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season7-1 黒影紳士 〜「白心願華」〜逃亡せし君🎩第一章 1芒 2願い

プレリュード 硝子

「黒影……。この懐中時計はな、針が僕らだ。そして、周りを囲む黒いインデックス……これが本だ。僕は時計の針を一周回す。12冊。此れで半年だ。二週目で丁度一年分。……定期的にゆっくりだが、嬉しくも哀しくも時を食うのが本と言うもの運命である。書く側も、読む側もだ。季節は美しいが短くなったり長くなる。……この時計の様な物だ。僕の人生は。
 たがな……このインデックス一つ一つの間に、何を詰め込み、如何であったか遠くから……見たいと思う事がある。この硝子の中の忙しなく動く日々から……硝子を割って行けたらならば……もっと、何か出来たのではないか。
 大切な物を大切に……もう少しは幸せに出来なかっただろうかと……そう思う事が増えた。」
 創世神は……僕らを書いているが、其れでも未だ……硝子の中の人……。
 僕にはその硝子すら見えない。
 世界や空間と言うものは無限だ。
「……あの……僕は其の先へ行ってみたい。僕がその硝子……割ってとっと先へ行って見て来ます。」
「そう言うと思った……。黒影。だから、時計の話をした。長いこれから先の「黒影紳士」に、依頼して託すよ。……後悔したくないんだ。頼んだよ。」
 ……創世神のいる世界の遥か上……厄介な願いでもあるが、在ると聞いた時、其れを見てみたいと、真実を求めてしまう。
 次の突破すべき壁は如何やら透明な硝子らしい。


――――――――――――――

 第一章 芒

 黄金色の景色の中
 家路を急いで走り出したのは
 君が其の光の中にいると
 確信したからである

「待って……。ねぇ……何処?ねぇ、何処なの?……璃(あき)……璃ってばっ!」

 ……璃?……如何しよう……。

 私は比留間 夏輝(ひるま なつき)。夏に産まれたから夏輝。妹は私の次に産まれたから春夏秋冬で数え、次は秋だねと璃(あき)と名付けられた。
 二番目に産まれたからと言って、何時も私の後に来る様な名前……。可哀想……本当に……可哀想。
 えっ?璃の名前と順番の事ではないわ。
 可哀想なのは……そんな妹と比べられた私よ。
 お勉強だって、運動だって璃の方が何でも私より簡単に卒無く熟す。
「夏輝」なのにって……私は一つしか違わないのに、名前ばっかりが先走るとクラスメートに良く揶揄われたわ。
 嫌いだった。
 いなくなってしまえばって……思って……登下校の帰り道で、あの日が来る迄は。
 見上げれば真っ赤な夕日……真下の芒が生えた原っぱは、その色を黄金色の麦の様に変え……美しかった。
 けれど、璃を見失った私は其れどころでは無く、その日……ランドセルを放り投げ、背丈以上もある日本芒の間を必死で掻き分けた。
 何処までも……緑と焼けた茶の長い葉が目前にあり、頬や掻き分ける手の甲に、傷を付けて行く。
「……もう!璃ったら!日が暮れてしまうわよっ!」
 私は紙を擦った様に、後からじわりじわりと滲む痛みを不愉快に想い、叫んだ。
 ……そうだ。……音が……無い。
 私は其の時初めて気付いた。
 璃も芒の中にいるのならば、ガサガサと芒を掻き分ける音が鳴る筈では無いかと。
 私は立ち止まり……右も左も分からない芒の原っぱの中、目を閉じて耳を澄ました。
 ……あの子ったら、タチの悪い隠れん坊でもしているのねっ!
 余りにも静かで……きっと息を潜めているのでは無いかと思ったのです。
 次第に日は無常にも見る間に落ちて行き、薄らと紺青が差し、闇を迎えようとしておりました。
 どんなに焦っても、走っても……璃が……いない。
 先に帰ってお母様に言おうかしらん?……大事にするに違いないわ。
 ご近所様に連絡して、総勢で……。
 ……また……出来の悪い……私の所為?
 一緒にいたのにって……。

