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黒影紳士番外編「月光」〜黒影の書〜✒️🎩読み切りミステリー 四章 時系列

――第四章 時系列――


 練習室貸し出し記録による6人の使用時刻は以下の通りである。午後15時丁度に13番目の部屋に香坂 結が入ったのが廊下側の監視カメラから確認出来た。

 (練習室使用人物一覧)
 ・山羊座……貝塚 遥(かいづか はるか)
 ・牡牛座……東海林 悠紀夫(しょうじ ゆきお)
 ・天秤座……我らが依頼人 廣田 璃央(ひろた あきお)
 ・獅子座……和泉原 亮(いずみはら りょう)
 ・双子座……新橋 瑛美(にいばし えみ)
 ・水瓶座……琴塚 雄大(ことづか ゆうだい)

 ◉この6人を監視カメラで出入りした順に並べよう。
 14:40 新橋 瑛美 早めに双子座の部屋で練習開始
 15:10 廣田 璃央 (依頼人)天秤座の部屋      
 15:15 東海林 悠紀夫……牡牛座の部屋
 15:35 琴塚 雄大……水瓶座の部屋
 15:55 和泉原 亮……獅子座の部屋
 15:55貝塚 遥……到着、まだ部屋にははいっていない。

 ここで全員揃ったからか13番目の恐らく香坂 結のいた部屋に全員で挨拶に言ったようだ。ドアは映らないが、13番目の部屋前で生徒たちが手を振ったりしている。この時点では香坂 結は生きていた。

 16:00に新橋 瑛美が一度部屋を出て何故か山羊座の部屋へ移る。
 16:05 貝塚 遥が山羊座の部屋を借りる。ここで新橋 瑛美と貝塚 遥が同じ部屋にいると言う不思議な事になる。
 ……が新橋 瑛美の証言によると、楽譜を忘れたのを借りに行ったらしい。一方の貝塚 遥はそんな事は覚えていないと証言したと調書に書かれている。
 16:30 一度貝塚 遥がトイレに行くと部屋を出て、廊下のカメラからも消える。その間5分も開けずに新橋 瑛美も楽譜の様な紙を持って山羊座の部屋を出て、廊下側のカメラから死角へ消えた後、双子座の部屋へ戻っている。
 16:50 貝塚 遥……鞄や帰宅する準備をして13番目の部屋に挨拶に行ったようだ。
 ここで録画はカットされた。

 廊下側の監視カメラは残念な事に13番目の部屋のドアまでは映せる角度にないが、恐らく音の確認や呼ばれるなどして入ったであろう人物と時刻は割り出せる。

 13番目の部屋を訪れたであろう人物について纏めよう
 ・15:55 全員
 ・16:30 貝塚 遥 トイレと言って画面外へ
 ・16:30過ぎ 新橋 瑛美 死角に消えてから双子座の部屋。
 ・16:50 貝塚 遥 帰りの挨拶へ

