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黒影紳士番外編「月光」〜黒影の書〜✒️🎩読み切りミステリー 三章 夜警


――第三章 夜警――

 旧校舎の廊下に斜陽が差し込む。
 物静かで……何処か懐かしく寂しさもある。僕らが歩く音だけが、響いては消えて行く。
 僕はやはり、あの13番目の練習部屋へ向かった。陽が沈む前に、確かめたい事があった。
「やはり、この部屋は唯一他の全部の部屋の音、若しくは映像を確認出来た筈だった。この絨毯にある、箱状の跡は其々の部屋を見たり、聴いたり、ピアノの指導をする為にあった機材だろうな。ここに失踪した香坂 結もいたんだ。初めからピアノなんか無かったんだ、此処には。」
 僕は床を見て確認すると、ドアを調べる。
「サダノブなら、ここに長期閉じ込められたら何をする?」
 と、僕は大体予想はつくが、理解の遅いサダノブにも分かる様に考えさせた。
「えーっとぉ……ここから外へは……何だ?この窓小さいし、硝子が分厚い。」
 と、サダノブは不思議そうに見ている。
「それは防音硝子だ。そうそう素手で割れないし、割った所で大人が通れる大きさじゃない。陽が暮れそうか、どうか見る為の物でしかないからな。」
 と、僕が説明するとサダノブはキョロキョロ他を見出す。
「忍者屋敷みたいに、くるって壁が回ればいいのに……。」
 と、サダノブは馬鹿みたいな事を言い出して、壁に体当たりをするではないか。
「おいっ!何、馬鹿な事やっているんだ。力づくじゃなくて考えろと言っている。」
 と、注意したが、時既に遅く壁に体当たりをした振動で星座早見盤が落ちて割れた。
「きゃっ、危ないじゃない……。」
 白雪が驚いてしまったので、僕は手を取り危なくない様に後ろに下げる。
「あーあ、硝子が滅茶苦茶……。」
 と、割れたガラスを見た時、僕はハッとした。硝子なんか……無かったじゃないか。薄いベニヤで出来た星座早見盤だったのだから。
「サダノブ!直ぐに退け!」
 僕は別にサダノブが硝子を踏むかどうかを気にして言っているのではない。
「どうしたんだ、急に?」
 風柳さんは背が高いので、僕の後ろから邪魔にならない様に覗き込んで聞いた。
「裏ですよ。……裏に何かある。僕の鞄から手袋出して。」
 と、僕は割れた破片から目を離せずに、手だけ後ろに回した。
「はい、先輩。……俺、もしかして証拠品壊しました?」
 と、サダノブが手袋を渡しながら、不安そうに聞いてきた。
「いいや……珍しくでかしたぞ。」
 と、僕は片方だけ口角を上げ、にんまり笑う。真実の女神……硝子と共に舞い降りたり……。
 硝子の中に銀色に光る破片が見える。そこには僕の顔が映っていた。手袋をしてひっくり返すと、それは星座早見盤の裏は丸い鏡と、それを支える枠が硝子で出来ていたらしい。
「風柳さん……香坂 結の失踪届けの調書が見たい。サダノブも、当時の記事を漁ってくれ。」
 僕は立ち上がり、そう二人にお願いする。
「白雪……鏡持ってるか?」
 僕はポシェットに小さな鏡を何時も持ち歩いている白雪に聞いた。
「有るわよ、勿論。」
 と、白雪はポシェットを開けて僕に薔薇の形の可愛らしい鏡を渡してくれる。
「ちょっと可愛い過ぎるけど、まぁ……これでもいいや。月を見つける為に、少しお借りしますね。」
 と、僕はにっこり笑いそう言った。これで見つけるものが何かなんて、まだとても言えはしないけれど。
 僕は星座早見盤が掛かっていた壁を見た。後が……薄い。……ここにはもっと丸くて立体の物……そうか、あれがあったにちがいない。そしてドアを開き、横をアンティークルーペを取り出して確認する。そうだ……やはり、そうだよな。
 僕はそのまま廊下へ出て、通路から見える星座の看板を確認した。……そうか、やはり答えあわせは夜か……。
「黒影、データを送ってもらった。サダノブのタブレットに転送しておいたぞ。」
 と、後ろから風柳さんがそう言って僕を呼んだ。
「あぁ、いつも急ですみません。」
