season7-3幕 黒影紳士 〜「手向菊の水光線」〜🎩第二章 濁流
第二章 濁流
一見人と合わなかったから、寂れた街みたいに思い初めていた。何て安易なんだ、見ようとしたがらない心は。
僕は僕のロックを外さなければならない。
……意地でも、この場所がこれから住む場所だと思い、突っ込んで行き進むしかないんだ!
川の流れの中に子供がちらほらと流れている。
もう息絶え流れに逆らう事もなく、飲み込まれは浮かぶだけの物の様になってしまった者もいる。
朱雀の大きな翼は大地を暗くする程の影を落とす。
其れだけ、鳳凰の物とは比べ様にならない、強さと威力を誇る。
僕はご遺体と化していようがいまいが、無我夢中でその大きな翼で流れを止めては、幼い子供を拾って河岸へと運んだ。
何体も数え切れないが、その途中から涙が落ちる。
どんなに泣いた所で命が帰ってくる事は無い。濁流包む地獄絵図に身を押され乍ら……
助けても……助けても……助けても……小さなご遺体だけ……。
「何故だ!何故僕の世界「黒影紳士」の世界で能力の強い子供を攫うのに、こんなにも大量の子等を捨てるなんて!
許さない……どんな理由だろうと!死ぬ程の理由があろうと、未来を消すなんて如何かしている!」
口の中に濁った水が入ろうが、悔しくて黒影は叫んだ。
分かっているんだ、正義崩壊域では此れが普通だと言うに決まっている!文明、文化の違いは争いを産む。……分かっていながら、此の込み上げて来る怒りと悲しみ、悔しさは一体何だ。
救う為に今まで生きて来た。気が付けば其れが当たり前であった。
「僕の当たり前の辞書に、こんなもの存在させはしない!」
誰が間違いだと言っても良い。正義崩壊域に残る全ての人種に疎まれも構わない!何故だ……何故だ、何故だ何故こんな事を!
……其れでも涙が出るのは、心の鍵が言うのさ。
「落ち着くんだ、落ち着かなければ周りが見えない」と。
僕は正義崩壊域を破壊しに来た訳では無い。理解しにきた筈なんだ。どんなこの世界の現実も……事実として受け止めねばならない。
感情論で動くな……そんな事、己が良く知っているのに。
苦しい……濁流の所為では無い。
此れ以上此の世界の事を知ろうとする事が。
何体目かも分からない程の子供の遺体を拾い、再び川へと……絶望に打ちひしがれ振り返った時だった。
浮いた時にだけ、小さな手が伸ばされているのを確認した。
「生きている!」
……己の子供でも何でも無い子供だ。其れが此処までに希望を齎した……。
絶望の中に、たった一つ小さく灯る希望を……僕は消したく無い!
消されてたまるか!……何度か真上から手を伸ばしたが、濁流に引き込まれる強さで直ぐに伸ばした小さな手が下がってしまう。
「くっ!」
黒影は歯を食い縛り、一度上空へ上がる。
そして大勢を変え、頭から突っ込んで行く。
濁流の中へ、翡翠の様に。
軈て抱き上げられた小さな命は、水を大量に呑んでいて、込み上げる水に咳を繰り返していた。
未だ小学生に入った頃ぐらいの少女だ。
僕はその少女を抱き抱えたまま、直ぐ様君の待つ朱雀魔封天楼壁へ飛び、君の前に息を切らせ乍ら少女を横たわせる。
横に向けて背中を摩ったり、軽くポンポンと叩く。
暫くすると少女は水を吐き切り、ぐったりとしていた。
君は少しだけ後退りして驚いている。
「水を出し切ったんだ、もう大丈夫だ。コートと帽子を持って来ます」
そう言って再びこの守護の壁から出ようとした時だった。
君は不安そうに何か言いたい様だった。
「少し異変が有れば僕を呼んで下さい。大丈夫……僕は、君を信じています。君も……信じてくれたら、嬉しい。直ぐです。瞬き程にしか感じない」
僕はそう言った。幾ら「黒影紳士」の世界に慣れ親しんだ君だとしても、知らない世界で一人だなんて、不安に決まっている。
