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「黒影紳士」season5-2幕〜世界戦線を打ち砕け!編〜🎩第四章 7招かれざる 8士気

7 招かれざる

「スタッフの格好をして潜り込んだようだな、透明人間は。始めは荷物番のボーイの姿。それから一人目のターゲットが昏睡状態になったところを、清掃員の制服や道具を拝借し落下死させた。次に赤薔薇の貴婦人がイベント中に一人になるのを利用し、炎使いと殺害。……次は、僕らだ。調理場の食材は無くなる。今頃、コックに扮し、とっくに全ての貯蔵された食材に何か仕込んでいる。口にしても死ぬし、しなくても弱ってきたところを狙うだろうな。相手は二人、こっちも二人だから慎重にはなる。しかも僕には炎も影もある。
 何処まで把握されているかが、問題だな。」
 と、黒影は少し険しい顔をしている。
「……じゃあ、一人目は……。」
 サダノブはもしかしてと、聞いた。
「あぁ……多分能力者狩りだ。例の能力者兵が動いている。抗えば、僕らもああなる。そう言いたいんだろう。……馬鹿馬鹿しい。」
 と、黒影は下らないとさも言いたそうに、話す。
「否、馬鹿馬鹿しいとか馬鹿馬鹿しくないって話しじゃないですよー。その透明人間もやばぃですけど、先輩火が苦手なのに……。其れに炎と炎なんて、無茶ですよ。」
 サダノブは黒影に不利過ぎる犯人にそう言いたくもなったのは当然の事だ。
「はぁ?誰に言っているんだ。僕が戦況で不利になる事など皆無だ。サダノブと一緒にするなっ。」
 と、黒影が何時もの様に外方を向いた時である。
「――――っ!?」
 黒影が一瞬後ろを振り向いた。
 黒影の視界に、消火が終わり真っ黒に尽きたご遺体の姿が見えた。
「……あの日……みたいだ……。」
 そう言ったかと思うと、話していたサダノブの前に向き直し、目を閉じてふわりと倒れ込んで来るではないか。
「えっ?何!?疲労、寝不足、トラウマ!?全部?!」
 サダノブは慌てて、黒影を支え、
「風柳さ――んっ!!先輩がっ!」
 と、近場にはいたが聴き込みをしていた風柳に叫んだ。
「――っ!?黒影――っ!!」
 白雪が血相を掻いて、黒影の近くへ来る姿が黒影の視野にスローモーションの様に揺らいで見える。
「――来るなぁあ――っ!!」
 黒影は薄れそうな意識を堪え、鬼の形相で叫ぶ。
 白雪は、余りの決死の勢いにピタリと止まる。
 黒影の目が真っ赤に血走っていた。
 それは……危険が近くにある。そう言う意味だと、分かる。
 真実が燃えている。
 その瞳の中に、真実を引き摺りだそうと殺気を帯びて。
 サダノブは黒影を支えた手に、生温い物を感じる。
 知っている……何度も闘ったから。
 手をゆっくり剥がす様に外すと、やはり赤い物があった。
「……後ろ……だ。僕が火を嫌うのを……知られている。あれはご遺体じゃ……ない。……遺体じゃ……ない……んだ。」
 黒影がサダノブに必死に伝えた言葉。
 その言葉に、黒影の頭を肩で支え、サダノブはご遺体があった筈の場所を見る。
「……クロセル……。ご遺体……は?」
 サダノブは恐る恐る、クロセルに聞いた。
 クロセルが警戒して辺りを見渡している。
 ……只事では無い。
 サダノブは身体中の血が一瞬引くのを感じた。
 堕天使の視界でも追えないスピードで、移動……もしくは消えただと?!
 しかも先輩の背中を切り付けて!