 そう言うと僕は廊下を走り、サダノブと白雪の待つ13番目の部屋へ走り出した。夕陽が沈もうとしている……見えなくなる前に、確認しておこう。
「サダノブ、記事と風柳さんが今は送ってくれたデータを見せてくれ。」
 ……香坂 結が見当たらないと一報があったのが早朝。
 学校に珍しく無断欠勤したので糖尿病で倒れたのではないかと同僚と、大学への通学路、自宅、近隣の病院を確認したが見当たらない。
 昼過ぎに増員して捜査を拡大。防災放送でも呼びかけるが見つからず。家族に連絡してみるも見当たらず、夕方に正式に捜索届を出すに至った。
 海外渡航の形跡なし……か。
 厳しい先生ではあるが、特に生徒に恨まれる程では無く、近所や職場の付き合いも至って普通。

 記事は美人音大講師、誘拐か?なんて大袈裟に書いているものばかりだ。事実がどうのより、美人講師が先立っている感じだ。
 ――――――――――――――――――――――

「……薄気味悪いわぁ……。」
 白雪が夕日を夜が凌駕してくると、不安がって僕の腕にしがみついた。
「大丈夫だよ、ほら。懐中電灯持ってきた。全員分ある。ハンディの置き型ライトもあるから、両手が使えなくてもこれで大丈夫。」
 と、僕は鞄の中から沢山ライトを出して置き型のライトはピアノの上に置いた。
「まるで夜警だな。」
 と、風柳さんは苦笑いをするのだが、僕は違う「夜警」を思い出していた。
「絵画に「夜警」ってあるんですがね、周りが暗くて見る物はてっきり夜だと思っていたのですよ。しかし、実は絵を綺麗にすると明るくて、タイトルと釣り合わなくなったんですよね。……自分で見たものしか信じない僕には皮肉でしかない。……サダノブ、静けさが惑わすのなら、『革命』でも弾こう。……僕は、月を捕まえる……月の導きでは無く、塗り替えられた「真実」の為に。」
 僕は帽子を取り、ショパンの『革命』を弾く。宣戦布告だ……今夜、僕は必ず闇に隠された罪を暴くだろう。そして今度こそ正しい答えを導き出すだろう。
 暗闇が深くなってきた……さぁ、漆黒の僕には闇に隠れられ守られる……丁度良い時間だ。帽子を被り直し、僕はしっかりと真っ直ぐ闇の中を貫く声で言った。
「……さぁ、月を見つける時間がきた。行こう……。」
 部屋を出る前にドアの横を照らし、
「香坂 結はこの部屋に閉じ込められていた。このドアの横にハサミや定規……やたらこじ開けようとした形跡がある。他の部屋には多少擦れた傷ぐらいあるが、ここまで無茶をしてこじ開けようとした形跡は見当たらない。
 ただ、偶然の事故ならばこんなに香坂 結は焦る事はなかった。翌朝には誰かが来て助けただろうからね。
 犯行時刻は恐らく午後過ぎ。始めはただの悪戯だったかも知れない。厳しい香坂 結のやり方に反発を持っただけのね。……しかし、悪戯はただの悪戯ではなくなった。香坂 結のインスリン注射の入ったバッグを練習室を使った数人……依頼人を含んで6人の中の一人が奪ったからだ。数時間後、インスリン注射がない香坂 結の遺体が見つかる。
 六人は必死でどうするか考えただろう。……そこで、香坂 結に目を掛けてもらい、唯一恨んでいないが現場に居合わせた依頼人廣田 璃央は、全員で隠そうと言う話になった時、いつか香坂 結を見つけられる様に、目印を提案した。」
 と、僕は調査によって分かった事と何が起きたか推測していく。僕の推測が合っているならば、必ず月の女神……ルナはその姿を表すのだ。
「廊下へ行こう。先ずはこの窓方向に外側に、斜めになっているこの壁の時計を外す。ほら、時計は分厚いのに、随分と跡が濃く残っている。此処にあったのは星座早見盤の方だ。この廊下に入った時に、直ぐに練習室があると分かり、指導室には時計があった方が終了時間を告げれる。……逆だったんだよ。サダノブ、正しく掛け直してくれ。怪我するなよーっ!」
 僕は説明を続ける為に指示をだす。裏が割れているのを忘れ兼ねないサダノブに注意もさせて。
「はーい!先輩、手袋貸して下さいよー。」
 と、暢気に言うので、
「ああ、勝手にしろ。」
 と、僕は言って次の推理を考えていた。これだけはやってみなくては分からない。上手く行くか?