ねぇ……君、その恐怖も不安も……僕だって一緒なんだ。
其の事を……如何か忘れないでいて。
僕はコートを濡れない様に手に持ち裏側から試験管を取り出す。これは特殊な硝子で作られており、易々と割れない。帽子を被ると前方の鍔を持ち整え、濁流に取られない様に水を入れた。真っ黒な水だ。僕は君が不安にならない様、急いで戻った。否……僕が不安に駆られてしまいそうだったのかも知れない。
「お待たせ。これで大丈夫だ。さぁ…戻ろう!」
そう言うと、君はやっとかと深く息を吐いた。
本当……怖い想いをさせてしまったね。
でも言っただろう?「大丈夫にこれから成る!」って。
僕は未だぐったりしている少女を少しでも温める為、ジャケットを着せ、コートで包み抱えた。
「行こう!」
そう言って、君と大地を蹴り、上空の出入り口を目指した。
何処までも続く、灰色の曇天の様な空。
次第にあの逆さまの摩天楼が不気味に現れる。
何て異様な場所だろうか。然し、確かに人々は生きていた。こんな……とても人間が生きられる様な場所じゃなくなっても、例え「黒影紳士」の世界で罪を犯してでも守りたかった故郷なのだ。
――――――――――――
「ガッ!……ギリギリギリギリ…ガキッ!」
何かが軋み合う音がした。
『ぅおお――――!!』
此の逞しい雄叫び……何処かで聞き覚えがある。
『未だ未だ――!』
この『』はまさか…。
そう……目の前で戦っているのは、なんと創世神では無いか。「黒影紳士」での戦闘用の、あの不気味な白く塗りたくった対ペスト用マスクとゴーグル、真っ黒なフード付きのロングマントで戦っているではないか。
あの音は剣と剣が交えた音で、創世神が押し負け此方へ吹っ飛んで来るのだ。
「ちょっと!読者様がいるのに何してるんです!!」
僕は君の身の安全を第一に考えていたのに、とんでもない事態になっている。
読んでくれる人が怪我する本なんて聞いた事が無い。僕は慌てて君を翼の後ろに隠した。
「大丈夫……この朱雀の翼は頑丈です。僕が必ず守る!」
そうは言っても、僕の手には意識を失いそうな幼い子供……。
両手が塞がっていれば加勢も難しい。
……書いてばかりでそんなに体力も無い癖にっ!
僕は心の中で、思わず創世神に言いたくもなった。
けど……僕の翼にぶつかって、何とか姿勢を持ち直した創世神がこう言ったのだ。
『此れは僕の物語だ。……読者様にも、黒影にも指一本触れさせん!僕が僕の物語を守って何が悪い!!守ると言っただろうがっ!』
そう僕に言うと、創世神はおそらく翼を持つ正義崩壊域の残党を通さまいと、突っ込んで行くでは無いか。
其の姿は迷い無く……真っ直ぐに……書いている創世神の姿と何ら変わらず。
守らせてくれ……そう僕に言った言葉は……優しい真実だった。然し明らかに剣戟を見るに押され気味だ。
創世神の事だ。物語と其れこそ心中する迄やりかねない。
「もう、引き下がって下さい!」
黒影はこれ以上はまた力負けして吹っ飛ばされない様に創世神に叫んだ。
『嫌だ!何があっても引き下がる事だけは敵前ではしない!黒影と君が戻ってくるまで、この出入り口を何人たりとも通さない!僕はそう心に誓ったんだ!』
創世神がそんな事を言った。……そうだったのか……。ストライキでも何でも無い。僕に事実を見せ、真実を探させる為に……たったそれだけの為に、未だ力足りず……出入り口を直ぐに塞げないと気付いて筆を置き、剣を持ったんだ。
これ以上、世界同士の調和が崩れてしまわぬ様に。
……其れが分かるのに僕は今……何をすれば……。
そう不安になり、両手に抱えた少女を見下ろした。苦しそうに息をしている。慣れない新鮮な空気に急に変わった事で、喘息の症状を出している。
早く……何とかせねば……。
そう思った時だった。
「俺だっているんすよーーっ!!」
此の声はっ!!
