黒影紳士番外編「月光」〜黒影の書〜✒️🎩読み切りミステリー 二章 星々
――第二章 星々――
さあ……何処に隠れてやろうか……。こんなに雰囲気の良い旧校舎……隠れん坊をするには打ってつけだ。僕はまたサダノブを多いにビビらせてやろうと企んでいた。
練習室の上に其々、蛇使い座を抜いた旧12星座の名前と下に穴が象られている。
……月なんかありゃしないな。
しかし、ここが夜空ならば月があってもおかしくはない。奥に空き部屋が一つある。蛇使い座だったのではないだろうか。まぁ、大方蛇は金運以外は、通常爬虫類と言うだけで嫌われるから外したのかも知れない。僕は爬虫類だろうが、毒以外は気にした事はないが、白雪は庭で小さなヤモリを見つけただけでも大騒ぎして僕を呼んだものだ。
僕は吸い込まれる様に、その奥の空き部屋に入って行った。空き部屋って、以前は何に使われていたか気になるものだろう?分からないものは納得するまで調べて分かるものに変えたいじゃないか?サダノブが他の部屋を見ている間、僕はその部屋を調べていた。
ピアノが一台……壁に丸い星座早見盤が飾られていた。……と、言う事は二重になって動くのだ。動かなかれば四季の星座が見れないからね。近付いてみるとベニヤの様な薄い板で作られ、桐か何かで穴を開けた手作りだった。恐らく生徒が作ったのだろうな。円形の額縁は金色で合わせて注文したのだろう。僕は絵画も好きで額縁屋をたまに尋ねるのだが、西洋画ならば、円形や楕円も多く、珍しい物ではない。
「さてと……取り敢えず回してみるか。」
こう言ったからって、僕は何の期待もしていない。ここにヒントがあったら笑っちまうよ。元から動かして見る物なのだから、僕だったらこんなところにヒントを書いて探せなんて事は言わない。でも、これが後にヒントを出す為に必要な物に繋がるか、今は解らないから見るだけだ。違和感があれば、そう言う類のものかも知れないからね。これでも、星座の配置は全部覚えている。……別段、おかしな所はないようだ。
……このピアノ……もう調律は合っていないのだろうな……。
誰にも弾かれなくなった……物悲しささえ感じるピアノ……。僕はショパンが大好きでね……この時、悪戯を思いついてしまった。さっきのね……弾けないのは嘘なんだ。滅多に弾かなくなったけれど、少しは弾けるんだ。
……ふふっ……仕返しするなら……ショパン好きなら二曲で悩む。だが、軽い仕返しと言う事で、今日はこっちで勘弁してやろう。
……幻影が弾くに相応しい……『幻想即興曲』
「ぎゃーっ!何!?何処ー!」
サダノブは僕が弾けるなんて知らなかったから、そんな絶叫を上げながら廊下に飛び出して来た。僕は思わず笑いながら廊下側の窓を見て、サダノブの頭が見えておっかなびっくり目が出て来た瞬間に、ニタッと悪魔の様にニヒルな笑みで迎えてやった。僕の悪戯だと気付くと、ヘロヘロになりながらドアを開けて、
「弾けたなら言って下さいよー。弾く前もー。」
と、愚痴を溢しながら僕の横に座る。
「邪魔だ、其方も使う。」
と、鍵盤が届かなくなるので、押し出す。この曲は使う音階が広いからね。
「『革命』じゃないだけマシだと思え。」
と、僕はクスッと笑いながらいった。この二曲はショパンの中でも、冒頭から音とメロディが激しい方だ。比較的『幻想即興曲』の方がゆっくり最大音までいくのでまだ手緩い悪戯だ。
「意外……でもないか。……何か似合いますね……。」
と、サダノブが言う。
「それは紳士風情だからか?お貴族ではないぞ。」
と、僕は笑った。弾き終わると急に静かになる。防音、吸音はしっかりしているのだから当たり前だ。
「……ここ、何の部屋だったんだろうなぁ……。」
ぼんやり手を下ろし、僕は言った。そして星座早見盤を見上げ、
「あんな物あっても、響いてピアノの邪魔にしかならない。」
と、僕が言うとサダノブは、
「空き部屋だったんですよ、やっぱり。他の部屋にそんな飾り、一つも無かったですよ。」
と。……僕はそれを聞いて、ある確信を持ち、部屋を飛び出して他の12星座の部屋を全て片っ端から確認して行く。
「……無い……無い……無い……!」
