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最終回season7-5幕 黒影紳士〜「色彩の氷塊」〜第二章 水晶華


第二章 水晶華

 一つ、煉獄映す業火の情熱
 二つ、澄み渡る生命を讃え
 三つ、言の葉揺らす君を想い
 四つ、眠りつけば温もり残し
 五つ、照り付ける輝きをも我が身にす

 其れが何かと言いますれば、
 五つの花弁の物語で御座います。

 ――――――

「総てを吸って行く?」
 黒影は口にしていた珈琲カップをソーサーに置き、思わず確認した。
「ああ、五大元素ってあるだろう?その要素がある物、総てを徐々に吸収しているんだよ。
 火、水、木、土、日だ。中でも厄介なのが、「木、土」でな、簡単に言えば食物から口にした栄養素を吸収してしまう」
 と、風柳が言うのだ。
「水は分かりますし、日光からしか摂れない栄養素も分かりますが、何で火だと分かったのですか?」
 風柳の説明に対し、黒影は聞いた。
 何を聞いているかと言うと、「勲さん」が回収してくれた黒水晶の分析結果と、体内に既に其の粒子を大量に吸ってしまった、「正義崩壊域地下都市」の黒影が救った少女の体内分析の結果である。
「死滅出来ないか、試したんだよ。火も駄目だ。癌の様に飛び火するだけで、増殖させてしまう。こんな形をしているのだけどね……」
 風柳が一枚の写真をスーツの裏胸ポケットから取り出す。
「此れが……正義崩壊域の人口を壊滅に追いやった素?」
 サダノブはテーブルの真ん中に出された写真を覗き込んで聞いた。
 聞いたのも無理は無いのだ。
「綺麗〜……」
 思わず白雪がそう言った程なのだから。
 まるで漆黒の華……。
 花弁は五枚。透き通る花弁の中央は、まさに五大元素を集約させたかの様に、其々違う色の葉脈の様な細い筋が細かく張り巡らせていた。
「……体内の栄養素を餌の様に吸う時、其の食う花弁だけが大きくなる。一件綺麗だが、其の動きは不気味だよ。」
 風柳はそう付け加えた。
「サダノブ……」
 黒影は慎重な面持ちで話し掛けた。
「何です?」
 何時もの様に返す声が、変わってしまわないかと心配になったが、黒影は腹を括って話そうとする。
 以前……闘っている途中で、そんな時に集中力が欠けない様にと、後回しにした一つの事実を。
「サダノブ、此れを知ったのは正義崩壊域で犯人を追い詰めていた時だと、先に言っておく。hav1024と此の小さな生物はほぼ合致するそうだ。悪魔が言ったんだ。間違い無いだろう。……その、それでだな……」
「親父……ですよね?」
 戸惑った心の隙を見透かす様に、サダノブは黒影の言いたかった事を悟り、先に言った。
「サダノブ、あれ程僕の思考を勝手に読むなと言ったぞ!」
 同じ注意をするのが嫌いな黒影は、眉間に皺寄せ憤る。
「先輩が読める様な優柔不断だから悪いんですよ!確かに俺の母親の墓の事は気掛かりだけど、先輩が余計な気遣いしてごにゃごにゃ言ってるからでしょう?そんなの気にするなって言う方が悪いじゃないですか!」
 と、サダノブは言うなりツンとして外方を向くではないか。
「僕が悪いって言うのか!僕はお前の心配をしたからだな……」
「ええ、悪いですよ、余計な心配ですよ。先輩があの件に関して親父を逮捕した事を未だにグズグズ申し訳ないとか思ってる事が、一番俺に失礼です!」
 サダノブがそんな言葉で返したのだ。
 これからまた何時もの下らない言い争いになるかと思いきや、サダノブが気にしたのは思いもよらない方向で、黒影は予測にもしておらず、目をキョトンとさせた。
「気に……しないのか?」
 黒影は恐る恐る聞く。
「気にしたのは昔でしょう?何時か捕まる運命だったんだし。何時迄もそんな心、狭くないですよ。……其れに今は……親父を逮捕したのが他の誰かじゃなくて、先輩で良かったって思っているんです。刑務所入ってからの方が……変な話しですけど、親父……普通の人みたいに笑う様になった。先輩が面会に行った後は、理解者に話せた様な満足そうな……感じがする。……でも……やっと普通の人みたいに成れても……」
「言うなっ!!……それ以上言うな!」
 自ら言わなくて良い……。佐田 明仁の運命の行先を。
 三人を事故死に見せかけ追いやった首謀者。洗脳にも似た高い思考を操る能力者の成せる技。……其の高い能力が故に、他では止める事は不可能に近いと気付き、服役中にも関わらず、世界を救う為に孤独に闘いに出た男……。
 其れでも、脱獄は脱獄だった。
 黒影は下唇を噛み締め、悩んでいる。
 希望とは……こんな時、なんて残酷な言葉なのだろうか。

