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縞瑪瑙(しまめのう)の双龍〜オニキスの番龍〜🐉🦋🐉第一章 蛇


剣術に長けた白龍と、祈祷師の黒龍が現代で再び再開し、運命に抗いながらも惹かれ合う。 和風ファンタジーとライトな恋愛ものです。 短編読み切り。 今後、黒影紳士の世界として登場予定あり。 ちょっとした時間や、黒影読んじゃったーって方は、どうぞ珈琲か☕️紅茶🫖で一服程度に立ち寄っていただけましたら幸いです。 霊雅、仁子(漢字になった💦)は再登場。 舞台、物語は全く違います。お巫山戯ほぼ無し。

🔶連鎖発動!!この物語は「黒影紳士season5-3」でも登場します。
「黒影紳士season5-3」の前後に挟んで読む事で、より一層「黒影紳士」のを理解し楽しめる仕様にになっております。
こちらの冒頭と、末章に「黒影紳士season5-3」に戻れる道を用意しましたので、安心してお読み下さい。

🔗やっぱり後から読む方はこちから、連鎖元の「黒影紳士season5-3」へお戻り頂けます↓

1蛇(おろち)

闘う時は一人でも
貴方の声が聞こえるから
私は孤独など感じない
真っ黒な揺籠の中で
貴方と手を取っていただけ
気が付けば何時も
ゴルゴタの丘の上に
一緒に立っていたじゃない
 ――――――――

「……きゃ……雷っ!!」
 私はお母様の手をぎゅっと握りしめ、俯いた。
「大丈夫よ。雷は櫻(さくら)の味方なんだから。」
 お母様はそう云って、カラフルな水玉のビニール傘の先を摘んで弾かせる。
「……ころころん……。」
 そう云って私に微笑み、笑わせてくれたものだ。
 木造のそれは広い外階段に座り、そんな昔の事を考えていた。
「……此処にいらしたのですか。」
 それは、少し先にある寺の息子。
 私も人の事は言えない。寺の娘。
 だから、良く顔は合わせていたけれど、心に響きもしないお子様に見えた。
 寺の息子の名前は霊雅(れいが)。
 ……何だか、「霊」が付くなんて、縁起が悪いと思っていた。
 話によれば、祈祷に長けた者ではあるらしい。
 それに引き換え、私は全く家業の事なんて考えもしない。
 男が継ぐものなのだから、関係ない。
 昔、母方のご先祖様が武家だからか、お嬢さんとは程遠い……トムボーイ(やんちゃ娘)みたいなものね。
 お母様が教えてくれた剣術は何処にも属さず、護身用と云った割には、随分と実践的な物の様だ。
 剣道でも武道でも少林寺拳法でも無いが、その総てが入り混じっていた。
「いたわ……。何用かしらん?」
 私は素っ気なく云って振り向く。
 寺の外階段で、稽古の後にうとうとしていたのに……。
「……あの、簪……似合うかなって。……この間、祇園に行って綺麗だなって。つい、買ってきてしまいました。」
「そんな物、私には似合わな…………綺麗ねぇ。」
 こんな私に似合う筈も無く断ろうとしたが、目の前で揺れる長い藤の花は、花弁一片一片が硝子で光沢を帯び、柔らかい紫水晶のやうな光を辺りに散らすのだ。
 霊雅の端正な顔にも、その小さな光の粒が朝露の様に揺れている。
 きっと……霊雅から見た、私の顔にも……。
「そっ、そんな綺麗な物なら余計に頂けません!他の方に差し上げれば宜しいのではなくて?」
 と、私はうっとりしてしまう前に、目を逸らして云うのだ。
 だって、あんまりに……違い過ぎる。
「……気に入ってもらえませんでしたか?」
 と、霊雅は藤の簪を不思議そうに見上げた。
「何処が気に入らないんですかねぇ……綺麗なのに。」
 ぼんやりそう、付け加えた。
「……それは……剣術の練習の邪魔になるからよ。幾ら綺麗でも割れてしまっては可哀想だわ。」
 と、私はこれで良かったと、云って安堵に肩を撫で下ろす。
 私は……お母様の様に、強くなりたいの。
 だから、それから気を削ぐ様な物は、何一つ要らない。
 お父様が、大きな祈祷中に倒れて死んでから、尚更。
 祖父が早く婿を取れと五月蝿いけれど、私はまだ……独りでいたいのよ。
 何かを……探している気がする。
 ずっと……昔から。
「……何時も、空ばかり見ているんだね。」
 霊雅が聞いてくる。
「……そうね。……誰かを待っている気がするのよ。」
 そう云って空に翳した、細く広がる白い手は剣を振るうなんて事を忘れる程、その指の隙間から見える日差しは美しい。
「……僕じゃないのかぁ。残念です。」
 と、霊雅はその手から目を離せずに云った。
 眩し過ぎた日差しでも無かったが、瞼を閉じゆっくり再び開くと、
「……それでも、何時か会えると良いですね。その待ち人さん。」
 と、不器用に微笑んだ。