そう言いながら。ピアノがあるだけのシンプルな部屋……普通はそれで良い。13番目の星座早見盤がある部屋は、空き部屋だったかは兎も角、元から練習室でも無かった。僕は星座早見盤のあった部屋に戻った。鞄からアンティークルーペを取り出すと、ピアノの下を見た。
「……雑な移動だ。しかも絨毯への負荷も他の部屋より浅い。これは旧校舎から新校舎に移動した前後に置かれたピアノだ。単に余ったからではない。他の部屋の物より年代は新しい。新校舎からの移動距離はかなりある。五人で移動したにしろ、見つからずに移動するのは、ほぼ不可能だ。此処が何の部屋か気になって入られては困るから、この旧校舎でも新しいピアノを此処に置いた。僕は解ってしまったよ。この部屋の本当の名前……。今は其れで十分だ。帰ろう。」
僕はそう言うなりこの部屋に差し込んだ光輝き燃える夕陽を、名残惜しく去って行った。
――――――――――――――――――――――
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
結婚してからの願いが毎日帰ったらハグしたいと言った白雪の我儘も可愛らしく、僕はロングコートと帽子を掛けると背の低い白雪の為に少し屈む。
本当はコートも帽子も掛けるのが夢だったらしいが、届かなくて断念したらしい。
「あっ!……黒影、何か変!何か変だもんっ!」
と、白雪が何時ものハグをしたかと思うと下がって行く。僕はその時、はと思い出した。
「ああ、ごめんね。今日、聞き込みするのに急にダンスレッスンする羽目になっちゃったから。」
と、僕は白雪には嘘は吐かない。昔、嘘をついて泣かれた時にはこっちの気が滅入ると反省したからだ。
「……私だって、最近は踊ってくれないのに狡いわっ。……で?誰と踊っていたの?ケバい香水こんなにつけちゃって!」
と、白雪はやはり怒っている。……ケバいけど、白雪より若いんだよなぁー。見た目は白雪の方が断然若いんだけど……。やっぱり気にするよな?
「あぁ、ケバいな。ほんと、仕方なくだよ……仕事じゃなきゃ、やってられん。」
と、僕はリビングの椅子に腰掛け、白雪が作ってくれた珈琲を飲み、今日の疲れを癒してホッと息をついた。……が、
「へぇ……最近の女子大生ってケバい香水なのか。もっと良い香りすると思ったのに、イメージ壊れたなぁ。何かがっかりー。」
と、サダノブが緑茶を飲みながら言うのだ。
「馬鹿っ!物の例えだよっ!」
と、小声でサダノブに叱ったのだが、時……既に遅しであった。
「へぇー、やっぱり若いって良いわねぇー。さぞ、教え甲斐があったでしょう?それはそれは……お疲れ様で御座いましたっ!」
はぁ……キレちゃった。僕は思わずサダノブを睨みつける。
「え?何か言いましたっけ?」
と、悪ぶれも無くサダノブはただの馬鹿で、自分が余計な事を言った事すら分かっていない。
「お前の所為で急に珈琲が苦くなった!馬鹿も大概にしろ、ポチ!」
と、僕は言うなりどうやって白雪に機嫌を取ってもらうか画策しようとする。あ……そうだ。僕は咄嗟に画策する事を止め、自室に上がる。そんなものは帰ってきたら必要ない。君に策なんか、罷り通った試しなんかないんだ。
きっと、誰の為でも無く、その時の僕はただそうしたかっただけ。お気に入りの部屋の窓を開けて。月明かりと、窓の光が優しく照らしている。もう暫く開きもしなかった。少し埃がかっている。綺麗に拭きながら、椅子を出す。……壁付きのピアノ。鍵盤には君が編んでくれたレースが掛けられていて、忘れかけていた優しさに気が付けば笑みが溢れていた。
まだ薄ら夜が訪れたばかりの薄い青と橙のグラデーションに、月が白く浮かび上がって美しい。
……少し時刻は早い気もするけれど、僕はドビュッシーの『月の光』を弾いた。どんなに冷たく、どんなに悲しくても、心安らぐ優しい月の光を心に想って。……そんな風に、いつも優しくいられたら良いのに。
「珍しいのね……。」
白雪が邪魔にならないように、そっと入って来て長椅子に座る。
「……何と無く……ね。」
君はこの曲を弾くと……安心してくれたからかな。
