魔法少女の系譜、その153~『ベルサイユのばら』~


 二〇一三年(平成二十五年)に始まったこのシリーズも、二〇二一年(令和三年)となり、八年目に突入しました。遅々としたペースでしか進まず、申し訳ありません。
 今後も、ぼちぼちペースで進む予定です。見捨てずに、読んでいただけると、ありがたいです。

 さて、今回は、前回までとは違う作品を取り上げます。それは、魔法少女ものではありません。が、少女漫画の大傑作です。魔法少女ものに限らず、日本文化に与えた影響が甚大なので、取り上げることにしました。
 その作品とは、『ベルサイユのばら』―略称『ベルばら』―です。昭和四十七年(一九七二年)から、昭和四十八年(一九七三年)にかけて、少女漫画誌の『マーガレット』に連載されました。作者は、池田理代子さんです。

 この作品が、どのくらいヒットしたかと言えば、二〇二一年現在の作品でたとえるなら、『鬼滅の刃』と同じくらいヒットしました。
 いち娯楽作品という枠組みすら超えて、社会現象になるほどだった、ということです。

 昭和四十七年(一九七二年)当時は、もちろん、ネットは存在しません。コミケすら、生まれる前です。SNSや同人誌文化が存在しない中で、いち少女漫画作品が社会現象になるのが、どんなにすごいことだったか、想像していただけるでしょうか。
 例えば、当時、『週刊新潮』や『週刊文春』のような、おじさんたちが読む週刊誌にも、『ベルばら』の記事が載っていました。少女漫画ですのに。
 今、おじさんたちが読む雑誌に「今から知る『鬼滅の刃』」みたいな記事が載っているのと、同じですね(笑)

 二〇二〇年代であれば、『ベルばら』は、メディアミックスされまくり、売られまくったでしょう。けれども、一九七〇年代には、まだ、そういう売り方が確立していませんでした。
 一九七〇年代には、ネットが存在しませんし、パソコンも、家庭用ゲーム機もありません。フィギュア文化や、パチンコに漫画やアニメの要素を入れる文化なども、存在しません。メディアミックスしたくても、メディアの数が、圧倒的に少なくて、やりようが限られました。

 とはいえ、一九七〇年代当時としては、とんでもない数のコラボ企画がありました。アサヒ玩具から、『ベルばら』のキャラクターの人形が出たりしましたね。リカちゃん人形みたいな感じの人形です。
 今思えば、あれは、アニメのキャラクターを人形にした、フィギュア文化の走りですね。

 一九七〇年代にも、テレビはありました。当然、『ベルばら』は、テレビアニメ化されました。
 ところが、アニメ化されたのは、漫画が大ブームになってから何年か経って、ブームが沈静した頃でした。昭和五十四年(一九七九年)です。
 この時間差がなぜできたのか、わかりません。伝え聞くところでは、「大人の事情」があったようです(^^;

 幸い、アニメのほうも好評で、沈静化していた『ベルばら』熱が、少し再燃しました。
 アサヒ玩具の『ベルばら』人形が出たのは、アニメ化されてからです。その他にも、アニメ化に伴って、また、いくつものキャラクター商品が出ました

 アニメ化と同じ昭和五十四年(一九七九年)には、実写映画も公開されました。こちらは、残念ながら、あまりヒットしませんでした。
 一九七〇年代には、「少女漫画を実写映画化する」こと自体が、画期的でした。『ベルばら』は、恋愛ものであるとともに、重厚な歴史ドラマなので、実写映画に合うと判断されたのでしょう。
 興行的には良くなくても、その後の「漫画→実写」化に対して、貴重な先鞭となりました。『ベルばら』で、「少女漫画の実写映像化」という流れが生まれていなければ、ずっと後の『花より男子【だんご】』の実写ドラマ化や実写映画化も、それらのヒットも、なかったかも知れません。

 以下に、『ベルばら』の内容を紹介しておきますね。

 『ベルばら』の舞台は、王族や貴族が華やかな生活を繰り広げていた、十八世紀フランスです。
 この作品には、主人公(ヒロイン)が二人います。一人は、フランス王妃のマリー・アントワネットです。もう一人は、王妃に付き添う近衛【このえ】士官のオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェです。
 マリー・アントワネットは、皆さま御存知のとおり、歴史上実在した人物ですね。オスカルのほうは、架空の人物です。
 オスカルは、男性名で、近衛士官を務めていますが、女性です。父親のジャルジェ将軍の意向により、幼い頃から男として育てられました。剣の腕前は、並みの男性兵士以上です。容貌も、「男装の麗人」という言葉がふさわしい、美麗な剣士です。

 マリー・アントワネットが主人公の一人というところで、歴史に詳しい方は、ぴんと来るでしょう。この物語は、華やかな貴族世界から、フランス革命の勃発へと突き進みます。
 『ベルばら』を読み返すと、「歴史の分岐点」がいくつもあったことに、気づきます。「あの時、あの人がこうしていたら、あるいは、こうしなかったら、フランス革命は起こらなかったのに。起こったとしても、ルイ十六世とマリー・アントワネットは、処刑されずに済んだかも知れないのに」という箇所が、何か所もあります。

 しかし、『ベルばら』は、大筋では、史実を忠実になぞります。バスチーユ監獄の襲撃をきっかけに、民衆は蜂起し、国王夫妻は、ベルサイユ宮からチュイルリー宮への移転を余儀なくされます。その後も、歴史のうねりは収まらず、国王一家は獄につながれ、ついには、国王夫妻は、ともに断頭台の露と消えます。

