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「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様1〜大人の壁、突破編〜🎩第ニ章 傷

第二章 傷

「此処か……。」
 黒影は差出人の家に着くなり、勝手に裏庭にズカズカ入って行く。
「ちょっ、不法侵入っ!」
 サダノブが息を切らして、注意する。
「見て欲しいと言われたんだから構わん。それより、時間が無い。先に此処から調べる。」
 そう言って黒影は壁を見上げた。
「なあ……猫の鳴き声って、何に似ているか分かるか?」
 黒影は屋根の先を見てサダノブに言った。
「えっ?猫……?にゃあーだから虎とか?猫科の何かですよねー?」
 と、サダノブは首を傾げる。
「人はいないな……ちょっと飛んで来る。」
 黒影は足から伸びる己の影を見つめて、一気に地を蹴り飛んだ。
 バサバサッと羽音が鳴り、裏庭の緑に翼の影だけが映る。
「で?答えは?」
 サダノブは眩しい日差しに、額に手を翳し聞いた。
「……今、救助している。……これだよ。昔から云われている。」
 黒影は屋根に顔を付けてまで、何かに手を伸ばしている。軈て普通にジャンプして降り、身なりを気にして埃を払う。元々脚力はある方なので問題無い。
 両手の中に、小さな赤ん坊を抱えていた。
「……そんな。」
 サダノブはそれを見て絶句する。
 一週間前から……。
 正しい人数は分からないが、少なくとも7体焼死体が出来た筈なのだ。
 それならば何故遺骨が見当たらないのか。
 それはトリックでも無い単純な仕掛けで、下に金網があり遺骨はそこに引っ掛かり、1番下まで落ちない様になっていただけだ。
 単純ではあるが、悪意を持てば誰にでも出来る。
 それが犯人を断定し辛くし、下手すれば模倣犯を作り兼ねない事態になるかも知れない。
「また行ってくる。サダノブはスコットランドヤードにこの子の保護を頼んで来てくれないか。遺骨は後で僕が持って行く。詳細もその時だ。」
 黒影はそう言って、その子の髪を撫で目を細めると、そっとサダノブに手渡した。
「先輩は?……あの、家の人には……。」
 サダノブが聞いたが、黒影は流し目にチラッとサダノブを見るだけで、無言でまた屋根の方へと飛んだ。
 ……黙って行け……そう、言いたいのだろう。
 子供の鳴き声に気付けば、依頼人が出てきてしまう。しかし、依頼だったとは言わずに、保護と遺骨の発見だけを届け出るつもりだ。
 きっと何かの他の案件の時に偶然発見したと言うだろう。
 気を病むであろう、依頼人の事を考えて。
 ……傷はいつか癒えるが、死んだら癒えない……
 余りに大きな傷は人を死に至らしめる。それは心身ともに同じだと、多くの事件に関わってきた黒影は言う。
 幾ら救おうとも、見てきた死の数は変えられない。
 それは絶望的な言葉なのかも知れないが、黒影はけしてそれから目を逸らす事もせず、無力さを知った上で命を見ている。
 それは余りに静かに……祈る様に……。
 サダノブは黒影の影の翼を天使と呼んだ。
 しかし、その色は常に漆黒でもなければ白くも無い。
 時に漆黒の闇……時に灰色の悲しみ。
 捕えられた者だけが不思議とこう呼ぶのだ。
 ……闇よりも深い悪魔の様だった……
 と。
 実は、実際には誰も見た事がないのだ。それでは黒影は何で飛んでいるのか。
 それは物体では無い。
 映る影にだけ現れるのだ。
 黒影自体に翼が生えているような話しだが、シャンデリアに飛び移った時も、シャンデリアの揺らめく、灯の中の影だけに翼が生えていたのだ。
 屋根に飛んだ時も、飛距離の異常さに気付かれぬ様、辺りを気にして、影だけが羽ばたいている。