「お疲れ様……。」
弾き終わると、僕の肩で眠り始めた白雪を安楽椅子に移し、ブランケットを掛けて静かに部屋を後にする。白雪と風柳さんと事件を追っていたほんの昔を思い出して。あの時にはお互いに、何の心配も躊躇いも無ったのにね。それでも守る人がいるだけで、頑張れる気がするものだ。
――――――――――――――――――――――――
「お帰り、鸞。」
僕が一階へ行くと鸞が学校から帰ってきていた。
「母さんは?」
と、僕に聞く。
「二階で休んでるよ。たまには休ませてあげよう。鸞は何食べたい?」
と、当初の予定通り、お詫びのイタリアンを作る事になった。
「やったー!じゃあ僕ピザ!具材いっぱい、チーズいっぱーい!」
と、食べ盛りの鸞は言う。
「ラザニアとニョッキもあるなぁー……。ラビオリも。」
と、僕はストッカーを見て言った。
「トマト、茄子、ベーコン、ニンニク、挽き肉、チーズ、ポテト……これだけあれば十分だな。あっ!マジカルソルトあるじゃないかー!使ってみたかったんだよなぁー。」
と、僕はキッチンで出来上がりを考え良い気分で、栽培しているハーブを取りに行く。バジルとフェンネルを頂戴して。目覚めた君の笑顔が見たくて……だからこれは仕事ではなく、僕の楽しみだ。
――――――――――――――――――――――――――
「そうだ、風柳さん……夜の学校を捜査したい。何か良い方法ありますかね?」
と、刑事の兄、風柳に聞いてみる。幾ら探偵でも大学に不法侵入はバツが悪い。
「……無くも無い。」
「……無くも無い……とは?」
僕は聞き直した。
「用務員に話を通してやろうか。」
と、風柳が警察手帳を頼られているのに気付きながらも、優しいのでそう答えてくれた。兄なら間違いなくそう答えてくれるだろうと思って聞いているのだから、僕も人が悪い。
「良いんですか?いやぁー、助かりますよ。」
なんて、にこにこするものだから、
「先輩、甘え過ぎー。そうやって直ぐ風柳さんも甘やかして……良くないですよ。」
と、サダノブは馬鈴薯と茄子のスライスに挽肉とトマトペーストを炒め、挟めたチーズのオーブン焼きを取り分けながら言った。
「何だよ、風柳さんは僕を甘やかしたい。僕は甘えたいんだからいーの。ねぇ、お兄ちゃん。」
と、僕は風柳さんに聞いた。風柳はさんは離れ離れになってから僕を見守ってくれてはいたが、僕の方が他人に警戒心が強く、本当は甘えて欲しかったらしい。あの頃の僕は何も知らずに……本当、すれ違いの兄弟だった。確かに大人になってから甘えるのもどうかとは思うけれど、きっと失った時間を互いに取り戻したいだけなのだ。
「それにサダノブは弱腰だからなぁ……。夜の旧校舎には、革命が鳴り響くかも知れない……。風柳さんがいた方が安心かもなぁー。」
と、僕はにんまり笑う。
「ちょっと!絶対やめて下さいよっ!……その顔、やろうと思ってるでしょう、ねぇ?」
と、サダノブは慌てたが、そうするかしないかは僕の気分次第なので、鸞に美味しいか聞いて話を逸らした。
「ねぇ、黒影……ラザニアって、どうやったらいっぺん切れるの?一枚ずつになっちゃうよ……。」
と、鸞はホワイトソースで滑るラザニアと格闘している。
「ははっ……可愛いなぁ、鸞は。」
と、僕は上手に食べれるコツを教えてやった。男子中学生に「可愛い」は間違っているとは思いつつ、鸞が白雪似で可愛いのでつい甘やかしてしまう。「親馬鹿」って良く言われるが、この職業柄、授業参観も運動会も見に行ってやれない。鸞が僕の子供だと分かってしまえば、命が危険だからだ。三者面談にこっそり行く事ぐらいしか出来ない。学校側には事情を話しているので大丈夫なのだが、せめて家ぐらいと思うと「親馬鹿」になってしまう。
過ぎた後悔を優しさにして甘やかす、風柳さんも僕も……案外似ている。
「んーっ!良い匂いっ!作ったんなら呼んでよー。」
と、白雪が背伸びしながら二階から降りて来た。
「お早う御座います。……気持ち良さそうに寝ていたから……。シャンパンと……どれ食べる?温め直すよ。」
と、僕は笑った。案外一番の天然なのにしっかり者の白雪を見て安堵する。