 ……全く気配が無かった。

 サダノブは動揺を隠しきれず、心拍数が上がって行く。
 其れは黒影にも伝わっていた。
 「……擬態だ。小麦粉……ダイヤモンド……ダスト。」
 痛みを堪えてサダノブを押し出しながら剥がし、黒影が俯きサダノブにそう言った。
 そして、仁王立ちするなり、片手を大きく払い言い放つ。
「僕の大事な……大事なコートをっ!!――よくもやりやがったなっ!蛸野朗が――っ!!タコパ(たこ焼きパーティーの略)にしてくれるわぁ――――っ!!」
「はぁ?先輩、今蛸って言った?!しかもまたコートでブチギレ?タコパぁあ??」
 黒影の怒り狂った姿に、呆れてサダノブが聞いた。
「あー、言ったよ!サダノブ、とっととタコパにしてやれ!!ほっかほかじゃない……ガッチガチになぁあ!」
 黒影はそう言うと、サダノブの背をバンッと勢いで押す。
「先輩、背中の傷は?!ガッチガチのタコパって何ですか?!」
 サダノブは何で俺?と、思いながら聞く。
「そりゃあ痛いよ……痛いけど、怒りで痛覚を感じないようにしているんだよ!……良いかっ!各自指令を出す!……白雪はスタッフと協力して近場に船を寄せるか、避難用ボートで乗客と退避っ!風柳さんに緊急避難と海上保安庁及び区域警察に連絡後、来て欲しいと伝えてくれ!クロセルは水蒸気を船内全域に撒けっ!サダノブはそれを冷気で凍らせろ!蛸野朗の姿を見つけるんだ。避難者に混ぜるなよっ!」
 黒影が絞り出す様に、そう叫びの様な指令を出すと、一歩前へ片足を出し、小さく振るわせ俯いた。
 全身の脱力をその足一歩で、踏み止まらせている。
「……せっ、先輩は?先輩も避難するんですよねぇ?!」
 サダノブは、やっとの事で己を奮い立たせるだけで精一杯の黒影を心配して言った。
「……だぁーかぁーらぁーぁあ!!何年言えば良いんだっ!僕は僕の策が完成される瞬間は必ず、己の目で見る!この目でなっ!」
 黒影は真実の目を真っ赤に、サダノブを睨む。
 真実を見るまで、誰にも邪魔をさせない……まるで、呪いの様に真実に取り憑かれた瞳。
 何人たりも、この瞳を前に彼を止められやしない。
 サダノブは大きな溜息を一つ吐くと、
「分かりましたよ。ベンチで大人しくしていて下さいよ。」
 黒影にそう言うなり、真っ黒な翼を広げたクロセルの姿を見上げた。
「俺も行きますかっ♪」
 と、にかっと笑い犬歯を見せると、サダノブは二対の狛犬、阿行と吽行に別れる。
 更に、二匹がくるりとジャンプし衝突寸前で光を放ち、大きな一匹の金の瞳がギラつく野犬に変わった。
 風柳が避難させている乗客の上空に隈なく、クロセルはゆっくりとした羽ばたきで霧雨を降らせた。
 乗客は急な避難行動にパニック状態にあり、僅かな霧雨に気付くどころか、スーッと擦り抜けるクロセルにも気付きやしない。
 更に風柳が態と、クロセルに注意が向かない様に、前方で此方だ彼方だと大声で誘導しているのだから、其方に視線が集中したのも、当然と言えば当然だった。
 サダノブは大きな遠吠えを上げ、上空に冷気を放つ。
 口から出される真っ白な息は、上空でキラキラと輝き始めた。
「いたぞ、サダノブ!」
 クロセルは相変わらず、黒影と違いサダノブには敬語も無ければ、呼び捨てだが……黒影が思うに、気の相性は悪いが、能力的には相性の良いコンビだ。
サダノブは、野犬のままクロセルに何か物言いしたそうに、流し目で見たが、見失わない様に猛スピードで、避難の行列から壁にへばり付いた凹凸を追い掛けた。
 クロセルも、黒影に怪我を追わせた犯人に頭にきているのか、あの伝説の氷の剣を片手に振り翳し、霧雨を反対の手で吹きかけ続ける。
 その追い掛けっこが暫く続き、黒影はイベントステージの上で悠々と、明かりを点け其れを見届けている。
「なかなかの良い眺めだ……。」
 呑気にそうは言ったが、何時戦況が変わってもおかしくはない。
 まさか、ダイヤモンドダスト付きの壁には擬態しないとは分かっていても、念の為と言う事もある。
 大人数ながらに、スムーズに避難誘導させた風柳は、サダノブの野犬の鳴き声が騒がしい、イベント会場へ到着し、黒影の姿を見て横へ行った。
「……どうだ、戦況は。捕まえられそうか?」
 と、風柳は聞く。
「それは、風柳さん次第かな。今サダノブとクロセルが追い詰めている。あいつ……上手く肩辺りに一発当てられませんかねぇ。……かなり素早いんですよ。」