 捕まった犯人が幾ら証言しようとも、説明のつかぬ事。
 だから、一度捕まった犯人が釈放され、次々に噂を立てた。
 ……黒いシルクハット、黒いロングコート……そして何よりもあの黒い影に気を付けろ。
 ……その影からは逃げられはしない。
 そこから生まれたのが、「黒影」と言う通り名だった。
 しかし、まだイギリスの裏社会にその名が知れ渡っていない分、無駄に狙われる心配も無く、黒影はのんびり……それこそ羽根休めでもしたかっただろう。
 それが、こんなに次から次へと事件に巻き込まれるなんて……。
「タダ働き、嫌いな癖に……。」
 サダノブはボソッと手の中の赤ん坊を見詰めて言った。
 ……ウチは慈善事業でやっているんじゃない!……
 そう言って、幾度も依頼を怒鳴って断ってきた黒影だが、本当に必要とする者には、黙って解決させてしまう癖もある。
 一見響きは良いのかも知れないが、他人の傷には敏感だが自分の痛みには全く無関心な所がある。
「優し過ぎてどうかしてるよ、なぁ……お前だってそう思うよなぁっ。」
 サダノブは赤ん坊のほっぺたをくすぐって言った。
 キャッキャッと笑って赤ん坊は小さな手足を動かす。
 この子の未来はどんなだろう?ふと空を見上げてサダノブは足を止める。
 やっぱ、いきなり両親が居ないのは大変だろうか……そう思った時、ハッとした。
 思わず来た道を振り返る。
 ……そうだ……先輩も、火事で両親が亡くなっていた。
 目を細める時は、悲しいか辛い時。
 ……それでも託されたのは、この小さな命だった。
 サダノブは走り出す。
 ……何で今頃気付くんだっ!今、過去イチ独りになりたくない癖にっ!
「あーっ、もうっ!また急に慌ただしいっ!」
 スコットランドヤードまで只管赤ん坊を抱えて走り、小さな手を握りしめてさようならをし、来た道を休む事無く走り抜ける。
「居ないっ!?何で!?」
 依頼人宅の裏庭に行っても姿が見えない。
「あっ……!」
 庭の隅の低木の影が伸び、シルクハットの影の型が見える。
「先輩、何しているんですかっ?!心配したんですよ!」
 と、サダノブは折角走って来たのに、影で何をコソコソ遊んでいるのかと、少し腹立たしくなり怒りながら言った。
「何、オコしてんだよ。……早く隠れろ!気配がする。」
 そう言うと、黒影の形をした影が、シルクハットをサダノブの足元に投げた。
「ぁあっ!」
 スポッとサダノブはその影の中に落ちて行く。
「……コレが……影の中……?」
 サダノブは真っ暗な洞窟の様な場所から、上の光を眺めて言った。
「……あれ?……そうか。入るのは初めてだったか。長くいるからてっきり……。」
 そう言いながら黒影は靴音を響かせながら、サダノブの隣に来て上を見上げる。
「……このアングル……パンチラ見えるっすかねぇ?」
 サダノブは上をキョロキョロ見渡しながら、独り言の様に聞く。
「お前、本当に馬鹿な事しか考えつかないよなっ。」
 と、黒影は笑っている。
「……あ、あの……大丈夫っすか?」
 無理に合わせて笑っているんじゃないかと、心配になってサダノブは聞いた。
「……何の事だか分からんが、大丈夫じゃなくてもお前のその上を見上げる阿保面と馬鹿発言で大丈夫になるだろ?」
 と、黒影は笑いながら言う。
「馬鹿にされてるのは分かるんですけどぉ……まぁ、役に立ったなら良いですよー。」
 と、サダノブが言った時だった。オーブンに火を点けたであろう依頼人が、やはり不思議そうに辺りを見渡している。
「……やっぱり、関与していないのか。まぁ、していたら自分から依頼を出したりはしないな。」
 と、黒影は言った。
「はぁ?依頼人まで疑っていたんですか。何時もなら依頼人は一先ず信じるって言うじゃありませんか?」
