「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様1〜大人の壁、突破編〜🎩第一章 其の者、影
⚠️ これは「黒影紳士」であって「黒影紳士」では無い物語。
第一章にて説明あります。
読んで無い方も分かる様に書いています。
影使いの探偵が挑む、大英帝国最大のミステリー。
警告※今作は命をテーマにしておりますが、娼婦、中絶等の表現があります。妊娠中等の方は吐き気や気分を害する恐れがあります。不安定な時期の読書は推奨しません。
第一章 その者…影
その鐘鳴りし 霧深く
彼は再び影を落として闇に舞う
今宵 賛美も無き涙の為
なんて、下世話なタイトルだって?
勘違いしないでおくれよ。
彼が斬るのは人ではない。
十字架だよ。
しかしね、彼は何とも不運な事に、あの本物の恐ろしい切り裂きジャックが現れた後に、その地を訪れたのだ。
まだビッグベンも修復されずに時を刻む……イギリスに。
「ただいま……。あの、ウィスキー。何時ものシングルロックで。」
彼はそう言って、一仕事終えて帰ってきた。
「ねぇ、今日こそは私のところに寄っていきなさいよ。」
「いつになったら遊んでくれるの?」
「今日はどんなお仕事だったの?聞かせて……。」
「聞いてよ、隣のワンちゃんの親探しをね……。」
黄色い声に、眉をひくひくさせながらも、彼は仕事終わりの一杯にホッと息を吐き……
「ぜぇーんぶ、お、こ、と、わ、りでぇーす!隣の犬の里親探しは、仕事のついでにね。」
そう言って、グラスを回しカランと良い音色に耳を澄ませた。
「んー、もうっ!生真面目な人っ!」
散り散りになった女共を見て、彼はやっとリラックスして美味そうにウィスキーを口にした。
「すみませんねー。皆んな本当は嬉しいだけなんだけれど……。例の切り裂きジャクが現れてから、そりゃあ恐ろしくて夜も出歩けもしなかったのですから。」
と、女店主は彼に言った。
「それでタダで住まわせて貰っているんだ。……何とも思っちゃいませんよ。」
彼はふっと笑って子守唄でも聞くように、目を軽く閉じた。
長い睫毛が青い瞳を薄く、ほんの少しの感傷を映している。
「ほら……お疲れ様のところ、悪いけれど……。」
女店主が彼に手紙を渡す。
宛名は……
……親愛なる切り裂きジャック様……
しかし、彼はそんな名では無いし、勿論ロンドンを恐怖に震撼させたあの切り裂きジャックでも無い。
では何故、「親愛なる切り裂きジャック」と、書かれているかは、実は至極単純な話なのだ。
切り裂きジャックが捕まらぬこの街で、彼は日本からやって来た。その名は黒田 勲(くろだ いさお)。通称「黒影(くろかげ)」と呼ばれた探偵である。
そのシルクハットと黒いロングコートの黒影が現れた日、街は深い霧に包まれた、恐怖さえ寝静まる様な深夜であった。
黒影が今夜の宿探しに疲れ果てていると、甲高い悲鳴と霧中に消えて行く何者かと、肩を側合わせたのだ。
黒影は銀のサーベルに手を掛け、その何者かを追った。
静まり返る街の屋根から屋根へと、夜空を飛ぶように走り跳んだと証言者は話す。
そしてこうも言った。
……霧の中の彼には大きな影の翼が映っていた……
と。
勿論、その証言は霧にロングコートが広がり、そう見えたのだろうと記録に追記される。
黒影は霧の中……その日、不審者にまんまと逃げられてしまったのだが、「証言者」がいると言う事は既にこの先を話すまでも無い。
そう……黒影は事もあろうか、この一件の所為でロンドンに着いて直ぐに、切り裂きジャックではないかと容疑を掛けられたのである。
警察官である黒影の腹違いの兄、風柳 時次(かぜやなぎ ときじ※旧姓に戻っている)が、慣れない英語でスコットランドヤードに話を付けてくれたお陰で、自由の身となった。
