TAKUMI

日本脚本家連盟スクールにて脚本修行中。 短編小説や戯曲などをゆったりと書いておりますの…

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日本脚本家連盟スクールにて脚本修行中。 短編小説や戯曲などをゆったりと書いておりますので、暇つぶしにでも読んでみてください。

最近の記事

甘橙:おれんじ(原作 梶井基次郎『檸檬』)⑥/⑥

私はスキップをしながら、店の前から続く緩やかな坂道を下って行った。人とすれ違う度に冷ややかな視線を感じた気がしたが、そんなことはどうでもよかった。背中に羽が生えたマリオのように、三段跳びをすれば空も飛んで行けそうだった。 ・・・あっ。 私はハッとして立ち止まった。その瞬間、私の頭の中はあの丸い物体で埋め尽くされた。そして、私の腹に収まるべきだったその物体の切れ端は、未だに定食屋の膳の上にある。もうお分かりだろう。私は謎の魚に貪りつくあまり、あろうことかオレンジを食べ忘れた

    • 甘橙:おれんじ(原作 梶井基次郎『檸檬』)⑤/⑥

      何時間歩いたことだろう。どこからか、旨そうな匂いがする。 それはどうやら、すぐ近くから発せられているらしい。いつの間にか私は、古びた定食屋の前で立ち止まっていた。店の看板には「定食屋・丸善」とある。それを見た私は、近所に同じ名前の本屋があることを思い出した。私は本屋というものが嫌いである。 なぜか。そもそも本が嫌い、文字が嫌い、本屋に漂う紙の臭いが嫌い。先ほど例に出した『走れメロス』だって、教科書に乗っていたから仕方なく読んだだけで、文字の羅列を見ていると目がチカチカ

      • 甘橙:おれんじ(原作 梶井基次郎『檸檬』)④/⑥

        目を覚ますなり高見沢から質問攻めにされた私は、事の経緯を全て話した。その間、高見沢は腕を組みながら目を瞑り、「うん」やら「ほお」やら言いつつ私の話をじっと聞いていた。 そういえば高見沢は、いつからか何かに目覚め、大学の頃とは外見に明らかな変化が生じた。まず服装。かつてファッション誌を読み漁り、女子受けコーデの研究に没頭していた彼が、ある日突然ボロボロの浴衣を着るようになった。スタンスミスのスニーカーは薄汚れた下駄に変わり、愛用していたセカンドバッグは古着を再利用した巾着袋

        • 甘橙:おれんじ(原作 梶井基次郎『檸檬』)③/⑥

          深夜のこと。私と涼子は些細なことから口論になり、互いへの不満が爆発した。記すにもおぞましい罵詈雑言の中、あろうことか涼子は私の浮気を責め立て始めた。身に覚えのない疑惑に反論し続けるも、涼子の怒りはとどまることを知らず、しまいに彼女は部屋にあった思い出の品々を私に投げつけ始めた。初めて買ったマグカップ、誕生日にプレゼントしたネックレス、夢の国で買ったドデカいぬいぐるみ、などなど。投げつけられた物すべてに彼女との思い出があり、私に当たった思い出たちは、床に落ちて砕けていった。

        甘橙:おれんじ(原作 梶井基次郎『檸檬』)⑥/⑥

          甘橙:おれんじ(原作 梶井基次郎『檸檬』)②/⑥

          ここからは元演劇部らしく、脚本調で記してみよう。 ✕   ✕   ✕ 場所:京都市内・某居酒屋  時:私が二年生の春・夜も更けた頃 新歓コンパ。酒池肉林の中、泥酔した男①・②が明らかに光輝く涼子を囲み、談笑している。少し離れた所で、彼らの話をきいている私。(多少、事実からの改変あり) 男①  リョーコちゃ~ん。好きな奴いないの~? 男②  ずーっとハッキリしないよね? 男①  その気にさせて何もないとか、最低だよ? 涼子  思わせぶりをして、ごめんなさい・・・ 男① 

          甘橙:おれんじ(原作 梶井基次郎『檸檬』)②/⑥

          甘橙:おれんじ(原作 梶井基次郎『檸檬』)①/⑥

          得体の知れた不吉な塊が、私の腹の中を終始押さえつけていた。怒りと言おうか、虚しさと言おうか、酒を飲んだ後に二日酔いが来るように、その塊は私の中に居座っていた。この塊の正体について、私は大凡検討がついている。それは、散っていった恋慕の情。そう言えば確かにそんな気がする。友情と慰めの証。否、そんな美しいものではない。己の罪と罰。うむ、誰しもが「その通り」と頷くであろう。 どうやら時刻は昼過ぎらしく、スーツ姿の男たちが、憐れむような目で路上に転がる我々を見下ろしていた。私は体を起

          甘橙:おれんじ(原作 梶井基次郎『檸檬』)①/⑥

          金曜の金髪、光源氏。

          『人は、なぜ働くのか』  電車内で見かけた広告(何の広告かは忘れたけど)に書かれた言葉を、俺は美容室の鏡を見ながら思い出している。 「今日もいつもの感じでいい?」 カオルさんがそう言うと、 「いつもより明るめにしてくれる?」 俺はそう言う。 「気合入ってるねえ。いいことあった?」 「聞いてくれる?」 「なになに?」 「俺……ナンバー入りしちゃった!」  数時間後、俺は表参道を原宿方面へ歩いている。すれ違う女が振り向く。ショーウィンドウに映る自分の姿を横目で見ながら「今日