 と、サダノブは意外だと、黒影に話す。
「ああ、一度は信じた。だが、そんなに気になるのならオーブンに火を点けなけりゃいい。それに焼死体ともなると、幾ら赤ん坊でも匂いに気付いた筈だ。よっぽど甘いケーキでも焼かない限りはな。……更にだ。今日は泣く前に救助したが、この赤ん坊の鳴き声を、猫ならまだしも何かの動物と書いた。……まるで知っているのに赤ん坊の様な声、猫の様な声と赤ん坊に近付けるワードを避けている印象を受けた。……友人とやらも怪しいものだ。」
 と、黒影は言うではないか。
「まさかの自作自演?」
 と、サダノブは聞く。
「かもなぁ。僕に依頼する事で、あの依頼の手紙が無関係だと言う証明になるからな。……僕は依頼人は信じるが、犯罪のアリバイに使われるのは真っ平御免なだけさ。」
 と、黒影は言うと、依頼人が去ったのを確認し、黒影はジャンプして影から抜け出す。
「だから、届かないんですってばぁー!」
 と、サダノブは身長より上の影の出口に手を伸ばし、ぴょんぴょん跳ねている。
「ああ、すまなかった。てっきり虚弱体質じゃない元気なサダノブ君なら、腕筋だけで這い上がってこれると思ったよ。」
 ワザとらしく黒影は上からサダノブを見下ろしツンとしている。
「分かりましたよっ!気に食わないんでしょう?……2度と虚弱体質って言いませんっ!」
 と、サダノブは言って手を伸ばす。
「童顔は?」
 黒影は腕組みまでして言った。
「あーっ!分かりました!童顔も無しっ!……ちょっとコンプレックス多くありません?!」
 と、サダノブはまだかまだかと跳ねている。
「……別にこのまま、置いていっても構わんのだがな。犬みたいに跳ねる姿が面白かったから、引き上げてやる。」
 と、黒影はやっと微笑み下へ手を伸ばしてやる。
「笑いの沸点、絶対おかしいですって。」
「……そうか?」
「ええ。」
 二人でのんびりと話しながら店へ帰る。
「慣れない慈善事業はやるものではないな。」
 黒影はそう言いながら、溜め息を吐いた。
「珍しいですね。……後悔ですか?」
 そのサダノブの言葉に黒影は少し考え、
「……かもなぁ。……無性にあの珈琲が飲みたくて仕方無い。」
 黒影は既に曇天になった空をぼんやり見上げた。
「えっ?人生二つめの後悔がそれですか?」
 と、サダノブはまさかと聞いた。一つ目は息子の鸞(らん)に事件に追われ、時間を割いてやれなかった事。
 二つめが……最愛の妻の作る珈琲。
 どちらかと言うと波乱万丈な人生を送ってきたと言うのに……後悔はそれだけ。
「そうだよ。……何か変か?……そもそも立ち止まりはするが、余り振り向きたくは無いんだよ。次に走り出す時、遅くなるから。」
 と、黒影は言う。
「……じゃあ、次に走り出す前に白雪さん、呼ばないと。」
 と、サダノブはイマイチパッとしない黒影に言った。
「……それは分かっているんだ。しかしまだ割の良い話も引き受けられないからな。白雪……やっぱり怒るよなぁ?……どうしよう?」
 と、黒影が口をついて言ったのだ。
「……はぁ?今、先輩……俺に「どうしよう?」って聞きました?!……ほら、いっつも俺に馬鹿馬鹿言ってるじゃないですか?幾ら事件外の事に無頓着と言ったって「どうしよう?」なんて、口が裂けても俺に聞かないじゃないですかぁー。時差ボケ?睡眠不足?過労?今度は何……カフェイン中毒?しっかりしましょうよぉ……何時ものシャキーンて、犯人捕まえる時みたいなぁ……。」
 と、サダノブはやっぱり呆然と歩く黒影の、両肩を持ってどうしたのかと揺らす。
「あー、だから白雪の珈琲が無いと頑張る気力がなぁ。……頭もイマイチ冴えない。サダノブ……何とかしろ。」
 と、黒影は揺さぶられながらも、だらんとして言うのだ。
 ……だっ、駄目だ。……完全に白雪さん不足っ!
