

 そんなある日のこと、たまたま立ち寄った本屋で、気になるタイトルの本に目がいった。

『個人事業主の為の経理マニュアル』

 思わず手に取り、パラパラと立ち読みする。
すると、そこにはまるでオレのことを言ってるかのような文面が溢れていた。

「毎年の確定申告、苦戦していませんか?」
「書類や帳簿の管理、上手く出来ていますか?」
「帳簿をつけようと決意したのに、数ヶ月で挫折していませんか?」

 全部、オレに当てはまるじゃないか!——なので、もっと詳しく読んでみた。すると、まさに目からウロコのありがたい経理術が紹介されていたのだ。

 本によると、毎月1日だけ経理の日を作れば良いとのこと。そして、その日にやるべきことが詳しく、しかも分かり易く説明されていた。
 整理、管理、計算の仕方なども、とても分かり易い。
 そして、「一番大切なことは、頑張り過ぎないこと」とあった。そう、いつも色々とやろうとするから、続かなくなり投げ出すのだ。
 忘れっぽくズボラな性格だからこそ、最低限出来ることだけやればいい。それで、慣れてきたら、少しずつ項目を増やしていけばいいのだ。その優先順序も詳しく説明されている。
 これならオレでも出来るかも! そう思い、早速その本を購入した。

 とは言え、やはり忘れっぽい性格だから、その時になってこの本をどこに片付けたのか思い出せず……なんてオチも考えられる。
 いや、本棚に並べておけば良いだろう? と思ったものの、基本的に本を読む習慣はないし、そもそも、月に一回の経理の日さえ忘れてしまうかもしれない。
 どうすればいいのだろうか……?

 いやいやいや、そんなこと言ってたらダメじゃないか。これから気持ちを入れ替えて頑張るんじゃないのか!
 月一回の経理の日ぐらい、忘れるようじゃダメだろ? それぐらい、覚えられないでどうするんだ? まがいなりにも、経営者だろ? 散々、確定申告に苦しめられたのだから、今年こそはそれぐらいやってやろうじゃないか!

 そう、今年こそ、定期的な事務ワークを習慣付けるのだ。来年から、確定申告に苦しめられないように……

 そう固く決意し、買ってきたばかりの『個人事業主の為の経理マニュアル』という専門書を、本棚の一番目立つところ……視線の高さの真ん中辺りに差し込んだ。
 うん、これで大丈夫!
 万が一、経理の日を忘れたとしても、きっとこの本が目に付く筈だ。

 しかし、その隣には、去年買った同じ本が並んでいた。