コバルトブルー・リフレクション📷第二章 コバルトブルー・リフレクション
第二章 コバルトブルー・リフレクション
神波 紫(かんなみ ゆかり)は走行音以外は静寂(しじま)が包むバスの中で揺られながらスマホを出した。今日に限って運転手以外……誰もいない。通勤時間じゃなくても2、3人は誰かしら乗っていて、その会話を聞くだけで紫は、独りじゃないと安心出来たのに。スマホを出したのは、少しでも孤独を忘れる為。あの人の物語を読む為。……時々思うの。趣味とか友達と会ったりするけれど、もし孤独と言う感覚がなければどんなに楽に生きられるでしょう。……皆、孤独を感じたくなくて、だから必死に生きている……そんな気がしていた。勿論、生き甲斐を持っているのは理想的で紫は、それを違うとは思っていない。ただ、偶然にも居合わせた紫の知人は、無理に趣味を始めたり、飲みに行って愚痴を紫に聞かせたものだから、そんな風に思いがちなのだ。
今日は紫にとって絶望的な記念日になりそうだ。休暇の少ない仕事に倒れ、総合病院でも理由が分からず、総合病院の勧めでストレスじゃないかと、診療内科を尋ねた。
「……鬱ですね。」
呆気ない……一言だった。医師の言ったその一言の響きが頭を離れない。詳しく社内の話をすると、随分前からその症状はあったと聞かされた。
「風邪みたいなものですよね?直ぐ……直りますよね?」
嫌よ……まだ……普通でいたいの。
「人によります。治ったと思って再発する人も……。社会復帰しても一年は様子をみないと。」
……一年。最低でも一年……治ったフリをして嘘ついて働く一年。……私……嘘……苦手なの。
行政で色んなサービスがあるから調べた方が良いって……仕事から一時離れて治療に専念しましょうって……笑顔で言われたけれど、笑顔なんて……鬱だからか分からないけど、消え失せてしまった。心の風邪なんて嘘じゃない。あのキャッチフレーズは鬱を持っている人が病院にちゃんと来ないで自殺するから……つまり、自殺防止キャンペーンみたいなものよ。……あーあ、騙された。自分の人生でも私は傷ついたわ。そう、ちょっとだけ。
だから、嘘はついた分だけ誰かを傷付けるから、嫌いなのよ。優しい嘘なら許せるのに……。その時には鬱に絶望したのか、嘘に絶望したのか自分でも分からなかった。
バスの搭乗口がビーと音を立てて開いた。
一人の男の人が駆け込んで乗り込む。私は呆然と、他に見るものもないのでその人が座るまで見ていた。私の席から一つ空けた二つ前の席に座った。私なら、もっと足場の広い席を選ぶわ……脚が長くて窮屈そうなのに、変な人。
紫はまた暇になりSNSのタイムラインを眺めている。この中ではリアルタイムで時が刻まれる。私はこの流れが早くて何時も追いつけた試しがない。仕事終わりに見ても、寝る人がちらほら出て、私は気に入った写真や絵や詩に癒される為だけに来て、いいねを押して消えるだけの人。沢山いたって……私は独り。
「……綺麗……。」
思わず一枚の写真に目がとまる。空と大地が何処までも青くまるで大地の切れ目を境に反転していた。大地に輝くブルーが降り注ぐ。雨上がり……だから撮れた奇跡の一瞬。空のコバルトブルーが包み込む、鏡の世界。日常から、こんな素晴らしい一瞬を見つけられる人は、きっと嘘も言わず、優しい心を持っているに違いないと、勝手に想像した。だって……こんな絶望的だった私を癒してくれたのだから。この世界はまだ美しい……そう思わせてくれるのだから。私は折角見つけた、この新しく出会った写真の写真家をフォローした。……何かのピコンと知らせの電子音が聞こえた。
嫌だ、あの人……バスに乗っているのに、いい大人が音も消さないなんて。二つ前の席の男を、きっとスマホ画面ばかりで見てやしないだろうけど、……この常識知らずっ!と、思って後ろから睨んでやった。その時……見てはいけないと思ったけれど、男の手に持っていたスマホの画面が見えてしまったの。どっ、どうしよう。何だか気不味い……でも見たくなる。写真を一枚ずつ表示してはスライドして見ている。そしてその人は一枚の写真を表示し、スライドを止めた。……あっ、私の恋したコバルトブルー。何で?私は顔を引っ込めて、下を向いた。……気になるけど、ダメよ。大体見てしまった私が悪い。偶然、綺麗だからあの人もダウンロードしたんだわ。そう、思ったのに……見ていたのがバレたの……かな。男は席を立って、俯く私の方に歩いて来て、真横でとまった。
