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わたしは心を開けない。

一般社団法人 学士会の会誌"NU7"に記載されたエッセイを転載したもので、2021年3月号の原稿です。以下、本文↓

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あなたは心を開かない。


この言葉を何度か受けた事がある。自覚はあるし、分かってはいても、そう簡単に改善できない事もある。

その理由が2つある。
1つは親から小さい頃に、「兄ちゃんはあまり弱音を吐かないけど、お前はすぐ口に出る」と言われた事。比較されて悔しかったが、要領の良い兄の前に、繊細で不器用な私に抗う力はなかった。出した結論は”余計な事は言わない”。親に話す内容は、事前に仕分けていた。もう1つは、いじめられた事。良い人過ぎたり、優し過ぎたりする人は損をする。田舎の学校で、親が大学教員で、繊細で不器用な性格で、かつお利口な優しい子供はカモでしかない。誰かが仮面を被って、孤独な心を開かせようと企み、まんまとそれに乗れば、梯子を外されて崖から落ちるだけだろう。

高校の時、県内有数の進学校にいた私は、深海の海底に沈んでいた。それでも酸素を吸おうと、休み時間も机で抗っていた。同級生は私の前で、「本当に無駄な努力が好きだな」と鼻で笑った。就活の佳境を迎えていた大学院生時代のある時、とある先生に「基礎学力が無い、違う大学から来た院生が、なぜ北大生と同じレベルの就活をするのか?」と言われた。どちらも言われる所以は無いが、なぜか飛んでくる言葉の矢に悩まされた。嵐が過ぎ去るまで、自信と口数を減らさざるを得なかった(実際はよく喋るので、陰鬱ではなかったが)。

 社会人になって気づいたが、生きていくために必要な能力は演技力で、その習得は極めて順調だった。しかし、それはどこか虚無が漂う。友人にも好きだった人にも、親しくしてくれた人にも「あなたは心を開かない」と言われた。残酷に好意を台無しにした事も複数あるのだろう。後で気づいてズキっと鈍く痛んだ事もある。その度に、自分の優柔不断を呪いながら、しかし誰にも何も言わずに仕事に戻った。

最近、美しい画が撮りたくて、最新のミラーレスを買った。Carl Zeissのレンズもさっき届いた。せめて、自分が捉える世界は美しくありたいと思う。もう、自信を太陽の下に晒しても良いだろう。


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