「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様5〜大人の壁、突破編〜🎩第一章 1後4 2逃亡者
1 後4
「うっそ……後4件?」
白雪が黒影に呆れて言った。
「ああ、全部で11件だ。
カノニカル・ファイブと言う切り裂きジャックの仕業だろうとされる5件を含んで。
前後もホワイトチャペル周辺で、残忍な事件が起きている。
これを纏めて総称すると、ホワイトチャペル殺人鬼事件だ。何とか半分は分かって来たが、あと四件。
因みにそれと別に地元ギャングの摘発…その頂点で神様ごっこしているのが、本星の切り裂きジャックだ。」
と、黒影はほとほと疲れた顔で珈琲を飲み言った。
「幾ら黒影だって、疲れるわけね。」
と白雪は髪を撫でてやる。
「癒されるよ。白雪が来ていなかったら、今ごろ八つ当たりし過ぎて、サダノブが落ち込んでいるところだよ。」
と、黒影は笑った。
「冗談じゃないですよ。
疲れはねぇ、八つ当たるんじゃなくて、自分で解消するものなんですよ。
大体、白雪さんが先輩に甘過ぎなんですからねぇー。」
サダノブはそう文句を言う。
「そう?サダノブには穂さんがいるじゃない。黒影に八つ当たりされたら、甘えれば良いのよ。」
と、白雪は言った。
「……そう出来たら良いですけどねぇ……。ほら、穂さん、歳上だししっかりしているから、
出来るだけ甘えたくないと言うか……。」
「じゃあ、僕の所為じゃないなっ。」
と、ごにょごにょ言い出したサダノブに、黒影がそう言ってご機嫌そうに珈琲を飲む。
「なぁ〜に言っているんですかっ!
元凶ですよね、元凶っ!」
と、サダノブが言っても、ご機嫌な黒影は、
「ほら、社運が悪くなる。余りそう言う事は言わない、気にしないだ。」
と、微笑んでいる。
「さてと、風柳さんが帰って来るまで、作戦会議としよう。」
「ん?」
サダノブが黒影の発言に、何か引っ掛かったようだ。
「どうした、サダノブ。」
黒影は何も変な事を言っている筈ではないのにと、不思議に思い聞いた。
「作戦会議……久々じゃありません?」
と。
「そう言えばそうね。日本では毎朝か、出かける前にしていたじゃない。」
そう白雪が言った。
「そうか!サダノブと行動していたから、いつの間にか会議をしていなかったんだ。
口頭で伝えれば済むからな。
それでか……それが良く無かったんだ。
やはり何時も通りと逸脱すると、思考が鈍るのは当然だっ!」
と、黒影は歓喜して言うのである。
「どう言う事ですか?」
サダノブが聞く。
「どうもこうもないさ。
怪我がやたら多かったり、想定外の敵襲にあったり……。
これらはただの傭兵に成り下がっていたからだ。
良いか……優秀な参謀がいる軍にこの様な事は起きない。、僕は諸葛孔明みたいに羽毛扇でも持つか?否ちがう、参謀が持つのは机上のデータだ。
会議が重要にも関わらずイギリスに来て、調査は二人になって、その重要性を欠いてしまっていたと言う事だ。」
と、黒影が重要なものこそ、見落とし易いと身を持って痛感しながら、サダノブに言った。
此れに早く気付いていたら、サダノブを撃たれたりなんかしなかった。
晴れ晴れとした頭脳と、入念な計画性があれば。
「ねぇ、先輩。今、言おうとした言葉、俺……要らないですから。」
「否、しかしだな……。」
謝ろうとしていたのに、サダノブが思考を読んだのか、止める。
「しかしも何もないのっ!先輩自身の指揮には自信持っていて欲しいから。それが歪むような事は、言わなくて良いし、考えないで下さい。
作戦を考える時、先輩楽しそうだし。
それが何時も通りなら、楽しめば良い。」
と、サダノブは言うのだ。
「ガキじゃなくなったなぁ、お前も。」
黒影はそう言いながらも、テーブルに資料を広げた。
ご遺体の写真は白雪が怖がるし、サダノブは気分を悪くするので、黒影の手の内にある。
「後4件の内、動けそうなものから一つずつ潰す。」