 何だか……「真実」が時に残酷なのと酷似しているな……鸞……。

 黒影は鸞の黒揚羽を脳裏に浮かべ思った。
 鸞は今、サダノブの父親を死刑から、せめて無期懲役にしようと、判事の道を歩み出した。
 其れは小さな希望の始まりだが、如何に其の夢が難しいか、黒影にも分かるのだ。
 そんな難題に挑もうとした息子を誇らしくもある。挫折になるならば、支えてやろうとも思った。
 けれど、殺されたご遺族は未だ恨んでいる。佐田 明仁が世界を救おうとした事を知っても、そんな勇者等許せないに違い無かった。
 サダノブが苦しむのもまた、ご遺族が苦しむのと形は違えど当然の事。
 癒してやる義理は無い。持って当たり前の苦しみ。
 ……だけど……。
 僕は……僕は……。
 目の前の友の苦しみを黙っているのが正しいならば、今感じる此の苦しい引っ掛かる想いは何だ?
 正面から向き合って行く……其れが、時に償いの形なのかも知れない。
「……鸞が……な。判事になった。佐田さんをせめて無期懲役に出来ないか。……そんな夢を持って。……期待はするな。未だ若い。出来なかった時、己を責める事と挫折に苦しむ。だけど、僕は其れを止めない。その代わり、鸞が佐田さんを足掛けにしても文句言うなよ」
 黒影はそんな言葉で、鸞の想いを伝えた。
「えっ……あの……鸞が?」
 思わずサダノブはそう口にしていた。
「ああ、甘ったれで……自分の事すら伝えるのも苦手。厨二病が未だ抜けずに、人格者と言えるかも定かでは無い鸞がだっ!全く無いよりマシだろう?……これで一本だった運命に細い分かれ道が出来た様なものだ。頼りない……細道だ」
 黒影は溜め息交じりに、我が息子ながら……と、そう言う。
「どんな道でも……選択肢があるだけマシです」
 サダノブは黒影に礼を言うのも、何だか違う気がしてそう言った。
「サダノブが僕の代わりに、鸞と小さい頃から遊んでくれたからだよ。兄の様な存在なんだろうな。会えば文句ばかり言うが、鸞がそんな風に誰かの事を気兼ねなく言える相手は他にいない」
 そう言った黒影の顔は優しい父親の笑顔で……だけど、少し寂しそうにも感じられた。
 出来る事ならばもっと、遊んでやりたかったのは、黒影の唯一の後悔なのだから。
 サダノブには、其の事に関しては黒影なりの父親としての想いがあるのだと思い、触れる事は出来なかった。
 サダノブは無言で何時もは白雪が黒影の珈琲を淹れるのに、空になった黒影の珈琲カップを手に、白雪の見様見真似で珈琲を淹れるのだ。
 黒影は初めは不思議そうにだったが、其の姿を目に焼けつける様に見詰めていた。
 四六時中、何の能力者かも分からない連中から、逆恨みで狙われる黒影。
 白雪の作る物か、買った物にか口にする事も無い。
 けれど、己を護るその存在に……何も、警戒等要らない。
 ふと気付いた。
 自分に足りなかった物……。信頼したい……何か……。
 人として……能力犯罪者と言う化け物に、己が変わってしまう前に……。足りなかったんだ……安らぎが。
 サダノブが静かに、黒影の前のソーサーに淹れ立ての珈琲を置いた。
 無言で飲む其の時間……。
 誰もが静かに黒影を見て優しく微笑んだ。
 帽子を目深に被り直し、小さく肩を振るわせ漢泣きする、その姿に。