 黒影は、サダノブとクロセルのいる上の階を指差した。
「……あぁ、弓なら大丈夫だ。ただ、サダノブは野犬で低いから当たらないが、クロセルに当たったら厄介だぞ。」
 と、風柳が黒影が指差した方の状況を見ながら言う。
「クロセルなら、大丈夫ですよ。一旦引かせます。」
 黒影がそう言うなり、風柳は見通しの良い舞台の上に、白月の輝かしい円陣を創り出す。
「白虎月暈(びゃっこげつうん)!」
 風柳の月の陣が白いの閃光を上げ、その閃光に幾つかの薄い白銀に光る円形の輪が回り始めた。
 この円形の輪、一つ一つの外側は鋭く尖り、刃物の様である。
「白虎彎月(びゃっこわんげつ)!」
 更に風柳が唱えると、白銀の弓当てが腕から胸に形成され、その手に長弓が出現した。
 風柳は月の陣の中、鼓動が集中の高まりに納るまで耳を傾け、目を開けた瞬間、白銀の輪を弓に構えた。
 白銀の刃を持った輪は、スッと閃光から抜けサダノブとクロセルの方向へ飛ぶ。
「クロセル、戻れっ!」
 黒影がそう叫ぶと、クロセルは一瞬の迷い無く旋回し、黒影の下へ真っ直ぐ下降した。
サダノブの野犬も、吠えるのを止めジッと上を見上げる。
 壁に隠れた擬態が、白い氷で露わになっていた。
 其れこそ蜘蛛の様に素早く、だが蛸の様に静かに音も無く動く様は、不気味としか言い様がない。
 手足が先に伸び、胴体が後を追って行く。
 首は最後に持って行かれた様な動きをするではないか。
 こんな軟体人間が、動いていた中……何も気付かず、数日普通に生活していたと思うと、ゾッとする。
 そんな素早さだからこそ、風柳の目は瞬きもせずに、逆に野生的に捉えようと、黄金色に黒い焦点の黒が小刻みに大なり小なり繰り返している。
 白銀の長弓が大きく半月の様に光り、キーィン……と澄んだ高音を立てた。
 これまた白銀に輝く真っ直ぐな弓は真っ白な羽根と、黒影の視界からも消える速度で獲物に向かう。
 よくもまぁこんな虎と、兄弟喧嘩出来たものだと黒影は思いながら、擬態人間を見上げる。
 ガタガタッと、何度か壁にぶつかって落ちてきた犯人を、野犬が落下から死に至らしめない為、背で受け止めた。
 黒影は悠然とポケットに手を入れたまま、ロングコートを靡かせ歩き、其の前に静止すると言った。
「……これで助かったと思うな。其方の情報……お前がこれからどんなに狙われようが、話してもらうぞ。」
 と、その目はこの世の何よりも深く底無しの蒼で、纏う影は最早、闇といっても過言ではない。
 殺気すらまるで……黒い闇夜にふと人が感じる恐怖心だけを集め、増大し放っているかの様だ。
 犯人はその殺気に恐怖を感じたのだろう。
 目を見開き、硬直し黒影から目も離せないでいる。
 正確には金縛りの様に、恐怖で動けなかったとも言えよう。
 暫くして、口をパクつかせている。
 黒影は影をじわりじわりと広げて言った。
「君は実に拘束し辛いタチのようだ。影にでも入って貰う
 しかなさそうだな。」
 そう、黒影は興醒めして言ったつもりなのだが、犯人の恐怖心は消えないままで、何故か野犬の背の毛を掴み、心拍数のみが上がって行くのが、サダノブにも分かる。
 サダノブは慌てて人間の姿に戻り、黒影に言った。
「先輩!……こいつ、ショックを受け過ぎてる!これ以上は駄目です。心拍数が上がり過ぎる。ショック症状に陥る!」
 と、サダノブは言ったのだ。
「……?……何故だ。僕はもう其処まで頭にきていないが。殺した事実には頭にきているが、こいつを突き出すまでが僕の仕事で、裁くのは違うと理解しているよ。」
 黒影ははてと、首を傾げた。
 もう殺気も出していないし、後は影にちょっと居てくれれば良い……そう思っていただけなのに、止められたのだから無理は無い。
 犯人を良く見れば確かに変だ。黒影を見て、まだ恐怖心からか動けず後退りをするも、口をパクつかせるだけ。
「……まさかお前……。理解出来ないのか?」
 黒影はその言葉を自ら口にしたにも関わらず、己の血の引きを感じずにはいられなかった。
 此れが……兵器にされた能力者……否、人間の末路……。
 此れを、敵に回しているのか……。
 佐田 明仁が言っていた。
 此れと戦うならば、人間の情を先ず捨てなければ。
 ……其れしか……答えが無いと言うのか?