僕はハッとして、声のする方を向いた。
大型バイクが吹っ飛んでくる。
そう……サダノブを乗せて。バイクがこの正義崩壊域外の大地に着地するなり、大きな砂煙を巻き上げ、ブレーキ音と共に方向を敵に向けた。
「先輩!先に出入り口を閉じて!早くその子を病院へ!……其れに、主人公なんですから、読者様を連れ歩かない!ちゃんと、「創世神さんの世界」へ返すんですよ!」
と、サダノブは敵を見たまま、僕を見ずに言った。
「もう、大丈夫……。僕、沢山今日は大丈夫だと言いました。其れだけ君の世界の人間に近付くのが怖かった。弱さ、不安、そんなものすら、今までは薄いものだったのに。
何時か……此れに慣れて克服出来たなら、今度は君に会いに行きます。」
もう……別れだと気付いていました。
ほんの少しの間、未熟な僕といてくれて有難う。
怖かった……けれど、君といた時間は……君が僕の名を呼んでくれたあの瞬間を……僕は忘れない。
ちらほらと、翼から羽根が抜け落ちている。技を出すにも限界が近付いているようだ。
其れでも……何回でも大丈夫だと言おう。
僕には、僕を守ってくれる仲間がいて……そして……君がいる。
君に此の輝きを贈ろう……。
「鳳凰来義(ほうおらいぎ※鳳凰を呼び其の力を最大限に活かす秘技)降臨!」
鳳凰の翼に孔雀の尾が揺れた。
僕に鳳凰の力を授けた鳳凰の鳳(ほう。鳳凰の雄の総称)が上空に赤く金の線を引き、輝き乍ら七色の声を上げ鳴いた。
君は初めて見るその景色に感動している様だった。
「僕も、もう少しゆっくりした時にお会いしたかったです。君のいる世界と僕のいる「黒影紳士」の世界の違いだとか、沢山の事を聞いてみたかった。僕の世界の「時」は、騒がしく幾許か早い様です。また…月の巡ります頃、お会い致しましょう。紳士故、別れの言葉は此れで宜しいですかな。悔いの無い人生を……君にも。……景星鳳凰 (けいせいほうおう)……「創世世界」……世界解放!」
僕は別れでは無く、別れは出逢いだと思うのです。
大切な信頼があるからこそ、巡り巡ってきっとまた出逢う。
僕が行くまで、如何かお元気で。
人が入れる程の世界と世界を繋ぐ空間……「景星鳳凰」
君が光に包まれる姿を、黒影は最後迄見詰めていた。
――――――
「先輩!早く出入り口を塞いで!創世神さんの世界まで飛び火しますよ!」
サダノブが言った。
「あっ、ああ分かっている。」
黒影は慌てて正義崩壊域の出入り口を塞ぎ、景星鳳凰も塞ぐ。羽根が落ちるのが止まらない……。
力が失われて行くのを感じた時だった。
「せぇーんぱーい!サーダーイーツ、お届けでぇーーす!」
黒影が呼ばれサダノブを見ると、如何やら鳳凰の唯一の飲み水で力の素になる、「霊水」をペットボトルに入れ持って来てくれていた様だ。
投げたサダノブの姿を見て、黒影は慌てて少女を一旦降ろす。
「危ないじゃないか!雑なサーダーイーツだな。……然しタイミングは完璧だ。」
そう言うなり、黒影はペットボトルのキャップを空け、ゴクゴクと霊水を飲み干し、片手でボトルを軽々と潰す。
「先輩はその子……早く病院へ!」
サダノブがそんな事を言うのだ。一緒に加勢しろでも無く。
「先輩しかいないんですよ!その子にとっては!」
サダノブは戸惑う黒影にそう言った。
『黒影……闘うだけが総てではない。出入り口は封鎖された。我々は期をみて後で行く!偶には素直に守られなさい!……サダノブが守護である事を忘れるな』
そうだ……守られて……いたんだ。
慣れなくて……直ぐに実感が薄れてしまう。
今は救助優先だ。
「信じています……僕は」
……仲間の守ろうとする力の強さも想いも……。
