大河の向こう側
ある夜。男と女が電話をしているようだ。
男 そこがどこなのか、わからなかった。
見当もつかなかった。
女 ふーん。
男 向こう岸がずっと遠くに見えて、
渡るのにきっと何時間もかかる。
女 そこには一人だけ?
男 いや、他にも。川を渡っていく人たち。
女 舟で?
男 歩いて。
女 歩いて?
男 多分、歩けるぐらい浅い川なんだと思
う。
女 渡辺君は渡らなかったの?
男 うん。
女 他の人は渡ったのに?
男 うん。
女 どうして?
男 なんか・・・渡っちゃいけないような気
がした。
女 足は?
男 足?
女 足もつけなかったの?
男 うん。
女 透き通っていたのに?
男 透き通っていたから。
女 雲一つない天気だったのに?
男 雲一つない天気だったから。
女 いやいや、あたしだったら絶対飛び込
む。
男 君ならそうするだろうね。
女 白浜行った時も一番に飛び込んだよ、あ
たし。
男 白浜は海だよ。
女 海でも川でも一緒。
男 白浜なら僕も飛び込むと思う。
女 白浜より綺麗だったんでしょ。
男 もちろん。
女 おかしいよ。絶対。
男 あの川を見たら同じことを思うよ。きっ
と。
女 何で行かなかったの?
男 ・・・綺麗過ぎた。なんか、気味が悪い
ほど綺麗な川だったんだ。
女 綺麗なところは大体気味が悪いもんよ。
男 そう?
女 よくあるじゃない。世界の絶景なんや
ら、みたいなやつ。そこに出てくるよう
な場所も、確かに綺麗なんだけど、カラ
フルすぎたり、大きすぎたり、変なの多
いよ。この世とは思えないぐらい。でし
ょ?
男 ・・・
女 渡辺君?
男 上手く言葉にできない。
女 そう?
男 確かに、すごく綺麗な場所なんだけど、
とても悲しいんだ。きっとその川の水は
すごく冷たくて、もし足を入れたら、入
れたことを後悔するくらい。
女 ふ~ん。
男 うん。
女 ・・・
男 入院中はその夢ばっかり見てた。
女 ずっと?
男 うん。
女 同じ夢ばっかり見るのって、頭とか大丈
夫なの?強く打ったんでしょ。
男 何回か検査してるけど、特に異常はない
みたい。
女 あったら退院なんてできないよ。
男 たしかに。
女 話し合いは?
男 退院してからになると思う。まあ、向こ
うの信号無視だからこっちは悪くない
し。
女 そっか。
男 ・・・
女 良かったね。無事退院できそうで。
男 うん。
女 ・・・
男 ・・・
女 寝る?
男 うん。寝る。
女 明日迎えに行くよ。
男 ありがとう。待ってる。
女 じゃあね。おやすみ。
男 うん。おやすみ
おわり
作 TAKUMI
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