 ……そうだ。下校の道で璃に会わなかった事にしまえば良い……。
 其の時、私の心に……本の小さな悪魔が囁いた気がするの。
 さっき迄……、

 いなくなっちゃえば良いって……私……思っていたじゃない。

 ……って。
「……駄目だっ!諦めては駄目だ!!邪心に負けてはいけない。」

 ……えっ?誰?
 芒の音もしなかった。
 なのに、そのお兄さんは私の横にいつの間にかいて、私の不安と迷いを打ち消す様に、痛くは無い程の強さの力で私の手首を持って前を見ている。
 僅かな夕暮れの残り香の光に、男の人に言うのは失礼かも知れないけれど、美しい色白な肌の瞳も日本人では無い……何処か遠い国の人の様に思えた。
 其の所為もあって私は呆然と其の人を見てしまったの。
 けれど、その人は丁度斜陽が闇に飲み込まれる刹那、真っ黒な蝶を飛ばせた。
 ……一瞬の出来事過ぎて分からなかったけれど、その人の影が……別れて飛んだかと思うと、蝶が沢山いたのよ。
「黒蝶麗獄薬連華(こくちょうれいごくやくれんか)……乱舞!」
 そう言って……蝶と何処かに走って行った。
 ……夢だったのかしらん?
 暫くすると、また不思議な事がありましてね。
 もうすっかり空は闇色……私は璃が如何なったかも分からず、絶望に満たされ……ただ、光る星々を見上げた。
 ……何でいなくなっちゃえば良いなんて……。
 後悔する筈が、何故かさっきのお兄さんに掴まれた手首の安心感の様な温かさを感じていた。
 ……諦めるな……負けちゃ……駄目。
 泣きそう……だったとは思う。
 だって、こんな真っ暗闇……私でさえ、何方へ迎えば判らない。
 お母様が良く私と璃に言い聞かせていた。
 迷子になったら其処で待っていなさいって。
 ……でもね、お母様。此の芒の中では誰も見付けられはしないわ。
 こんな時……如何したら良いかなんて、教えてくれなかったじゃない。
「……合っている。……お母様は……間違えていない。」
「……えっ?」
 さっきと違う人……。
 その人は闇から現れたかの様に、夜空に月の光だけを受けて言ったの。
 真っ黒なロングコート……真っ黒な……これは、シルクハットと言うのかしらん?
 手品師の帽子なら見た事はあるけれど、佐天では無い様でした。
 ……怖い人?
 私は考えていた事も見透かされ、真っ黒な出立ちに一瞬……危険な人ではないと、勘違いしてしまったの。
 学校で良く聞いた変な大人に近付くなって、この人の事だろうかと。
 だから黙って何も話さなかったわ。
 さっきの人と少し似た綺麗な目をしていたけれど。
 ……だって、普通の格好ではないもの。コートの下……ちゃんと……ジャケットもシャツの襟も見える。
 小洒落た青いタイと、目立たない程度の燻のゴールドで包んまれた小さなダイヤの様なタイピンが月明かりに煌めいていた。
 よくよく姿を観察し、顔を上げると目が合った瞬間に、其の人は帽子の鍔の先を摘み、優しい笑顔で帽子と共に少しだけ横に首を傾げ、会釈をして来る。
「……今晩は。驚かせてすみません。先程、息子の鸞から連絡がありましてね。何やらお困りのお嬢さんがいらっしゃると聞いて、こうして駆け付けてきました。」