 そんな顔……空を見上げている君に……見えなくて良かった。

 霊雅はスッと立ち上がり、黒い袈裟を着た姿で静かに、滑る足袋の音だけ残して去って行った。
 櫻は消え去った音を聞き届け、霊雅がいた場所に長い睫毛を下ろし見る。

 ……似合わないって……云ったのに……。

 そこには藤の簪が綺麗に整われ、置いてあった。
 誰にでもきっとそうなんだ。
 霊雅は檀家さんからも人気があるし、頼られて……それも、あの蛇のお陰。
 大厄避けの黒龍は最高の縁起物だから。
 参拝客で何時も賑わい、人が並ぶ。
 家の様な古ぼけた寺とは違うのだ。
 どうせ、格の違いでも衒(みせび)らかしにでも来たに違いない。
 私は何時も剣術の稽古をして、お母様の事も、お父様の事も思い出していたいのだ。
 他に何も未だ真っ直ぐふり下ろした剣先しか見えない。
 この剣の柄に彫られた龍も、けして意味が無いわけではない。これは龍の力が宿ったとされる、古い剣だ。
 そもそも人を斬るのではなく、厄になるものを斬るらしい。
 何度振り下ろし切れば、そんなものが見えるだろうか。
 私はただ、二人を忘れたくないが為にこれを振るう。
 お父様が、見えない何かと闘っていたのとは違うのだ。

「あら……素敵じゃない。……やっと大人の女らしくなったのね。」
 と、檀家の仁子(きみこ)さんが話し掛けてきた。
 黒い長髪を稽古の後に結い直し、何と無く纏めて藤の簪で留めたまま歩いていたのだ。
「……いえ、顔を洗うのに少し髪が邪魔だったから。」
 私はそんな風に言われた事が擽ったく、慌てて簪を抜き、髪を元に戻した。
「まぁ、勿体無い。」
 と、仁子さんはがっかりした顔をする。
 仁子さんは、お父様の代からの檀家さんで、小さい頃から慣れ親しんだ仲だ。
「剣豪だって恋ぐらいするものよ。」
 仁子さんは気楽に云ってくれているのは分かる。
 多分、世継ぎがどうのではない。
 単純に、私の幸せを思って云ってくれているのだが、私には幸せ=結婚の意味がイマイチ納得するに欠けていた。
「……恋もしない剣豪もいたかもしれませんよ。」
 と、私は態と明後日の方向を向いて微笑んだ。
「まぁ、急げば良いってものでもないし、出逢えたら儲け物よ。」
 仁子さんは慰めなのか、気にしなくて良いよと、そう云ってくれた。
 空を見上げると巻積雲が浮かんでいる。
 一般的に言う鱗雲だ。
 それは龍が流れ消える様に、長く見る事も出来ない。
 ……また何処かに消えて云ってしまうのだ。
 私の龍は……きっと、あの鱗雲。
 永遠に手を伸ばしても届きはしない……真っ白な濁り一つない、白い龍……。
「あらぁ、白龍様が生出なすった。こんな有難い日はないねぇ、櫻ちゃん。」
 仁子さんはそう云って、熱心に鱗雲を拝むの。
 手を揉みクシャにしそうな程、擦り寄せて。
「私には白い蛇に見えますわ。仁子さんだって、白い蛇の方が有難いでしょう?」
 と、捻くれて私はそんな事を云う。
「其れは其れで財布の中にちゃんとおりますよ。」
 仁子さんはそう云うなり、手製の何枚かの生地を使って作った小銭入れをポケットから出して、貝殻付きの紐を引くと中から小さな白蛇を見せてくれた。
「まぁ……可愛らしい、守神様。」
 私がそう云うと、仁子さんが良く見える様に私の掌に乗せてくれた。
 目は赤く小さいが紅玉(ルビー)のやうに煌めいている。
「……私の白龍様はどんな目なのかしらん?」
 ふと、鱗雲を見上げて呟く。
「そうさねぇ……きっと、その簪みたいな綺麗な薄紫かもねぇ。」
 仁子は懐から出ている藤の簪を見て云った。
 胸元から流れる様に襟から流れる藤は風に揺れ、微かに風鈴とまでは行かないが、柔らかな音を立てた。

