ジョーダン・ハーパー氏の『拳銃使いの娘』を読む

▼「熊を持っていけ。あいつは役に立つ」とネイトは言った。

▼読んでいる途中、まるでとびっきりの連続テレビドラマみたいだな、と思った。それもそのはずで、これはアメリカの人気テレビドラマの脚本家が初めて書いた小説だ。

ジョーダン・ハーパー氏の『拳銃使いの娘』(鈴木恵訳、ハヤカワミステリ、1836円)。

▼この本は〈全米図書館協会が「YA世代に薦めたい大人向けの本」に贈るアレックス賞〉をとったそうだ。いかにもアメリカ社会らしい選書。日本の「公序良俗」に照らすと、この犯罪満載の小説をヤングアダルトに薦める人は少ないだろう。

▼ハヤカワオンラインから本書の紹介。

〈【アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀新人賞受賞】 11歳のポリーの前に、刑務所帰りの実の父親ネイトが突然現われた。獄中で凶悪なギャング組織を敵に回したネイトには、妻子ともども処刑命令が出ており、家族を救うため釈放されるや駆けつけたのだった。だが時すでに遅くポリーの母親は殺されていた。自らとポリーを救うため、ネイトは父子で逃亡の旅に出る。暴力と犯罪に満ち危険と隣りあわせの旅の中で、ポリーは徐々に生き延びる術を身に着けていく。迫る追っ手と警察をかわして、父子は生き残れるか? 人気TVシリーズのプロデューサー、脚本家が放つ鮮烈なデビュー作〉

▼まったく想像もしていなかった逃避行の中で、少女が成長し、父との関係が変わっていく。

これは古今東西、いい小説の共通項だが、日本に住んでいたら絶対にお目にかかれないたくさんの人々と出会うことができる。アメリカの犯罪風俗、社会風俗の一端ものぞくことができる。そして、じつに文章がうまい。とくに主人公の少女ポリーの造形に舌を巻く。

▼以下は筆者が読んでとくに気に入った箇所だ。それまでほとんどまともな会話をしなかった(できなかった)ポリーが、初めて生き生きと話す場面なのだが、前後の説明をすると興(きょう)を削(そ)ぐので割愛(かつあい)。

〈「で、母さんはどうしたかっていうとね、ユダヤ教徒になりたいならなってごらんなさいと言って、あたしをあのオンタリオ(フォンタナの西隣の市)の礼拝所に連れてってくれたの。そこはちょっとクールでね、すごい古い本があって、それを読むんだけど、まじで普通の教会とおんなじくらい退屈なの。だからあたし、自分はユダヤ教徒でも何教徒でもないことにするって決めたわけ。でも、やってみたのはいいことだって、母さんは言ってくれた」

 ポリーは舌で歯をなめた。父親に抜かれた歯のあとに生えてきた歯を。代わりが生えてくるものもあれば、絶対に生えてこないものもある。そう思いながら、ガーゼの上に包帯をあてて巻きはじめた。〉(82頁)

▼最初から最後まで、読めば映像が頭に浮かぶように、緻密(ちみつ)に計算され尽くされた構成だ。目次は、

第一部/金星から来た少女 内陸帝国(インランド・エンパイア)※内陸帝国とは、カリフォルニア州南部の内陸部のこと

第二部/子連れ…… ロサンジェルス

幕間劇/捕鯨船の人肉食 高地砂漠

第三部/歩くゾンビ 高地砂漠

第四部/ペルディード カリフォルニア

最後まで読み終わった後、この「ペルディード」という言葉を読み返すと、涙が出てくるわけだ。

目次に「子連れ」という一言があるが、作者のジョーダン・ハーパー氏は日本の傑作時代劇「子連れ狼」の影響を受けているそうだ。

▼254頁と短い分量で、手軽に、一気に読めるのでオススメ。1冊1800円超で、ふだん本にあまりなじみがない人のなかには「高いよ」と思う人もいるだろうが、たとえば4、5時間かけて、いい映画を1本観る(日本の映画代は大人1800円)と思えば、この本のコストパフォーマンスはとても高い。

とくに「レオン」が好きな人は、きっと気に入ると思う。

▼登場人物についてふたつだけ触れておくと、まず、主人公の少女ポリーは11歳で、ぬいぐるみの熊とともに生きているのだが、この熊にしびれた。読んだ人は全員が抱く感想だろうと思う。

〈横向きに寝ころんで、熊を抱いた。/熊は汚れた手でポリーの腕をさすった。よしよし、よしよし。それで少し気持ちが落ちついた。熊が本物でなくてもかまわなかった。大切なのは、熊が真実だということだった。〉(26頁)

▼もう一人、ある登場人物を紹介するくだりから。

〈……こういうときの自分はジャンキーの時間を生きているのだった。人は誰でも何かにのめりこむ。ドラッグとか、酒とか。ピザとか、半ガロン・カップ入りの炭酸飲料とか、白い上っぱりを着た連中のこしらえる料理とか、携帯のてっぺんから電子の宝石が降ってくるゲームとか。だが、人はみな研究室のラットであり、みな頭蓋に何かを突き刺していて、ペダルを踏むとそれに刺激があたえられるようになっている。いちばんいいのは、自分をもっとも高ぶらせるが、もっとも命を縮めないものを見つけて、それを追求することだ。〉(62頁)

もっともな話だ。〈自分をもっとも高ぶらせるが、もっとも命を縮めないものを見つけて、それを追求すること〉。評者の人生にとって「それ」は読書になった。

本が好きな人はみんな知っていることだが、じつは読書も危ない。読書が命を縮める場合もあるからだ。この真理を、読む側でなく、書く側からいえば、「ペンが人を殺す」場合もある。

読書で命を縮めてしまった友人もいたが、評者は今のところ、そうはならなかった。それはとても幸運なことだったと、『拳銃使いの娘』のような快作エンタテインメントを読んだ時に思う。

(2019年1月30日)

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