「……さっきのが、息子さん?それでは……。」
 私は先程見た、その息子と言う鸞さんが舞い上がらせた蝶を思い出していた。
「はぃ、僕は黒田 勲。……さっき黙っていたのは、やはり不審者だと思われましたか?……僕は昔からこの格好を気に入っていましてね。僕ではレディをエスコートするには些か申し訳ない。……妻に近くに迎えに来てもらいましょう。」
 と、言って黒田 勲と名乗った男はスマホで連絡を取っている。
「あの……余りに大袈裟にすると、お母様に叱られます。其れに、私は妹の璃さえ帰ってくれば……。」
 行形話の展開が早いものだから、まだ夢の中の様で私は通話中なので、遠慮がちに言った。
「ちょっと待っていて。」
 その人は手を見せ待ってと私にジェスチャーで伝えてきましたが、相手にも軽くそう話し会話をきちんと一度止め、私を見てこう言った。
「妹さんの事なら鸞が今追跡しています。何も心配は要らない。後でお母様にも此方からご連絡差し上げますから。勿論、レディが怒られるなんて事には僕はしませんよ。」
 また話した後にふっと笑った。
 この人の笑顔は優しく……何処か柔らかで安心する。
 ……やっぱり親子だからなのかしらん?
 その笑顔が温かい……。もしかして、何処か知らない所へでも連れて行かれるかも知れないと言うのに。
 何故か未だ大丈夫な状況でも無いのに、救われた様な気持ちになっていた。
 大人……だからかな……。
 結局、私一人ではやっぱり何も出来やしない。
 大人になったら……もう少し出来る事が増えるのだろうか……。
 其の人は通話中を切ると、
「直ぐに来るから大丈夫。……其れに、今だって出来る事はあるよ。」
 そう確かに言った。
 一度目のお母様の言い付けを考えていた時もそう。
 そしてまた……まるで私の事を全部知っているかの様。
 急に怖く感じた時、其の人は私に興味が全く無いとでも言いたそうに、一歩前に踏み出し夜空の月を食い入る様に眺めた。
「……僕は探偵です。其の前は警察の手伝い。予知夢を見るのです。犯罪の。能力と言えるか体質かは分かりませんが、珍しくは無いでしょう?」
 と、会話の途中で聞いたので、最近は能力者も増えているし、始めは高貴な目で見られていたけれど、ニュースでは悪い人は能力者もそうで無い人も同じ扱いをされ、同じ法で、同じ様に裁かれ、皆んな安心している。
 同じ学年にも二人いるけれど、ごく普通の一般人と変わらない。
「ええ。同級生にもいますわ。……でも、叔父様は何故能力を言うの?能力者は命取りになるから言わないって聞いた事があるわ。其れに予知夢が見れるからって、私の考えまで何故分かるの?」
 私は其の人に聞いてみた。
 怖い人かも知れないし、違う能力だとしたら……?
 そんな事を考えていると、
「きちんとお答えしなければ、レディが気を病まれてしまうのであれば、此処だけの秘密にするならお見せます。隠した訳ではありません。二つ在ります。こっちは……家系的な物ですが、犯罪能力者に対抗ぐらいは出来ます。」
 其の人の背丈は芒より高いが一般的な大人の男性より少し高いぐらいだったが、指笛を吹くなり手を夜空に翳し見詰めている。
「……さっき犯罪能力者にも対抗出来ると言いましたが、僕単体では難しい。危なくはないです。」
 ……ほら、まただわ。
 能力者に匹敵する物を出すなんて、怖いと思って当然よ。
 ……そう、思った矢先に言われてしまった。
「探偵に必要な物は……洞察力、観察力です。僕の親友はもっと其れ等を注視し、人の心を読めます。……が、其れもまた遺伝性の特異体質で能力では無い。ご納得頂けましたかな?」
 と、其の人は微笑み、また直ぐに空を見上げた。