だが、その話を聞きつけたパパラッチは、面白可笑しく「空飛ぶ影の探偵 切り裂きジャックと対決か?!」などと新聞に書き立てたのだ。
こんなに追い回されては仕事にならないと、躍起になって姿を消そうとしていた時、この店の女主人が匿ってくれたのである。
黒影は夜な夜な店の周りを見張る。この酒場で働く女達の警邏が宿代代わりなのだ。
探偵を探す者が新聞を見て、黒影の噂を知り依頼するが、自分の宿代の為に、余計な男とは関わりも持たない。
それは単純に、警邏を仕事と同じ対価だと考え、少しでも見知らぬ男がいればマークし易くする為だ。
……が、女からの依頼しか受けない為、やはり切り裂きジャックだと、依頼を断った者から皮肉を言われたりもする。
軈て黒影への依頼に「切り裂きジャック様」と、書かれるようになった。
皮肉等、日本で若くして難事件を解決してきた黒影にとっては、付いて回る様なもの。
今更、気にも留める必要も無い。
それでも次第に街に馴染み、安心をくれる黒影に、親しみを込めて「親愛なる」と言う文字が足される様になったのである。
「……此処にいたら「あの黒影」も、ただの影だ。気楽でずっと居たくなる。」
と、黒影はぼんやりと琥珀色のウィスキーを眺めながら言った。
……あの日見たのは……本物の切り裂きジャックだったのだろうか?……それとも模倣犯?……
未だ解決しないこの事件は、次第に犯行も減りこのまま暗礁に乗り上げるように思われる。
事件が薄れ、人々は忘れ笑顔を取り戻す。
……だが……けして、犯罪があった「真実」は消えはしないのだ。
黒影が不審者を見失った日……。
悲鳴の上がった家へ行き、見るに堪え兼ねるそのご遺体に、黒影は銀のサーベルを抜き、十字架をきった。
この犯罪の糸が断ち切れます様にと、祈りを込めて……。
どんなに時が経っても……風化させまい。
銀の懐中時計で時刻を確認し、漆黒のコートをバサっと翻し、その場を去った。
「じゃあ、親愛なる皆んなの探偵さん?……あのカウンター端の酔い潰れ……何とかならないかしら?」
と、女店主はカウンターから身を乗り出して、端を見て笑いながら言った。
「……えっ?……あ、アレを?」
と、黒影は薄茶色の柔らかい癖毛の男が、端に突っ伏して寝ているのを見て苦笑う。
ここ数日、連日来ていて、何時も同じ席でジンを飲んでいるらしい。
軽いドンちゃん騒ぎをして、飲むだけ飲んだら帰るのだが、今日は飲み過ぎたらしい。
「……ああ言う奴は苦手なんだよ。」
と、黒影は騒ぐ者が嫌いで、思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。
「でもねぇ……。」
と、女店主は頬に手を当て、困っている。
「勘定でもまだなのかい?」
と、黒影は察して聞いた。
「まあね。嫌な事でもあったんじゃないかって、好きにさせていたのよ。」
と、女店主はあまり気にする程でも無いとウインクした。
「人が良過ぎなんですよ。」
黒影はそう言いながら、仕方無く席を立ち、男の方に手を置くと軽く揺さぶる。
「閉店ですって。」
そう声を掛けたがすっかり眠りこけている。
「なぁ、君。……狸寝入りはやめたまえ。僕は嘘が嫌いなんだ。」
黒影は狸寝入りに気付いて眉間に皺を寄せて、あからさまに嫌な顔をする。
……こういう不躾な飲み方は本当に嫌だ!
そう苛立ちながらも我慢して、手を一度離し腕組みをする。
「……ふふ……ふふふっ……。」
何だか不気味に男が肩を揺らして笑い出すではないか。
「貴様っ!何が可笑しいっ!」
黒影はとうとう頭に来て、顔を見てやろうと手を伸ばした。
……その時だ。
急に腕を強く掴まれ、引っ張られた。
……敵かっ!?