 廊下の突き当たりにサダノブが星座早見盤を掛けようとした時、僕は一言付け加えた。
「違う、サダノブ。裏につけるんだ。それは所謂ミラーなのだよ。月の光るミラーさ。」
 と、僕は言うと、サダノブは不思議そうだが、ミラー側を表にした。
「サダノブ、そのミラーは割れているから、この白雪の鏡で良いから、光が届いたら、そこに当ててくれ。」
 と、僕はサダノブに白雪の手鏡を渡してミラーの前にスタンバイさせる。
「何が起こるんだ?」
 風柳さんは準備を進める僕に聞いた。
「言ったでしょう?月を見つけるんだって。」
 と、僕は微笑んだ。僕は12番目の星座の穴の空いた部屋のプレートを懐中電灯で照らした。
「……駄目だ、これじゃあサダノブのいる方まで光が届かない。」
 僕は鞄から紙を出して懐中電灯の灯りの周りを囲う。多少は強くはなったが駄目だ。
「……そうか……じゃあ、これだなっ!」
 僕はレーザーポインターを取り出して、12枚目のプレートの穴を一つ一つ照らす。
 これで最後の1箇所……
「良し!繋がったぞっ!!」
 12枚全てを貫通する穴が、やはり一つだけあった。きっとこれを作った依頼人廣田 璃央はこの仕掛けをわざと遊び心に入れたのだろう。理由は簡単だ。あの星座早見盤も彼が作ったからだ。
「白雪、レーザーポインター持ってくれる?サダノブ、そのまま手を下ろすなっ!風柳さんっ、来てっ!」
 と、僕はピアノの椅子を持ち出して白雪でもレイザーポインターを持ち易くした後に、風柳さんを連れてサダノブのいるミラーの地点へ走った。
 やはり、想像通り、レーザーポインターの光はミラーで屈折し、外へ向かっている。
「風柳さん……用務員さんに何か掘る物でも借りましょうか。あのテニスコートの茂みの裏……多分、失踪された香坂 結さんのご遺体が出てきます。僕は後で行きますよ……。」
 と、僕はあえて急がすに、風柳を頼った。
 13番目の部屋でショパンの『別れの曲』を弾いて。どうして……こんなに別れは悲しく辛いものなのに……優しさに満ち溢れているのだろう。弾き終わると白雪がいつの間にか横にいた。
「慣れないわね……」
 ……何度もご遺体を見ても……。
「キリがないな……」
 どんなに犯人を捕まえても。
 6人の中で裏切り者が一人いた。ただの悪戯が、インスリン注射を持ち出す事で計画的な殺意に変わった。
 5人は遺体になった香坂 結を見て嘸かし驚いた事だろう。依頼人はいつか彼女を弔える日を願って、皆んなで分かる場所にしようと、あの場所に埋める事を提案した。
 そして、依頼人もまた裏切り者だった。仲間のフリをして「月光」を弾く事で残りの仲間の罪を公表すると言いたいのだ。だから、狙われる……が、口裏を合わせてインスリン注射を奪ったのも依頼人の所為にされ兼ねない。
 だから、他ではなく刑事もいて僕もいる夢探偵社を選んだ。依頼人を守るとは……そう言う意味か……。
 狼が二匹……月の真相が一つ解け、また一つ増え。まるで月と太陽のイタチごっこ。
 ならば、この「幻影の黒影」……光に影の「真実」を引き摺り出してやろうじゃないか。
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「ストップ!出てきたっ!」
 風柳がシャベルで掘るのを止めた。衣類が見えている。
「用務員さん……一般人には流石に此処からはどぎついですから、良かったら用務員室でまたお話を聞かせて貰えませんか。後は素直に警察に任せましょう……。」