『其れで良い……其れで良いんだ!行くぞ、サダノブ!』
創世神はふっと笑ったかと思うと、顔つきを変えサダノブを連れ敵へと走る。
僕も其れを見て少女を抱えて走り出した。
例え向いている方向が違うとしても
信じ合えると言うだけで
また逢えると確信出来る……
此処にいた創世神もサダノブも思っている事は同じだ
「信じる」とは「裏切り」の反対にある様に思えるが
恐れるものでは無いのだ
勝手に信じても良い……自由なものだ
裏切りやがっかりする結末を想像し
誰も信じないなんて
僕は勿体無いと思う
こんなにも人を強くする原動力なのに……。
騙されたら笑うだけさ
何て難解な謎謎を仕掛けられたものかとね
其々が其々の役割を担い生きているこの世界で
僕は今……此の少女を救うと言う、たった一つの役割を遂行しているに過ぎない。
僕と出逢った時間を信じて思い出や夢にするのか、ロックを掛けるかは……君次第である。
――――――――――
「……そうか……あの子……」
大体の話しをサダノブから聞いていた黒影の腹違いの兄、風柳(母方の旧姓)は、黒影から少女のその後を聞き言った。
「ええ、孤児院に入って……先日少し友達が出来たとは聞きましたがね。此れから研究モルモットみたいにされたり、嫌な事もあるかも知れない……」
黒影は少女の此れからを案じ、言葉を詰まらせる。
「全部抱えるな、黒影。……生きている。生きているからこそ、狭い範囲であれ選択肢が彼女にはある。黒影が見落として助けなければ……その選択肢すら無かった。どんなにあの時やはり死ねば良かったなどと恨まれても、その恨む事すら出来なかった。ほんの少しの自由を与えただけだ。選ぶ苦が在るとしたら黒影の所為ではなく、後の人生を選択する彼女の責任だ。誰の責任でも無い」
風柳は、黒影が己を責めている事に気付き、そんな言葉を送った。
「しっかし、あの子の話しを聞いただけでも正義崩壊域って所は恐ろしいですよ。翼を持たない弱い能力者だからって、親が川に捨てるのが当たり前なんて……。俺も翼が無いから、正義崩壊域で産まれていたと思うと……ゾゾですよ。ゾゾ街ですって」
と、サダノブは身震いをし乍ら言ったのだ。
「やっぱりお前ならそう言うと思った。ギリだギリ」
分かっていながらも、一応に黒影は注意したが、此れを言えるサダノブがいる事が、今日は少し安心出来た。
今日は事件は無いが、昼飯を黒影の妻の白雪が作り過ぎてしまったので、呼んだのだ。
とは言え、タワーマンションの社宅とは隣である。時々調味料が切れただとか、お惣菜が余ったからと、貸したりお裾分けする仲である。
「よりにもよって、読者様に来て貰うなんて。……一人が怖かったんでしょう?先輩」
サダノブが黒影を茶化してそんな事を言う。
「そっ、そんな柔な心は持ち合わせていない!」
と、黒影は言ったのだが、其のリビングにいた全員は、この相変わらず分かり易い黒影の嘘と、意地っ張りにクスクスと小さく笑った。
……丁度そんな和やかな時間が流れたと思われた時だった。
普段は刑事だが、今日は非番だった筈の風柳のスマホが鳴る。相変わらず渋い演歌のピコピコ音である。
だが、そんな和やかなピコピコ音に緊張感が走る。
「はい、風柳。ああ……えっ?……場所は?」
その言葉で黒影とサダノブは出掛ける支度を始めた。
「えっ?」は、何らかの事件発生。
「場所は?」で、死亡者が出たと思われたからだ。
風柳が通話を切ると黒影は、
「で?何れで行きます?」
と、しっかりサダノブと出掛ける支度を終え、聞いた。
「……そうだなぁ。警察無線が入るから、俺の車で行くか。現場は湖だ。変わったご遺体が出たそうだ」
風柳がそう言うのだ。