黒影はホワイトボード代わりに、馬の世話をしてくれているジョニーさんに頼んで、大きなポスター用の紙を手配してもらった。
それをテーブルに広げて資料を端に置く。
「次の被害者が出るのが、来年の夏頃。
それまでは既に起こってしまった事件を追う猶予がある。
教会でルナを逃したあの専用馬車の御者と、被害者が繋がった。
被害者の名前はミンストン。
かなり詳細に殺害当時の目撃証言がある。
事件概要に入る。
今年、つまり1888年 9月8日
時刻 午前6時。
場所 スピタルフィールズのハンバリー・St.29番地の裏庭の入り口階段付近
でご遺体となって発見された。
現場は要確認だ。
裏庭に入ってからの方が、当然殺害を見られ辛いにも関わらず、出入り口階段だ。
被害者は三つも掛け持ちの仕事をしていたが、人口が増えすぎた為、求人は酷いものばかりが当たり前だ。
足りない時だけ、娼婦をしていたようだ。
十字架に目があるマークの、ルナの属する集団との、関連性は、家族がやはりいて教会専用馬車の御者の親類と結婚している。
さらに、三人の子供がいて、一人は障がいを持ち、一人は髄膜炎で死亡。
夫婦揃って酒に逃げたそうだ。」
と、此処まで話すと、黒影は溜め息を吐いた。
「つまり、家族がいて、子供もいたが、家族を捨てた娼婦って共通点が、ルナの歪んだ思想を怒らせるには、十分って事ですかね?」
と、サダノブが言うのだ。
「最近、サダノブ物分かりがよくて変だそ?
思考読みが常に働き過ぎている。
思考を休める為のお馬鹿発言だろう?
広範囲で思考読みが出来るのは良いが、制御出来るようにと言った宿題はどうした?」
と、黒影はまるで宿題を忘れた生徒に注意する、先生のようだ。
「……それが上手く出来ないんですよ。
急に範囲が広がったから、まだその範囲枠がブレるからじゃないですか?
小さい頃から、少しずつ広がってはいたけれど、集中しなくても周囲の思考を読める様になったのは、この間が初めてですからね。
安定すればまだ、色々出来るかも知れないけれど、周囲の読み範囲もバラついています。」
と、サダノブはどうしたものかと、考えながら答える。
「あんまり酷使するなよ。
使いたい時に使えないんじゃあ困るよ。
日本へ行けばFBIの能力者か、サダノブの親父さんに聞けるんだがなぁ。」
黒影はそう考え込みながら言うと、珈琲を飲む。
「ルナも行方を捜さねば……か。」
独りで二人逮捕出来なかった。
明らかに大物はルナの方だった。
けれど、そうはしなかった自分を、黒影は不思議に思っていた。
黒影は知らないのだ。
人生に疲れ……犯罪にも疲れ……逃げる事にも疲れた人間にとっての救いが、時に逮捕であると言う事を。
風柳ならば刑事が長いので分かるだろう。
黒影は元警察の一部だったとは言え、あまり組織を気にせず逸脱した存在だったので、案外気付かないのだ。
咄嗟に捕まえたその手が、救いになっていただなんて……。
「まぁ、いい。切り裂きジャックを追っていれば、また出会うだろうな。
で、この目撃証言が奇妙なんだ。
まるで尾行していたかのようだ。
宿代が払えずにパブを出た被害者は、
深夜1時45分に売春をしようと外出。
これはパブにいた人間ならば粗方分かる。
それから、なんと
朝方5時30分に男といるのを発見される。
鹿撃ち帽の、黒色のオーバーコート、黒髪の男と立って会話をしていたらしい。
しかもその男が「どう?」と聞くと被害者は「いいわ」と答えたとまで言っている。」
と、黒影が目撃情報を言う。
「えっ?じゃあ、
1時45分から5時30分まで
何していたの?」
と、白雪は変だと指摘する。
「ずっと客探しと言うわけでもないだろうな。
仕方無くその辺でウトウト寝ていたか……若しくは
5時30分以前に客か誰かといたと考えるのが自然だ。
目撃者のセフィアの方が不自然過ぎる。
会話が聞こえる程、被害者の近くにいる。
セフィアもまた売春を考えていたが、客を取られたんじゃないか?