 ……佐田 明仁……。

「先輩、良いから離れてっ!ショック死しますよっ!」
 サダノブが現実に戻す様に、黒影を犯人から離す様に押し出し、言った。
 黒影は、漠然と風柳とサダノブが、今……たった今、殺す勢いでいた敵を、子供でもあやすかの様に、身振り手振りで落ち着かせている。
 ……何だ……この不自然な光景は……。
 人間が……人間を人として見なくなった時……この違和感を感じられる人間はどれだけいるだろう。
無意味な疎外感を感じた。
 じゃあ許すのが正しい……だって弱いのだから……だと?
 じゃあ必死で強く在ろうと足掻く僕は……僕は……一体……何者なんだ。
 無駄……なのか?……否……違う。
「……違う……と、思う。……正しさとか決めたくは無い。だけど……そいつは人殺しだ。意思が無くても、遺族は許さない。」
 その言葉と共に、黒影は再び影を広げ始める。
 サダノブと風柳が哀れな分からず屋を見る様に手を止め、黒影を見ている。

8士気

 士気を高めるも軍士の役目。
 ならば、その疑い……迷いの目すら僕は恐れてはならない。

 ……孤高で……あれ……。

 その意味が……やっと……分かった。
「そいつは敵だっ!見誤るなっ!……助けてどうする?!こんなところで善人ぶっても、既にこいつらは軍を成して、現実に殺掠を繰り返す!……そいつを生け捕りにせねばならない。しかし!それは甘やかす為ではけして在ってはならない!介抱して楽になった途端、またさっきの闘いを繰り返すつもりか?!馬鹿らしい……実に……愚の骨頂だっ!
 其れこそ、態々生きたまま兵器にした罠だと言うのに。
 弱った今、捕まえるのが最適である。風柳さん……僕の影にそいつと一緒に入ってくれないか。いざの時は知らせてくれれば良い。まだ……この船にいるんだ。
 人員は減るが……二人いれば、一対一よりマシだ。
 白雪では、影の中でまたそいつが暴れたら太刀打ち出来ない。……けして……今の好機を逃してはならないっ!」
 軍士はけして束には不成。
 その策は誰もがその場で流されない、たった一つの信念でなくてはならない。
 其れが……どんなに先の見えぬ闘いの中でさえ、唯一総てを見渡す方法。
 勝利の女神の一筋の光を浴びてこそ……やっと、願いと言うものを何時もと変わらぬ安楽椅子で、安寧の中……考えるのかも知れない。
 このちっぽけな平穏も……小さな願いを重ねた誰かが想う安寧も……何人たりとも其れを壊そうとする者を……僕が鳳凰である限り……許さない……。
「……人間だろうが……兵器だろうが……僕は殺しをけして許さない。……命を軽ろんじる者を……けして。」
 背中が焼ける様に痛い……。
鳳凰の翼がこの身を焼く訳ではない。背に受けた傷で飛べるかさえも分からないのに……。
 それでも……。
 守りたい信念が……この胸に焼きついて離れない。
 弱いからじゃない。強いからでもない。
 たとえどんなに孤独を感じても……誰かが、誰かの存在に繋がっている限り……。

 黒影の瞳の奥に真っ赤な炎が揺らいでいた。
 それは放火のあの日の炎ではなく、きっと人々の願いが彼をそうさせる。
 誰もが心に持つ、大切な人……大事な日常がいつかは潰えると分かっていても、永遠で在って欲しいと思ってしまう。
 風柳は鳳凰奥義も唱えず、その燃える様に真っ赤な生命の翼と孔雀の揺れる尾羽が広がるのを見て、あまりに重いものを背負ってしまったのではないかと、少し黒影に同情すらした。……何も変わってはやれない。……其れが、望んだ事ならば。