 ここまでどうだろう?時々不審な点はあるが、特別に変な事には感じないだろう?僕は違和感があるけれど。……一見、貝塚 遥が怪しいと思った?サダノブもあんまり動くからそう思ったみたいだし、トイレに行くって言って閉じ込めて鞄だけ奪えたよね。
「サダノブ……貝塚 遥はミスリードだよ。僕らには用務員さんから貰った有難き練習室貸し出し記録があるじゃないかっ!……犯人だけは素直な移動を書けないのだよ。インスリン注射の入ったバックを隠したのは新橋 瑛美だ。
 全員でいつも厳しい香坂 結を、閉じ込めようという悪戯を先ずは提案する。少し閉じ込めるならと簡単に乗ってきただろう。勿論、閉じ込めた時は注射入りの鞄もあったのだから。全員でわざわざ行き、手を振ったり笑っているのは悪戯した直後だ。
 そして、サダノブはその後こっそり部屋を出て、死角に入り早く帰った貝塚 遥を疑う。……そうだろう?でも、犯人なら山羊座の部屋を借りた記録を残すか?自主制で書かなくてもいいのに?」
 僕はウィスキーのロックグラスをカランと鳴らして、一気に飲んだ。
「記録にない移動をしたのは新橋 瑛美ただ一人。人狼……みぃーつけた。
 早めに双子座の部屋へ行く。これは記録してある。……そして何時も貝塚 遥は同じ山羊座の部屋を使っていたのだろう。グランドピアノの奥にでも隠れていれば分からない。
 全員で悪戯を仕掛けた時、最後に映り込んでいる。そして全員が戻る前に隠れて再び山羊座の部屋へ行く。貝塚 遥がトイレに行ったほんの数分で……香坂 結に助けて上げると近づき鞄を奪いふたたび閉じ込め、楽譜を広げた下に鞄を隠し、画面を背に双子座の部屋に戻った。
 鞄は小さめ……山羊座の部屋にいた記録なし。もし、疑われた時真っ先に貝塚 遥を疑わせようと考えていたみたいだ。コンサート襲撃に消極的なのは、貝塚 遥だ。
 しかしその日、香坂 結は確かに死んだ。悪戯にも参加したし、全員でご遺体を隠してしまった。
 映像、調書、記録……全て揃わないと「真実」が見えないようになっていたんだよ。依頼人は月光をわざわざ選ぶ事で、香坂 結の死の真相を第三者に伝えようとした。星座早見盤の裏が鏡だと知っている……香坂 結のお友達。」
 と、僕は笑い練習室貸し出し記録をサダノブの顔面に被せるようにぴらーんと遊んで見せた。
「先輩、ほろ酔いで良く犯人炙り出しちゃいましたね。」
 と、サダノブは記録を退かしながら言った。
「柔軟性も時には大事だ。……とは言え何も考えていない。可能性から消去法を使っただけだ。全然で殺そうと思っても出来なくはない。ただ、そうであるならば、廣田 璃央は狙われないし、依頼して来なかった筈だ。……で、サダノブは依頼人が伝えたい相手、分かった?」
 と、僕ははロックグラスを顔の横に持っていき、これなら答えられるだろうとにっこり笑う。
「えーと、知りたい人でしょう?……あっ!居たっ!用務員の叔父さんだっ!」
 と、サダノブは答えた。
「はい、甘々ヒント付きでしたが、やっと正解おめでとう。だからねぇー、やっぱり交渉吊り上げておいて正解だったよー。
 用務員の叔父ちゃんも多分、コンサートチケット貰っている。依頼人はあの香坂 結が消える前日の夕方からいたんだ。何か話してくれるんじゃないかと必ず行く。
 ……あの13番目の部屋……僕は「月」という名前ではないかと思っている。廊下の時計のあった場所から見守り動いた先にある部屋。生徒を見守り、導く為にあんな仕掛けになっている。
 そして用務員なら掃除をしたりするから知っているんだよ。星座早見盤の裏が、月を模した鏡になっている事を。「月」に「光」を当てる……それだけで大きなヒントだったんだ。だから、意地でも依頼人は「月光」を弾く。香坂 結の帰りを待ち続けて、考え続けた用務員の為に。
 ……懺悔なんだよ、依頼人にとって「月光」は。……止められなかった、助けられなかった、誰にも明かす事も出来なかった。僕らが守らなきゃいけないのは二人。依頼人と、用務員だ。面倒がまた増えた……。」
 と、僕は言って目を細める。懺悔なんて必死にしても、死んだ人は戻ってきやしないし、聴いているかさえ分からないのに。
 ……風向きが……変わった……。