「……君、紫音(しおんさんでしょう)?声掛けようか悩んだんだけど、フォロー有難う。写真、気に入ってもらって嬉しかったから、お礼だけでも言いたくて。」
と、その男は微笑んだ。……写真、本当に好きなんだ。その笑顔はあのコバルトブルーの写真みたいに、清々しい。
「あ……もしかして、葵(あおい)さん?……ですか。」
と、私は自分のスマホを見ながら聞いた。多分、愛用のカメラのアイコン。
「少しお話ししましょうよ。このバス暇だし。他にもいい写真あるんだ。」
と、葵は全く警戒せず、私の隣の席に座ってしまった。
「さっきの綺麗な青でしょう?あれを見た瞬間から僕はリフレクションの虜になってしまったんだよ。」
と、目を輝かせて話すのだ。
「リフレクション?」
と、私は聞いた。
「そう……反転って意味。それを観たら撮らずにはいられない。そのコバルトブルーの空……偶然だったんだ。だから紫音さんがさっき綺麗と言ってくれたのが、これだって気付いて嬉しかった。」
と、葵はスマホに表示して、その画像を見て微笑んでいる。
「もしかして……私がその写真気に入ったの、知っていてワザと通知鳴らしたり、画面見えるようにしましたよね?」
と、私は葵に少し怒って聞いた。
「……あ、分かっちゃった?……でも、紫音さんだってスマホ盗み見したんだからおあいこだよ。」
と、葵は言うのだ。
「何がおあいこですか!そもそも、バスは公共の場だから見えちゃ拙いなら見なきゃ良いんです。それに……何だか卑怯よ。」
と、私はまんまと引っ掛かったのが悔しくて、そう言った。
「……あ、えーと、御免なさい。騙す気なんかなかったよ。自分が気に入っている写真を、気に入ってくれた人を一目見たかっただけ。……ほら、何千とリツイートやいいねされても一方通行だったから。画面見える様にしたら、スマホに映ってどんな人か見られるから、本当はそれだけで良かったんだ。ごめんね、お邪魔して。」
と、葵は席を立ち本の席に戻ろうとした。
……こんなに、綺麗な写真を撮って沢山の人に気に入ってもらっても、貴方は孤独を感じますか?……本当は聞いてみたかった。けれど私は、
「さっきの写真、共有してくれませんか?そうしたら、卑怯は撤回します。それに……他の写真も観せてくれませんか?」
と、私はにっこりと笑って言った。悪気はなかったのだから、やっぱりこの人は嘘が苦手で優しい人……そんな勘違いしていても、絶望しているよりかは少しだけマシですよね?
雲間に……あの愛したコバルトブルーとは違う、深い青が揺らぐビルの中に私はいる。空気は管理された偽物みたい。何度もゆっくり深呼吸してみても、風のそよぐ外の大気とは何かが違うのだ。何処を見ても、白々しくお膳立てしてくる叔父様ばかり。悪い人達ではないけれど、私を気に入らないのも知っている。
「はぁ……。」
思わず自分でも気づかない溜め息を口にしていた。私はハッとして周りを振り向く。そこにいた全員の視線が私に集まったからだ。
「どうしたんですか、柄にもない……。」
……柄にも無いって、じゃあ……私はどんな柄だって言うのよ……。
「……別に、問題ないわ。……次の報告は?」
私は、会議の席の真ん前……ど真ん中にいる。女にキャリアなんて要らないのに、気付いたらこの席に当たり前にいる。……こんなところにいたい訳じゃないの。本当は、目の前で挙げられた報告を見て、メモをとるその他大勢の其方にいたい。見えない線が……見える。現場を走るあの感覚が酷く懐かしい。泣きそうになっても怒っても、時には命を狙われても……生きていると実感できた。ねぇ……皆は何処を目指して走っているの?……どうか、目の前の私にはならないでね。ただ……勉強が少し得意で、事件の事を考えるのが好きだっただけの私には、野心も……上手く世渡りをする術もないのだから。きっと此処に座るならば、もっと野心家で少し自信過剰なぐらいの人がお似合いよ。「お飾りの女帝」は……もう、疲れたわ。