「……黒影が言うなら、それが良いんだろうな。俺は何しろ、勲(黒影の本名は黒田 勲)程、頭は良くないからな。」
 風柳は呆気無い程、そう言うと黒影の影に犯人を落とした。
「あっ……。風柳さん、幾ら先輩がそう言ったからって、極端過ぎですよ。」
 と、サダノブは弟に相変わらず弱い風柳にそう言ったつもりだったが、風柳は黒影の影に飛び込む間際に、サダノブにこう言い残した。
「黒影だけが言ったんじゃない。……まだまだだな、サダノブも。」
 と。何時もののほほんとした笑顔で去った風柳を見送り、サダノブが黒影にもう一度視線を戻した時だ。
 やっと、風柳が言っていた言葉を理解する。
 黒影が指笛も鳴らしていないのに、鳳(黒影に力を与えた鳳凰。鳳の雄を鳳ほうと云う)がイベント会場、上空を悠々と七色の鳴き声を上げ、舞う様に美しく旋回している。
 金色の火の粉が羽ばたく度にふわりと翼を包んでは、黒影の姿に降り注ぐ。
 闘いの場に相応しくないその優雅な姿は、この先の未来を見据える様に……黒影を讃えていた。
 黒影の背後にまた違う、異質な炎が見える。
 普通一般の目には違いは分からなかっただろう。
 しかし、鳳凰付きの狛犬のサダノブには、鳳凰以外の炎がとびきり異質に見えるのは、当然の事。
「先輩っ!」
「クロセルっ!」
 サダノブとほぼ同時に黒影はクロセルを呼び出した。
 クロセルは黒影の危機を直様察知し、背後に回り込みながら、伝説の氷の剣で炎を床に叩き落とした。
「我が主にこの様な粗末な物を向けようなど、言語道断っ!」
 クロセルは猫目を見開き、怒りにそいつを睨み付ける。
 だが、そいつと言ったら何処が目か鼻か口かも分からない。
 顔どころか、全身焼け爛れている。
 真っ黒なのだ。
 己が炎で拉げたであろう皮膚も、硬そうであり背の付け根からは、傷と言うよりもマグマの様に橙と赤に光る、熱の素であろう体内組織が、見え隠れしていた。
 能力と言うよりも、そいつ自体が炎かマグマそのもののようである。
 ……が、クロセルは魔界に堕ちた者。
 サダノブ程は顔に驚きも見せない。
 黒影は微動だにもせず、敵に背を向けている。
「……何をそんなに驚いているんだ、サダノブ。」
 と、呑気に聞くのだ。
「だって、先輩……後ろっ!マグマみたいな真っ黒なやつがいるんですって!ありゃあ、とても人間に見えない。……化け物だ!」
 サダノブはそう答えて、黒影を指差すと機嫌が悪くなるので、避けて肩の先を指差して、振り向く様に促し言ったのだが……。
「……クロセルが、何とかしてくれているんだろう?見るまでもなく、僕は安心安全だが……。それに、サダノブは何をしている?今日の手柄はクロセルが掻っ攫って行くようだな。」
 と、黒影は本当に緊張感無く、リラックスして微笑むのだ。
「敵がいるのに背を向けたままで、良く怖くないですよね?鈍感なんだか、外れているって言うか……。」
 サダノブは呆れてそんな言い方をするではないか。
「……誰に言っている。僕は戦況を読み指示を出すだけに決まっているだろう?ただでさえ背中を負傷している。ああ……サダノブは僕より遥か彼方を先ゆく鈍感だったなぁ。自分で決めた道ぐらい覚えておけ!」
 そう最後に一喝する。
 サダノブは黒影のその言葉と、その姿を見ていた。
 違(たが)いない……其処には傷を負った鳳凰がいる。
 この黒影の後ばかり無駄に追い掛けてきたのではない。
 その孤高さで見えないが、時々見せる弱さも迷いも、長い親友だから見えるものがある。