 真っ赤な何か……いいえ、赤の周りに眩しい程の金色を纏った何かが見えて来る。
「あれは?」
 私は何時の間にか、この人を信用し気楽に話していた。
「……聞いた事、ありませんか?鳳凰と言う鳥です。架空だとか諸説謂れていますが、其れ以外には何とも見えないので、一応そうであろう鳥です。羽根が炎だから、この芒を焼け野原にしてしまうのでね。今、こうして手を伸ばしている次第ですよ。」
 遠くの其の美しい輝きが近付くにつれ、確かに此の人が言う様に、鳳凰……としか言いようも無い鳥なのだと、私も思った。
「叔父様、この鳳凰は何が出来るの?」
 ……思わずそう聞いていた。
 ……出来ない……出来ない……呪いの言葉……出来ない。
 何時もあの言葉から逃げて来た。
 だからこんな美しく珍しい物に驚いても、私はどうしても出来るか出来ないかに価値を求めてしまう。
「……その前に、レディよりはずっと大人かも知れないが、此れでもまだ中年って程でもないんだ。
 通称だが、黒影と呼ばれている。叔父様よりかはマシだ。……この鳥は一匹では何も出来ない。精々僕を守り、頑張っても炎の熱風で吹き飛ばすぐらいだ。」
 ……其の人……いいえ、黒影さんはそう言うと、鳳凰を指先に止まらせ私に見える様にしてくれた。
「……綺麗……。でも、其れだけで犯罪能力者と如何闘うの?」
 私は大人しそうな鳳凰を見上げ聞いた。
「其れはね……皆んなの力を借りるんだよ。そして此の鳳凰はその力を最大限まで活かす。……独りでは何が出来るか出来ないかは重要な話しかも知れない。だが、そんな時に頼れる誰かが入れば、出来ない弱点も弱点では無くなる。
 人は皆、違う。……僕は互いを高め合う為に出逢うものだと思っている。
 レディが思う出来る、出来ないは今は然程問題では無い。然し、出来ないなからの努力は今まで通り継続すべきだ。
 単純に言うなれば、大人になって会社で出来るか出来ないかが重要だからね。最終目的は食べて行く。生きる為の勉強であり、必要な運動能力だ。全ての物事は基礎が大事。だから、今までの基礎は出来る、出来ないに関係なく取り組んで良い。会社で会わなければ他を探せば良い。探偵など、その日暮らしの草臥れ儲けだ。大概ね。……僕は能力者専門だからまだ良い方だ。だが……明日も分からぬ保険無し。其れでも他に此れ以上に合う仕事を見つけていない。……其れに……気に入っている。」
 と、黒影さんは説法にも取れる言葉を言ったけれど、その表情はずっと……鳳凰を眺め、真っ赤に染まった瞳はまるで希望でも見えているかの様に、輝いて見えた。
 長い睫毛の向かう先の鳳凰をふわりと軽く腕に反動を付け上げると、鳳凰は夜空へ再び舞い上がる。
「黒影――っ!!其方まで行けないわっ!」
 そんな女の人の声がすると、黒影さんは声の方を向いた。
 向いた瞬間に、穏やかな安堵に満ちた笑顔で、
「ああ、今其処まで行く。」
 と、見えない女性に声を掛けているらしかった。
 きっと芒で私には見えないけれど、黒影さんの高さからは誰か来たのが見えている様だ。
「すみませんね。僕の妻も背が芒に届かないのですよ。少しだけ我慢して下さい。失礼っ!」
 そう言うなり、黒影さんは私を軽々とお姫様抱っこして走るのだ。
「きゃっ。」
 先に言われても、少し驚いて声が出る。
「大丈夫……助けるよ、二人共。」
 そう黒影さんが言って、私は其の顔を見上げると真っ直ぐ前を向いたまま、険しい顔付きになっていた。
 良く見ると、私に芒の葉が打つからない様に抱え乍ら肘から手先迄、少し立てて庇ってくれている。
 自分の手の甲が傷付いて行くのに、眉一つぴくりともさせず、走り抜ける。
 掻き分けられて行く芒に月明かりが届き、その作られて行く道は、輝いて見えた。