「……急にそんな事を言われてもねぇ。お父様はなんと?」
父は警視総監。神波 諭(かんなみ さとる)。皆、私より父のご機嫌を伺っているだけ。……じゃなきゃ、こんな小娘が「お飾りの女帝」になんか、なる訳ないじゃない。
「気分転換に、新人研修でもしていろって。そりゃあ、今と環境を変えれば治る事もあるらしいけれど、どうかしらね?」
と、私は副総監に聞いた。あまり良いアドバイスにはならなそうだけれど、誰かに聞きたかったのよ。
「そうだ!……そうしてみましょう。それで治れば万々歳じゃないですか。」
と、副総監 多田羅 明仁(ただら あきひと)は笑って言った。
「それで私が治ったら、出世出来るからでしょう?……別に良いわ、それでも。久々に現場の空気吸いたかったし。」
と、私は呆れて溜息をつく。
「いえ、そう言うつもりでは……。」
と、副総監は言ったが、私は、
「良いのよ……気にしないで。病気の事も伏せておくから、それで十分でしょう?」
と、背を向けて言うと部屋を出た。
「あれ!……紫音さんっ!」
私はその呼び方をされて、驚いて振り返る。サブアカウント用のハンドルネーム……警視庁の皆には内緒なのにっ!
「……ちょっ……誰よ、調べたのっ!」
と、私が振り返ると、
「……えっ……葵って、本名なの?」
と、葵の姿と名札を見た。
「はい、今日付けで来ました!まさか……紫音さんが、新人指導だなんて、ラッキーでしたよ。」
と、葵は笑いながら言う。
「ちょっと!此処では紫っ!……良いわねっ?……次間違えたら上司命令で異動無しにするからっ!」
と、私は焦って言った。
「えー、僕は紫さんと会えて嬉しかったのになぁー。」
と、葵は呑気に言う。
「まさか……新人研修って……。」
私は嫌な予感しか無かった。だけど、聞くしかないっ!
「ええ、紫さんと組むように言われていますよ。キャリアなんですね。……でも、僕はそういうのは疎いから。宜しくお願いします。」
と、葵は手を差し出す。私はぎこちなくその手を取り、
「……よ、宜しく。」
と、だけ言った。
「うっそ……こんな事って……。」
久々の現場で私は息抜きどころか凍りつく。
彼が飛んだ……つまり今は私も住んでいるマンションの五階の住人が……死んだ。彼と同じ飛び降り自殺じゃないかと見ている。しかし、そんな偶然……ある訳がない。そう、彼の小説の主人公ならば、偶然も重なれば必然と言うのだ。
「ぅわっ!女帝も流石にいい物件、引き当てましたな。……で、幽霊……出たんですか?」
私が現場研修していた頃から知っている仲元 春雄(なかもと はるお)さん。皆「仲さん」って、親しみを込めて呼んでいた。「女帝」になってから、話す事も出来なくて…でも、困った時には、一言二言……通り過ぎ様に、独り言のようにアドバイスしてくれた。
「仲さんっ!……良かった、また話せて。」
私は泣きそうな気持ちを抑えて、笑顔で言った。
「まさか、新人研修だなんて……どんな風の吹き回しかと思ったら。まあ、あんたは……やっぱり現場が似合う。」
と、仲さんはもう、勘付いているみたいだ。でも構わない。その方が、やりやすい。
「やっぱり現場の空気は良いわ。……あっ、それより仲さん、これ……新しい新人。えっと……。」
と、私は名札の苗字を見た。けれど、
「東海林 葵です。これ、しょうじとも読むけど、僕のはそのまんま、とうかいりんなんです。」
と、葵は言った。
「はぁー、珍しい苗字だな。一回覚えたら忘れられなくて良いな。」
と、仲さんは笑った。
「此方が仲元 春雄(なかもと はるお)さん。皆んな仲さんって呼んでる。貴方の大先輩よ。」
と、葵にも仲さんを紹介する。葵は元気よく笑い挨拶をすると敬礼する。……私にも、こんな時期があったっけ……。
「……葵だっけ?……さっそく見立てを聞いてみたいな。」