 この強がりだが、尊敬出来る黒影が困っている時ぐらい、何も出来なくても愚痴ぐらい、何時も酒を飲み交わす時の様に聞いてやりたいと思う。
「助けて」が言えない面倒な性格も変わらない。
 だが、黒影といると皆んな段々分かるんだ。
 そして黙っていても、つい助けてしまう……そんな人だ。
 鳳凰であるが人間らしい側面は、周りの人々を微笑ませる不思議な効力でもあるかの様だ。
「分かってますよ!俺がクロセルより先に動かなかった癖に、鈍感って言われたから気に入らないんですよねっ。……俺だって何とかしましたよ。先輩がクロセル呼んだのと、同時でしたからねっ!先輩が、俺の事信用してくれないから、出番が無くなっただけです!」
 サダノブは拗ねてそんな風に言った。
「それは如何かなぁ〜?……クロセルのスピードでギリギリ回避出来た。つまり、サダノブが狛犬に成ろうが、一足遅かった……と、僕は思うが……。此れでも待っていてやったんだぞ。……有り難く思え……。」
 そう言って黒影は近場の椅子に座ると、背もたれには傷が当たるからか凭れず、前にだらりと上半身を傾けて、肘で支えるとその上に顎を乗せて、クロセルと真っ黒な姿の敵をやっと確認した。
 サダノブは無言で黒影の横で、二人の闘いを見ている。
「……どう思う?」
 黒影は暫くの沈黙の後、唐突に戦況から目を離す事無く、サダノブに聞く。
「……どうって……。クロセルの割には、手こずってますね。」
 クロセルの剣は何にも溶けない。勿論、マグマでもだ。だから伝説の氷の剣と呼ばれる。
 元能天使であるから頭も良い、水使いだ。
「……ああ、クロセルならばとっくにあいつを吹き飛ばせると思っていた。水が効かないと読んで使わないのだろうな。跳ね返すだけでギリギリとなると、余り氷の集中型攻撃も効かない。効かない攻撃で何とか凌いでいるってとこだな。……恐らく、此れでは体力負けする。」
 黒影はじっと二人を観察し、そう言った。
「じゃあ、如何するんです?クロセルは堕天使だ。俺や先輩よりかは、体力ある筈です。……それでギリギリって……。」
 と、サダノブは不安そうに黒影に聞く。
「……ああ、そうか。あいつごと動きを封じられないか、サダノブ……行ってこい。」
 黒影はそう笑顔でにっこりと二人の方を指差し、サダノブに言うのだ。
「はぁ?あんな化け物無理っすよ。」
 サダノブがそんな事を言うので、黒影は大きな溜息を吐く。
「やる前から無理だと諦めるな。確かに素早いが、床についた隙に足を凍らせ、全身凍らせてみろ。先ずはあの得体の知れぬマグマ人間が何度ぐらいか、情報だけでも欲しいじゃないか。……クロセル――っ!サダノブと、選手交代だ。」
 と、サダノブに伝えて、黒影はと言うとまるで草野球の監督の様に、のんびり立ち上がりクロセルに呑気に手を振るのだ。
「……選手交代って……もうっ……他人事だなぁ。まぁ、出来るだけやってみますよ。俺の氷を溶かすようだったら、ちゃんとクロセルに護って貰って下さいよ。」
 サダノブはそう言いながらも、黒影の元を去り歩いて行く。
「元はと言えば、お前の仕事だ。他人事で何が悪い。しっかり護ってくれよ。」
 と、黒影はサダノブに言い返し、送りだす。
「おっしゃぁああ――!!探偵の心得その1!やってみなきゃわからない!サダノブ選手、いっきますよぉお〜っ!!」
 サダノブはそう言って、ニカッと犬歯を見せ楽しそうに笑った。
「……あいつ、やっぱりギリギリが好きなんだな。……そう思うだろう、クロセルも。」
 と、黒影はサダノブの代わりに隣に来たクロセルに聞く。
