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にがうりの人 #79 (真贋と考察)

(中略)
「もしもし、お願いです。すぐ来てもらえますか?大変な事になっているんです」
 Tの声は尋常ではなく、むしろそれがGを冷静にさせた。
「おいおいそんなに慌ててどうした?」
「とにかく、とにかくAの家に来て下さい」
 時折、雑音が混じり聞き取りにくい。
「Aの家?なぜそんなところに君がいるんだ?いったい何があった?落ち着いて話せ」
「早く、早く」
 そこで電話が途絶えた。Gは混乱した。だが、現実にTの様子はおかしい。とにかくTの家に向かわなければ。
 Gは急いだ。普段から冷静沈着なTが取り乱し慌てる事など今までに無かったからだ。
 しかし不思議に思っていた。なぜこんな夜に教え子であるAの家に彼がいるのか。ともかくGはタクシーをつかまえた。
 胸騒ぎがする。

 Aの家は閑静な住宅街にある。家の前でタクシーを降り、見上げた。静寂が辺りを包み込み、Gにはそれがいっそう不穏で逃げ出したくなる衝動に駆られる。
 耳の近くで自分の鼓動がうるさい。
 Gは震える手で門扉を開け、インターホンを押した。反応がない。もう一度押す。無反応。意を決しドアノブに手をかける。カチャリと音を立てて、屋内から暖色の光が漏れた。心臓はうなりをあげて早鐘を打っている。ドアを開けると玄関には靴が綺麗に並べられていた。

「T、いるか?」

 Gは裏返りそうになる声を必死にこらえ、Tを呼んだ。反応はない。後ろ手でガチャンとドアを閉める。その瞬間まるでそれが世界を分断する音のように思え、身震いした。
 三和土を上がると目の前に二階への階段があり、その脇を通ってリビングへ入る。リビングの戸は半開きになっており、中の明かりはついていない。Gは照明のスイッチが分からず手探りで中へと入った。

「T、どこだ?」

 もう一度声をかける。やはり反応はない。一歩進んだその時、つま先に何かが当たるのを感じた。Gはとっさにしゃがみ込み暗闇の中でそれを拾い上げた。
「ああ」
 べっとりとした感触が指先に伝わり、Gは思わず声を上げ、尻餅をついた。廊下から漏れる明かりを頼りに手の中の物を見る。
 生臭さが鼻をかすめその鮮烈な赤に卒倒しそうになった。拾い上げた物は血液のついた出刃包丁だった。

「T!」

 今度は声を荒げた。しかし反応はない。むしろ生命を感じる事はなかった。足はまるで自分の物とは思えない程震え、容易に立つ事が出来ない。這うようにしてようやく手探りでスイッチを見つけると、血の付いた指先でオンにした。

続く

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