 僕は用務員のがっくりと落とした肩を軽く押して回すと、用務員室に帰らせようとする。
「まだ夢の様だ……。夜だからかなぁ……。」
 用務員はそんな事を呟き空に白く輝く本物の月を見上げた。
「白雪も……行こう。冷えてきた。」
 と、僕は声を掛ける。白雪は振り向くと、出てきたご遺体の顔を凝視していた。白雪はご遺体が慣れないと言うのに、何故かいつも気付くと静かに止まって凝視しているのだ。我妻ながら、何を考え凝視し想っているのかは僕にも分からない。
「じゃあ、色々分かったら後で俺も行きますね。寒くて仕方無いや……。」
 サダノブは寒さが滅法嫌いなのに、これから警察側の情報を頂戴するつもりらしい。僕は溜め息を吐いて、ロングコートを脱いで肩に掛けてやった。
「あざぁーす!」
 軽く感謝を言うと、サダノブはコートを丸め込んでしまう。
「あーもう、皺をつけるなよー。当たり前に借りるぐらいなら、カイロでも持ってこいっ!」
 と、僕は言いながらもその場を去った。

 僕が今考えるべき事は、ご遺体がどうのは調べがつくまで時間が掛かる。ならば、この用務員の知っている情報を引き出せるだけ引き出し、誰がインスリン注射のキットを奪ったかを探るのみだ。
 用務員室は温かく、また用務員はお茶を入れてくれた。
「有難う御座います。寒いから助かりますよ。」
 僕は本心からの笑顔で言う。安堵感に体の緊張感も解れる。
「あのぉ……旧校舎の頃の練習室の使用記録とかってまだあるんですかね?」
 と、僕は僅かな希望でもあればと、聞いてみた。
「ああ、多分まだあったかも知れないよ……。」
 と、用務員はよっこらしょと腰を重そうに立ち上がると押し入れの段ボール箱を引っ張り出す。
「え?あるんですか。」
 思わず僕は言った。どれだけの資料がここにあるんだ。用務員室では無く、宛らこの大学の資料室だ。
「実はね、香坂 結先生と私は仲が良くてね。……とは言っても恋人だとか、そんなんじゃないんだ。此処でこっそり愚痴大会するぐらいの仲だよ。だから、香坂先生みたいな気が強い人が、急に来なくなるなんて変だと思った。音楽に息詰まったとか、学校にストレスでもあったんじゃないか、海外に逃げたなんて噂まで出て来たけれど、私はどれも信じていなかったんですよ。それで、自分で調べようと……香坂先生が居なくなった日の記録を取っておいたんです。けれど、不自然な点は何処にも見当たらなかった。貴方で分かるなら、香坂先生も浮かばれる……どうぞ。」
 そう言って、用務員は大事に取って置いたであろう、その資料を僕に見せてくれた。
「映像は警察が?」
 と、僕は聞いた。
「ええ、ちゃんと渡しましたよ。」
 と、用務員は言う。
「用務員さんが見ても不自然に見えないのは、一点から見詰めているからではないだろうか?「真実」は時に歪な形になるものだ。映像と、この練習室貸し出し記録を照らし合わせて、初めて気付く何かがあるのではないだろうか……。香坂 結先生を殺した人物は、僕が必ず特定するとお約束しましょう。僕は運が良い……兄が警察でも顔が効く人で。案外ね、推理も大事だが、探偵を初めて思うのは人脈が大事って事でしたよ。用務員さんは依頼もせずに僕から答えを聞ける……一番ラッキーな人だ。香坂先生が愚痴を聞いたお礼にそう巡り合わせてくれたのかも知れませんね。」
 と、僕が話し、朗らかに笑った。例え「真実」が冷たくて、もう二度と戻らなくても……人はまた、偶然を装い必要性のある方へ手繰り寄せられるものなのだ。