 ――――――――――――――――――――――――
「風柳さん、一人……身の安全を確保して欲しいのです。」
 翌朝、僕は風柳さんに聞いた。
「ん?誰だ?」
 出来るか出来ないかより、とりあえず聞いてくれる風柳さんは優しいのだと思う。
「用務員さん……狙われる。依頼人と同じ人物達に。」
 と、僕は妻の作った珈琲を飲み、手を止めて言った。
「依頼は受けていないんだろう?」
 と、風柳は、依頼も受けていないのに何かしようとしている僕の方に驚いたようだった。
「アフターフォローも大切ですからね。」
 と、僕は小さく笑った。ただ、無事でいて欲しい……そう思って仕舞えば、慈善事業じゃないといつもは怒鳴って切り捨ててこれた僕なのに、たまには気紛れを起こす事もある。
「必ず……コンサートに来ます。僕はただ、美しい「月光」が聞きたいだけです。」
 風柳は少し考えて、
「分かった。音楽は良い環境で聴くのが一番だからな。」
 と、良く分からない理由でも応えてくれる。僕が少しだけ、緊張感にやられているのを理解しての、事だろう。
 ……たかが、民間の探偵社が何処まで太刀打ち出来るだろう。皆んなに怪我なんてして欲しく無い。
 確かにサダノブや僕が怪我をして帰ってくるなんてしょっちゅうでさ、白雪や鸞にどやされるのも何処か当たり前に感じて来ていた。……大丈夫だよな。
 白雪と鸞は久々の参加で、少し不安になる。
 僕は壁時計を見上げた。
「……先に行って監視カメラ、無線、盗聴器設置して来ます。後で、白雪と鸞……お願いします。」
 ……切り替えねば。此処からは……戦場だ。
「サダノブ、機器の設置に先に出るぞ、急げ!」
 僕は、ロングコートと帽子を着ながら叫んだ。白雪がスリッパの音をパタパタ立てて走ってくる。
「行ってらっしゃーい!今日は一緒に頑張ろうねっ♪」
 と、るんるんで飛びついて、行ってらっしゃいのキスをして逃げて行った。僕が照れて怒る前に、最近はちゃっかり逃げ足が早いのだ。
「はーい、頑張りますよー。」
 と、僕は気怠るくワザと言って出掛ける。後ろにはサダノブが小走りで何時もの様についてくる。
 今回は人数の関係で真っ黒なスポーツカーの僕のただの趣味の社用車で先発は行く事となった。
 ――――――――――――――――――――――――

「お早う御座います。今日は宜しくお願いします。
 ……月、見つけました。色々伺いたいところですが、今はリハーサルに集中していただいて結構です。待機出来るような部屋ありますかね?」
 僕は依頼人の廣田 璃央に会うなり、握手をして聞いた。
「……そうですか……。見つけてくれたんですね……。待機なら、この会場の隠し部屋でもいいですかね?地下よりは使い勝手良いと思います。ヒーローとか夢のあるキャラが通って休む為の場所です。黒田さんなら場所、分かりますね?」
 と、廣田 璃央は苦笑いをする。
「ああ……あの空間、そんな使い方を。裏通路にしては広くて気にはなっていたのですが、いい場所だ。廣田さんは何も気にせず演奏に集中して下さい。……ではっ!」
 僕は帽子を上げ、早々に話を切り上げた。大概のアーティストは開場前のリハーサルにピリピリするものだ。
 僕は鉢植えを退かすと、いきなり廊下の壁をゴンっと叩く。
 扉が回転して、人が通れるだけ開いた。
「ぅお!忍者屋敷っ!」
 と、サダノブは喜んでる。
「忍者屋敷程回転しないよ。こっちに本部作るから、監視カメラ等全部繋ぐよー。顔識別監視カメラは出入り口、死角なしで。会場ステージ前、傍は演奏の妨げにならないように小型で。廊下、廊下から会場扉が映るように……ああ、もっと右だって!」
 僕はサダノブにカメラ一式もたせ、無線をつけると、直ぐ様廊下に出して、設置チェクを始めた。
「モニター良好。音声……。」
 別に扱いが悪い訳でもなく、息が合わないとこの作業も手間が掛かる。風柳さん達が来るまでには完璧に仕上げておきたい。指令は僕になるので、代わりにサダノブに動いてもらって、脳を休めている。何時もの事だ。
「会場外……上からが良いな。混雑するかも知れない。車道まで敷地内の許可はとってある。……うん……梯子借りろ、梯子っ!」
 サダノブは横着してジャンプで付けて、精密機器を壊し兼ねないので、僕は慌てて注意した。

「……良し……モニター揃ったぞ。」
 僕はは三台の大きなモニターの前でゆったり座った。
 ……絶景だ……。
 セキュリティマニアとしてはこの何十台ものカメラが一斉に動く瞬間がたまらない。僕はブルーライトカットの伊達眼鏡をしながら、少し下がり一瞥する。色、動き、スムーズさを一台ずつチェックしている。これだけ台数があると、一台狂うだけで途轍もない違和感を感じるのだ。