だったら辻褄が会うんだよ。
宿を追い出された娼婦が二人、客もいないし、お互いに切り裂きジャック事件を恐れて、交代で仮眠をしていた。」
其処で黒影はふと、珈琲の残りをクイッと飲み干す。
「白雪、悪いんだけどお代わり。……何だか喉が乾燥しているみたいだ。」
と、空きのカップ&ソーサーを手渡す。
「そーぉ?そんなに乾燥しているかしらん?……風邪でも引いたんじゃないの?」
そう言いながら、白雪は黒影の心配をしながらもキッチンへ向かった。
「……で、その何だ、交代で客を探していたのだから、二人組の男を探していた筈だ。
……でもそうそう現れず、三人でと言う考えもあっただろう。」
と、黒影がきまずそうに言うと、
「あっ!それで先輩、白雪さんをっ!」
と、サダノブは気付いて言った。
「しーっ!知らぬが仏だ。」
と、白雪には言うなと、黒影は眉間に皺を寄せる。
「分かりましたよー。変なのに興味持たれたら困るからでしょう?……で?続き……。」
と、サダノブは先を聞きたがった。
「何時間も待つのに協力し、1人の男がやってきて、今日は1人で良いと言ったらどうなる?」
と、黒影はサダノブに
5時30分を指差す。
「そうか……もう先に娼婦遊びしたのに、またそんな時間にそこまで元気なら羨ましいや。
精々、独り身の添い寝相手なら、確かに独りで良いかも。」
と、サダノブは時間に気付いて言った。
「だよなぁ〜。まぁ、お国柄で元気さの違いは分からんが、眠くはなるだろう。
この被害者だけ、他と違う明らかな身体的外傷がある。
顔面が膨れ上がる程、殴打されている。
喉に深い切創があり、
腹部、女性器付近等、胃、皮、肉
と、かなりの部分を切り取られ、放置された。
だから妙だ。
これはホワイトチャペル殺人鬼事件の中の11件中四件目、更にその中でも切り裂きジャックが殺したと言うカノニカル・ファイブの二件目になるが、カノニカル・ファイブ一件目に似ていると言うよりも、それまでの四件全てを綜合した切り方とも言える。
つまり、殴打は突発的な怒り任せ、残りを今まであった事件情報を知って、切り裂きジャックに見せ掛けた模倣犯だ。
女2人に金を出して殴り合わせたか、気に入らない方がついて来ようとしたから、殴ったかだ。
宿からも追い出された二人だからな……生活がかかれば、考えられる。
この目撃者のミンストンが重要参考人、若しくは容疑者だ。ミンストンか客の何方かが犯人だからな。
罪の意識から目撃証言だけはしたのかもしれないが、客に半ば強引に共犯にされたのかも知れない。
それと、その犯人の男……被害者の元旦那がルナに頼んだ刺客かも知れない。親類は教会の関係者……しかも親族の中でも妻に逃げられ、娼婦になられたとあれば、肩身は狭かった筈だからな。」
と、黒影が話し終えそうな時、白雪がお代わりを持って黒影の前に出すと、
「あら、私も逃げちゃおうかしらん?最近、構ってくれないしぃ〜。サダノブも気を付けないと、穂さんに逃げられちゃうわよ。」
「えっ……。」
黒影は白雪の言葉に固まっている。サダノブも、穂の事を考えて冷や汗が止まらない。
「サダノブ!」
黒影が勢い良く立ち上がり呼んだ。
「はい!先輩っ!」
サダノブも分かり立ち上がる。
「良いかっ!今日の会議はここ迄とする!
