【紫陽花と太陽・下】第一話 学校祭[2/2]
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学祭二日目。当日は晴天だった。
一日目は学生だけの日、翌日が一般開放でいろんな人が来る。
私と日向が花壇の縁に座って足をプラプラさせながら、あずさが少しソワソワしながら、みんなRくんを待っていた。
待ち合わせ時間からすでに二十分ほど遅れている。
「遅刻はダメだろ」
「まぁまぁ」
今日のあずさは髪をポニーテールにしてお花の髪留めを付けていた。紫陽花かな?
おそろいのピンクのクラスTシャツに、学校指定のスカート。
昨日も誰かあずさに「学祭、一緒に回ってくれませんか」と告白して玉砕した奴がいた気がする。
「あ、来た」
バタバタ音を立てて、Rくんが走ってやって来た。先日喫茶店で見たのと同じ、彼だった。
「ごっ、ごめん‼︎ 遅れちゃって……‼︎」
膝に手をついて肩で大きく息をした。背中からストンと何かが落ちた。
落ちたんじゃない、子供だ。……小さな女の子が下りてきた。
「椿ちゃんも来たんだな」
「 「……子連れかよ‼︎」 」
私と日向が揃ってツッコミを入れた。
あずさとRくん、それに女の子がキョトンとした顔になった。
「あずささん、ごめんね、椿が今日、学校が臨時休業だっていうから……」
「振替休日か?」
「それだ、それ。僕が出かけるって言ったら、どうしてもって付いてきちゃって……」
するとあずさはすごく嬉しそうに笑って、女の子の頭を撫でた。
「学校のお祭りにようこそ」
「わーいっ! おじゃましまーす!」
「はぁ……。つ、疲れた……」
デートのつもりがまさかの子連れ。遅刻までしたのにあずさは笑顔。
私は不思議な目の前の光景に、しばらく絶句した……。
自分だったら絶対怒っちゃうぞー!
ハタと彼と目が合った。
あー……何か思い当たる顔をしてる。一回しか会ってないはずなのに。
くるりと指を回しながら、Rくんがあずさに尋ねた。
「うーんと、こちらはお友達……かな」
「あぁそうだ。いつも話す……こちらはさくら、こちらが日向だ」
「……どうも」
あずさが私たちを紹介してくれた。Rくんはそれ以上は何も言わず、どこに行こうかとあずさと女の子に相談し始めた。
食べ物を買おうという話になった。
うちの高校は出店……模擬店のクラスは毎年すごく張り切って運営している。火を使うメニューも出せるので、すごくこだわるクラスは難しいメニューにも挑戦する。フランクフルトに焼きそば、カラー綿あめ、たい焼きパフェなんてものもあった。
「ピザたべたい」
女の子……椿ちゃんというRくんの妹が、宣言した。
「ピザ。あるかな」
「お兄ちゃん、さがして」
ピョンコピョンコとRくんの周りを飛び跳ねながら、椿ちゃんが指図した。
その斜め後ろをあずさが歩く。
飛び跳ねるのは、たぶん身長が低いからかな。
パンフレットを見ながら、ピザはなさそうだね、とRくんが言うと、椿ちゃんは目の前の看板を指さして、クレープたべたい、とまた宣言した。
「形で選んでいるのかい?」
「クレープ、どんなあじだろう?」
「そういえば……椿とクレープ、食べたことないかも……」
皆でクレープのお店に並ぶ。成り行きで私たちも一緒について回ることになった。
メニューが見えない……としょんぼりする椿ちゃんを、Rくんはヒョイと抱きかかえて肩に担いだ。それをあずさは微笑んで眺めていた。
小学二年生だと言っていたから割と体重もあると思うのに。
というか、妹だけどさ。抱っこって。恥ずかしくないのかな。
「いちごミルクある! ……あ、チョコバナナも!」
どうしてこんなに違和感があるんだろう。
私が首をひねっていると、日向がポツリと呟いた。
「普通の男子と、やっぱちょっと違うね」
私たちが並んで待つ間、男子たちが数人すれ違った。
ワァワァ大きな声ではしゃぎながら、時々肩を小突きながらふざけて歩く。
それをRくんは微笑んで見つめていた。
笑っているけど、なんだかすごく寂しそうな笑顔だと思った。
クレープを食べて、カルピスを飲んで、フライドポテトをつまんだ。
チュロスを椿ちゃんがリスのように齧り付いていた。顔中砂糖だらけだ。
あずさが、椿ちゃんの口を拭いてあげていた。
Rくんがリュックの中から濡れタオルを出して、椿ちゃんの手を拭いてあげていた。
私と日向は、それを見ていた。
あずさはよく言っていた。リョウスケは、家族を大事にする人だ、と。
あずさが初めて食べるクレープで四苦八苦していたのを見て、Rくんがリュックの中から紙皿と割り箸を出したのには驚いた。
「大きく口開けて食べるの、苦手かと思って」
そう言って、割り箸で上手にクレープを小さく切り分けて食べているあずさを見て、笑った。
ひとしきり食べた後、あずさと椿ちゃんがトイレに連れ立って行った。
微妙な沈黙が降りる。
初めに口を開いたのはRくんだった。
「……前にお店に、来られましたよね」
「やっぱ分かっちゃったか」
「行った行った」
「今日会って、びっくりしました」
まっすぐに私を見つめてきた。裏表のない言葉通りの気持ちがすうっと伝わってきた。
「ミルクセーキもソーダも、すごい美味しかったです」
「ありがとうございます。店長が作ってるものは、どれも美味しいですよ」
少し逡巡してから、Rくんが言った。
「もしかして、この間は、僕がどんな人か見に来たんですか?」
ご明察。コクコクと私たちは頷いて言った。
「あずさがね、あ、私たち、一年生の頃からずっと一緒にいるんだけどさ」
「口調、タメに戻ってるよー、さくら」
「いいですよ。さくらさんと日向さんの話は、あずささんからいつも聞いています」
Rくんは微笑んだ。
「……あずささんを支えてくださって、ありがとうございます」
あずささんがどこまでお二人に話をされているかわからないので、あまり言えないのですが、と前置きをしてから、
「それでも、毎日楽しいって、学校に行っているので」
「 「……」 」
「お二人がいてくれるおかげです」
これではまるで夫のようだ。それか、保護者のような。
Rくん、彼を、不思議な人だと思った。
同い年とは思えない、今までに出会ったことのない目をしていた。
「私、こう見えてもさ。あずさが大事なんだよね」
私は挑むように足を組み直して彼に向き合った。
「あずさを泣かせたら、承知しないよ」
彼は目をパチクリさせて、それから神妙な顔で頷いた。
「努力します」
「さくらぁー、あんたはあずさの親かい?」
日向がいつものようにとぼけてツッコミを入れた。
遠くからあずさと椿ちゃんが手をつなぎ、何やら笑い合いながらこちらに来る。
私と日向はこんなに笑顔があふれるあずさを初めて見た。
彼がそんな二人を、愛おしそうに眺めていた。
(つづく)
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