 ――――――――――――――――――――――
「サダノブ、風柳さん会場入り。お出迎えと缶珈琲お願い。」
 僕はそう言って頼んだ。
「珈琲、一本でいいのか?」
 監視カメラを向いて風柳は無線をサダノブから貰い、テスト代わりに聞いて来た。
「あー、どうしよう。2本、いいですかねー。クリアー。」
 と、僕は雑談の後に音声に問題ないとクリアと付けた。
「2本了解、クリア。」
 本来はもっと真面目な無線のやり取りだが、夢探偵社は最低限の肝心な事が分かれば十分だ。つい、風柳と二人で事件を追う時は昔の警察の協力していた癖で、堅くなり易い。
「白雪、鸞……今日も可愛いねー。」
 と、色んな角度から見える愛する家族の到着に、多少……かなり浮かれ気分にはなっていたと思う。
「黒影、どーこぉー?」
 白雪が聞いたが、
「隠れん坊してまーす。」
 と、僕はふざけた。
「黒影、遊んでないでよー。それにね、もう可愛いって言う年じゃないから。」
 と、鸞が言うので時が経つのは早いとがっかりする。
「じゃあ、なんて誉めるのさぁー。よっ!イケメン、色男!女泣かせ!……どれが良い?」
 と、僕はクックと笑いながら鸞に聞いた。
「どれも古いって!酒のついでの掛け声じゃないんだからぁー。」
 と、鸞はどれもお気に召さないようだ。
「じゃあ、次までに考えておきなさい。宿題ね。あっ、厨二病的な形容詞無しでね、クリア。」
 と、家族の会話をしながらも無線感度チェックは怠らない。
 ――――――――――――――――――――――――

 ――――夕方前
 会場の外に人が続々と集まって来た……。
「風柳さん、やっぱり用務員さん……早めにご到着だ。会場地図前にいる。事情を話して警邏されたし。」
 風柳さんは辺りを見渡しながら、用務員に話し掛けている。見知った仲なので、あまり驚いてはいないようだ。
「事情は分かってくれた。ただ、コンサートは見たいらしい。このまま、張り付く。」
「了解。」
 僕は二人の周囲のカメラを見る。その時だ、会場入り口に5人が纏まって入ってきた。
「至急全員、会場入り口!5人纏めてご登場だ。現行犯逮捕を狙いたい。其々張り付いて。1人で1人か2人だ。白雪は力が無いから鸞とサダノブで2人ずつマーク。やばくなったら僕も行く。……早速二手に別れたぞ!3人と2人。いいか、1人ずつ着実にだ。僕がついてる。無理をするな、良いなっ!」
 と、僕は士気を高めながらも、指令を出す。
「さぁーて……今日の一番頑張ったで賞は誰かなぁー。」
 僕は無線スイッチを離し、腕組みすると様子をみる事にした。
 曲リスト
 ・ジムノペティ/サティ
 ・夜想曲/ショパン
 ・ノクターン/ショパン
 ・雨だれ/ショパン
 ・月光ピアノソナタ第三/ヴェートーベン

 少し物悲しい優しい曲が多い。
 ……月光までに仕掛けてくる。
「白雪!和泉原 亮……何か持っている!」
 僕は白雪に叫んだ。男子トイレから出た時、鞄に光るものを入れていたからだ。銃か?ナイフか?
「なぁーんだ、包丁よ。私の方が料理は得意なんだからっ!」
 そう言って白雪は人気の無い角へ走っていく。
「だっ、大丈夫か?死角にいかないでっ!」
 僕は慌ててしまって無線が普通の会話になる。

 白雪が止まるとクルッと和泉原 亮に振り向き、
「ちょっと失礼♪」
 と、軽く言うとパニエ入りの白いスカートをふわりと少し持ち上げ身体を剃って後ろ手の、肩、肘をぐっと下げて片足を最長に伸びる様に姿勢を持って行き、思いっきり回し蹴りをした。
 白雪より長身の和泉原 亮が軽い脳震盪を起こしている。
「ごめん遊ばせ。」
 白雪は、そのまま可愛い靴で和泉原 亮の横腹を蹴り上げ床に這わせると、拘束帯を使い軽く拘束した。
「おっ、お見事……。現役と変わらないね。」
 と、僕はドン引きしながら言った。本気で怒らせた事は無かったが、全力で回避しようと心に誓う。
「怪我……ない?大丈夫だった?」
 と、機嫌を取っておこうと、咄嗟に思った。
「大丈夫よっ!今日、可愛いドロワーズ仕込んだものっ!」
 と、監視カメラで僕が見ているからって、スカートを半分ぐらい上げて刺繍の入ったドロワーズを見せにっこりしている。
「ちょっと!そー言うのは出さなくていいんです!それより、彼と凶器持って早くこっちに来て下さいっ!」
 と、僕はびっくりして敬語になりながらも次の行動を伝える。
 ――――――――――――――――――――――――――
「もう、終わり?もう1人ぐらい行けそうよ。」
 と、本部にくるなり白雪が笑顔で言うのだ。
「色々心配過ぎるから、白雪此処にいて。」
 と、僕が言うと大人しく僕の膝にちょこんと乗るので、
「如何ですか?指揮官……。」
 と、僕は冗談を言った。
「悪く無い眺めね。」
 と、今日の指揮官はなかなかに手厳しいようだった。