「私もオーブン焼きと……あっ!鸞だけピザずるーい!私も一枚もーらおっ♪」
と、白雪は鸞のピザを一切れ持って行き食べてしまう。
「あー!母さんずるーぃ!」
と、今日も騒がしい。
「はいはーい、もう一枚ね。鸞は食べ過ぎだから、ジェノベーゼマルゲリータにしますよ。さぁ、白雪もちゃんと座って食べて下さいね。……後で一杯飲む人には残りのアレンジとピンチョス付けるからガッツかないの!良いですねー。」
と、僕は手を2回叩いて全員に言う。たまにしか開かないイタリアン料理屋はいつも繁盛で何よりだ。少しだけ時間の空いた日に、選りすぐりのチーズとオリーブオイルを買うのが楽しみでもある。今日は日本酒に合うチーズも聞いて吟味してきた。風柳さんへのほんのお礼に。さぁ……晩餐が終わったらまた、月を探す算段でもしないとな。
――――――――――――――――――――――――
「……月ならここにあるんだよなぁ……。」
ほろ酔いになった僕は自室の窓から月を見ていた。
スリッパの音がパタパタと聞こえて、僕は慌てて扉を開く。大きなリボンの付いたブカブカのスリッパで上がってくるのは白雪しかいない。
「どうしたの?」
「何と無く……。」
「……そう、どうぞ。」
結婚して、一時は白雪の部屋にいたが、鸞も大きくなり2回目の改装で、結局僕は慣れ親しんだこの部屋を選んだ。
「通い妻になっちゃったわ。」
と、白雪は微笑む。
「ごめんね、我儘で。」
と、僕は申し訳なくは思っていた。けれど、この方が夜勤で白雪を起こす事も減り、少しは良かったと思っているんだ。
「今に始まった事じゃないでしょう?……それよりお月様、見つかった?」
と、白雪が聞いてきた。
「もう少し……みたい。」
と、僕が答えると白雪はこんな事を言う。
「じゃあ、明日は大丈夫よ。ここに女神様が来て上げたでしょう?」
と、笑って。
「……ルナだね。確かに……僕の導きは君だ。……あのさ、大学の旧校舎に月があるみたいで……。だから、ダンスで釣って情報収集したんだよ。ほら……僕ただでさえ珍しいから。でも一番は君と踊りたかったなぁ……。ねぇ!明日一緒に行かない?それなら安心?風柳さんの車でさっ!」
と、僕は君が喜ぶと思って聞いたのだけど、君はあまり浮かない顔をした。
「……朝食後の食器洗いもお洗濯もあるしぃ……」
と、家事の事で頭がいっぱいの様だ。
「……大丈夫、家事だってこれから大丈夫になるのです!」
と、僕は君が安心してくれる「これから大丈夫になる!」を少し変えて言った。
……いつだって大丈夫にして来た。だから、何故かなんて答えは無いが、他の言い方ならば、成るように成るしかないのではないのだろうか。
――――――――――――――――――――――――
「ふぅ……この一杯が至福なのだ。」
僕は翌朝もいつも通り、白雪の淹れた愛情たっぷり珈琲に舌鼓を打つ。鞄にライトも入れたし、準備は万端だ。
……あとは……朝食を摂ると食器を持って行って、たまに会議がない日の様に手伝う。
「あれ?今日は調査に行くのに会議なし?」
と、白雪が不思議そうに聞いた。
「大して無いんだ。軽く車内ですれば良い。なぁ……それより、食洗機とか乾燥機いるだろう?」
と、僕は白雪に聞いてみる。良い加減、この家にも必要だと思っていたところだ。
「……それは欲しいけど、カップ&ソーサーの金彩も取れてしまうわ。それに……。」
「……それに?」
と、それ以外にも理由がありそうなので、僕は聞き出そうとする。
「可愛いデザインの、少ないのよ?真っ白ばっかりなんだからっ。」
と、言うのだ。僕は笑いながら、
「だんだんとシフトしていくよ。使えたら使って、使わなければ手入れは僕がしておく。それでどう?」
と、提案すると……少し考えて、
「でも、きっとどっちが対応かそうじゃないか忘れちゃうわよ?」
と、白雪らしい答えが帰ってくる。僕も少し手を止め考えると、
「じゃあ、僕が覚えておきますね。」
そう言って小さく笑い、洗い終えた食器を拭き上げていく。二人の時間を得るためになら、この頭脳は惜しみなく使いましょうか。犯人の事を考えるより、とても有意義な利用方法だ。