 サダノブはそう思い、こりゃ事件どころじゃないと、気力の抜けた黒影の背をせっせと押して行く。
「ほらぁ!……やっぱり痩せ我慢してたじゃないですかっ!さっさと戻って、さっさと休息っ!後は何とかしときますからぁっ!」
 と、無理矢理歩かせて店に戻り、黒影が寝たのを確認すると、白雪を呼ぶ事にした。
 ――――――――――――――――――――

「きゃぁあああ――っ!!」
 甲高い悲鳴で黒影は目覚め、慌ててコートと帽子を着ながら部屋を出る。
「何事だっ!」
 黒影は飛び出た瞬間に叫んだ。
「……うっ、嘘……。」
「……?!……白雪っ!」
 下の階で何故かショックで口を両手で覆いフリーズしている白雪と、黒影が……

 ……その時……出会った……。(♪〜……)

「ちょっとまたナレーション遊ばないでって!音楽流さないで!……油断すると直ぐこれなんだから!先輩、コートっ!」
 何だか色々危ない音楽が止まり、黒影はコートが何かと、ヒラヒラさせて見ているだけだ。
「……私……もう……無理……。」
 白雪はばたんと倒れて、黒影は慌てて階段を降りて行く。
「……もうっ、先輩が慌てて出てくるから。それじゃ、まるで不倫を見られて慌てて逃げる間夫ですよ!」
 黒影はサダノブのその言葉に、ふと自分の姿を客観視してみる。
「あっ……。」
 袖だけ通して肩まで上がり切っていないロングコート。寝ている間に苦しくて外した、シャツの第三釦まで。……それに場所……。
「……これは……やはり勘違いされているんだろうか?」
 黒影はいそいそと乱れた服装を整えながら、白雪の様子を見てサダノブに聞いた。
「でしょうね。……店に入っただけでカルチャーショックで絶叫ですから。」
「ぅーむ……どうしよう。……珈琲作ってくれるかなぁ?」
 黒影は白雪の倒れている隣に、コートの裾を広げてしゃがみ言った。
「今、心配するのそこ?!」
 と、サダノブが白雪みたいな事を言うので、黒影はクスッと笑い、
「……いいや。本当は違う。」
 とだけ言い残して、白雪をふわりと両手に抱えると二階の部屋へ戻って行く。
「なぁに、あの娘。」
 店の女がサダノブに聞いた。
「ああ、先輩の嫁。」
 と、サダノブは二人の修羅場も見てみたいと、少し思いながら答えた。
「嘘っ!?まだ子供じゃない?」
 と、店の女達が少し騒めく。
「あー、ロリータだからかなぁ?……あれで俺より少し年上ですよ。先輩も大きい息子さんいるし。」
 と、サダノブはジンを一杯引っ掛かけながら教えた。
「へぇ……だから生真面目さんだったんだ。」
 と、女が言うのでサダノブは思わずクスッと笑う。
「それはそうかもね。……それにあの人には元から他の女はへのへのもへじにしか見えてないんだって。」
 と、サダノブが言うと、
「へのへのもへじ?」
 と、女が何の事かと聞くので、ペンをカウンターから取りコースターの裏に書いてやる。
「これが目で……これが鼻で……これが口……はい、出来た。」
 と、言って見せると驚いている。
「リアリー?(本当?嘘でしょう?!)」
「さぁねぇ……。本当かどうかはあの蒼い瞳に聞かなきゃ分からない。」
「ミステリアスな人ね。」
「最大の謎はあの人だよ。なにせ、全部影か帽子に隠してしまうのだから。」
「サダノブでも分からないの?」
「まぁね。だから追っかけているのかもな、馬鹿みたいに。」
……命の恩人ではあるけれど、きっとそれだけならば礼でも言えば終わるんだ。
 正反対だから何だか知りたくて追いかけた。何だ……この生き物は?と思う様に。きっと黒影もそう思ったに違いない。
 じゃなきゃ、お遊びの追いかけっこも通用しなくなるじゃないか。
 その間合いの距離が丁度心地よい。
 だって……きっと俺達は、その距離が無かったら互いに殺し合っていたと、分かり切っているんだ。