 ……お疲れ様……黒影。

 ――――――

 佐田 明仁との面会――



「ああ、待っていたよ」
 佐田 明仁はそう言うと、以前は上手く出来なかった優しい笑顔を見せた。
 当然、僕等が近付けば思考を読む範囲は広いので、何を聞きに来たのか鮮明に分かった筈だ。
「五大元素迄……辿り着いたんだね?」
 佐田 明仁は黒影に聞く。
 時折、息子のサダノブをチラチラと見遣る。
 黒影は親子で何をしているのかと、溜め息を吐いた。
「サダノブ……」
 黒影は注意する様に言った。
 覚醒能力者でも無い。遺伝的に人の表情からも動作からも思考を読んでしまう二人。
 サダノブは良く言った。
 ……思考能力が高い程、思考をガードするものだ、と。
 黒影は佐田 明仁に対して全くそんな事は気にしない。
 其の理由は単純で、サダノブが僕の事を理論的に考えてから動くから読み辛いと言ったからだ。
 だから、遺伝であれば佐田 明仁の前でも、自分らしくいるだけで十分だ。
「そこが、黒影さんと話していて楽しい所でもある。常に私の横にいたサダノブは自然と防御してしまう。悪気は無いんだって分かっていますよ。血族の仲でも私は特に強かったですからね。周りとの接し方も分からない。サダノブに言えるアドバイスも無い。何故か勘だけは鋭いですから、本人がそうするなら、其れが良いのでは無いのかと私は気にしません」
「犬……だからですかね」
 黒影は不思議そうに後ろ髪を掻き、椅子に座った。
「……綺麗な星でしたでしょう?五つに輝く星の様な華。……世界を創る者は、何故にあの空を見える様にしたのか……」
 佐田 明仁はそんなhav1024の素を風に準えた。
「……気が遠くなりそうで「星」の事なんて考えた事も無いが、此の「黒影紳士」の世界は物語で僕はかなり上空の他の世界との繋ぎまでは確認した。飾り……にするには、案外時間軸がしっかりしている。季節……時、リアルな時間。創世神がタイムリーに書いたが為に、そんな風になっていて、其の演出だと思っている。だって、これ程無意味な空は無い。……創世神が言っていたのだよ。
 ……夜に孤独を感じる事も、嘆く事も無い。其れは時間が経過したと言う事実を知っただけで、空の色が変わっただけだろう……
 と。確かにそう言われてみれば、昼は仕事や学校で忙しく考える暇が無かったと言うだけで、人が苛む時が夜に多いのは単に、空の色の違いを知ったのと、思考を張り巡らせる余裕な時間が出来るだと僕も思う。創世神は、その感情の余裕の惰性を上手く使ってそうです。僕は言ったのですよ。だから、万年引き篭もり書きなのだと。だ、け、ど……誰よりもhav1024を愛し、研究し尽くして来た佐田さんが言うならば、勿論……無意味では無かった。あれはただの「演出」では無い。……ならば、「機能」がある。……そうだ……そう言う事か……」
 黒影は何かに気付き、帽子の先を下げ、ニヒルな笑みを浮かべた。
「何です?星ってだけで、二人で何処迄会話が進んじゃう訳?」
 サダノブは佐田 明仁と黒影を呆気に取られた顔で交互に見た。
「サダノブは思考を閉じ過ぎるから分からないのだろう?佐田さんは……」
 ……サダノブに害を成そうとした事は一度も無い……。
 そう、言おうとしたのに佐田 明仁は、
「まぁまぁ……時間には限りがある」
 そんな言葉で遮った。
 先に……言いたい事を読まれてしまうのは、案外……残念な物ですね。
 黒影は態と、そんな言葉を意識して思う。
 佐田 明仁が気付く様に。
 サダノブが極端に警戒している今……きっと、佐田 明仁にしか届かない会話。
 黒影は何も考えていなかった様に、帽子の先を上げ話し始める。
「五枚花弁の華……五大元素の位置だ。此の創られた世界には勿論其の核になった物がある。五枚花弁の華の様な結晶の元は、正義崩壊域……詰まり、黒影紳士世界より下方にある地下都市だった。そして、五大元素が産まれる。だが、其の元は黒影紳士世界には未だ発見されていない。hav1024はサダノブの母親の桃花さんのご遺体を腐敗させなかった。詰まり通常は黒影紳士世界だけでは起こらない何かが起きた。僕が推測するに、その物質は舞い降りたのではないか。……腐敗を止め維持し続ける。……此の性質から、未だ僕も良く知らぬ、「正義再生域」の産物ではないか。……だとすれば辻褄が合うのだよ。有り余った能力や力を奪い吸う「正義崩壊域」の反対に能力や力を生み出し「黒影紳士世界」のパワーバランスを取ると言われる「正義再生域」。「正義再生域」の力が暴走し強まったと創世神が言っていた。……その崩れにより黒影紳士世界に舞い降りた時変化した……本来在ってはならない物質。其れが……hav1024。そして佐田さんのヒント。僕は全く……全くもって今迄……」