と、仲さんは言った。
「……これ、自殺じゃないです。既に三階でも自殺案件が出ている。こんな偶然、僕なら信じない。五階と三階の住人には何らかの接点があったと考えるのが自然……どうですかね?」
と、葵は答える。
「あら、私もそう思っていたのよ。別に幽霊が言った訳でもないけど。」
と、私は言った。仲さんは五階の手摺を見ている。
「何で二人とも、落ちるんじゃなくて飛ぶんだ?自殺したい奴がこんな元気なら、まだ死ななくて良いよなぁ?俺も二人の意見に賛成だが……証拠がない。幾ら何でも「女帝」の部屋に押しかけるわけにはいかんしな。」
と、仲さんは苦笑いする。
「女帝?」
と、葵が私に聞いた。
「今は休業中よ。」
と、葵に言い、
「そうね。丁度何もないから、もう少しなんて言うか……普通の部屋にしたかったのよ。仲さんならいーわよ。ただ、入った時の、そのまんまだけど何もなかったわよ。」
と、私は言った。仲さんは良いお爺ちゃんみたいで、気兼ね無く話せる。父も昔はお世話になったと話していた。
「……何で葵まで付いて来るのよっ!」
私は苛立ち言った。
「まぁまぁ、暫くは相棒なんだろう?それに何もないなら良いじゃないか。……事件解決が先。」
と、仲さんは私を宥める。
「もうっ、仕方ないわねぇー。葵、今度写真十枚ねー。」
と、私は葵に言って笑った。
「写真?」
仲さんが聞く。
「ああ、葵は写真が趣味なのよ。風景だけど凄く綺麗なの……。」
と、移動中に仲さん観せると、こりゃあ大したものだと葵を褒めていた。
「うわっ……本当に何にも無い。」
と、葵が部屋に入った途端に言った。
「何よ、生活感が無いって言ってくれない?」
と、私は言った。
「「女帝」が普通の生活している方が変なんだよ。えっとお……洗濯物は全部クリーニングか着たら捨てる。料理は外食だからキッチンは使わない。飲み物もウォーターサーバーがあれば十分。はぁ……五点。」
と、仲さんがパッと見て言う。
「何よ、五点て。」
と、私は口を尖らせ聞いた。
「モテ部屋点数だよ。飾り気一つない。こりゃ、男の一人暮らしの方がまだマシだよ。」
と、仲さんはキャリアの私でも容赦なくはっきり言う。そういうところが仲さんの好かれるところなのかも知れない。
「えー……本当?……まぁ、でも現場はかなり維持出来ているんだから、褒めてよね。だって幽霊見に引っ越して来たんだから、こんなもんでしょう?」
と、私は言うと……仲さんは私をジッと見た。やばい……幽霊目当てじゃないってバレた?そう思っていると、
「目の付け所は合っている。多分、ここで死んだ仏さんは自殺じゃない。だから此処に来たんだろう?……けど、もし幽霊と本気で話したきゃ、もう少し可愛げが欲しいと、幽霊も思うよ。」
と、仲さんは笑った。
「そんなの……「女帝」には必要なかったもの。……今更……。」
と、強い女であり続けた自分は何だったのだろう。何の為に演じたのだろう。演じても、演じなくてもいつかは「女帝」の座に座っていたと言うのに。家庭的で可愛い部屋なんて知らなくても良い。何れ結婚する相手は、きっとそんな物、私に求めやしないのだから。高級な店を連れて歩くのに、みっともなくなければ十分。「お飾りの女帝」から、「歩く飾りもの」になるだけよ。……何故、分かりきって生きてきたのに、私はこんなにも虚しさを感じるのだろう……。
「ねぇ、葵……。とっておきの写真一枚選んでよ。……焼き伸ばして、キャンバスにでもしてこの部屋に飾るわ。」
と、私はなんの気紛れかそう言った。
「そうだなぁ……幽霊も恋する程の……。あのコバルトブルー・リフレクョンが似合うよ。」
葵は私が気に入ったあのコバルトブルーを…覚えていてくれたのだろうか。
「丁度良いわ。……綺麗な空が見たかったのよ。」
と、私は悲しい気持ちを抑えて笑う。今に……その、空がこの部屋から見えたならば、私はもっと……素直に笑うわ。
🔸次の↓コバルトブルー・リフレクション 第三章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。