これより各自、家族並びにフィアンセ奉仕の為、自由行動とする!午後まで解散っ!以上っ!」
「はいっ!了解っ!」
と、黒影とサダノブが、慌てて白雪に分かるように見せながら、言って敬礼をするものだから、白雪はクスクスと笑った。
「ふふっ……いるわよ、ちゃんと。」
と、楽しそうに。
守るのは……悲しみじゃなくて、誰かの笑顔の方が良い。
この街に笑顔を……本物の切り裂きジャックもそう思ったのかも知れない。ただ、そこに歪んだ正義と……多少の犠牲をやむを得ないとしたのが間違いだったんだ。
多少の犠牲……なんてのは、無能な奴が言うんだ。
犠牲があった時点で、既にそれは完璧な作戦とは呼べない。
完璧な作戦とは、リスクゼロが完璧なのだ。
仕方無い……仕方無い……違うよ。
嘆くよりも、こうしたい。だからどうすべきか。
リスクは最小限と言うが、ゼロが最上級の策である。
最上級の策になら、誰だって分かっていても溺れたくなるものさ。
僕ならば君と違う策を練る。
なぁ、切り裂きジャック。
――――――――――――――
「歩き疲れちゃった〜。」
白雪は黒影を見上げて、黒影の服の袖辺りを軽く2回引く。
「ほらね。あんなにショッピングではしゃぐから。」
と、黒影は微笑んだが、黒影も買い物袋で両手がいっぱいだ。
「そうだ、ランチのついでに何処か近くで休もう。」
と、黒影が提案したが、
「それって近い?」
「さぁ?」
と、黒影は白雪の問いに苦笑した。
2 逃亡者
「……困ったなぁ。じゃあ、僕が聞いてくるから、白雪は白梟になって肩に乗って。」
と、黒髪は言って、2人で小道に隠れる。
白雪は白梟になると、肩に乗り、黒影に頬擦りをした。
「良いよ、気にしないで。……さぁ行こうか……。」
そう言って、小道から出ようとした時だ。
「其方に行ったぞ!」
1人の男が遠くから此方を指差している。
指差した先は少し黒影から離れた方角。
黒影は後ろを振り向いた。
黒い見覚えのあるサテンのフード付きロングマントに身を包んだ者が他の二人の男に追われ、走って来る。
ドレープの美しいマントが石畳の細い道いっぱいに広がった。
そのマントを着たドレスの女が、黒影と白雪の横を通り過ぎようとする。
黒影とその女の単眼が、一瞬かち合う。
――――――ルナっ!!
黒影は片方のショッピングバッグを離し、咄嗟にルナの腕を掴む。
ルナはその月の目に雫を浮かべ、
「何故、私を捕まえてはくれなかったの!」
そう、黒影に言い放つと、腕を振り払い走り去っていく。
――何故……だったのだろう。
そう考えそうになった時、先程ルナを追い掛けていた輩が合流し、此方に向かってくるではないか。
「白雪、これ加えて反対側に。」
と、黒影はコートから出した、非常時用ロープを渡す。
白雪は、
…………ショッピングバッグ気をつけてよ。
と、黒影の頭に直接話し掛けてきた。
「ああ、分かっているよ。」
と、黒影は、三人の男が近付くと、
「せーのっ!」
と、白雪と一緒にロープを足元に当て引っ張った。
「ぁはは、やっぱり夫婦だと息がぴったりだね。」
と、黒影は白雪に言った。
男共は激昂し、さっと舞い上がった白雪は無視して、黒影に掛かって来る。
黒影はショッピングバッグをサッサと持って、己の影を見詰め、翼を確認すると飛び立つ。
男達は黒影を口を開けて見上げていた。
影の翼を確認しなければ、単に人が宙に浮いて止まり、彼等を凝視しているようにしか見えないのだから、仕方あるまい。
黒影は下の己の影に手を翳し、
「幻影守護隊(げんえいしゅごたい)……発動!」
と、叫んだ。
真っ黒な影のから、シュルシュル伸びる十数本の帯は三人の男の身体に巻き付き、動けなくする。