 黒影は其処からサダノブに説明を止め、帽子の鍔を下げクスクスと肩を揺らし笑いだした。
「何を一人で分かって笑っているんです!狡い!狡いですよー」
 サダノブがそう言って先を急かす、
「ぁはは……。今きっと読者様も思い出しているから少し待て……。……ふっ……良いかい。有るんだよ。堂々と……黒影紳士世界の中に、でっかい五色の星が……」
 黒影は、そう言った。
「五……五……五……」
 サダノブが篭っているので、馬鹿は放っておいて、読者様は先に行こうか……。
「五龍結界だよ。正に星を司る、能力者をセーブし、此の黒影紳士世界に誕生させたりした、星だ。詰まり、この黒影紳士と言う世界は、五龍結界により正義崩壊域でも正義再生域でも制御不可能だった程、秒力な能力者を排除し、人間に近い存在により近付けた世界なんだ。掌で踊らされるとは正に此の事!……創世神はそんな事をま〜だ隠していたなんて。良くもいけしゃあしゃあと……旧友が聞いて呆れてしまった。……自分の大失態を最初から恥ずかしくて隠していたのだよ。これに笑えないで、何に笑うのさ」
 と、黒……黒……(動揺などしていない!)黒影は、嘲笑うでは無いかー!(おっと……筆が暴走してしまったよ)
「……あれ?今、ナレーションまた変じゃありませんでした?」
 サダノブは不思議そうに頭を掻く。
「気の所為じゃないか?」
 黒影はしたり顔でニヤッと此方を見ているが、こんな事に屈せず、完全無視で話を進めよう。
「ご名答。私は正義再生域を未だみぬが、桃花の姿を留めてくれた。今は黒影さんに現実を叩きつけられ、あの姿でも死んでいると分かる。然し、出逢う前は、違った。あの星達がまるで生命を産む神からの授け物の様に思えていたのだ。そして、其れが舞い降りた先……正義再生域を夢見た。私には黒影さんみたいに翼がありませんからね。……其の存在を知る迄、天国の様に思えていましたよ」
 佐田 明仁は未だ見ぬ世界に憧れ、何も無い筈の天井のもっと遠くに視線を投げた。
「残念ながら天国では無い様です。僕が聞くに、現在は正義崩壊域からの襲撃で争っている「真実」は、其の戦いを仲裁すべく向かい、創世神と戦っていると聞きました」
 黒影は正義再生域の知っている情報を伝えた。
 ……たったこれだけ。
 もう一つあるとすれば、今の自分では到底、敵いそうも無いレベルの戦いが其処にはあると、創世神から聞いた事。
 ……何時になったら辿り着く事が出来るんだ。
 はやる気持ち等、無い方が良いに決まっている。
「黒影さん……貴方が「真実」を待つなんて、珍しいですね。後先考えずに「真実」だけには、何が何でも走っていた貴方が。失礼……少しだけ、見えた気がしたので」
 と、佐田 明仁は黒影の思考を読んで言った。
 勿論、軽く謝ったのは読もうとして読んだのでは無いから。
 何もしなくても、呼吸する様に分かる。佐田 明仁とはそう言う男だ。
「サダノブ、行くぞ!」
 黒影はガタッと立ち上がると、流し目に佐田 明仁を睨みロングコートをバサりと翻した。
 その瞳は赤く……殺気を放っている。
「如何したんですか?未だ面会時間は……」
 サダノブが壁掛け時計を見た。
 ……が、時計が狂った方位磁針の様にぐるぐると右や左に回って見えるではないか。
「さっさと行くと言っているんだ!」
 サダノブは目を擦り乍らも時計を二度見すると、面会時間が終わる頃になっている。
 不思議に思うが、黒影と出逢ってから不思議な事しか起きていない。
 だから、其れについては何時もの様に、後で黒影に聞けば教えて貰えるのだと、納得した。
「親父、先輩ああ見えてナイーブなんだから。分かってるから、逆立てないの!じゃあ、また」
「悪かったと伝えておくれ。……またな」
 サダノブは去り際に父親に一言釘を刺し、別れを告げる。
 佐田 明仁も、黒影の焦る気持ちに気に障る事を言ってしまった……ぐらいには思って……いない。
 間違いでは無い。「いない」で、合っている。