「変わった……ご遺体……。此方でも社用車出せますし、傍受出来ますけど」
と、黒影は当然の様に聞く。
「あのな。あれは堂々たる盗聴とも言うんだぞ。それに黒影の社用車を出したら、パトランプを良い事に、路上を我が物顔で走るじゃないか。み、ん、な、の、公共道路だ。」
風柳は皆んなのと言う言葉を強調させ、釘を刺す様に言った。
「我が物顔?……あれで謙虚なつもりだけどなぁ。」
スピード感覚が皆無な黒影には、風柳の言う事が理解し難い様だ。スポーツカーを宙に飛ばす探偵社の社用車等、他に類は見ない。
白雪はクスクス笑い、
「素直に風柳さんの車に乗りましょう?今日は調べでしょう?湖なら、私も行きたいわ♪」
と、黒影に言う。
「何も無いよ?」
黒影はそう言ったが、
「あるわよ」
と、白雪は澄ました顔で言う。
「ご遺体が?」
黒影は、ご遺体が見たいだなんて珍しいと不思議そうな顔をした。
「違うわよっ!……もぅ、珈琲だけ水筒に作ってくるわ」
と、阻塞と支度する。
「サダノブ……僕は何か悪い事でも言ったか?」
するとサダノブは心辺りがあるのか、ニヤニヤし乍ら、
「言いました。言いましたよ。でも先輩でも解けない謎ならご自分で行って解明すれば良いんじゃないですか〜?」
と、サダノブは冷やかすのである。
「それも、そうか」
そうは言いつつも腑に落ちない、黒影であった。
――――――――
「……其れで……その変わったご遺体と言うのは?」
黒影は先程聞きそびれてしまったので、運転する風柳に再度聞いた。
「俺も詳しくは知らないが、美し過ぎるご遺体らしい」
と、風柳が答える。
……美しい……ご遺体。
犯人のせめての被害者への想いだろうか……。
ぼんやり考えているとサダノブが、
「先輩、大丈夫ですか?」
と、聞いてくる。
「何の事だ?主語、動詞、名詞、述語をきちんと使え!」
黒影はサダノブの適当な質問に分かる訳あるかと、そう言い返す。
「「真実の丘」での話しですよ」
と、サダノブは補足した。
「ああ……僕は僕の理想を納得できる形にする」
黒影は「真実の丘」であった事をそんな風に答えた。
――――――
黒影の夢の中……あの予知夢の画廊にの「予知夢を映し出す影絵……真実の絵」には、未だ大量に亡くなった川で溺れる子供達の影が描かれていた。
黒影は悲しみに長い睫毛を下ろしたが、その画廊から外へと歩き出す。己の理想が創り上げた「真実の丘」へと。
何者であろうと、平等に其処にある「真実の墓」へ、一つの生きた「真実」として埋葬される。
中には犯罪者、犯罪者遺族、被害者、被害者遺族、引き取り手の無い死者、理由があり墓へ入れない死者等も、平等に此処では静かに眠る。
優しい風と美しい花々に柔らかな光に包まれ。
正義崩壊域で回収した、あの山の様なご遺体を黒影は真っ黒で蓋に銀の十字架、其の中央に真っ赤なガーネットを誂えた棺桶に入れ、一体一体……丁寧に小高い丘へ引き摺った。
棺桶を埋めると、何時もは小さな花を植えるのだが、今回は流石の数に、育つと増える菊を何種か添え植える。
「せんぱーい、其れぜーんぶ一体一体やるんですか?一緒に埋めれば良いのに。ほら、共同墓地みたいに」
と、黒影の夢に入れるサダノブは黒影に提案した。
「あのなぁ〜命は一人一つだ。人の魂も一人一つ。その人が生きてきた「真実」も一人一つだ。……其れに苦には思わない。僕が勝手に好きでやっている」
そう言って、黒影は肩に手を当て背を伸ばしたが、確かに清々しい微笑みを見せるのだ。
「真実の下に……皆、平等」
そう言って。
その言葉に、サダノブは鳳凰の略経も唱えていないのに、黒影の背に赤く輝き揺らぐ鳳凰の翼を見た気がした。