 『ベルばら』の登場人物は、オスカルと、オスカルの幼馴染のアンドレ・グランディエ、オスカルの家に住み込む庶民の娘ロザリー・ラ・モリエールを除けば、ほぼ、実在した人物です。オスカルの父親のジャルジェ将軍にも、実在したモデルの人物がいます。
 『ベルばら』に登場した主な人物の中で、実在した人物を挙げると、以下のとおりです。

・ルイ十五世……フランスの国王。ルイ十六世の祖父。
・ルイ十六世……フランスの国王。ルイ十五世の孫。マリー・アントワネットの夫。
・アデライード内親王、ヴィクトワール内親王、ソフィー内親王……ルイ十五世の娘たちで、ルイ十六世の叔母たち。物語に登場した時には、すでに高齢のお婆ちゃんたちとして描かれる。三人とも未婚で、実家の王家にとどまっている。
・オルレアン公フィリップ……フランスの王族の一人。原作の漫画では出番が少なく、印象が薄い。アニメでは、王位を奪うための陰謀をめぐらす姿が描かれる。
・デュ・バリー伯爵夫人……ルイ十五世の愛妾。宮廷で、マリー・アントワネットに反発し、対抗する。
・ポリニャック伯爵夫人……フランスの貴族。宮廷で孤独だったマリー・アントワネットの親友になる。
・ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン……スウェーデンの貴族。マリー・アントワネットと恋仲になる。革命が起こったフランスに、危険を冒して戻り、国王夫妻を救おうとするが、失敗してしまう。オスカルにも恋される好青年。
・ジャンヌ・バロア……フランスの旧王家バロア家の末裔だが、庶民育ちの女性。フランス王室を揺るがした大事件「首飾り事件」の首謀者。

 これら実在の人物を、多数配して―しかも、癖の強い人物が多いです(^^;―、一つの物語にまとめ上げる力が素晴らしいです、池田理代子さん。
 二〇二一年現在に読んでも、まったく見劣りしません。ずっしりと来る歴史ドラマです。これを週刊で描いていたとは、信じがたいです。
 二〇二一年現在の『マーガレット』は、月二回刊ですが、『ベルばら』連載当時は、週刊でした。週刊で、こんなに重い歴史ドラマをまとめ上げるなんて、どんな剛腕ですか(*o*)

 物語は、オーストリアの王室から、マリー・アントワネットが、フランスの王室へ嫁いでくるところから始まります。当時の王家のことですから、当然、政略結婚です。時に、マリー・アントワネット十四歳です。
 彼女が結婚した時、相手のルイ十六世は、まだ王太子でした。王太子妃付きの近衛兵として、オスカルが抜擢されます。オスカルが女性なのは公然の秘密だったので、女性同士のほうが良かろうと判断されました。オスカルも、マリー・アントワネットと同い年に設定されています。

 マリー・アントワネットは、多少わがままなところはあるものの、基本的に、愛らしい善意の人として描かれます。オスカルも、最初は義務として彼女に付き従いますが、彼女の人柄に魅了され、心から仕えるようになります。

 とはいえ、マリー・アントワネットの結婚生活は、順風満帆ではありませんでした。
 まず、ルイ十六世が不器用な人で、マリー・アントワネットに対する愛情を、うまく表現できませんでした。大切な跡継ぎの子供も、なかなか生まれません。のちには、四人の子供に恵まれますが(史実では四人の子供がいますが、『ベルばら』には、三人しか登場しません)。
 異国の宮廷で、さびしい思いをしていたマリー・アントワネットにとって、オスカルは、心強い味方となります。けれども、マリー・アントワネットの虚しさは、オスカルだけでは埋めきれませんでした。
 虚しさを埋めてくれたのが、フェルゼン伯爵です。マリー・アントワネットは、フェルゼン伯爵との禁断の恋に身を焦がすようになります。史実でも、二人の恋は、あったといわれます。
 いっぽう、オスカルも、フェルゼンに恋をしていました。けれども、オスカルは、フェルゼンがまったく自分を見ていないと悟ります。あることをきっかけに、身を引きます。

 オスカルには、幼い頃から、屋敷で一緒に暮らしているアンドレ・グランディエという幼馴染がいました。アンドレは、ずっとオスカルを愛し続けていましたが、この恋は実らないだろうことに苦しみました。身分制度の厳しい時代、庶民のアンドレが、貴族のオスカルと結ばれることは、あり得ませんでした。
 オスカルのほうも、アンドレを好きでした。でも、身近にい過ぎて、その感情を自覚していませんでした。けれども、オスカルとともに戦ううちに負傷したアンドレを見て、「自分に欠かせない人」だと自覚するようになります。

 マリー・アントワネット、フェルゼン、オスカル、アンドレ、それぞれの思いとは別に、時代の流れは、革命へと向かいます。個人ではどうしようもない運命に翻弄されつつ、精いっぱい生きる彼らの姿に、胸を打たれます。

 以上、読んでいただけばわかるとおり、『ベルばら』には、超常的な要素はありません。ダブルヒロインのマリー・アントワネットも、オスカルも、魔法少女ではありません。
 では、なぜ、『魔法少女の系譜』で『ベルばら』を取り上げたかと言えば、オスカルに「戦闘少女」の要素があるからです。
 二〇二一年現在の「魔法少女もの」では、「魔法少女=戦闘少女」であることが、多いですね。でも、『魔法少女の系譜』を読んで下さっている方々には、おわかりでしょう。昔の魔法少女は、ほとんど、戦いませんでした。「戦闘少女」の系譜は、魔法少女とは、別にありました。
 それが、いつの間にか融合して、「魔法少女=戦闘少女」になりました。魔法少女の系譜を知るには、戦闘少女の系譜も、知らなければなりません。

 長くなったので、今回は、ここまでとします。
 次回も、『ベルサイユのばら』を取り上げます。




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