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コバルトブルー・リフレクション📷第九章 落下物

第九章 落下物

「……で、どうでした?」
 私は仲さんに聴き込みの経過はどうか伺う。
「……分かったよ、あの木片……。」
 仲さんが言った。
「……流石、仲さんね。」
 私はやはり仲さんは、他とは違うと確信する。まるで情報屋の様だとさえ思える程、人の懐に入り込み話しを聴き出すのが上手い。
「やっぱり、五階の柳田 弘が落下した時刻、一階の住人が何かが割れた音の後、バサっと……多分柳田が落ちた音がしたんだそうだ。此方のアパートまでは特に警察も来なかったから言わなかったらしい。よく洗濯物やハンガー、風が強い日は物干し竿まで落ちた事もあるが、翌朝誰かが拾って分かりやすい所に置いておく習慣があるから、特に気にしなかったらしいんだよ。」
 と、仲さんは言った。
「案外、住人同士は仲が良いみたいね……。」
 と、今時そんな優しい人達がいるとは……。と、少し感心する。
「それでな、此処からが本題だ。その日の落下物……ちょっと変わったものでな。紫さんなら知っているかも知れない。さっき話を付けたから、五階の柳田 弘の部屋の丁度向かい側の部屋……今から、皆んなで行こう。」
 と、仲さんが五階のバルコニーを見上げた。
「僕は知らない物ですか?」
 と、葵が仲さんに聞く。
「知ってはいても買わなそうだな。葵がそんな洒落た奴には見えんよ。」
 と、仲さんは笑うのだ。
「洒落ている?」
 私は仲さんの言う洒落ている……だから、最近のものかなぁと考えながら、階段を上がって行った。
「……ねぇ、紫先輩……。その高いヒールって、やっぱり女のプライドの高さなんですか?」
 と、後ろを上がってくる葵が足元が気になったのか、聞いて来た。
「違うわよ。……武器……。」
 と、私はクスクス笑った。仲さんもクスクス笑い出す。
「何ですか、二人とも!教えて下さいよぉ〜。」
 と、葵は聞きたがる。仲さんは笑いながら、
「犯人が暴れたら、手に突き刺すんだよ。目潰しさせようとして、白状させた事もあったな。女の武器はおっそろしいぞぉー。」
 と、答えた。
「武器って言うより凶器レベルじゃないですか。……でも、犯人を追いかけている時に折れたりしないんですか?」
 と、葵は此処ぞとばかりに色々聞いてくる。よっぽど、刑事なのに、こんなピンヒールで走る女が珍しいのだろう。
「そんなの、折れたらそのまま目の前の犯人に両方靴、投げつけるわよ。裸足でも走って捕まえてやるんだから、気にしないわ。」
 と、今度は私が答えた。
「硝子が突き刺さろうが、気にならないのよ。……何て言うの?……犯人追いかけている時は一種のトランス状態なのよね、きっと。」
 と、私は現場にいた頃の自分を思い出す。
「ああ……だから、階段も余裕で走れるんですね。……犯人じゃなくて良かったー。」
 と、葵が安堵している。
「安心しなさい。葵が猟奇殺人者になったら、何時でも私が逮捕してあげるから。」
 と、私はニヒルに笑う。
「冗談にならないですよ。」
 と、葵は苦笑した。

「すみません……大人数で……。」
 と、私は三人を迎えてくれた、若い女子大学生に話掛けた。
「ああ、別に……今日は予定無かったので、どうぞ……。」
 と、話を先に仲さんがつけておいてくれたお陰でスムーズに話が進む。
「バルコニー、拝見させていただきますね。」
 と、私が言うと、女子大生は、
「ええ。」
 と、言ったがスマホの動画視聴に夢中な様だ。
「此れがその落下物の本体?」
 私は仲さんに聞いた。
「そう。雨曝しで劣化したね。」
 と、仲さんは答えた。丸い板状の物で、下には固定用の金具が付いている。
「えー、何だこれ?」
 葵はイマイチ分からないらしい。
「此れに椅子が二脚付くんだ。そうしたら、分かるだろう?」
 と、仲さんはバルコニーの端に折り畳んであった椅子を向い合わせに置き、その真ん中にバルコニーの手摺に合わせ、壊れた金具を浮かせて両手て持った。
「あっ!テーブル!」
 葵はまるでクイズを当てたみたいに喜んで答える。
