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個人が良くても集団が良くならないのはなぜ?今日の写真は今日の朝食。焼き飯だ。

個人が良い結果を得られても、それが集団全体に良い結果をもたらさない場合、いくつかの理由が考えられます。

  1. 利害の対立: 個人の利益と集団の利益が一致しない場合、個人の行動が集団にとって不利益となることがあります。これは自己中心的な行動が原因となる場合もあります。

  2. トラジック・コモンズ問題: 共有資源や共通の利益に対して、個人が利益を追求することが集団全体にとって損失を生む場合があります。個人がその利益を最大化しようとすると、共通の資源が過剰に利用されてしまいます。

  3. コーディネーションの欠如: 集団全体に利益をもたらす行動を取るためには、メンバー間の協力や調整が必要です。しかし、コーディネーションが上手くいかない場合、個人の良い行動が集団に及ぼす影響は限定的になります。

  4. 過信と相互作用: 個人が自分の行動のみに注目し、他のメンバーの行動や集団全体の影響を過小評価している場合、集団全体に良くない結果をもたらす可能性があります。

これらの要因は、社会的なシステムや人間関係において複雑な相互作用があるために起こることがあります。集団全体の利益を最大化するためには、個人の行動が共通の目標に合致し、協力と調整が適切に行われる必要があります。

最初があれば最後があります。目的を持ってしまうと目的達成が最後となるのです。最後を迎えたく無ければ達成できない夢を持つことです。

利益を得る目的は比較的簡単に設定できる目標になります。達成できた時に最後となり、また新たな目的が設定できて新たに始められれば良いのですが、その目的が個人の目標と集団の目標で異なっていたならばどうでしょうか?

個人が集団を利用して個人の目的を達成させようとするのが民主主義です。
集団が個人を利用して集団の目的を達成させようとするのが社会主義です。

これからの世界は個人の目的と集団の目的の両方を達成させる為にどうすれば良いかを考えながら進める社会になっています。個人が集団を考えない。集団が個人を考えない。片方が犠牲になったならばそれは罰せられるのです。

集団の目的は個人の目的の集まりで無ければいけないのです。個人の目的が達成できない夢であったとしても集団の目的になった時に達成可能な夢であって欲しいのです。

私個人の夢は世界平和です。世界平和の夢を達成する為の道は朝の食事から続いた道です。夜眠れること。食事ができる。noteの記事が書ける。毎日の当然のように行っている行動が世界平和に繋がっていると自覚して変化に気づいてすぐに対応する。

神社の神様にお願いしていることは「この幸せがいつまでも続きますように」感謝の気持ちを込めて「願いを叶えてくださってありがとうございます」難儀、苦難、困難などは学ぶきっかけです。

厄を除ける必要があると知ったのは学んだ結果です。果敢に立ち向かう勇気は必要ありません。厄除けのお札に頼って良いのです。

#一万個の幸せ #御坊市 #エッセイ #パンダのポッさん