影を操る黒影の、鳳凰の力を使わずとも出来る、犯人確保に特化した技だ。
「どうしよう……デートがまた台無しだ。」
黒影はそう言いながら、石畳の道に降りてそいつらを見て考えていた。
「良いわよ、引き摺れば。」
と、白雪は白梟のまま黒影に言う。
「それも、そっか。……ねぇ、この辺でランチ出来る所知らない?」
と、黒影がにっこりと三人に聞くと、怯えながらも場所を案内してくれた。
店主に事情を話して、地元警察のお迎えを待つ間、黒影は白雪とランチを普通に楽しむ。
「で?どちの人?ギャング?ルナのいた団体?」
と、黒影は紅茶を飲みながら、三人に聞く。
「頼まれたんだよ。「時の意思」に。」
と、1人が答える。
「時の意思?……教会にいた奴等か。そいつらはあの教会とは無関係か?それに何故今更話すんだ。時の意思から狙われるだろう?」
と、黒影はそいつに聞いた。
「殆どの汚れ仕事はギャングの俺達だ。時の意思は知恵と金、砒素しか出さない。
砒素も品切れとありゃあ、こっちもやってられないもんでね。
時の意思が気に掛けていただけあって、本物より「親愛なる切り裂きジャック様」の方が断然強い。
敵わない者相手に安く動くのは割に合わないんだよ。」
と、自分達は誰からも狙われない事も、あっさり口にする。
黒影はそれを聞いて、
「本物を見た事があるのかっ!」
と、本物の切り裂きジャックの初証言に思わず席を立った。
「……黒影、お食事中よ。お行儀が悪いわ。はいっ、あ〜ん……。」
と、白雪は黒影が座ると、まだギャングを見ている事を良い事に、無意識に口を開けた黒影の口にオムレットを入れる。
すると、ギャングがクスクス笑い出す。
「……何だよ。」
と、黒影が言うと、白雪まで笑い始めた。
「御免なさい。……黒影のほっぺに、クリーム着いちゃった。」
と、言いながら白雪は黒影の頬のクリームを拭いてやる。
「もう、事情聴取しているのにぃ。緊迫感もあったモンじゃない。……で?その時の意思についてもっと詳しく知りたい。」
と、黒影はギャング達に言った。
「切り裂きジャックは殆ど姿を表さない。
けれど、俺は一度だけ大きな取引きの傍、見ていたんだ。まだ若い男だった。
特に変哲もなく、そこそこ男前だったよ。
あの教会の親父はとっくに殺して入れ替わっている。
あの教会自体がルナの根城さ。
切り裂きジャックは頭脳を貸し、実行をルナに任せただけだ。順調に行っていた筈が、アンタが来てからガタがきたこの作戦から手を引くそうだ。
ルナの始末を終幕にね。」
と、言うではないか。
…………あの時、捕まえなかったから……。
黒影はふと自分の両手に視線を下す。
風柳がいつか言った。
全てを救おうとも思わず……全てを見捨てもしない。
手を取る時、よく見てしまったら動かなくなる。
蜘蛛の糸の神様じゃあないんだ。
直感的に救えるだけ救うしかない。
そんな言葉を思い出していた。
……間違ってないよな?……兄貴(風柳)……。
「黒影?」
白雪の呼ぶ声が妙に大きく聞こえて、現実に呼び戻される。
「あ……ああ、何でもない。それより、手を引くって国外逃亡でもする気か?その時の意識とは何人ぐらいの規模なんだ。」
と、黒影は聞いた。
「……殆ど存在しないんだよ。だから、怖いのさ。」
と、ギャングが冗談で怖がらせ、答えた。
「存在しない?……どう言う事だ。」
と、黒影は聞く。
「民の怒りとでも言えばいいのか。
ルナはそれを利用しただけだ。切り裂きジャックと共に。
俺達が切り裂きジャックの言う、時の意思に従って動いたのは数回。
後は適当な後始末仕事。
皆んなそうさ。逃げられて娼婦になった女がいる所為で、地位も名誉も失う男達。