 ――――――――――――――――――――――――

「あのぉ……妻を、頼んでも大丈夫ですか?時々でいいから様子を観てもらうだけでも助かるんですが……。」
 と、黒影が女店主に申し訳なさそうに、そう声を掛けた。
「それは構わないけれど……。心配なんでしょう?こんな時ぐらいお仕事休めば良いのに……。」
 と、女店主は心配そうな顔をして言った。
「仕事にもならないボランティアですよ。……妻は僕に心配されるのが大の苦手でね。そうさせてしまったのは僕の所為なんですが……。」
 と、黒影は言葉を濁らせたが、軽く大丈夫だと微笑む。
「折角だから、一杯拝借して行くよ。」
 黒影はウイスキーボトルを見て言った。
「飲みながらで大丈夫なの?」
 と、女店主が心配する。
「ええ、ほろ酔いぐらいじゃ何もブレませんよ。……んー……グラスが割れたら勝鬨きだと諦めて下さい。」
 と、黒影は言って笑う。
「えっ?……マジでグラス持って行くんですかあ?」
 と、サダノブが出掛ける支度を済ませた黒影に聞いた。
「ああ、片手が使えりゃ事足りる。」
 と、腰にある銀のサーベルを指差した。
「先輩、ただでさえ影一族なのにそのサーベルまで、狡くありません?」
 と、サダノブは幾ら鳳凰を辞めたとは言え、自分より何かしら持っている初期設定に、とうとう痺れを切らして言った。
「……だってお前、自分で狛犬になったんじゃないか。そもそもこの舞台で狛犬は似合わないだろう?」
 と、黒影も本編無視で話し始める。
「……あれ?……そう言えばぁ……さっき古くてデカい建物に犬みたいなのいたなぁ……。アイツ強いのかぁ?」
 と、サダノブは何か気に掛かるようだ。
「……犬みたいなもの?……あっ!もしかしてガーゴイルの事かぁ?あれは魔除けみたいなものだけど……。なんか急にドーベルマンみたいでバッキバッキは可愛気が無いなぁ……。却下。」
 と、黒影はウイスキーを飲みながら言った。
「可愛くないから連れ歩かないって、酷くありません?確かに阿行と吽行ならふかふかだけど……何か選ぶ論点ずれてますよ。」
 と、サダノブは首を傾げる。
「そうだなぁ……折角イギリスだし、スコティッシュフィールドにでもすればぁ?僕、関係無いし。あっ、銃だけは駄目だ。鉄の掟……犯人でも殺さず生け取り、若しくは戦闘不能までは絶対だ。殺してしまっては解決とは呼べない。それは最早単なる殺し合いだからだ。以上、厳守で己を護る術とかわす盾を持て。それ以上の物は探偵には必要ない。至高の武器は洞察力と観察力のみだ。……お前……人の表情の小さな動きから思考を読む力、忘れているんじゃないか?あれ、能力じゃなくて遺伝だからな。」
 と、黒影は改めて忘れてはいけない事と、既にサダノブが馬鹿で忘れている事を、溜め息混じりに話した。
「えっ?……あっ、そうか。でも遺伝だからって残っているって何で分かったんですか?」
 と、サダノブは自分でも気付けなかったので聞いた。
「何時もなら空気を吸う様に読めるのにな。環境が変わって僕の能力が消えたのを見て、頭が勘違いしてストッパー掛けているんだよ。そっちに頭使う為に普段馬鹿なのに。馬鹿が馬鹿のまんまじゃ困るんだよ!直ぐに設定に頼る悪い癖だっ!」
 と、黒影は店を出て、夜の街の中歩き始める。
「えーっ!だって昨日は馬鹿のままでいてくれって泣き言言っていたじゃないですかぁー!」
 と、文句を言いながらも、サダノブは黒影の後ろを付いて行く。
「はぁ?僕は泣き言などサダノブに言った覚えも無いし、知らないな。」
 と、黒影はウイスキーを飲んで笑った。
「はぁああー?はこっちの台詞ですからっ!都合の悪い事は忘れて!」
 と、サダノブはむつくれているのだが、黒影は一向に気にも止めず昼の依頼人の家へ向かう。