「サダノブ挟まれてるぞー。」
 僕はのんびり言ったが状況が悪い。近くに鸞が二人を追い詰めている。合流しそうだ。
「風柳さん、合流される!僕は廊下へ向かいます。依頼人、頼みます!本部より、無線を切り替え動く!指揮官は……白雪が画面見るって!以上!」
 と、僕は言って、走り出した。急がなくてはっ!
「わーぃ!一日指揮官ー!」
 白雪はにこにこで椅子をクルッと回しモニターを見た。

「サダノブ!離れろ……鸞が近くにいる!」
 僕はサダノブの姿を見て無線で言った。
 これは、同時に鸞が状況把握して離れるようにと言う意味にもなる。
「了解!離れます!」
 鸞の声が聞こえた。少しずつ、自分で動こうとしているのが分かる。
「サダノブ武器はなんだ?」
 僕が聞くと同時に、東海林 悠紀夫と新橋 恵美が挟み撃ちにして拳銃を出した。
「流石に、突進し辛いっすよ。」
 と、サダノブは苦笑いを浮かべる。
「分かった。サダノブ、僕がコートを脱いだらジャンプしろ。」
 僕は緊張感の中静かにコートをゆっくり脱いだ。
 引き摺る様に手に持って……。
「サダノブーーー!」
「りょー解っ!」
 僕は叫んだと同時にコートを広げて、東海林 悠紀夫の腕に巻きつけ壁にそのまま叩きつけた。
「サダノブ、銃回収!」
 そして壁に叩きつけられた東海林 悠紀夫を更に反対側の新橋 瑛美に飛ばす。
「きゃっ!」
 短い悲鳴と共に、東海林 悠紀夫の重みで新橋 瑛美が後ろにズルズルと下がり倒れた。
「はい、二人とも纏めて確保!」
 そう言って僕は拘束するとコートを腕から外した。
 ……あーあ、皺だらけ……。