「白雪!有難う。……後は頼むね。」
 黒影さんは、私をゆっくり降ろして、恐らく先程のに人に合わせる。
「僕の妻の白雪です。」
 私に妻の白雪を軽く紹介してくれた。
「夏輝です。……比留間 夏輝。」
 ……そうだ。私まだ自己紹介さえしていなかったのだと、慌てて名乗った。
 白雪さんはまるでお姫様の様に、レースやリボンが沢山付いた白いドレスの様な、ふわふわのスカートの膝程のワンピースを着た人だった。
 髪の毛は綺麗な金と薄茶の間で、お人形さんの様。
 この日の全部が夢の中みたいだった。

 出来ても……出来ないは然程問題じゃない。

 結局は、其れでも仕事をする様になったら出来る……出来ないで判断される。
 そんな物だろうとは分かっていた。……分かっていたけれど、その日だけは誰かに否定して欲しかったのだと思う。
 妹すら要らないと思ってしまった。見付ける事すら……出来ない……無力で……泣きそうだった私は、その言葉が欲しかった。

 第二章 願い

「……らぁーーんっ!!」
 黒影は急いで鳳凰の炎の翼を纏い、鸞を上空から探す。
 未だ小さな女の子……比留間 璃を知ったのは、昨夜の事である。
 ――――――
 其れは黒影の夢の中。
 フェルメールの絵画の床を模したチェス柄の床の絵画ギャラリー。
 白い噴水のある中庭からの光は美しく、其処に飾られた絵を焼く事無く、優しく通る者の歩みを照らす。
 どの廊下から見ても、その中庭に降りる太陽はこれから天使でも舞い降りるのかと思う程に、幾つかの光の筋を下ろし、揺れている。
 人が通れる程の煉瓦道に沿って、花々が咲き誇って活き活きとしていた。
 この中庭もまた絵画の中の世界の様でもある。
 黒影が産まれ育った……懐かしい景色。
 失う前の……思い出した幸せが其処にはある。
 カツン……カツン……黒影は何時もより、ゆっくり歩いた。
 何時もの予知夢だとは分かっていたが、其処に「時」を感じたからだ。
 創世神は懐中時計に見立てて話したが、黒影には「時」の流れがまだ掴めていない気がしていた。
 ……何時か超えるべきものが……見えそうな気がして、その歩みを緩めたのだ。
 事件に走り……我武者羅に走る。
 そんな人生を今は悔いてはいない。だが、刑事は現役を終えると、大概こう言う。
「走って追いかけて……あっという間だった。見えている様で周りは何も見えていなかった。」
 と。
 僕も……何時かそんな事を言うのだろうか。
 探偵に定年は無い。やりたいだけやれば、そんな日は来ないと考えもしなかった。
 きっと……創世神が言いたかった事は、まだ事実では無い。
「時」は必ず誰もに平等に刻まれる。
 足掻くでも無い。……受け入れ方の話がしたかったのかも知れないと。
 ……僕らなりの答えを……何時か……見付けなくてはならない。……そう、言いたかったに違いない。

 黒影は開けた中央ホールの「真実の丘」と言う、両親が残した一枚の絵の前に立つ。
 それだけが、金のイーゼルにホールのど真ん中に飾られている。
 本来は美しい丘の絵がある。
 だが、悲しくも今宵は予知夢を知らせた。
 この場所を焼き尽くした、あの業火の残り火がまだ生きているようだ。
 殺害若しくは、殺意のある者の犯人と、被害者の姿を焼けた煤の様に影絵で浮かび上がらせる。
 黒影は食い入る様に其れを先ず近くから見て、少しずつ下がり、背景の場所に該当する現場を探す為、数歩下がり額縁の飾りとの縮尺を遠目で観た。
「……これは……芒か……。」
 黒影はふわふわとする全体の景色に、季節的に芒が生えている場所だと気付く。
 内側に、濃く塗られた被害者に成る予定の者。
 まだ幼い髪の長い少女に、横に転がるランドセル。
「……気に食わないな……。」
 そう一言言うと、黒影は犯人の影絵を睨み、近付いて行く……。
「能力者……で、ある事は確か……か。似てやがる。……やっぱり……気に食わないな。」
 その犯人の背中には黒影と同じ……翼があった。翼は本来ならば、ある程度の能力や己の弱さに打ち勝たなければ持てない。
 黒影の物は、家系的なものだが、それでも火を多少なり克服しなければ手には入らなかった。
 サダノブに無いのは、サダノブが鳳凰付きの守護である狛犬に成る事を選んだだけで、本来ならば氷の翼を持ってもおかしくは無いのだ。
 翼を持つと言う事は……即ち、それだけ能力も精神的にも強い。
 にも関わらず、犯罪を侵す事が黒影は気に入らないのだ。
 それだけの力を他人の為に使えたならば、どれだけ救える事か。其れを……傲り凶器に変えるなどと……愚かにも程がある。
「一層、その翼……もぎ取ってサダノブに付けてやりたいよ。」
 そう、未だ見ぬ犯人に悪態を吐く。
「あまり目立った特徴も無し……か。月の高さからして、この時期は……日暮直後。」
 黒影はこれ以上情報は得られないと察し、絵画に軽く触れると長い睫毛を下ろし目を閉じ、黙祷を捧げた。
 夢から……目覚める為に……。