黒影が慌てて腕を引くと、男は腕を引かれても離さず、掴んだまま立ち上がり笑った。
「探しましたよ。……こんな所にいるなんて。ねっ、せーん輩っ!」
「サダノブっ!」
黒影は思わず日本からのサダノブ(※本名、佐田 博信)の訪問に笑顔になる。
黒影にとってサダノブは戦友でもあり、日本の探偵事務所では事務員でもあった親しき仲だ。
「いきなり到着して問題起こしたって言うから……探してみれば、こんな所で一人モテモテなんて、狡いーっ!白雪(しらゆき)さん(※黒影の大切な人)が聞いたら卒倒しますよ。」
と、ニヤニヤして言う。
「否、これは経緯上仕方無くだな……。風柳さんが心配で寄越したんだな?……白雪には絶対言うなっ!絶対だからなっ!」
と、黒影は焦って約束させようとする。
「……嘘が嫌い……なのにねぇ〜?」
と、サダノブが黒影を揶揄うので、黒影は女店主に、
「お代わり!……僕のどうしようもない馬鹿な知り合いですよっ。ついでだから摘み出してやりましょうか?」
と、元いた席に座り、残りのウィスキーを飲み干しグラスを渡す。
「あら、じゃあ仲良く飲めば良いじゃ無い。」
と、女店主は二人を見て不思議そうに言った。
「誰がこんな何処へでもほいほい着いてくる馬鹿犬なんかとっ!」
と、黒影はお代わりを受け取ると頬杖を着いて、外方を向き飲み始める。
「馬鹿犬じゃないですよぉ〜。」
そう言いながら、結局サダノブはグラスを持って、勝手に黒影の隣に座り飲み始めるのであった。
――――――――――――
「切り裂きジャック?」
サダノブはそいつは何者かと黒影に聞く。
「お前、そんな事も知らないのか。たまには世界情勢も見る様に言っただろう?……連続殺人鬼だよ。……もう事件は消えかけ。すれ違ってしまったようだ。小物の序でに大物が釣れると思ったが、両方逃げられた。」
と、黒影は少し不貞腐れて答えた。それで酒場に宿を借りている様なのだから、尚更だ。
「あれー?何でしたっけー?……あっ、兎が二匹で何とやらだっ!」
と、相変わらず頼りにはなるが、頭がイタいサダノブは適当過ぎる返事をする。
「なぁ、良い加減ワザと言っているんだよなぁ?それなら知らない方がまだマシに感じるよ。二兎追うものは一兎も得ずだろう?……それにしても……。」
黒影はサダノブに言った後、ついロンドンに着いた日を思い出してしまう。
遣る瀬無い酒は、何処か味気ない……。
もっと早く来れば……否、早く来たからと言って解決出来たとは限らない。
こんな間にも……犯人は霧に隠れて息を潜めている。
……霧の中からその息ごと……早く引き摺り出したくて苦しくなる。
……誰の為にですらない。……自分が楽になりたくて「真実」を探してしまう。
「……親愛なる切り裂きジャック様……。」
急にサダノブが黒影に言った。
「えっ?……。」
黒影は突然だったので自分の事かと、サダノブの方にやっと振り向く。
「……誰も呼んでいませんよ。俺は黒影先輩の事をいつ迄経っても「先輩」としか呼ばない。まるで魅入られている様だ。先輩が……切り裂きジャックに。だから捕まえられない。切り裂きジャクは糸を垂らして逃げる。それを先輩は何時迄も追っている。追うから逃げられるんですよ。片想いみたいに。」
と、サダノブはグラスを呆然と見ながら言った。
「相変わらず、分かったような言い方だな。……しかし、ずっと無謀に走り追い掛けるだけなのは馬鹿犬より、馬鹿らしく思えてきた。……有難う。」
と、珍しく黒影はサダノブに軽く礼を言った。
……環境が変わり周りに呑まれていた。
……単純なんだ。……僕はただの影のままで良い。
……霧に紛れても……影は影だ。
自分らしさなんて態々考えた事も無い。
もしそれが、いつも通りと違うと言う事ならば、少しだけ何時も通りに甘えれば良かっただけの事。
不変に嘆かなくとも、気付けば変わって行くものだ。
それが生きていると言う事なのだから。
自分と違うから気付く。反対だからこそ。