 ……人は軽く「またね」とすれ違う
 交差点で、「またお会いしましたね」そして「また何時の日か」……。
 佐田 明仁は気付いた。
 season6-Xで此の黒影紳士の世界は第一部を終えた区切りにも思えた。
 単に縁起が悪い……そんな理由を本当に「創世神」は思っていたのだろうか。
 season 6-Xのみ、「X=cross、交差点」と読ませた。
 確かに物語はcrossした。
 何故、season7へと続き、またcrossさせる意味があるのかと。
 黒影が何度か面会に来る内に、そんな事を考えた。
 アレが交差点ならば、行き交わなければただの線だ。
 ただの線は正義崩壊域にある。
 其れを掘り返す黒影に、「真実」を追っているのかと、聞いただけに過ぎない。
「……あの怒りは触れるなと言う事。……「真実」へのお邪魔をしてしまった様だ。……「触らぬ神に祟り無し」……」
 佐田 明仁は小さく言うと不気味に笑った。

 ――――――
「只今……。あれ?風柳さんは?」
 サダノブと帰った黒影は、風柳の姿を探して言った。
 もう帰って茶を啜っていても良い時分なのに、姿が見えなかったからだ。
「……事件ですかね?」
 サダノブも気に掛ける。
「……そうなのよ、今……大変なんだから」
 と、白雪が座る様にと黒影とサダノブを手招く。
「……事件は分かったが、此方には連絡も依頼も来ない。通常の事件なんだろう?……先に夕飯にしよう」
 黒影はそう言うと、白雪に首を傾げて見せた。
 作っているのか、作っていないなら手伝おうか?と、聞きたいらしい。
「あっ、じゃあ俺も帰って飯、食っておきますよ」
 サダノブは、穂さんが待っているであろう、社宅のタワマンに向かった。
 直ぐ近くなので、蜻蛉帰りした頃合いに、勝手見知った黒田家兼、夢探偵社にズカズカと上がり込むなり、
「穂さん、未だですって。来る途中で一階の「たすかーる(※セキュリティグッズ専門店)」に寄ったんです。そうしたら涼子さんから入る寸前で監視カメラで見えたみたいで、連絡があったんですよ」
 と、サダノブが言うのだ。
「結果から言いなさい。其処迄はサダノブの行動と時間で分かっているんだよ」
 黒影は夕飯を早く済ませたいので急かす。
「……えっと……だから、急かすとこんがらがるじゃないですかぁ〜。つまり、俺達が親父の所に行っていたから、気を遣って風柳さんが「たすかーる」の方に、ヘルプ出したって事です」
「ふぅ〜ん……それで?」
 サダノブの説明に、黒影は興味薄に言った。
「ねぇ、今……自分で早く言え!って言ったのに、その「ふぅ〜ん」は、何ですか?失礼だと思いません?白雪さん」
 サダノブは何だこの態度はと、白雪に同意を求める。
 ……が、
「依頼が来ないんじゃ……動けないものね。……後で依頼が来たら困るから、サダノブも食べて行くと良いわ。風柳さんの分があるから、風柳さんには外で済ましてくる様に連絡しといて上げる」
 と、白雪は失礼も何も黒影は何も言わないけれど、お腹が空いていると分かり切っているので、そう言った。
「ええ?良いんですかぁ?……何か風柳さんに悪いなぁ……」
 サダノブは後頭部を掻き乍らペコペコしている。
「その態度は、やりぃ〜♪とか、思っているじゃないか」
 黒影は相変わらずだと、苦笑う。