 ――――――――――
 小学校付近に芒が大量に生息する場所を探していた。
 数箇所あったので、鸞も同行し見つけたらしい。
 ――……鸞には未だ早いかも知れない……。
 単独行動は、未だ現場数の少ない鸞には急な判断は難しい。
 黒影はなかなか見つからない鸞に、焦りを感じ乍ら夜空に燃える赤を背に、金色の軌跡を残し流れ飛んでいた。
……あれは……。
 黒影は見つけた景色に絶句した。
 大きく旋回し、急降下する。
「鸞っ!」
 鸞の名を叫び乍ら、もう一人の血を流し横たわる少女の細い腕を取り、脈を確認し心臓部を眺め動きを見る。
 ――無い。
 首の脈を見て顔を見ても……瞳孔が開き切っていた。
「……何て事だっ!」
 ……間に合わなかった。
 悔しさに地面を拳で殴りつけ、泣きたい気持ちを呑み込み、直ぐ様鸞の安否確認に入った。
「鸞っ!……鸞っ!」
 倒れた鸞からは、呼吸が分かる。
 然し……鸞を此処まで……。黒影は阿修羅の魂を持った鸞を退けたその何者かの力の強さに、殺気を纏わせ辺りを睨んだ。
 ガサッガサッ……。
 芒と羽音が擦れた僅かな音……。
「ザダノブ!僕の現在地をマークしろっ!女児死亡一名、鸞は気絶しているが息はある。急げ!!」
 現場に向かう時は何時もオンにしている、シャツの襟裏の小型無線の発信機でサダノブに応援をし、黒影は走る。
「……ちょ、先輩は!?」
 サダノブの、声がイヤーポット式の受信機から聞こえた。
「犯人を追う!」
 そう言うなり、音のした方向へ向かう。
 茶色に白い筋が先に入った、大きな鷹の様な翼が夜空へ舞い上がった。
 ――見つけたっ!!
 黒影は大地を強く蹴り、真っ直ぐに上昇し追い掛けた。
「……はっ!?」
 もう少しで、犯人の足先へ手が届く……その時に、甲高い金属音がして、咄嗟に黒影は手を引いた。
 聞き覚えのある銀の剣が抜かれた音である。
 間を割って現れたのはやはり……。
「真実っ!?何故、邪魔をする!!」
 其処には真っ白な翼……仮面を顔面の半分に被る、男か女かも分からぬ中性的な顔の、二代目「真実」其の者が現れたのだ。
 久しぶりの再会だと言うのに、「真実」は無言で黒影を前に剣を大きく振り上げた。
 この世界の……真実の良し悪しを吸い込み、呼吸する真実が、少しだけまた仮面の下から黒い悪しき涙を滲ませた。
 この世界の悲しみに呑まれては死に。再び違う個体の「真実」として産まれる者。
 黒影が愛し、走り求めた先に在る絶望と輝きを持つ存在。
 また探し求め出逢うまでと別れた筈の存在。
 戦争が産んだ数多の悲しみが、初めて出逢った真実を屠り、やっとまた出逢えたと言うのに……。
 真実を求める瞳が鳳凰の物とは違う、真っ赤な鮮血の様に反応した。
 探しに探した先の喜びの再会では無く、その大剣を正に今向けるその姿を前に、黒影はまた真実が悲しみ故に狂ってしまったのではないか。
 ……またこの手で、其れを鎮めねばならぬかと目に薄らと涙を浮かべた。
 ……迷う瞬間など、在ってはならないのに……。
 なぁ……如何して人は迷うんだ。
 どんなに賢くても、強さを得ても、守るべきものが在っても……。
 ……まだ、その「真実」を僕は見ていないのに……。
 どれ程願えば良い?
 ……なぁ、真実よ。
 捕まえれば、捕まらないで欲しかった。
 捕まる様な人になって欲しくなかった。
 そう願っては……いけないのか?
 止められない物事程……願う事でしか消化出来ない。
 どんなに平等や平和を叫んでも……願っても……またその黒い涙が見えるならば……。
 僕は……やっと……無力な自分を……受け止められるだろうか……。

 大剣がゆっくりと我が身、切り裂こうとするのに……何故……そう、何故に!お前にだけは問いたい……、
「何故、僕は君と戦いたくは無いんだっ!……何故に戦う意味が、在ると言う!?己の運命(さだめ)を決める以外にっ!」
 ……だって……君は絶対悪なんかでは無かったではないか。
 ……始めて僕はその時、敵を前に戦意を失い両腕で顔を隠す事しか出来なかった。
 目を閉じたのに、気魂しい(けたたましい。魂を打ち消す程のけたたましいではなく、気付る勢いの強い塩梅の激しい音と想像したので、古文より此方を参考使用する。)金属の様な物が擦れ合う音がする。
 ずっしりと握った手に衝撃を受け止めただけの感覚がする。