あの地区があるから、そもそも簡単に逃げられちまう。
そう思ったっておかしくはないんだよ。
切り裂きジャックと言う架空の男が殺人鬼として動いたら、乗じてそいつの所為にして、元妻やら女を殺したがっていた奴が解放される。ルナがその把握に適していた。
実質は切り裂きジャックとルナだけでも完成する話しだった。
ルナを信じた信者が、後は切り裂きジャックと言う劇場型犯罪の物語を継いでくれる。」
と、ギャングは答えた。
「そこそこギャングの中でも幅を利かせているようだね。
僕は「黒影」だ。
「親愛なる切り裂きジャック」が名前では無い。
何処にいてもお前を影が追い詰めるだろう。
時の意思から手を引けと、ボスに伝えろ。」
そう言って黒影は、銀のサーベルを手にする。
「幻影螺旋十字斬り(げんえいらせんじゅうじぎり)!」
サーベルを一瞬にして巻いた幻影守護帯(げんえいしゅごたい※影の帯)が、剣先がギャングの額寸前になると、今度は螺旋を巻き戻す様に戻る。
交戦時ならば、黒影を包み守るが、黒影が止まって手だけ動かしているので出現し戻ったのだ。
それはまるで生きた漆黒の蛇の様に、獲物を見失い戻るような不気味な動きをする。
額手前で黒影はサーベルの先で宙に十字に斬った。
ギャングの額に小さな十字の黒い傷が、周りを光らせ浮き、やがて消えた。
店は一瞬、数人の客が目撃し騒めいたものの、十字も消え血も何もないと知ると、何も無かったように元に戻る。
「何処に逃げても僕の影が君を追うから。宜しくね。」
黒影はそのギャングにだけ見えるように目の前に立つと、影からうそうぞと真っ黒な手が出てくるのを見せた。
「なっ、何だそれは?!」
ギャングは怯えたが、黒影はにっこり笑い言った。
「僕のお友達さ。」
そしてサーベルの先でスッと幻影守護帯を切ってやる。
「さぁ、僕は食事の続きだ。
ロンドンヤードも待たないといけないから。仲間を取り戻そうだとか、襲撃だとか、馬鹿な事は考えないでね。
これでも、「見逃してやる」って、意味だと思えとボスに伝えておけ。
僕は君達を一掃する警察とは違う。
殺人を許さないだけの探偵だ。
切り裂きジャック事件が解明すれば、とっとと日本へ帰るつもりだ。
それまでは精々大人しくするんだな。
それまでの短い共同戦線でも休戦でも構わない。」
と、黒影は伝令役にしたギャングに伝える。
「……なんて、悪魔だ……。」
と、思わずギャングは口にした。
黒影は紅茶を片手に清々しく笑うと、
「よく悪党にはそう言われる。……だけど、僕は正義でも悪でも無い。ただの探偵。……だから探偵は止められない。」
と、喜んでいるようだった。
「このくらいで済んで良かったわよ。貴方達ラッキーだわ。」
と、白雪も微笑む。
このくらいで済んだのはきっと、黒影が単純に白雪といてご機嫌だからに他ならない。
――――――――――――――――――
スピタルフィールズのハンバリー・St.29番地の裏庭の入り口階段付近。
サダノブと穗(みのる)は二人で其処にいた。
何故、午後から黒影と調査に行く筈が此処にいるかと言うと、穗を新しくなった宿へ向かいに行った時の話だ。
「見てくださいよサダノブさん。こんなに皆さん喜んで頂いて、大繫盛ですよ。」
と、新しい宿のセキュリティを涼子と任されていた穗は、サダノブの姿を見つけるなり、走り寄って微笑み言った。
娼婦や金のない家族でも無料で泊まれる、黒影が建設した巨大な宿泊ビルである。
ここの経営は?と、思うかも知れないが、元の店主に任せて一階の美しいロビーでの酒類の売上を含むので、然程痛手ではない。
ロビーを美しくした事で、客側が此処にこぞって来て酒代を落としてくれる。
まるで今や出会いスポットか何かと化していた。
