短編小説:シュレッダー男
おはよう。なんか一緒に出社するの久々じゃない?
社員パスワードの更新もうやった?
確か今日までだよ、あれ。メンドくさいよね。
あ、髪切った?
じゃあ、彼とはうまくいってんだ。
……ふうん。
ねえ、そういえばあんた知ってる?
シュレッダー男の話。
実はここのビルの三階に、すごくおっきなシュレッダーがあるんだけど。
むかし、ある男性事務員が大量の書類の束を抱えて、そこに作業しにいったんだって。
その男は何時間もかけて、その紙束を細い紙くずにしていったの。まるでパスタつくるみたいにね。
でも定時はとっくにすぎて深夜だし、単純作業だから意識がモウロウとしてきて、気づいたら、自分の指がシュレッダーに巻き込まれてたんだって!
でも不思議なことに痛みがないの。
男は自分のヒジがサイダンされるまで、それに気づかなかったらしいわ。
男は焦ってシュレッダーから腕を抜こうとしたけど、そのシュレッダーはとにかくおっきなシュレッダーだから、引き込む力はフツーじゃなかったみたい。
それで男は全身、ばらばらにサイダンされちゃったんだって。
男は引き込まれる直前、こう思ったらしいわ。
「ああ、自分はなんてつまらない人生を送ってきたんだろう。会社にこきつかわれて、こんなくだらない仕事で命をおとすなんて。それならいっそこの紙くずのなかの情報をばらまいてやればよかった」って。
でも男は死ななかったの。
たしかにおっきなシュレッダーは、男の体をばらばらに裂いた。
でも男はばらばらの体のまま、それを繋げて生きていたの。ミミズか蛇みたいになってね。サナダムシって言ったほうがいいかしら。
それからというもの、たまにこのビルの壁の内側を、なにかがするすると這い回る音が聞こえるんですって。「58968451254785954685……」みたいに意味のない数字をつぶやく、ウツロな男の声と一緒に。
それかららしいよ。
うちのパスワードの管理が厳しくなったの。
え? なんでこんな話をするのか知りたい?
あんたの今日、最初の業務だから。
あそこのデスクの書類の山、みえる?
あれ、ぜんぶシュレッダー。頼んだわよ。
あ、そうだ。
パスワードの更新も、忘れないでね。
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