 ……ころころり……

 お母様が云った、あの日の私を勇気付けてくれた、あの擬音語に似ていた。

 ――――――――――――――
 その夜、月が美しく……私は心地よい眠りに誘われようとしていた。
 こんな夜中に電話が掛かってきたみたいだ。
 けれど、きっと一階で寝ている祖父が出ると思って焦りもしない。
 寺をしていたら当然、24時間訃報はやってくるものだから。
 私は何時もの事だと、無視して眠ろうとしていた、その次の瞬間……ちょっとした異変を感じた。
 祖父が普段は足腰の負担になると、最近上がって来なかった階段を急足で、上がってきているやうなのだ。
「……何かあったの?」
 私は祖父が上がるよりは、自ら向かった方が早いと部屋を出て、階段にいる祖父に声を掛けた。
「大変だっ!櫻さん、霊雅さんの所の祈祷が失敗したらしい!」
 祖父がそう話すのだ。
「えっ!?失敗って!生きているのっ?皆んなは?」
 私は急いで風呂場に行き水で身体を清め、真っ黒な着物にあの龍の剣を携える。
 何が出来ようか等分からない。
 それでも……このお父様の龍の刀剣が叫んでいるやうに聞こえるのだ。
 私の心臓の音を抉るように……。
 女が行った所で、門前払いかも知れぬ。
 だが、龍を龍が助けるのに……理由等要らない。
 祖父が車に乗せた時に、何故か霊雅がくれた藤の花が襟と帯の間辺りから揺れていた。
 こんな暗闇なのに……小さな流れる街の明かりさえ、集めては乱反射し、美しい。
 どの一片の花弁も同じ光は無く、不安でいっぱいだった私の心に、その音も光も……大丈夫……大丈夫……と、囁いている様にも思えた。
 ……どうでも良い……黒龍の男……。
 謙遜して腹立たしいだけの……。
 けれど、だから死んで良い訳では無い。
 お父様のやうに死に去る者を増やしたくはない。
 だから……私は向かうだけだ。
 今は祖父は祈祷はあまりしない。年齢もあって大概、黒龍の所……つまり霊雅に頼んでいた訳だが、そんな妙な邪気を感じた物は無かった筈。
 それでも、頼んでいるからには全く無関係と言う訳でもない。
 私が付いて行くかは別にしろ、何方にしても祖父は顔を出しておかねばならないだろう。
 私は祖父の付き添い程度で、上手く潜り込めば良い。