その馬鹿らしい答えは、案外必要不可欠なものだ。
「白雪の……珈琲が飲みたい。紅茶も美味いが、今は酒よりそれが良い……。」
と、黒影は白雪を想い、微笑んで言った。
「じ、つ、はぁ〜。ジャーン!!……そう言うと思って、白雪さんの特製珈琲お届けでぇーすっ!」
と、サダノブが鞄から水筒を取り出した。
「本当かっ!やるな、サーダーイー……あっ、設定間違えた。とっ、兎に角珍しく気が効くじゃないかっ。」
と、黒影はサーダーイーツを訂正し、サダノブを褒めた。
「先輩っ、早く慣れて下さいよぉ〜。新設定、いきなり4500文字弱でぶっ壊すとかあり得ませんからねぇー。」
と、サダノブが笑う。
「ははっ……良いんだよ。相変わらずで何よりじゃないか。僕は何処でも何時でもヤル気さ。……今は走れる。それだけで幸せなのだよ。」
と、黒影は何かを想い微笑んだ。
立ち止まらない……この「世界」にも、乾杯しよう……。
黒影は調査用に何時も持ち歩く鞄から、一冊の本を取り出した。
漆黒の分厚いハードカバーに銀色の箔押しで十字架がある。
そこに書かれている文字は……
……「黒影紳士」……
黒影はその本の一頁目を微笑み開いた。
どうせ何も書いていやしない。……そう思っても懐かしさに、その本をつい開いてしまう。
……「現代より、「今」を走り出す君に……愛を込めて」……著者 泪澄 黒烏
「そうかっ!その為にっ!……サダノブ、新居は流石に此処では拙いな。さっさと荒稼ぎして、事務所を立ち上げるっ!」
急にその本の一頁目を読んだ黒影が、グラスのウィスキーを一気に気分良さそうに飲み干し、勢い良く置いて最高の笑顔で言った。
「えっ!?また急にっ?何ですか、今度はっ!?」
サダノブはジンを咽せりながら聞く。
「今度は僕の夢を叶えたくてっ……!「あの人」は自分の夢ではなく、僕の夢を叶えるつもりだったんだよっ!だからタイトルも「黒影紳士」ではないんだ!「黒影紳士」であっても、「黒影紳士」ではないっ!……きっと腱鞘炎中に考えていたんだよ。僕が物語の中で夢を叶える方法をっ!イギリス最大の謎っ!切り裂きジャックに挑む為になっ!……信じられるか、サダノブ……夢のようで夢じゃないっ!」
と、黒影は興奮気味に立ち上がると、忙しなく靴を鳴らしながら歩き周り言った。
「えっ?!だから、何ですって?続編なの?新作なの?新シーズンなの?!頭、こんがらがってきましたけど。しかも、何?今、誰と挑むって言いました?それ、先輩の夢だったの?!」
サダノブはちんぷんかんぷんになって、全部聞こうとする。
「あーっ!もう、続編だろうが、新作だろうが、新シーズンだろうがどうでも良いだろう?!肝心なのはなっ!見えない分厚い壁の方なんだよっ!」
と、黒影はパントマイムで宙に見えない壁を押し、例えて言う。
「見えない……壁?」
サダノブが目を擦っても、やっぱり何も見えない。
「そうさ。……そもそも僕らには越えられない壁が常に存在した。それは即ちっ!……お、と、な、む、け♪」
と、言って黒影はクスッと笑う。
「あぁああーーっ!確かにっ!……えっ?でも、バトルシーンと推理ミステリー枠の血の描写ちろっとでしょう?精々15歳で読めるでしょう?」
と、サダノブは不思議そうに首を傾げた。
「そう。大して色気も素っ気も無く頑張ってきた。……が、そもそも切り裂きジャック事件においては、被害者が総じて娼婦であり、そのご遺体は原型も分からん。見るも無惨としか言いようがない。だから、唯一僕が諦めた難事件なんだよ。……良いかぁ〜……出来るだけ、ライトに描写は心掛ける。……が、今までの様に甘っちょろくは無い。何故ならば!これは現実に起こった事件だからである。勿論、フィクション満載だ。苦手なら即、退散……あっ、否……他の「黒影紳士」シリーズを読んでくれ。