「……流石我が主。良く分かっていらっしゃる。」
 クロセルがそう言ったので、黒影は微笑み満足そうに、如何なるか見届けていた。
「……さっきから先輩ばっか狙いやがって。こっちは雑魚ってかぁ?俺を倒さずに行けると思うなよっ!」
 サダノブはそう言い放ち、床を思いっきり殴り付けた。
 バキバキと逆さ氷柱が一瞬で、マグマ人間の足元に広がり進む。
 床に立っているマグマ人間は反射神経が良く、咄嗟に危険と察知したのか大きく宙にジャンプする。
「……逃すかよっ!!」
 サダノブがそう言うと、マグマ人間の真下の氷柱だけ伸ばし、確実に足を捉えた。
 一瞬にしてマグマ人間の顔以外を凍りが埋め尽くし、動きを封じる。
 ……捕らえたのか?……全く動かないマグマ人間に、他の誰もがそう思った。……だが、
「主……水を感じます。」
 と、クロセルが黒影に伝える。
「サダノブ、甘いっ!もっとだ、どんどん凍らせろっ!内側から溶かしているぞっ!」
 黒影は思わず立ち上がり、サダノブに叫んだ。
 サダノブは黒影の言葉を聞くと、慌てて追い討ちの氷を放ち続けた。
 しかし、此れでは……キリが無いのは黒影にも分かる。
「まだ、水は感じるか?」
 と、黒影は静かにクロセルに聞いた。
「はい。溶かす速度も上がっています。」
 クロセルはそう答える。
黒影は立ち上がり、サダノブの下を目掛けて手を翳す。
「……十方位鳳連斬!(じゅっぽういほうれんざん)……解陣!!」
 サダノブは、黒影が出した鳳凰陣にハッとして、黒影を見やる。
 背の傷を受けたまま、体力を消耗してまで出した鳳凰陣で、サダノブを守ろうとしていた。
「違う!俺はまだやれる!先輩は黙って護られていれば良いんですよっ!」
 と、サダノブは打切棒(ぶっきらぼう)に黒影に言うと、まだまだと……只管にマグマ人間に凍らせている。
 マグマ人間を囲む氷は透けて中に水槽の様に、水が揺らいでいるのが見える。
「サダノブ!もう良いっ!鳳凰陣で回復しろっ!」
 黒影はムキになって、自分を護ろうとするサダノブにそう言った。
 サダノブは既に疲れ果て、前傾姿勢になってきている。
「それは捕まえる時に取っておけっ!」
 更に、そうも黒影が言ったのだが、狛犬の本能なのか噛みつきそうな犬歯を剥き出しに、ギラつく目で敵を睨み肩で息をしてまでも、喰らいつこうとするのだ。
 それはまるで、口を開け邪を通さまいとする二匹の狛犬の一匹。
 阿行の姿そのもの。
 ……駄目だ。完全に守護の本能になってやがる……
 黒影はどうしたものかと、立ち上がり腕組みをする。
「……阿行!……聞こえないのかっ!鳳凰の命を破るつもりか!大人しく鳳凰陣で回復しろと言っている!」
 黒影は背の痛みも気にせず、すっかり阿行化したサダノブに、鳳凰の翼を大きく広げて、言い放った。
「……あれ……?……俺……。」
 サダノブは、自分が何をしていたかぼんやりとしか覚えていないのか、額に手を当て不思議そうに黒影を見た。
「……阿行が少し怒っただけだよ。捕まえる時に一時的にでも氷で足止めしてくれ。影に放り投げるまでで構わない。大体、そいつの事は分かった。……早く鳳凰陣に入れ、馬鹿犬が。」
 黒影はそう言ったのだが、その顔は優しく何処か誇らしげでもある。

🔸次の↓「黒影紳士」season5-2幕 第五章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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