「鯛飯……か……」
 黒影が出て来た鯛飯をじっと見詰める。
「なぁに?嫌いじゃないでしょう?」
 白雪が聞いた。
「……うん。嫌いでは無い。……今、事件……起きているんだよなぁ……って。」
 と、黒影は縁起を少し気にする。
「だからよ。死亡事件にならなきゃ、食べても誰も何も言わないでしょう?事件の度に申し訳ないと思っていたら、何時食べられるか分からないじゃない。黒影は接待で料亭で食べられるかも知れませんけど、我が家は全然よ。「目出度い」飯様を食べたからには、其れに似合う様に頑張って貰わないとねっ♪」
 なんて、白雪は久々に食べたかっただけだろうに、そんな風に言った。
 ……確かに、事件に左右されて日常を過ごすのは気疲れを起こすので、事件と食欲は無関係。
 食べられる内に食べておく!が、長男の風柳の教えでもある黒田家。
 それでも、何と無く疎遠していた物に思える。
 誰が言った訳では無い。其れでも目出度過ぎるものは無意識に疎遠になっていた。
 半分を食べて後はお吸い物と鯛茶漬けにして、ゆったりとした時間を過ごす。
 ただ、それだけの時間も、味わう事無く、走り来た人生の様に思えた。
「あれ……まただ。また時計が……」
「ん?……如何した?」
 サダノブの言葉に黒影は丁度食べ終え、箸を置くと時計を見た。
「……壊れたのか?」
 時間を見れば、未だ夕飯を食べ終えたばかりなのに、深夜に近かった。
「さっき、親父の面会に行った時も、時計がぐるぐる壊れていたんですよ」
 と、サダノブが言うではないか……。
「まさか……もっと後の話だと……」
 黒影は茫然と席を立ち、時計を前にそう言った。
「……何がです?良い加減知りたいんですけど。親父と面会の帰り際、先輩が怒った感じになったら時計が壊れたんですから。先輩、何か知っているんですよねぇ〜?」
 と、サダノブは猜疑心の籠った目で黒影を見る。
「失敬な奴だな。僕が怒ったからって時を壊す能力なんて無いよ。……そうじゃない。時が狂うのは……世界大時計の歪みが拡大したからだよ。……思っているより、正義崩壊域と正義再生域の戦いが激化しているようだな。時夢来(とむらい)を持ってしても、世界の時間軸の崩壊迄は正常には出来ない。其れこそ、宇宙に対する小石程だ。どんな……場所何だろう……「正義再生域」。硝子が分厚くて、「真実」が見えない……」
 黒影は未だ知らぬ「正義再生域」を想った。
 安易に一物語の主人公でさえ、行き来出来ない領域。
「……ザインは聖域を守っているが、正義再生域は知らない。天国の様にイメージする聖域とはまた違う存在……か」
 黒影がそう言うと、
「なぁ〜に、少年の憧れみたいに言ってるんですか!目!其の度に「真実の目」になって真っ赤じゃないですか。夢追ってキラキラ〜じゃ無いんですから。現実見て下さいよ、現実!」
 などとサダノブが言うのだ。
「現実なら何時でも見れるだろう?大人が夢を見てはいけないなどと言う法律は無い!知らない物を知りたい好奇心はサダノブにだってあるだろう?其れが無いなら、探偵なんてやらないよ」
 黒影がそんな事を言った時だった。
「もう、大体サダノブも黒影も食べ終えたわね」
 と、白雪が確認する。
「ああ……今起きている事件の話か」