「……役に立つなら良かった。ずっと持っていても最近は見るのも辛く感じて、それで段ボールの中へ。貴方が解いてくれるのをひっそり待っていたのかも知れないですね。」
 なんて、用務員は言うのだ。証拠資料が待っていたなんて聞いた事がない。
「じゃあ、黒影……お待たせしましたって言わないと、失礼だわ。」
 なんて、白雪が資料を覗きこんで笑いながら言うのだ。
「あはは……それもそうか。……お待たせしました。直ぐに解きますからねー。」
 と、僕もふざけて笑う。笑える時に笑っておかないと、謎を解いたら笑う暇なく走らねばならないのだから。
「風柳さん、香坂 結の捜索時に警察が押収した失踪前夜の練習室の映像がある筈なんだ。それ、出来るだけ急ぎで見たいんですが、署長にお願い出来ますかね?……難しいようなら、こっちから連絡しますけど?」
 と、僕はスマホで、風柳と通話した。探偵社から連絡する時は条件をお互いに交渉する……例えば、警察に借りが出来れば、次回の捜査協力の際に割り引きしたり、良い料亭をこっそり教えたりもする。逆に警察が借りがある時は多少ふっかけたり、情報を貰うか、ウチの社員は皆んな酒が飲めるので酒代を付けてもらう。まぁ……お互い様だから出来るし、僕が昔から捜査協力していた時から、署長とは知った仲だ。
「お前が出ると話がややこしくなる。そのくらいなら貸してくれるよ。後は飲んだら忘れているだろう。こっちから聞いてみるさ。こっちは鑑識が入った。先にサダノブだけでも寒がって五月蝿いから、そっちに行かせるよ。」
 と、風柳さんは言ってくれた。
「ほんと、頼りにしてます。宜しくお願いします。」
 僕はそう言って少し笑った。そろそろ凍えかけの犬が見れると思うと、想像しただけで笑いが込み上げそうになったからだ。
「用務員さん、凍えた犬が一匹……多分ダッシュして来ますよ。」
 と、僕は笑い言うと、白雪も想像出来たのかクスクス笑っている。用務員さんだけが、はてと頭を傾げていた。
「さーーーぶっ!あり得ないあり得ないあり得ない!めっちゃ、寒かったーーーっ!!」
 と、廊下を滑る様に止まり、そんな馬鹿な大声を響かせ、サダノブは用務員室の扉をガラッと勢いよく開けた。開けた瞬間に出入り口で溶けるように、
「なぁーに、此処……ぬくぬく天国ぅー!先輩ばっか狡いですよぉー!」
 と、言い始めた。
「おい!寒いぞ……さっさと入って扉を閉めろ。それに、もうロングコートは返せよー。」
 と、僕は手を出して早く返す様にせっついた。サダノブは転がる様に炬燵に入り、それを見た用務員が納得したのか、温かいお茶をポットから注いで前に出してやる。
「タブレットにこの資料を入れて、時間ごとの出入りをもう少し分かり易く可視化してくれ。」
 僕は用務員から預かった資料をサダノブに渡した。大事なものなら、今はデータ化さえすれば直ぐに返せる。
 暫くすると風柳さんも用務員室に僕らを迎えに来た。どうやら初動捜査と、ある程度の事は分かり後は解剖待ちってところだろう。
「お疲れ様です。」
 僕はにっこり笑って言った。
「ああ、そっちもお疲れ様。随分とそっちも進んだようだな。」
 と、風柳さんは僕の満面の笑みで気付く。
「ええ……だって、容疑者……絞れましたからね。」
 と、僕はスムーズな運びに気分が実に良い。仕事はいつだって、スムーズ且つスマートが喜ばしい。