「鳳が懐くのも無理ないか……」
サダノブはそう呟き、此の安らぎの地で天を仰ぎ、黒影が気が済むまでと、ごろんと寝転がる。
すると、柔らかな風に菊の花弁が視界を通り過ぎて行く。
彩りの菊。
仏花と呼ぶには惜しい程、美しい線を輝かく空に引いて行く。
その後黒影はあの山の様なご遺体を全て埋葬した。
――――――――――
「昨日は正義崩壊域の予知を先に「真実の絵」が示してしまった。気付く事が出来なくて、すみません」
と、黒影は風柳に言った。
「仕方無いよ、気にするな。事件も一度に起きても一つずつ解決しか、結局はきちんと追う事が出来ない。一人何人も捕まえるなんて出来やしないんだ。その点、何人も一斉に捕まえられる黒影の力は必要だ。夢見が出来なくでも、今回は署長も頭を捻らせたらしい。初動捜査に強い黒影の出番だ」
風柳はそう言って車を山中の道路から湖専用の駐車場に入れ止める。
「そんなに持ち上げても、警察には戻りませんよ。こんな太客、他にもいませんからね。」
と、黒影は降りると、助手席のドアを開き白雪が降りるのを待つ。
「大体俺にも分かってきたが、何だかんだと税金なのにぼったくりやしないか?今日だって一人換算、俺の日給より高いだろう?ちゃかり黒影の事だから、「夢探偵社」の派遣人数に白雪も換算しているだろうし……」
と、風柳は前から気にはなっていたお財布事情を聞く。
「えっ?風柳さんそんなちっさな事気にします?ぼったくりだなんて人聞きが悪い。日本で唯一の能力者に特化した探偵社ですよ?夢探偵社にある膨大な能力者データはFBIと共有する程……。其れを安価で警察に提供しているんですから、風柳さんが刑事だからってだけで。其れに白雪が拗ねたら、僕……仕事なんかボイコットしますから。君だって必要な時は強いよねぇ〜?白雪」
黒影は何を言うかと平然とそう返すと、白雪に手を差し伸べにっこりしている。
「確かに白雪は強い時は強いが……」
と、風柳は白雪の「思念」の恐ろしさを思い出し身震いしたが、かと言ってどんな能力者にも通用する技では無い。
初動捜査の段階で、行形能力者の犯人と出会したとしても、黒影とサダノブ二人で十分事たりる。
つまり、黒影が白雪の我儘を聞いて上げる序でに、人件費加算をちゃっかり足したのは何時迄も無い。
「……デート代加算……ですよ。ただの休みたかったストレスに値上げです。だから、先輩のご機嫌取るには仕方無いって思うしか無いですよ。……それに、あの社宅のタワーマンション……あれ、実は税金が高くなるって慌てて散財したやつなんですよ」
と、サダノブがまだ物言いしたいが何も言えずに黙り込んだ風柳に耳打ちする。
「我弟ながら……」
風柳はだらりと額に手を当て、頭が痛くなると言いたそうに呟く。
「でも、憎めない……」
「ああ……可愛いよ、可愛い」
と、サダノブの質問にぶっきら棒に答える風柳なのであった。
――――――――
「……此れの何処が問題なんです?他殺でしょう?」
黒影の年中変わらない真っ黒なロングコートとシルクハットの紳士、更には連れの真っ白な花の様にふわふわ可憐な白ロリータを着こなす愛らしい姿。
此の二人を見ただけで、勿論顔パスで風柳が後をサダノブと歩いて来ようが、現場までするりと案内される。
「……まぁ……こんなに綺麗な所に浮かんでいたの?……素敵だわ〜♪まるでオフィーリアの絵画みたい。私も最後はあんな素敵な終わりが良いわ」
なんて、白雪がその現場を見て言うのだ。
「嫌だよ。考えたくも無い。……然し……確かに、美しい。手向けのつもりだろうか。」
黒影は現場と、ご遺体特有の青白く透き通った肌の被害者を見て言った。