「白雪!鸞はどうだ?」
 僕は心配で現在地と安否を聞く。
「反対側の廊下まで走っていったわ。二人を追跡しているのだけど、スタンガンを持ってる。さっき肩に当たったのよ。大丈夫かしらん?黒影、鸞見てあげてー!」
 と、白雪は半泣きみたいな声で言うではないか。
「大丈夫……殺しはしない。きっと脅しだからV数も低い筈。あの辺には会場に入れる出入り口もあったな。風柳さん、土壇場で入ってくるかも知れない!警戒お願いします!」
 僕はそう言いながらも反対廊下へ人混みを掛け分け走る。
 ……鸞……!!
 後ろを着いてきていたサダノブも思わず僕と同じく止まった。
「……鸞……大丈夫……か?」
 あれだけ走るのが早い鸞が、スタンガンを何回か受けたのか立つのもやっとになっている。
 ……他が捕まって、躍起になってV数上げやがった。……
 ……冷静な訳……ないよな。
 鸞を人質にゆっくりズルズルと引き摺り、会場へ入ろうとする。
「貝塚 遥さん。貴方がインスリン注射キットを捨てた人物でないと、僕は証明できます。だから、そいつを返して下さい。」
 気が弱くて、違うと言いきれなくて、今……不安で何をしているかも分かっちゃいない。
「貴方は人殺しではない!たが、遺体を埋めて通報もしなかった。ただの悪戯なら考えたら通悲ぐらい出来たでしょうに!……ほら……「月光」だ。……彼は今、罪を感じ必死で弾いている!貴方は……何にも感じないのか?!」
 僕は余りに美しく悲しい「月光」が聴こえる中、貝塚 遥を説得してせまる。
 無駄かも知れない……けれど、大切な鸞を放っておく事なんて僕には出来ない。ちゃんと白雪の元へ帰す……そこまでが僕の仕事だからだ。
「……私……結婚するの。……ただの悪戯だったのよ?……死ぬなんて誰も……。そんなので、人生終わりたくないのよ!」
 貝塚 遥は鸞の首にスタンガンを当てる。
「……結婚?だからなんだーっ!……結婚なんて何回だって出来るだろうがっ!……だがなっ、罪を償うのは一回しか出来ないんだぞ!それを逃して怯えた結婚生活、誰かに脅されるかも知れない結婚生活……そんなんで、幸せになんかなれるわけないじゃないかっ!
 殺しではない……罪は軽い、本当に好きなら待っていてくれるだろう?それとも信じるに値しないのかっ!どうだ、信じるのか!信じないのか今すぐはっきりしろっ!」
 と、僕は相手が女でも、容赦無く怒り言った。僕が話しているのは、男や女ではない、一人の人格を持った人間だと信じていたいからだ。
「怖いよ……。信じたいけど……信じきれないよ……。」
 貝塚 遥はそう言って泣き崩れた。
「本当に愛しているんだね。その人の事。だから嫌われたく無い。でもさ、香坂 結さんにも、いつかそんな人との出会いがあったかも知れないんだ。もう生きてもいない。……君はどう?生きて幾らでも選択肢のある人生を歩める。香坂さんの為に、少し不便な道を歩いてみるのも良いかもしれない。その不便な道でまた手を取ってくれる人に出会えばいい。香坂さんに訪れた不自由に比べたら……君は自由過ぎる。」
 僕はもう何が言いたいのかなんて分からなかった。けれど貝塚 遥は、
「理不尽……ですよね。」
 と、そう結論付けたようだ。
 依頼人は……この「月光」を弾いた事で、過去が暴かれどうなるか分からない。
 ピアノ生命よりも罪の重さを取った。
 今夜の月光は何故……
 此処まで胸に突き刺さるのだろうか……。

「……鸞、おいで。」
 貝塚 遥は呆然と立ち尽くし、鸞から両手を離すと、鸞は崩れるように僕の手に倒れ込んで来た。
「……遅くなって……ごめんな。」
 そう言ったのに気絶する前に、微かに笑った。
「白雪……ごめん。救急車一台……。」
「……え?……。」
「鸞、少しやられた。生きてはいる。僕がいながら……すまん!……悪かった!」
 僕は何も出来なかった自分を責めた。
「生きているんでしょう?また元気になるんでしょう?貴方も頑張ったんでしょう?……だから許してあげるわ。今度ケーキ買ってね。」
 白雪はそう言ったが、いつも程ハキが無い。一生懸命、励まそうとしているのが分かってしまう。
「風柳さん……5人無事確保。オールクリア。」
 僕はそんな言葉をこの事件の最後の無線でいった。
 ……こっちは一名負傷。オールクリア……不成(ならず)……
「サダノブ……僕は失格だ。……依頼人を助けても自分の大事な息子さえ守れない……。」
 いつの間にか、悔し涙が下を向いていたら、一粒……また一粒とキラキラ光って落ちていく。
 会場からスタンディングオベーションの大量の拍手が聞こえた。僕は人の幸福を妬む様な人間ではない。けれど、その時、思わずその幸福な音に耳を塞がずにはいられなかった。
「鸞は、助けてくれなんて言わなかった。強くなる為に鸞なりに考えて戦いたかったんですよ。……先輩だって最初は傷だらけでしたよ。……鸞は焦るから、先輩が少しずつ丁度良い相手にブッキングすれば良いんですよ。……それこそ策士に向いている。今回のは相手が見えな過ぎた……そう言う事になりませんか……。」
 と、サダノブはそんな言葉で僕を慰めようとしてくれているみたいだ。
「相手が見えなかったのではない。策士からすれば見誤ったのだ。僕は鸞をああしてしまった僕自身を許せそうにない。……」
 僕はそう言って、その場を去った。
「……ストイックだなぁーもう……。」
 サダノブはそんな言葉を言って呆れている。

🔸次の第五章へ↓(お急ぎ引っ越し中の為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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