 ――帰って来て――。今日も無事に……帰って来て――下さい。

 ……この声は……。
 蓮の華と泉の景色が瞼の裏に浮かぶ……。
 鸞の世界……「慈悲の泉」……だ。
 其処で、鸞と鸞の恋人のブルーローズが仲睦まじく肩を寄り添い願っているのが見えた。
「あの二人っ!」
 黒影は二人がそんな事を願っていた事を知り、目を開ける。
 ……これはっ……。
 生きて帰らなければと思った黒影の目に映った物は、真っ白な大きな花弁が舞う景色であった。
 真実を探すと、その花弁に危険を感じたのか、避ける様にさっきまで飛んでいた場所より後方に浮いて此方を見ている。
 優しい風の様に届いた願いは手にいつの間にか持っていた朱雀剣の形を変える。
 炎と熱風だけだった朱雀剣が、其の形は激る炎で固まり、更に其の炎の先がまるで辺りに舞う花の様に白いのだ。
「……木蓮……マグノリアか。」
 黒影は花弁を見据え呟いた。
 何故に其れが木蓮であるか、気付いたから……。
 花言葉は、蓮子に似ている事から高貴な華とされる「崇高」。「威厳」、「自然への愛」、「持続性」。
 ……そう、在って欲しい……願い……か。
 そう……成らねばいけない様だね。
 威厳が在って、優しくて……そんな我儘には成れやしないけれど、願うばかりでは愚かだっのかも知れない。
 ……気付けたのならば……成すべき事は簡単に思える。
 願いに迷い……願いにて迷い消す。

 生きて……帰るだけだ。

 ……何に問う必要も無い。そんな願いが在ると知ったならば。

 ――――――――――
 木蓮ーマグノリアー

 真っ白に咲かせた君の願いを
 僕は守り続けたいと心に想うのです
 だから
 負けられない今日がある
 だから
 どんなに無力でも強く在りたいと
 無力な時程 想えるのです


 ――――――――――

 無力さを……許せる時が……来たよ……鸞。
 真っ新な気持ちで、ただ前を向ける。
 白雪の……姿の様だ……。
 こんなに白く美しい景色を前に、如何したら帰れない道を選べるのか。
 ……不可能……此の景色にだけ、一つだけ在る事を許そうと想う。
 ……此の景色を前に……諦める事が「不可能」なのだ。