「ああ、危ない仕事をするなら年寄りだからな。……今夜はやけに霧が濃い……。絶好調だなっ。」
 そう黒影が言うと、サダノブは立ち止まり、化け物でも見る様な目で黒影を見るのだ。
「……何だ、どうした?」
 黒影は思わず振り返りサダノブを見る。
「先輩……今、「絶好調」って言いました?!ねぇ、言いましたよね!」
 と、サダノブが顔を青褪める。
「……言ったよ。それがどうしたんだ。」
 黒影は何を驚いているのか再度聞いた。
「ジンクスですよっ!忘れたんですかっ?!「夢探偵社」のジンクス!先輩がイージーとか楽勝とか言う事件は、ほぼ100%で、考えているより大惨事になるんですよっ!言っちゃ駄目だって言ったじゃないですかぁ〜。」
 と、サダノブはがっくり肩を落とす。
「確かにそうだが、今は「イージー」とか「楽勝」とは言っていないよ。影で飛び易いって意味で言ったんだ。」
 と、黒影は言う。
「駄目ですよ。特に事件現場に行く前、行く途中はぁ。「絶好調」まで言っちゃうんですからぁ……。絶不調の大惨事ですよ、きっと!」
 サダノブは言い張る。
「そのジンクスとやらのハードル下がり過ぎじゃないか?それじゃあ何も話せないじゃないか。いちいち細かいのは嫌われるぞ。」
 と、黒影は気にせず、そそくさとあの依頼人の家の裏庭に行く。
 黒影は屋根を見てくるらしく、上を指差して合図する。人は居ないが眠り静まり返った街だ。
 また本物の切り裂きジャックの疑いを、掛けられる訳にはいかない。
 サダノブは思考は読まなくても、長年共に犯人と戦って来たので、その程度の事は分かる。
黒影はまた霧の中にだけ翼の影を落として、一気に飛んだ。
 暫くすると、黒影が屋根から昼の様にジャンプでは無く、静かに羽ばたきふわりと降りてきた。
 そして、サダノブに首を横に振り、まだ何も無いと動きで告げる。
 月がぼんやりと霞んで見えるが、朧月夜と言う程も明かりは無く、切り裂きジャックの事件もあってか、人も出歩いていない。
「張り込みですか?」
 サダノブは小さな声で聞いた。
 黒影はこくりと頷く。
 今度は影に隠れるまでも無く、霧が姿を薄くしてくれるので、家の壁に背を付け、じっくり待つ事にした。
「いいなぁ……。」
 小声でサダノブが黒影の持っているウイスキーグラスを見て言った。
「サダノブは酔っ払うまで飲むから駄目だ。」
 そんな事を話している時だ。
「……しっ!誰かくるぞ。」
 その庭に入ってきたものは……古い薄汚れたパンダの着ぐるみを着ている。
 あまりの不気味さに、黒影も一瞬思考が停止した程だ。
 その着ぐるみのパンダは大きめの鞄を置き、中から巻いたバスタオルを取り出した。
 サダノブは赤ん坊だと思って走り出そうとしたが、黒影が腕を掴み制止し、まだだと首を横に振る。
 何故赤ん坊が泣かないのか……それが気になっているのだ。
 それに心配せずとも、夜が明けて昼までたっぷり救出の時間はある。金網はもう撤去した。今日は諦めるのだろうか……。
 犯人は変装している割には、何とも堂々と梯子を担いで持参してきている。
 何でこれでバレないのか?古い着ぐるみが梯子を担ぎ、大きな鞄を持っている可能性を考えるからだ。
 人は時に理解の範疇を越えると、今ある情報の中で埋めようとする。
 不審者かも知れない。でも、自分に害は無さそうだ。
 じゃあアレはなんなのか?……そうだ、きっと何処かの学校の大掃除しているのではないか。若しくは何かしらの劇団や遊園地の倉庫でも片付けているのでは無いかと、憶測のまますれ違い終わるのだ。
 犯人が梯子を掛け始めた。
 軈て子供を抱えて上がって行く。
 ……そもそも何で自分で始末しないんだ?……その方が楽なのに。依頼人に恨みでもある者の犯行だろうか。