――――――――――――――――――――――――――
「あっ!紳士さんだっ!」
学食をのんびり食べていると昨日の女子軍団に見つかってしまった。白雪の手前、少し気不味い……が、今日は秘策を考えて来たのだ。
「あ、えーと……昨日はどうも。」
と、僕は苦笑いをする。……が、向こうは気付いてはくれない。
「今度って、また来てくれたなんて……、ねぇ皆んな。」
と、一人が皆んなに話しかける。
「約束を守るのは当然です。……が、今日はもう一人ダンスの上手な方をお呼びしているんですよ、ねぇ?」
と、白雪を紹介する。白雪は仕方ないわと話を合わせてくれたみたいで、スカートを広げ可愛らしくお辞儀した。
「二人共素敵ー。ご令嬢?お姫様?」
と、いかにも漫画設定で聞かれたが白雪は、ツンとして、
「白いロリータ。白ロリよ。黒ロリもいたのよ。後にゴシックロリータと呼ばれたりしたわね。クラシカルはもっと中世に近いの。お勉強なさい。」
と、答えた。
「やっぱり格式が違うのよ。」
と、何故か納得してくれる。
「あのさ、用務員室に行きたいんだ。場所、分かるかな?用事が済んだら、またダンスでも楽しみましょうか。」
と、僕はこのまま逃げる気満々でいるのだ。道を素直に案内してくれ、僕は安堵に肩を撫で下ろした。
風柳がノックする。
「すみません……こう言う者ですが……。」
用務員室を訪ねてドアを開けると、炬燵に雑誌を開いてのんびりしていた用務員が此方を向いた。僕は用務員が熱心に見ていた雑誌を見ている。これは!……ミステリーファンなら堪らない、……否ミステリーファンしか最早解けない「ミステリー難プレ」かっ!
「警察の方が何か……。」
と、用務員が言っている間に僕は風柳さんの横をすり抜け、勝手に炬燵に座り込み雑誌を見る。
「ちょっと、君勝手に……」
と、言われたが興味のある事に夢中になると、どうも冷静になれなくなる。
「すごいじゃないか!此処まで用務員さん、一人で解いたのかい?さてはかなりのミステリー好きとお見受けした!このヒントが蛇のシャーロックホームズの枠は「まだらのひも」だよ。この作品はあり得ないし、嘘だろう?って思うのだがファンの中ではそこがまた良いのだと言われている。インパクトが強いんだよねー。是非読んでみるといい。後は……」
僕は残りの空欄のヒントを読み始める。このヒントすら推理しないと答えが出ない箇所もある、難易度の高い難プレだ。
「あー!それ以上言わないでっ!一日1箇所埋めるのが楽しみ何だから。」
と、用務員は雑誌を慌てて閉じた。
「……そうか、すまなかった。刑事事件になりそうな、まだ捜査途中の依頼で此方にお邪魔しています。探偵の黒田 勲です。捜査上、どうしても旧校舎に夜間調べる必要が出て来ました。依頼人は元、この学校の卒業生で、それ以外は守秘義務で言えませんが、旧校舎についてお伺いしたいのと、夜間捜査に協力頂きたい。事が起きてからならもっと堂々と来れたのですが、未然に防ぎたい。協力をお願い出来ませんか?」
と、僕は本当の事を話した。風柳さんがいるのだから、近くで勧誘事件が頻発しているから、警備に来たでも何でも良かったのだが、ピーンと来たんだ。このミステリー好きの人物は素直に話した方が、沢山の有益な情報をくれるだろうってね。探偵の本物の捜査……見たいに違いない。……見るだけじゃない、参加してみたいんだ。
「協力と言っても何も出来ませんよ。」
と、用務員は言ったが、
「此処だけでかなりの情報があるようだ。旧校舎しか無かった頃の卒業式アルバム……拝見出来ませんか?後、12星座の先の13番目の部屋……誰か亡くなっているか、失踪するなりしていますね?僕が思うにあそこには練習室を管理していた先生がいた筈なのです。……どの人か教えて貰えませんか?」
と、黒影は勝手に炬燵に入って聞いた。
「ああ、確かに突然来なくなった先生がいましたよ。なかなか厳しい人で生徒から嫌われてはいましたが、ピアノの腕は確かだったから、何も言われなかったんです。えーと、あれは旧校舎から新校舎になるのが決まった半年前ですよ。その頃の卒業アルバムが見たいのでしょう?」