          金曜の金髪、光源氏。

          抱負2021

          皆さま、あけましておめでとうございます。 今年の目標は、 其一、ひたすら執筆。 其二、ひたすら筋トレ。 というわけで、ムキムキの物書きになろうと思います。 2021年も、よろしくお願いいたします。 TAKUMI

          抱負2021

          天国に一番近いオリオン

           暗闇の向こうから、かすかに波の音が聞こえた。波の音はやがて僕に近づいて来て、僕をザブーンと飲み込むと、パッと光が射した。夜が明けた。    目を開けると、そこは天国だった。光の射す大きな窓、風に揺れる白いカーテン、ホテルのすぐそばにあるビーチからは、波の音が静かに聞こえていて、僕はしばらくの間その音を聴いていた。一人旅で初めて来た沖縄の、あのひとりぼっちの朝は、今のところ僕の人生最高の目覚めだ。  僕はキングサイズのベッドから身体を起こし、乱れたパジャマを整えると窓からベ

          天国に一番近いオリオン

          終着駅

          そこはどこかの駅のホーム。辺りは夜なのかとても暗く、ぼんやりと霧がかかっている。ベンチでは田原と美子が座り、話をしている。 田原 びっくりした、こんなところで会うなんて。 美子 そうですね、すごい偶然。 田原 何年ぶり? 美子 大学の同窓会以来じゃないですか。 田原 じゃあ10年? 美子 それぐらい。 田原 そっか。もうそんなになるのか。時がたつのは早いね。 美子 ええ。 田原 この歳になったらさ、もう5年も10年も一緒だよね。一瞬で過ぎちゃう。 美子 ほんと、あっという間

          終着駅

          1GBの手紙

          クシャ クシャ ぽいっ カキカキ  ケシケシ クシャ クシャ ぽいっ カキカキ ケシケシ クシャ クシャ ぽいっ カキカキ ケシケシ クシャ クシャ ぽいっ カキカキ ケシケシ カキカキ ケシケシ カキカキ ケシケシ クシャ クシャ ぽいっ 1GBじゃ 伝わらない 500,000,000文字じゃ 伝えられない 拝啓、あなたへ。

          1GBの手紙

          わたしが眠るまで(原曲:DREAMS COME TRUE『やさしいキスをして』)

          あの曲を聴いてから、 眠りたいけど眠れないの。 わたしの隣には、 いつもあなたがいる。 髪を撫でて、 肩を抱いて、 わたしが眠るまで。 ふっと見ると、2時13分。 わたしが寝返りを打つと、 あなたは一瞬消えちゃうけれど、 こっちからあっちを向くと、 あなたはもうそこにいるの。 髪を撫でて、 肩を抱いて、 わたしが眠るまで。 ふっと見ると、3時5分。 すべてをバカらしく思って、 わたしは一度目覚める。 ふっと見ると、3時33分。 意味は無い

          わたしが眠るまで(原曲:DREAMS COME TRUE『やさしいキスをして』)

          ミレニアム・バグ

          ー生き残るのは、強い者でも、賢い者でもなく、変化できる者であるー そこはある会社のオフィス。二人の女子社員が、互いに黙ったままパソコンに向かっている。二人が履いていたハイヒールは、とうに脱ぎ捨てられている。しばらくして、女1が突然歌い出す。 女1 ユーアーオーウェズゴナビーマイラブ。 女2 え? 女1 ・・・え、何? 女2 いや。別に。 女1 ・・・ 女2 ・・・ 女1 ユーウィルオーウェズビーインサイマイハー。 女2 はあ? 女1 え? 女2 何、何なの? 女1 何が?

          ミレニアム・バグ

          思い出はいつの日も雨(原曲:サザンオールスターズ 『TSUNAMI』)

          「もう会うことは無いかもね。」  ああ、また思い出しちゃった。その言葉は、突然僕の前に現れて、僕を残して去っていく。あの時僕は、彼女に呪いをかけられた、そんな気がする。これから先、誰も好きになれないし、ずっと一人ぼっちの夜を生きなければならない呪い。彼女には、それを言われたのを最後に、本当に会っていない。  僕は部屋のベッドに横になり、目を閉じた。こんな夜は早く眠ってしまうことにしていた。眠ってしまえば、また忘れられる。早く忘れたい。でもなんとなく、電器は消したくない。なぜ

          思い出はいつの日も雨(原曲:サザンオールスターズ 『TSUNAMI』)

          乾杯 my mother

          「いつでも帰っておいで。」 新幹線の窓から見える夜景を眺めながら、僕は母の言葉を思い出していた。 あれは、昨日の夜。実家の居間で。冷蔵庫に缶ビールとカルピスサワーを見つけたから、久しぶりに母と呑もうと思った。 僕 ねえ、ビールとカルピスサワーどっちがいい? 母 う~ん、好きな方選んでええよ。 僕 じゃあ、ビールもらっていい? 母 うん。 僕 やったあ。 母 でも一本は多いわ。 僕 そう?じゃあさ、カルピス分けようや。 母 足らんのちゃう? 僕 ええよ。足らんかったらビー

          乾杯 my mother

          乾杯 my father

          「君の人生に、興味ない。」 その日、父から言われた。 あれは、新橋の居酒屋で、 はじめて二人きりで呑んだ夜。 父 はい、乾杯。 僕 乾杯。 僕らはビールを飲んだ。 父  最近どう。仕事頑張ってる? 僕  うん。まあまあ。やっと仕事任されるようになった。 父  お、そりゃええこっちゃ。 僕  ちょっと前までさ、やたら怒られるし、上司なんか機嫌悪かったら挨拶返してくれなかったし。それが最近急に態度変わって、何、その手のひら返しって感じ。 父  おる。そんな上司おる。

          乾杯 my father