黒影が考えている内に、犯人は直ぐに降りて来た。
 金網が無い事に気付いたのだろう。
 手に持って赤ん坊も居ないので、屋根にでも置いて来たに違いない。
 ……よし、人質にはされない。
「サダノブ、行くぞ!あのパンダの正体を掴む!」
「……了解♪」
 黒影と、サダノブは飛び出して犯人の前に出た。
 黒影は大ジャンプし、犯人が逃げない様に、庭の出口の方から犯人に近付く。
「諦めて手を上げろ。」
 黒影が言った。その時、既に黒影から伸びた足元の影が、犯人を捕らえているのをサダノブは確認した。
 犯人はサダノブの方を見ている。
 大ジャンプした黒影の方からは、逃げ出すのは難しいと思って、サダノブを倒し何とか裏から逃げようと、考えたのだろう。
 しかし、それはサダノブからすれば好都合。
 着ぐるみの頭さえ取れれば顔が良く見えて動きも読める。
 サダノブは助走を付けて、飛び蹴りで着ぐるみの頭を取ろうと走って飛んだ。
 その瞬間、犯人は梯子を慌てて持ち振り回す。
 サダノブの足が当たって弾かれる。
「先輩!この暴れん坊パンダの頭、何とかなりませんか?!」
 と、サダノブはこれじゃあ、近付け無いし思考読みも出来ないと、黒影に言った。
「ウィスキーグラス持っているんだが。……まぁ良い任せろ。ジンクスなんか壊してやるっ!」
 と、黒影は梯子を回してはいるが、犯人自体が動いていないので、影の翼を霧に落とし飛んだ。犯人の肩に止まると……
「女か……。」
 と、肩の狭さと肉付きで気付いて言うと、銀のサーベルの先を使って、着ぐるみの頭を引っ掛け飛ばす。
 犯人の顔が見える。
「先輩、その人……依頼人じゃない。」
 と、サダノブは影から見た依頼人と別人である事を、肩に乗って顔を確認出来ない黒影に伝えた。
「……ふぅーん……じゃあ、友人じゃないか。随分薄情な友人関係の様だ。」
 と、黒影は言って、梯子を思いっきり蹴り飛ばし、手から離させる。
 それと同時に梯子の落ちた上に飛び移り、使わせないようにした。
 犯人は黒影の方を向こうとしたが、黒影はシャッとサーベルを肩に乗せると同時に、
「此方を向いたら切る。手を上げそのまま質問に答えて頂きたい。」
 勿論、黒影は切るきなど無いが、サダノブの方を見ていてもらう必要がある。
 ……証言に嘘はないか、表情から思考を読んでもらう為だ。
「分かった……わよ。あの女が悪いのよ!私が子供産めないのを知っていたのに、あの女……事もあろうか、子供をおろしたって言うじゃない。だから、お互い似た者同士ねって。似ているって言ったのよっ!あの女、子供殺しの癖に、この私とっ!」
 と、犯人は言う。
「君も同じじゃないか。何が違うのか僕には分からん。君は何人殺したか分かっているのか?」
 と、黒影は冷めた口調で淡々と言った。
「同じ?どうせ男には分からないわよっ!同じだって言うなら、あの女だってそうじゃない。偽善者ぶって……。だから共犯にしてやったのよ。あの女が私を哀れんで作るケーキを我慢して食べてやったのも、共犯に出来ているか確認する為。じゃなきゃ、あんな女のケーキなんか一口だって食べなかった!吐き気がするのよ、それをっ!」
 と、犯人は苛立ちを抑えきれずに、憎しみを込めて言った。
「確かに産まない僕には分からないし、かなりのストレスや不安定にはなると聞いているが、正直に嫌いだと言って友人関係を辞めれば良かったじゃないか。それに、あんなに沢山の赤ん坊……何処から調達した?」
 黒影が聞きたいのはそれだ。

🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 1幕 第三章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。