 そんな事を思っていると、悠然たる滑らかな曲線を描いた屋根に月夜に荘厳たる姿を表す、霊雅のいる寺につく。
 家のおんぼろとは訳が違う……そう、思ってはいたが、やはり何時見ても優美である。
 だが、引っ切りなしに袈裟姿の者が出たり入ったりしている。
 ……そんなに強い邪気なのか……。
珍しく慌しかった様子を見て、そう理解出来る。
 私は龍の剣をグッと横腹に力を込めて差し直す。
 邪気の形や姿は見えずとも、異様な気配は感じていた。
 緊張の糸と云うものが見えるものならば、ピンと張り詰め、今にも千切れんばかりなのだ。
 祖父と、近場にいた祈祷師に声を掛けて状況を聞く。
「まだ中でやり合っているが、このままでは結界が持たない。今、結界師と近場の祈祷師を当たっているところです。」
「……ならば、私が行く!」
 ……何故……あの時、そんな事を云ったのだろう。
 お父様の龍の剣がそう云わせたのですか?
 それともお母様のご先祖様の血が騒いだのですか?
 ……何も分からないのです。
 真っ白に澄んだ……あの濁りない鱗雲のやうに。
 気付いたら走り出していた。
 玉砂利を勢いよく、ジャリジャリと音を立てて……。
 行き先は分かるのです。
 感じるのです。
 弱り薄れて行く、龍の呼吸が……私を導くのです。
 あの日……そう、お父様が亡くなる寸前も、此れと同じ感覚を覚えた。
 だからこそ、鮮明に……聞き逃しはしない……。
「誰だ、女人を入れたのはっ!?」
 祈祷中の一人が私に気付き、周りの者を呼ぶ様に大声で怒鳴り散らした。
「……だから、何だ。」
 私は、お父様の形見を抜き、振り翳した。
 白龍の主が持つと謂れる、白銀の剣。
 数人の者が一斉に私の腕や足を取り、追い出そうとする。
 ……一体……何をしに来たんだ……私は。
 そう思うのに、切れはしないが、その剣を振り回して一人一人薙ぎ払う。
「貴様らが邪魔だっ!龍の呼吸も聞けぬならばここから立ち去られよっ!」
 そう一際響く怒号を上げたのは、祖父だった。
「……なぁ、霊雅……私には、その邪気とやらは見えない。見せてはくれまいか。見えぬものは斬れない。」
 霊雅は、縞瑪瑙(オニキス)の数珠を強く握りしめ、焚かれた炎の前で額に汗を掻きながら、祈祷していた。
 櫻の声を聞くと、ふっと安堵の笑みを薄く浮かべ、
「……来てくれて……良かった……。」
 そう云うと、鏡で炎の上を照らすのだ。
 その鏡の上に、巨大な雨雲の様に薄灰に包まれ、みっちりと人の顔が浮かんでいるのだ。
「……初めて……見れた。此れが邪気の塊か……。」
 私は、これと闘えば恐怖を覚えるのが普通であるのに、真逆だった。
 斬りたくて……斬りたくて仕方ない……。
 何だろう……この、本当の己を知れたような高揚感は。
 私は祈祷の炎さえ気にせず飛び込んだ。
 まるで其処に幸せでもあるかのやうに。
 身体が、みるみる邪気の暗闇に呑み込まれて行く。
 その感覚さえ、包まれるやうで心地よい。
 邪気の真ん中に赤子のやうに身を縮め、剣を構えた。
 霊雅の祈祷の声は子守唄の様に優しく、耳に残る。

 さあ……生まれ出よ
 我が愛しき者よ
 鳴き暴れるがいい
 もう狭い檻から……空へ舞い上がる時間だよ

 霊雅は祈祷を続けながらも、その白龍の誕生をその目に焼け付けようとしていた。
 邪気を帯びた大量の塊から、唸り声を上げ其れに絡みついては、また入って行くを繰り返す。
 その鱗は白だが、光は七色でアロワナの美しい鱗を巨大にした物のやうにも見受けられた。
 少しずつ……塵のやうにぼろぼろと崩れ落ち、邪気の塊が祈祷の炎に落ちて焚き上げられて行く。
 霊雅は祈祷を切り替える。
 白龍を護りたい……その一心で、絶えぬよう経を読む。

 中にいた櫻は剣を振り翳し、叩き割る勢いの鬼の形相で、己を抑え切れずに乱れ斬る。
 切った形跡は白光の線を引き、其れが波打つのだ。
 無我夢中でそれにも目も向けず、獲物を斬るやうに口渇した剣の向かう方へと、導かれているのだ。
 その白光の線が次第に大きくなると、やっと白龍だと気付いた。
 外の焚き上げの光が少しだけ見える。
 その先に霊雅が祈祷する姿が見えた。
 炎に揺れて……。

 暴れ狂うだけだった剣が、鎮まって行く。
 冷たさに包まれた身体が温かさに解けて行くやうだ。
 少し息を切らし下を向けば、あの藤の簪が清く滑らかな音を立てた。

 ……大丈夫。

 ……私……闘える。

 必ず此処から出て、私が見た物を君に云わなくちゃ。
 炎を前に祈祷する君の後ろにはっきりと見えたの。
 私が探していた物。
 それは漆黒の縞瑪瑙(オニキス)を纏った龍……。

🔸次の↓「縞瑪瑙(しまめのう)の双龍〜オニキスの番龍〜」 第二章へ↓
(お急ぎ引っ越し中の為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)


お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。