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 風柳さんの運転する車の中……僕はサダノブが作った練習室の貸し借り記録を確認していた。風柳さんが仲間に持ってきてもらった映像を読み込みながらも、軽く観察する。
 違和感……何処かにある筈の……違和感……。
 ……廊下側にもカメラがあったのか……。防犯用だろうな。映像を消して繋げればプロでない限りは違和感がある筈だ。廊下側側からご遺体を発見した時、全員が集まり埋める場所を決めた。後半ごとカットして映像を止めたかも知れない。読み込みが終わると、僕は少し疲れを感じて風柳邸の家に戻ってから、明るい所で映像比較する事にした。
 帽子の前を摘み下ろし、深めに被る。少し寝るか、考えるの合図になっている。目を落とすと帽子からちらりと見えた橋から下の川に月明かりが水面に揺蕩い輝いていた。……疲れ果てた旅人の夢さえも「真実」に導き照らしてくれるだろうか……。
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 帰って直ぐに情報共有し、作戦会議をする。事件がある時は決まってそうだ。時間によっては夕飯が先か後になるが、今日は白雪も出ていたので、慌てて夕飯を作る姿を見るなり僕は皆んなの飲み物を作って、会議を先にする事にした。
「サダノブ、こー言うのは年功序列じゃないのかぁ?お前、万年誰かに飲み物作ってもらってるなぁ?」
 と、僕はサダノブに嫌味の一つでもと言ってやったが、
「だってぇ……白雪さんか先輩が作ってくれた方が美味しいじゃないですかぁー。」
 と、緑茶を飲むなりぬくぬく幸せそうに答えた。風柳さんの方をみると、確かにと頷いている。
「社長にお茶汲みさせる社員とか聞いた事がないよっ!料理も破壊的にやばぃが、自分の飲み物ぐらい作れるようにしとけ。」
 と、僕は注意した。以前サダノブは卵サンドに挑戦した時、殻を剥いた茹で卵を、拳で殴り潰そうとした悍ましい過去がある。
 僕はどうせ無理かと半分諦めながら、テーブルに置かれたタブレットを見て、言った。
「会議を始める。……先ず共有情報。用務員から香坂 結の失踪前夜に練習室を借りていた生徒の貸し出し記録を見せてもらいました。12部屋の内、使用されていた部屋は6つ。卒業アルバムの写真と映像を照らし合わせ、
 ・山羊座……貝塚 遥(かいづか はるか)
 ・牡牛座……東海林 悠紀夫(しょうじ ゆきお)
 ・天秤座……我らが依頼人 廣田 璃央(ひろた あきお)
 ・獅子座……和泉原 亮(いずみはら りょう)
 ・双子座……新橋 瑛美(しんばし えみ)
 ・水瓶座……琴塚 雄大(ことづか ゆうだい)
 が使用していた。
 サダノブ、風柳さんのスマホに資料送って……。
 依頼人、廣田 璃央が命を狙われているのならば、他の五人がこの事実が露呈するのを避けて脅しに来る。注射キットを盗んだ犯人ならば、殊更必死になる。……だが、自作自演の線は消えた訳では無い。風柳さん、インスリン注射キットや鞄は発見できましたか?」
僕は、一通りの容疑者の名前を言って、インスリン注射キットの行方を気にした。
「ああ、あったよ。仏さんと一緒にな。鞄ごと。やはり病死の可能性が高いとみている。死亡してから時間が経っているから、はっきりとは分からないがな。」
 と、風柳はご遺体の事も含めて答えてくれた。