……つまりだな、今までと違うよって分かりやすくし、もし18歳以上指定になっても、「親愛なる切り裂きジャック様」だけを枠移動すれば良いと言う、画期的且つスムーズな今後を見据えての事だろう。作品にとって慣れ親しんだタイトルを変えてまでの、決死のダイブをしたって訳さ。だからこそ、タイトルが衝撃的である必要があったんだよ。そして一度ラストを迎えた最大の謎……。勿論、著者の腱鞘炎もあるが、もう一つある。主人公の僕が代表して悲しませてしまったかも知れない読者様に心から謝罪したい。……僕はもう……実は……鳳凰ではない。僕は……また、影一つから始めたいと思った。僕自身の願いを……叶えてもらっただけだ。
……「黒影」として、生きたかった。申し訳ない。」
黒影はそう言って帽子を取り、胸に当て、君に言ったんだ。
……いつか、この声が君に聞こえるだろうか。
黒影には何も分からない。どんなに解明しようとも、分からない事もある。
ただ、分かって上げて欲しいと願うのは、彼が何かを伝えようと、こうしている事には間違い無いのだ。
答えなど無くても……それでも良いと思う、そんな探偵の自分を恥じながらも、考えていたのだと思う。
「先輩……鳳凰じゃないって……。……嘘だ!あんなに必死に努力して得たものをっ!」
サダノブは驚いて言った。
サダノブはこの時、まだ気付いていなかったのだ。
己の居る場所が違う事に。
「サダノブ……鳳凰がいない世界に、鳳凰を守護する為だけの狛犬も必要は無い。……気付いて無かったんだな。……お前の能力はもう無いのだよ。だから、もう付いて来る必要も無かったんだ。本当に……最後まで世話のやける馬鹿犬だ。」
黒影は目を細め僅かに微笑む。
そして暫しの沈黙の後、
「……頼むから……馬鹿なままでいてくれよ。」
そう力無く言い残すと、宿にしている2階の一室に鞄を持って帰ろうとする。
……何で?……馬鹿なままで良い?……
そんなに泣きそうなのに……。
……………………あっ、そうか……。
サダノブは思い出して、思いっきり大声で、黒影の背に叫んだ。
「俺、先輩に付いて行くのに……鳳凰だからとか……関係ないって言いましたよねぇええ――っ!渾身のぉお――……!ちょっと待ったぁああ――っ!!」
何事かと、店の女達はサダノブを見ている。
黒影の肩が微かに揺れている。
「……ふふっ…………渾身のぉおお――っ!一生、お断りぃいい――だっ!ばぁ――かっ!!」
黒影はにこっと笑うと走り出す。
何時もの昭和の告白番組ごっこから始まる追いかけっこ。
……何も変わりやしない。
世界を巻き込んでも、店中を巻き込んでも。
何かを失っても、例えそれで得るものが無くても。
僕らはとっくに……沢山の宝を持っているのだから。
「いーやぁーだっ!来るな馬鹿犬っ!」
黒影は如何にも売春宿な部屋に意地でも、サダノブと泊まるのが嫌で、影を広げた漆黒の翼で、店のシャンデリアに飛び移る。
「えーっ、俺長旅で疲れてるんですけどぉー。」
と、サダノブは階段からジャンプして必死で黒影のコートの裾に手を伸ばす。
「お前、キャッキャッと遊ぶ暇があっただろうがっ!適当な部屋に転がり込ませて貰えばいいだろっ!」
黒影は外方向くなり、コートを翻し掴ませないように自分に巻きつける。
「えーっ、じゃあ私の所に遊びに来る?」
「狡いわよー。こっちにいらっしゃい!」
「こっちよっ!」
「こっちだってばっ!」
黒影の一言で、女達がサダノブに群がっているのを見て、黒影はニヤリと笑い、
「……サダノブ、大人気で良かったな。穂(みのる。※サダノブの嫉妬が凄まじい婚約者)さんに、よぉ〜く伝えておくよっ。じゃ、僕はお先にぃ〜♪」
と、帽子を手に取りバイバイすると、シャンデリアから部屋前の廊下にジャンプし、悠々と歩いて行く。
「……そうはさせるかぁあああ――っ!俺が先輩の部屋ぶんどったら、先輩を部屋に呼びたい放題っ!どうだっ!……あっちは激レア影の天使、童顔、有名人、おまけにああ見えて紳士なのにめっちゃシャイだぞっ!行け――っ!」
と、サダノブは女達から抜け出し、黒影を指差し言った。
「なっ!サダノブ、僕を売ったなっ!」