「バルコニー用の後付けテーブルね。で、此れが落下したのが、柳田 弘の飛び降りた直後。つまり、これが円形だったから、バルコニーに追い詰められた柳田は、やはり鉢を踏んで手摺に上がった。そしてきっと植物の手入れで見慣れていた、反対側のバルコニーにあるこのテーブルの上に飛び乗ろうとして、手摺を踏み切って飛んだ跡を残したのね。……雨曝しの早い劣化に気付かずに。」
 と、私は納得した。
「本当だ……金具も結構ぐらぐらしてる。此方側の手摺にもその衝撃を物語る、新しい塗装剥げが見えますね。」
 と、丸テーブルの下を葵が見て言う。
「……え、何?もしかして、向かいの人、それに乗ってこの部屋に来ようとしたの?やだーっ、変態じゃないっ!」
 と、女子大生が動画を見終わったのか、会話が聞こえていたようで、そう言うと身震いして寒そうにする。
「部屋には入ろうとはしてなかったみたいですけどね。……あはは……。……しっかし、劣化に気付かないで落下するなんて自業自得と言うか……。」
 と、葵はそんな事を言った。
「こらっ、亡くなったには変わりはないんだから、そういう事は言わないっ!」
 と、私は葵を注意する。
「あっ、はい!失礼しました!」
 と、葵は元気に謝るので、私は呆れて、
「元気に謝罪してどうすんのよ!……それに、ほら……また敬礼が変……。」
 と、私は葵の敬礼をまた直してやる。
「何、笑ってるのよっ!捜査に戻るわよっ!」
 と、私は葵に活を入れた。
「おっかしいなぁ……。何でテーブルだけそんなに劣化しちゃったのかしら?その椅子もセットで買ったのよ?材質が違うのかしらねぇ?」
 と、女子大生は言った。
「どうでしょうね?もし、よければこれ、お借り出来ますか?鑑識の方で、少し調べて貰いますよ。」
 と、私は聞いてみる。
「ああ、もう使えないから良いわよ。終わったら捨ててくれない?」
 と、ついでにと女子大生は言うので、まぁ仕方ないかと……。
「分かりました。そうさせて頂きます。では、我々はこれで……ご協力有難う御座いました。」
 と、言ってそそくさと部屋を後にした。この我儘娘に付き合っていたら、新しいのを買えだとか、言い出しそうだもの。
「先輩より我儘そうですね。」
 と葵が部屋を出て言う。
「私はあんなんじゃないわよ。」
 と、私は冗談じゃないとツンとして言った。
「紫さんのは我儘じゃなくて、たまの甘えだから良いんだよ。」
 と、仲さんは笑って葵に言うのだ。
「……ねぇ、昨日葵の言っていた下の階でもって話し、少し気になるのよね。……もう一度だけ、柳田 弘の部屋のバルコニー見てみても良いかしら?」
 と、私はそう言った。
「えっ?また下まで行って上がるんですか?」
 と、葵は勘弁してくれと言いたそうだ。
「だって、まだパソコンに三階の彼の形跡残っているかも知れないじゃない。」
 と、私は言う。
「つまり、柳田 弘をバルコニーに追い込んだ、真犯人の形跡を探したい……そう言う事で合ってるかな?」
 と、仲さんは私に言って笑う。
「はい、その通りで御座います。」
 と、私はにっこり笑い答えた。
「この間会った時に、彼女さんの使ったポーション、ちゃっかり拝借したから、何れ鑑識からも報告が上がるわ。それまで、出来るだけ調べたい事があるの。」
 私はそう言って、柳田 弘の部屋に向かう。
 何かに惹き寄せられているように……。……柳田 弘の部屋へ葵が五月蝿いのでのんびり行き辿り着く。私は調書から拝借して来た二種類のゲソ痕の配置図を見ている。
「ねぇ、葵……葵はこっちの犯人らしき人物のゲソ痕で動く。私は柳田 弘になったつもりで動く。始めるわよ。」
 私はキッチンにいる。葵は部屋の外……ゆっくり、一歩一歩進み、私は先ず玄関にでる。
「キッチンから来たけれど、此処までは誰が来たか、多分声を掛けない限り分からない。此処は古いからインターホーンだけで、玄関先の画像や会話出来る物は無い。此処で、犯人はとりあえず、真犯人を中に上げる。さぁ……葵も上がって。」
 と、私は葵に言った。
「で、僕はリビングの椅子に向かう。」
 と、葵はゆっくり進む。
「私はもう一度キッチンへ向かう。」
 私はキッチンで立ち止まり言った。