「サダノブ、夕飯食べたら死亡前と思われる、この映像にデータ化した練習室の貸し出し情報を、同時に見れる様に本日中に作成頼む。明日、僕は廣田 璃央と話して月が見つかったと報告します。恐らく、もう見つかったならと、多少は何があったか話すかも知れません。警邏に当たってはリスト五名を重点的にマーク。面さえ分かればこっちのもんだ。隠し防犯カメラを設置し、同時襲撃に備えてこちらも全員で受けて立つ。後は風柳さん、警察で五人に事情聴取の際は同行させて下さいね。……以上!」
 何時もの様に言うだけ言って僕は珈琲をゆったり飲む。
「俺だけ残業?」
 サダノブがぶつぶつ言っているので、
「多少手伝うよ。酒にツマミ付きなら文句ないだろう?」
 と、機嫌を取っておく事にした。鸞が夕飯の匂いに釣られて部屋から出て来る。
「今日の夕飯なにかなぁー?」
 暢気が一名、平和を作ってくれる。
「なぁ、鸞……日曜日、人手がいるんだが……警邏だが、来るか?依頼人は五人に狙われている。」
 と、軽く説明をした。
「母さんも行くの?」
 と、鸞は聞いてくる。
「行くよ。皆んな出てしまうから、外食になりそうだ。留守番なら何か作って置いてもらうが?」
 と、僕が聞くと、
「外食行くーっ!お肉食べたーいっ!」
 と、鸞は僕の思惑通りあっさり釣れた。食べ盛りって皆んなそんなものだろう?鸞は力がある訳では無いが、素早さが格段に速い。ターゲットまで近付き武器を取るには適している。まだ中学生なのに危ないじゃないかって?……全然序の口さ。本当に危ないのは鸞の趣味。合法毒薬作りの方だ。我が家は僕も含め、ちょっと変わった奴ばかりだからあまり気にも掛けた事はない。僕は探偵社と両立してセキュリティ全般の設計もしている。流石に制作と販売は委託している。だからわざわざ監視カメラや盗聴器も買ったりはしない。小さな探偵社が安定しているのはそんな理由もある。

 ――――――――――――――――――――――
 ウィスキーを片手にサダノブの作業を後ろから見ていた。
「映像加工、カットは?」
 と、聞くと、
「今解析中です。肉眼で見る限りは無いんですがね……。」
 と、サダノブはウォッカを飲みながら答える。
「……あー、でも流石に遺体発見時は無いみたいだな。後半はカットされている。当然と言えば当然か……。時刻と記録表の表記は右上辺りでいいよ。」
 と、黒影は牡蠣のムニエルとサクラチップの燻製を脇に置いて言った。
「わぁ!何これ、断然テンション爆上がりなんですけどー!先輩、何でも作れるんですねー。」
 と、サダノブがツマミを見て喜んでいる。
「このスモーク、メスティン一つで出来るんだよ。チーズもあるぞ。」
 と、黒影はキッチンに取りに行いった。
「何で何でも出来るんだ?」
 と、サダノブは同じ人間に思えなくて頭を傾げる。
「お前は僕が出来ない事が出来る。……それで十分だろう?」
 聞こえていたので、僕は笑いながらそう言った。
「先輩に出来なくて、俺に出来る事なんかありましたかね?」
 と、サダノブは聞いて来る。周りの空気が張り詰めていても崩して行く……僕にはその息抜きみたいな、所謂馬鹿でもいいか、という気分はあり得ない。その代わり何時も頭で考え過ぎるから、役に立っていても本人は気付いていない様だ。
「そんなの、周りが分かっていれば十分だ。」
 と、僕は早く作業を進めろと机の端を爪先でコツコツと軽く弾き、急かすのだ。


🔸次の第四章へ↓(お急ぎ引っ越し中の為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。