 黒影は何時も食後が会議なので、もしかしてと、聞いた。
「そうね。助かーるでも苦戦するかも知れないから、一応」
 白雪がそんな事を言う。
「助かーるが苦戦するなんて、そんなに強いんですか?それとも、逃げ足が速いとか?」
 サダノブら滅多な事ではないと、驚いて白雪に聞く。
「場所よ、場所」
 白雪がそう行って天井を指差すのだ。
「上に事件?」
 黒影は首を傾げた。
「ニュース…大変よ」
 白雪はテレビを付けて、後は見なさいと食器を洗いに向かう。
「何だ、こりゃあ!?」
 サダノブがテレビに齧り付いて言った。
「頭邪魔だ!良く見えないだろう?」
 黒影がサダノブを掌でシッシッと追い払う。
 下には凄い量のマスメディアが犇き合い、赤い救急車に消防車、青いガス会社の救急などの洋燈で、夜とは思えない明るさだ。
「下がれ、危ないと言っているじゃないか!」
 風柳……映った。
 必死の動線確保も、マスメディアだらけでは報道の自由もあり、中々動かせない様である。
 その画像が切り替わり、ヘリからのライブ映像になった。
「これは……何たる事だ」
 黒影はその映像に釘付けとなる。
 鉄塔の先に今にも突き刺さり落下しそうなバスが一台。
 黄色い……幼稚園バス。
「犯人は三名だけを誘拐し、残りを更に上空からバスを捨てる様に落として行ったと後部座席の男の子が証言しているとの事です。救助隊のヘリもバランスが悪く、落下を恐れてなかなか近付けない、緊迫した状態が続いています。犯人は単独犯の能力者で、翼を持っていたと目撃者が話しています。以上、現場からお送りしました」
 上空映像も近付かないで拡大している。
「先輩……確かに、ウチに来る仕事じゃないですよ。先輩……翼のある能力者ですから。勘違いされかねない。穂さんや涼子さんだって飛べる訳無いんだから、上空の状況を抑えるだけで精一杯でしょうね。……これも、正義崩壊域の奴等の仕業ですか?」
 サダノブは黒影に聞いた。
「……だろうな。連れて行った三人は、今後強い能力者になり翼を持つ素質のある子供だったのだろう。他はゴミの様に捨てて行った。気に食わないな」
 黒影は震えて身を潜め、泣き腫らした子供達の映像を見て悔しさに険しい視線を送る。

「行こう……」
 黒影が徐に言った。
「何言っているんですか?犯人と間違わられて、変な騒動が増えるだけです!」
 サダノブはあの上空へ行くなと言いたいらしい。
「僕を誰だと思っている、サダノブ。このまま大の大人があんなにいるのに、手を拱いているだけなんて愚かしいと思わないのか!?……僕は飛ぶなんて言っていない。……「飛ばすんだ」」
 黒影はそんな事を言った。
「飛ばす」其れだけで、サダノブには手に取る様に分かった。

 ……何だ、其方ね……。
「一応、忘却の香炉携帯していますから。後、機材が壊れて るから、マスメディアにも退いて貰えますね。弁償は回避するのに、先に風柳さんに誰が到着するか、伝えておいて貰いましょう。」
 サダノブは、此れで勝機は見えたとニカッと犬歯を見せ笑った。


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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。