と、用務員は長年の卒業アルバムが並んだ本棚から、探してくれているようだ。
「流石、話が早い。で、その先生持病とか誰か自宅に確認は?」
僕がそう聞くと用務員はお茶を出して、風柳さんとサダノブにも炬燵で温まるよう勧めてくれた。
「勿論、他の先生方で探しに行ったらしいですが、見当たらなかったらしくて。確か失踪届けを出した筈です。持病なら糖尿病を元から患っていたみたいで、インスリン注射をいつも持ち歩いていましたね。だから、自宅から大学まで私も駆り出されてえらく探しましたよ。ですが何処にも……。」
と、用務員は残念そうに首を横に振りながらも、答えてくれた。僕はお茶にふぅ〜っと息を吹きかけてから一口飲んで、
「……失踪ね……。インスリン注射ぐらいは見つかりました?」
と、僕は気になって聞いた。
「いいえ、何時も学校にも持ち歩いていた鞄に入れていたのを皆んな知っていましたが、その鞄すら見当たらない。ただの気紛れで、無事に何処かでまだピアノを弾いているんじゃないか……そう思いたいですよ。」
と、用務員は少し悲しそうに答える。
「……何処かで……ですか。」
もし、死んでいたら……その微かな願いも、僕は確実に消してしまうでしょう。……それでも「真実」はいつか、受け入れなくてはならない時が来るのですよ。
パラパラと古いアルバムを捲り、依頼人の廣田 璃央が写っているクラスの集合写真を見つける。
「……サダノブ、此れをデータ保存しておいてくれ。」
クラス全員の写真、一人一人の名簿と個人写真を指定した。
「この中に依頼人を狙う奴がいるんですか?」
と、サダノブは聞いてきた。
「多分な……。」
否……本当は、ほぼ確実にそうだが、僕はそう答えた。無駄に不安になったところで、足をとられるだけで何の役にも立たないからだ。
導かれる筈だった依頼人……廣田 璃央は今、どんな気持ちで月光を弾こうと想っているのだろうか……。
今現在、有名な新人としてピアニストの道を歩む彼を、失踪した恩師は、その才能に気付かなかった訳がない。……月を見つけねば、きっと彼の中で月光は完成しないのだ。だから、探して欲しい……そう、思って依頼したのは確かだった。
「亡くなった先生の名前は?」
僕はアルバムを閉じて聞いた。
「香坂 結(こうさか ゆい)先生ですよ。非常勤講師で世界的にも活躍している先生でしたから、厳しくても当たり前と言うか……熱意のある人でした。」
と、用務員は懐かしんで、遠くを見て答える。きっとその視線の先には、今も香坂 結が何処かでピアノを弾いている姿が見えているのだろう。
「風柳さん……サダノブ……、そろそろ調査に行きますか。色々、お話有難う御座いました。お茶も。」
と、僕は帽子を手に取り立ち上がる。
「何か分かったら教えて下さいよ。それが内緒の条件です。」
と、用務員は無邪気に笑う。
「あはっ……アンタ、本当にミステリー好きだな。寄れたらまた寄りますよ。もし寄れなかったら……はい、此処に連絡して下さい。真相が知りたかったらね。自分で解きたいなら、この名刺は燃やしてもらって結構ですよ。」
と、僕は夢探偵社の名刺を渡して、軽く帽子のツバを持ち会釈し、その場を去った。
旧校舎に向かう間……焼け付く様な夕陽に僕は帽子の先を下げ歩く。今夜微笑むのは、真実の女神か……月の女神か……。
辿り着いてみせようじゃないか……その導きが本物であるならば。
それに……僕にはもう一人の女神がいる。真っ白な厳しくも力をくれる最高の勝利の女神さ。
「何処、行っていたんだい?」
僕は白雪に聞いた。
「ダンスにレディの嗜みレッスン……忙しかったわ……。」
と、言うので僕は思わず笑ってしまった。
「僕等より多忙だったんだね。お疲れ様でした。」
……そうだ、勝利の女神でもあるが、白雪は皆んなを笑顔にする女神なのかも……そう思えてならない。夕陽に白いジャンパードレスも淡いオレンジ色に染まっている。僕の黒とは逆に、何色にも染まり笑う君が時々羨ましいよ。
🔸次の第三章へ↓(お急ぎ引っ越し中の為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。