「退け!……其れは、我が道だっ!」
 黒影は腕を後ろに回すと、勢い良くマグノリアが包む炎の剣で斬り掛かる。
 ……こんな所に「真実」はいやしないんだ……。
 ……もっと……もっと探した先に……僕だけの「真実」が現れるに違いない!
 その時に見極めるのは……己のが何を信じるかだ。
 激しいギリギリと重なる二つの剣は、火花を散らすと共に互角に真実と黒影を突き放す。
 ……早く……鸞をっ!
 まるで二人の剣戟は、「真実を認めさせようとする者」と、「真実を見極めんとする者」の激しい攻防となり、夜空に赤い線と白い線を描き、そのスピードと熱量に反して、地上に降り注ぐ花弁は時を止め、優しく雪が舞い降りるようでもある。
「……久しぶりだな。黒影。……随分と知恵に力も付けたものだ。」
 その真実の言葉に、黒影は一時真実からは目を決して離さず、後ろに距離を置く。
 体勢は低く、また何時でも剣戟に入っても怪しくはないと、殺気を纏ったままだ。
「……僕は急いでいると言った筈だ。君が誰であろうとも、先へ行く!」
 其れを聞いた真実はゆっくりと下方へ剣を下ろし、戦う意志が無い事を伝える。
 黒影もまた、その動きを見てそうした。
「……先程の黒影が追っていた者から翼を回収に来ただけだよ。少し力比べをしたかっただけだ。……もし、この世界に私が狂いそうになっても、黒影が止めてくれる程の力が未だ在るか無いか……確かめたかった。」
「……其れは……この世界の戦いが悪化しているから……だな。だが、能力者から翼を奪うとは、如何言う事だ?僕のこの翼も奪えるのか?」
 黒影は真実がもしも崩壊する時の為にと、確かめる。
「……黒影の物は能力では無い。鳳凰は魂だ。私は事実たる物しか奪えない。また人の流れに寄り添うものも奪えない。」
「そうか……、ならば良かった」
 今度こそ……倒すのでは無く、救いたい。
「久方ぶりでゆっくり話でもしたいが、取り込み中でしてね。このままだと犯人が逃げてしまう……失敬。」
 黒影は帽子の鍔をスッと指先でなぞり止め、軽い会釈をし真実の立ちはだかる横を通り抜けようとした。
 ……が、改めて黒影は真実を知りたくなるのだ。
「……それだけで、何故僕の前に現れた。君は誰だ?誠、真実であれば、その様なもの如きで僕の前に現れはしない。……そんなにも……あの男から翼を奪う事が重要であったみたいだ。」
 黒影は小さく眼下に見える、逃げ去ろうと慌て走る男を、憐れむかの目で蔑み見乍ら、真実に聞いた。
「……あの羽根が何かその真っ赤な瞳には話して置いた方が良かろう。半球体の世界のパワーバランスを整える正義崩壊域と対になる正義再生域のバランスが崩れ初めている。あの羽根を持った男は、正義崩壊域の地下都市に住まう人種だ。」
 真実はそんな事を言うんだ。
「何故、正義崩壊域と正義再生域のバランスが?あれは、創世神と、創世神の言葉を啓示する、「鴉」の二人しか所有や均等バランスを変えるのも許されない領域ではないか。」
 黒影は当然、一つ上の層……とは言え、普通に現れる気紛れな神々は何をしているのかと、眉間に皺を寄せ、片眉を引くつかせ聞いた。
「神々の所為では無い。だから私がこうして現れる羽目になったのだ。現在、正義崩壊域地下層にて、大きな問題が浮上している。」
 真実には性別が無いので、一人称がころころ変わるが、黒影はそれも承知していたので、気にせずに、
「大きな問題?また面倒ではないのか?」
 と、黒影は世界の統治に関しては責任はあるが、タダ働きは嫌だと怪訝そうな顔は崩さなかった。
「ああ、大問題だよ。非常に面倒でしかない。……が、逃げようとしても何時か黒影にも皺寄せが来るのだよ。
 地下層では、長きに渡り繁栄を続け……医学等もこの黒影紳士世界よりも発展したが、その為に人口の増幅があった。大気は淀み、その改善の為に……大型の工場を建設し、換気を整えようと、フル回転で稼働させていた。
 ……しかし、既に気付いた時には遅かったのだ。幾ら新鮮な空気を取り入れようとしても、既に広がった大気汚染に勝てず、その淀み続ける空気を掻き混ぜるだけであった。
 だから、残り僅かとなってたしまった彼等は必死に命を繋ごうとし部隊を発足させたのだ。
 人口をまた増やす為に、その空気にも耐えられる様、これから対応して成長するであろう子供を攫っているのだ。
 種として生存率を上げようと必死な彼等に、黒影は何と考え言うだろうね。彼等は生きようとしているだけだ。其れが罪であるか如何かは私にも分からん。ただ、人の子を連れ去る……この黒影紳士の世界では立派な罪ではある。
 だから、私は神々に代わりその罪とのバランスを整えに来たのだ。生きると言う理念の上に、善悪は存在しない。よって、黒影紳士世界の規律を破った事にのみ、代償を支払って頂いた。……其れが、翼二枚分相当。私は悪魔では無いから全く同じ価値にする事には拘らん。黒影紳士の世界から見れば軽過ぎるかも知れない。
 もしそうであるならば、黒影。……お前が事実を集め照らし合わせ、一つの真実を作れば良い。君達の法や規律は君達で遵守したまえ。それを伝える為に来た。」
 そう、真実は説明したのだ。
 考えもしなかった。
 ――……ただ、戦うのに丁度良いフィールドぐらいにしか、正義崩壊域に際しては思っていたのかも知れない。
「……それならば、あの男に聞かねばならんな。」
 黒影はそうは言ったが眼下に走り去る男を飛んで、鷹の様に狙い打つも出来た筈だが、そうはせずに見届けるだけだ。
 真実と……同じ視線で、考える。
 ……生きたいと言う願いの上に、善悪は確かに無いのだ。
 然し、だからと言って規律を崩せば社会的均衡も崩れさる。
 ……我々はそんな繊細な世界の歪み、ぐらつきを見据えるに過ぎない。
 人の目に触れる範囲等、一生懸命見ようとした所でタカが知れている。
 だから、きっと……僕はその先を見る為に、探偵として推測を使ったり、洞察力で監視しようとする癖がついてしまったのだろう。

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(お急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。