黒影は帽子を深めに被り、慌ててシャンデリアに引き返し下を見下ろす。
……やばぃ……囲まれた……。
「……くっ、何時も守ってやっているだろうがっ!この恩知らずっ!」
黒影はそんな泣き言を言い放って、店の外へと飛んで行く。
霧の中に影がゆらゆら……朝靄に変わるまで、街の道に影を落としたのは言うまでも無い。
――――――――――――――――
ヘトヘトになった黒影が昼頃に裏口の鍵を開け、店に入りカウンターにバタンと脱力してうつ伏せになる。
ぶらんぶらんと手を遊ばせ垂らしていたが、ふと昨日の依頼を思い出した。
「……そうだ。……急ぎだったら拙いな……。」
そう呟くと、疲れ切った体を起こしてカウンター内にまだあるであろう依頼の手紙を探す。
……無い……か。
個人情報を漏らしたとなると厄介だと思っていると、
「探し物……これでしょう?急ぎじゃ無いから、少し休んでからにして下さいよ。ただでさえ、虚弱体質のまんまじゃないですかぁ〜。」
と、依頼の手紙をヒラヒラさせて、まんまと黒影を追い出しぐっすり眠ったサダノブは、背伸びをして言った。
「……よくも人の部屋ぶんどっておいてっ!お前には遠慮ってもんがないのかっ。……それに……急ぎかそうじゃないかは、僕が見て判断する。さっさと寄越せっ!」
と、黒影は仏頂面して手を伸ばす。サダノブはこれ以上不機嫌になったら八つ当たりを喰らうと、無言でそそくさと手紙を黒影の掌に献上する様に置いた。
「……全く、初めからそうすれば良いのに。」
黒影はサダノブにそう言いながらも、手紙に目を通す。
……親愛なる切り裂きジャック様……
初めまして。ちょっと不思議な話がありまして、気掛かりでしたので一筆認める事に致しました。
かれこれ一週間程前からの事です。昼頃に何時もケーキやスコーンを焼くのですが、そのオーブンを使った時に限って、何か裏庭で鳴いている様な音がするのです。
何かの動物がいるのかもと知れないと思って確認もしてみました。
けれど、不思議な事に何もおりません。
ただの私の空耳ならばと思い、何時もケーキを一緒に頂くお友達を、オーブンを使う時間に早めに呼んだのです。
やはり、二人とも奇妙な鳴き声を聞き、裏庭に行っても何も無いのです。
何も無いと言う事は大丈夫、という事と思われるかと思いますが、故障でも何でも無いのに、奇妙で気になって仕方がありません。
私しの思い過ごしであるならば、そう言って下さるだけでも安心です。
どうか一度、調べてみて下さいませんか。
空いている時間でも構いません。宜しくお願い致します。
「……サダノブ。これ、急ぎだ。」
黒影が一通り目を通して、ボソッと言った。
「え?たかがオーブンじゃないですか?いつから主婦の相談所始めたんです?」
と、サダノブは呆れて聞く。
「たかがオーブンだって?されどオーブンだよっ!急ぐぞっ、オーブンが使われてしまうっ!」
黒影は調査鞄を持って走り出す。
「ええっ!……嘘でしょう?!オーブンで走る探偵なんて聞いた事ないですよっ!」
サダノブも自分の斜め下げの鞄を掛けると、慌てて黒影の後を追う。
「此処にいるじゃないかっ!追いつけ無かったら2度と虚弱体質って言うなよっ!」
と、黒影は走りながら言った。
普段は闇夜に動くので影の翼を使うが、昼は目立ってそうはいかない。
しかしサダノブも知っている。
この黒影と言う人物は、例え虚弱体質で色白だろうが、事件だと分かると、走らずにはいられないのだ。
それは闘争心か情熱からなのかは分からないが、犯人を確実に追い詰めるまでは、一度走り出したらけして止まりはしない。
そして、眠気も飛んで自分さえ見えなくなるのは、目に見えている。
サダノブは、また過労になると、休ませる時間を考えながら、溜め息を吐いて黒影を追うのだった。
🔸次の↓「黒影紳士」親愛なる切り裂きジャック様 1幕 第ニ章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。