衛生的であることへの拘りは、元のこの宿の従業員の女達が守ってくれている。
セキュリティ以外にもそんなものとは無縁だった、彼女たちに指導するのも、穗と涼子に黒影がお願いした立派な任務である。
「ほら、黒影の旦那が見たら卒倒しちまうよ。」
そう、涼子は女達を指導している。それでも分かり易くて、相談にも乗ってくれるので頼られている。
基本は潔癖症の黒影が来ても気にならないかどうかなので、かなり衛生的に保たれた。
「サダノブさん、今日はお仕事は?」
何時もならば黒影といるか、犯人を負っている頃合いなので不思議に思って穗は、聞いた。
「午前中はお休みになったんだ。今頃、先輩は白雪さんと久々に羽をのばしていますよ。」
と、サダノブはニカッと笑う。
「ああ、そう言う事かい。良いよ、あたいが此処は見ているから、行ってきなっ。」
と、涼子は気を効かせて言ってくれた。
「すみません、なんか。涼子さんに何かお土産買ってきますね。」
と、穗は涼子に言って手を振り出て行った。
「今、何の事件を追っているんですか?」
穗がサダノブに聞いた。
「それが、多過ぎてもう何が何だか……。午後はスピタルフィールズのハンバリー・St.29番地の下見に行くって言っていたけど……。」
と、サダノブは穗といたので集中力も途切れそう答える。
「其処に何かあるんですか?」
穗は聞いた。
「裏庭があるのに、ご遺体の発見現場がその前の階段辺り何だって。普通なら裏庭の方が見えなくて良いだろうって、現場の視察に行くんだよ。」
と、サダノブが答える。
「じゃあ、今から行きましょうよ。そんなに遠くはないし、買い物に出かけるならば途中ですからね。黒影さん、何時も忙しいから休んでもらいましょうよ。」
穗はそう提案したので、確かに立て続けに事件を解決して疲れが見られると、サダノブもその提案に乗った。
そう言うわけで、現在スピタルフィールズのハンバリー・St.29番地の裏庭の入り口階段下にいるのだった。
「階段から突き落としたのではなく、ご遺体が置いてあったのですよね?」
と、穗は不思議そうに階段の上を見上げてサダノブに聞く。
「その筈だよ。流石に俺はその酷く居た堪れない写真を見る気にはなれなかったけど、先輩が口頭説明してくれた。」
サダノブがそう答えたので、穗は小さなため息をつき、
「サダノブさん。犯人はどんな奴でも犯人です。被害者もどんな姿になろうとも被害者です。無念は同じなのですから平等にみてあげるべきでは?それでは鳳凰の守護が務まりませんよ。」
と、きちんと現場写真を見ないのは、被害者に対しても事件に対しても誠実さが足りないと注意する。
「そりゃあ、医学的にって考えれば先輩みたいになれるかもしれないけれど……。」
そう言いながらも、サダノブも階段を見上げた。
階段から落としたならば上……だよな。
でも、置いたのだから地上だ。
「あっ!そうかっ!追われていたんだよ!」
と、サダノブが急に言ったので、穗は目を丸くする。
「何か、閃いたんですかっ?!」
穗は目を輝かせてサダノブを見る。
「俺、馬鹿だから違うかも知れないけれどさ、先輩が言うには娼婦二人に金を払って殴り合いをさせたか、どちらか一人 でよくてしつこいから殴ったのではないかと言ったんだ。
殴り合いをさせて勝った方を買うなんて、おかしな話だと思ったんだよ。
でも、先輩が何を考えてそう言ったか今分かった。」
🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 五幕 第ニ章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。