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にがうりの人 #68 (鷹揚なる勇断)

 普段はマスコミや野次馬がひっきりなしに押し寄せてくるため、津田沼が私の窓口となって来客はほとんど対応してくれていた。だがその男は直接私を訪ねて来た。普通であれば柔和な表情は親近感を覚えるだろうが、警戒心にとらわれていた私には疑念しかなかった。男は父の弁護士だと言う。

「お父さんの事で話したい事があるんです」

 父の何を弁護するというのか。私は父の罪に情状酌量の余地など無いように思えた。もちろんあんなにも温厚だった父が人を平然と殺めるなど想像もできなかったが、父本人が自白してしまった今、事実は一つしかない。私はいつの間にか家族すらも客観視するようになっていて、それが時に自分でも怖かった。

「高峰さん、何されているんですか」

 玄関で話をしていた私達の背後から聞き慣れた通りの良い声が聞こえた。振り返ると津田沼が慌てた様子で近づいてくる。まるで別人の形相が私を驚かせた。そしてそのまま男に詰め寄った。

「いいですか。彼と話すのは私を通してください。いくらあなたが父親の弁護士とはいえ事件の事を蒸し返されるのは息子さんにとって負担なんですよ」

 私は津田沼の心遣いに感謝していた。この数日間、興味本位に追い回され心身共に衰弱しきっている。人々は世の中が退屈であるがゆえ、自分と距離を置いた事件や事故になんの感情もなく好奇の目をよせる。そのただならぬ残酷さを中学生の私は嫌というほど感じていた。津田沼にしがみついて辛うじて立っている。彼をそれほどまでに信頼し、そして頼もしく思っていた。

「お父さんは元気だから、面会に来るといい」

 高峰と名乗るその弁護士は津田沼のすげない対応にも微笑み、私の頭に手を置くと物腰柔らかにそう言った。だが、その眼差しは鋭く、力強い。この数日私を取り巻いている野次馬とは明らかに違い、言い知れぬ決意があるように思えてならない。高峰は最後まで微笑みを残し、去っていった。

「余計な事に気を取られてはいけない。お父さんもお前もきちんと気持ちの整理がついてから会った方がいい。とにかく今は自分の未来だけ考えていればいいんだ」

 津田沼は高峰弁護士が去った後、私を諭すようにそう言った。
 確かに情報が錯綜している。マスコミは父の過去を洗い出してはありもしない事をテレビや週刊誌から垂れ流していたし、世論はそれに同調しつつある。そういった意味で津田沼の主張にも一理あったが、私は父との面会を希望した。彼が自白している以上、会う必要性も無いなどという嘯く自分自身も存在したが、それでも心の奥底で真実を疑っていた。それは客観視することが常になっていた事よりむしろ唯一の肉親である父を失くしたくない思いが勝っていたのかもしれない。
 津田沼は渋ったが私が懇願するとついには折れ、自分も同伴ならばと面会を承諾してくれた。

続く

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