「ここよ、ここ!はい……お茶でもとりあえず……って言いたい所だけど、この上にポットは無かった。だってポットやお茶類はテーブルの上にセットがあったじゃない。調書の写真を見れば分かる。じゃあ……ここに何があったか……。このキッチン台の上には小綺麗に何も無かった。……じゃあ、そう言う人は開きに仕舞うタイプよね?……私は何があるか分かったわ……。」
 と、私は言った。だって1箇所だけ、この開きの扉だけ細めだったから。
「まさか……凶器?」
 と、仲さんも気付いたようだ。
「今は、犯人が持っているか、捨てたかも知れないけれどね。……この開きを開けた所にあるのは、包丁スタンドよ。一人暮らしの割に、自炊もしていたのねぇ。包丁スタンドの内側……全部擦れた後がある。……包丁、一本しか無かったのに……不思議だわー。……ねぇ、きっと良く調べたら、一本じゃなく数本の刃型が出て来そうね。葵だって、そんなに場所を入れ替えていないものねぇ。」
 と、私は言って、葵を見て笑った。
「間違って手を切りたく無いから、確かに同じ場所に入れますよ。時々間違えても隣に行くぐらい。よく使うのは手前、他は奥かなぁ。人によって決める場所は違うけれど、確かにそんなに場所を変えない。……て、言うか料理しているところ、見ないと思っていたのに、ちゃっかりちゃんと見ていたんじゃないですか!少しは自炊覚えて下さいよ、ジ、ス、イ!」
 と、葵はまた口酸っぱく自炊がどうのと言い出す。
「だから、それは断ったじゃない。しつこい男は嫌われるわよ。……それに、私が自炊出来たら、葵なんか用無しじゃない。私は知識だけ知っていれは満足なの。」
 と、言うとあの葵も何も言えずに悔しそうだ。……ふんっ、ざまぁ……。私はしてやったり顔をすると、更に続ける。
「まぁ、私は此処で取ったのは包丁って事。そして、さあ、葵も動きだす。……原稿を帰して欲しいと来た彼女は私……つまり柳田の持っていた包丁を見た……彼女は逃げて、柳田は追う……。けれど、彼女は振り返った。柳田は2、3歩下がっている。……此処が形勢逆転した位置。」
 そう言って私は葵に包丁を渡した。
「……さぁ、此処からは彼を殺し、自分まで殺そうとした柳田を彼女は許せない。さぁ、来なさい。私、このゲソ痕通りに逃げるわ。」
 そのまま進むと、丁度窓があり、私の背中がぶつかる。葵の顔が目の前にある。葵の目が泳いでいるのがよく見えた。
「ちょっと、何照れてるのよ!ちゃんとやりなさいっ!此処で斬りつけられる寸前で……柳田は窓の鍵に手を伸ばしバルコニーに逃げる。だから、犯人は蹌踉めいた。……その間に私は鉢を乗ってあの大ジャンプをした……。つまり、彼女は最初から殺す気では無かった。ただ、これを彼に似ている柳田の落ち方を見て自殺に見せ掛ける方法を思い付く。鉢植えの位置が戻っていたから、彼女は不思議に思った。そして彼が飛んだ理由も分かり、同じ様に鉢植えを退かし箒で下の土を均した。凶器も持ち去って。自殺じゃない気がして、ゲソ痕取っておいて貰って良かったわぁ。」
 と、私は全てが分かった時……そのバルコニーから真っ青な雲一つ無い、美しい空を眺めていた。
 目の前を見ると、さっき話した女子大生が此方に気付いたので、私は軽く頭を下げて笑う。彼女は……何故、最後にこれを全て彼の恨みだったと、彼に罪をなすり付ける様に、全く同じ自殺に偽装しようとしたのだろう。
 彼女と喫茶店で話した時に私と葵が見た彼はまるで……この全てを知っていたかの様に……あの珈琲を飲んで微笑んでいた。
「これで……良いのよね?……彼女に殺意は始めから無かった。それだけでも、少しは罪状が変わるんだから。……私に亡くなった人に出来る事なんて……このぐらいよ。現実は変えられない。起こってしまった事も。それが……貴方の物語の主人公が言う「真実」ならば……。」
 私はこの青い空を眺めて、そう呟くように彼に言う。……もう……此処には戻らない気がしたから……。……さようなら、私に夢を見せてくれた人……。
「お飾りの女帝」から、少しだけ違う世界にのめり込めた時間が、私にとってはかけがえの無い、誰にも邪魔されない……自由な時間だった。
 ……それも、もう……終わってしまうだろう……。

🔸次の↓コバルトブルー・リフレクション 第十章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。