ご遺体は彩の菊の花が敷き詰められたボートを棺桶にした様に、真っ直ぐ包まれる様に納められていた。
辺り一面にも、菊の花が溢れ出て、こう言う表現は「死」に対して失礼かも知れないが、まるで其の「死」の美しさを讃えている様にも見える。
「ほらやっぱり。魅入っているじゃない。」
と、白雪が憤(むつく)れて黒影と組んだ腕を軽く引き言う。
「えっ?違うよ。花の方さ。ご遺体の方は興味ない」
などと、ご遺体の前にも関わらず白雪を心配させない為には何でも言ってしまう黒影なのだ。
「先輩、其れは流石に言い過ぎです。探偵なんだから興味無いって事は無いでしょう?……ほらご遺体の方に謝って黙祷して下さい。」
駐車場の自販機に寄り、やっと風柳と追い付いて来たサダノブが黒影に言う。
「五月蝿い社員だなぁ……。分かったよ。ほら、白雪一緒に黙祷しよう」
と、事件其方退けで白雪を甘やかしたい黒影だったが、致し方無く……(本当に失礼な奴だなby著者)白雪と、ご遺体に黙祷を捧げる。
静脈迄浮いた真っ白な素肌には未だ腐敗の様子も見られ無い。
広がる長い薄茶に染めた髪には、多色の細い菊の花弁が絡まっていた。
この美しいご遺体は殺害されたと言うよりは、まるで丁寧に埋葬され、菊は此の被害者へ手向けられた想いに見えてならない。
「こんなに大量の菊……花屋だったら買い占めになって跡が付く。庭だ、庭の広い家を回って来るしか…と、言いたいが「夢探偵社」の力ならば容易いが。品種は一般的な育て易いものの様だね。先ずはこんなに被害者を想って殺害しなくてはいけなかった理由があるなら親近者、交友関係といったところか。如何せ他殺か自殺か分からなくて僕を呼んだのならば、毒や圧迫痕等の外相も無い訳だ。……だが、こんな綺麗ではあるが、所謂変死体。僕の持ち得るものを使って上空から捜そう。菊を育てている親近者及び、交友関係を先ず洗って下さいね。……其れと、「夢探偵社」でも「アレ」の維持は相当 骨が折れる。署長さんに宜しくお伝え下さい」
と、黒影はサラサラと指示を出す。
其れを聞いていた風柳は、
「駄目だ。癖になる。其れは備品なのだから、調査費に含ませなさい」
と、またぼったくるのではないかと注意した。
「お兄〜ちゃん、良いですかぁ〜?僕の持っている衛星があればこの先も警察の捜査だって楽になります。時間短縮出来れば他の事件に回れる。……其れにですねぇ、何れだけ僕がFBIにゴネて入手したか分かっていませんよ。宇宙飛んでいるんですよ。安い訳無いでしょう?まともに捜査協力依頼の度に貸したら、分割でも目が飛び出る額になります。其れこそ……お兄ちゃんの今までのお給金と引退迄のお給金を足してもぜ〜んぜん足りません。其れに僕がお兄ちゃんに夢探偵社の利益を還元しなかった事、有ります?僕は家族の利益を考えているだけです。こんなに破格提供しているのに、心外です。」
黒影は口を尖らせ言うのだ。
風柳は「お兄ちゃん」と呼ばれるのが嬉しいので、今の話しも何となくで鵜呑みにした。
黒影に嫌われたくないのも然りだ。
「そうか。そんなに大変なんだな。家族の事を想ってくれる、自慢の弟だ。」
と、風柳は幸せそうに言ったが、サダノブは白々しい目で黒影を見ている。
黒影は其れを知って、視線を逸らし青い空を見上げた。
……殆どFBIが出してくれちゃっていますけどね……。
とは、口が裂けても言えやしない。
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この記事が参加している募集
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。