むんむん

20年間の病院勤務(心臓血管外科、手術室、脳神経外科)を経て、2019年所属法人の訪問…

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20年間の病院勤務(心臓血管外科、手術室、脳神経外科)を経て、2019年所属法人の訪問看護ステーションに異動。翌年より管理者を務め、現在に至る。一人の妻と二人の娘と一匹の猫と暮らす。

記事一覧

退院指導

「娘さん、病院から何も指導されないで帰ってきちゃんたのよ。一から説明したから、疲れちゃったわ。」 就業時間を過ぎているのに利用者宅から戻らないと心配していたら、…

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2年前
4

何気ない言葉

うちのステーションは笑いが絶えない。 訪問先での失敗談も、いつの間にか笑い話に変わる。 みんな物事の暗い面よりも明るい面によく気づく。 失ったものよりも、得られた…

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2年前

準備不足

仕事の事前準備の大切さを表す言葉に「段取り八分、仕事2分」という格言がある。事前の段取りが完璧なら、仕事の8割方は終わっているという意味だ。 仕事に取りかかる前に…

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2年前
2

プチナース

「介護には慣れてるかもしれないけど、点滴をしたたまま家に帰るのはちょっと無理なんじゃないかな?」 これは主たる介護者である妻に対する病院側の評価。しかし、彼女は…

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2年前
4

食べることは生きること

「家に帰ったら食べると思う」 お孫さんの予感は見事に的中した。 利用者は90代の男性。妻と二人暮らし。食欲不振と肺炎で入院した。検査で胃・腸管蠕動不良と診断され、…

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2年前

再出発

「人はいくつになっても変わることができると思います!」 思わず熱くなって私の口をついて出た「はなむけ」の言葉は、その場にいた誰の心にも届いていなかったに違いない…

むんむん
3年前
3

サイン

脳外科の急性期病棟では、患者の身体に様々な管がつながっている。まず、点滴やおしっこの管。術後に頭蓋内にたまった血液を外に出すための管。口から食べられない患者に流…

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3年前
1

タイミング

転倒転落の危険があるからといって漫然と身体拘束を続けてはならない。それが医療安全の名の下で、やむを得ず行われるとしても、人としての尊厳を著しく傷つける行為である…

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3年前
1

拒まれても

「主任がまたやってるよ。」 詰め所前の病室から聞こえてくる主任と患者とのやり取りに気づいて、あるスタッフがつぶやく。病棟で働いていた頃、当時の主任は認知症の影響…

むんむん
3年前
1

今週、ある女性から訪問看護の依頼があった。 彼女は要介護4の父を家で看ている。彼は、大の病院嫌いだが、医師が自宅に来て診てくれる訪問診療は受け入れた。しかし、誤…

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3年前
3

家に帰りたい

「家に帰りたい…」 脳外科の病棟で働いていたときは、よく耳にした言葉だ。 ある夜勤で担当していた認知症のおばあちゃん。 「家に帰りたい」を連呼していた。 「治療…

むんむん
3年前
2

作られたフレイル

体はひどく傾き、左の腕は床につくほど垂れ下がっている。 あやうく椅子から転げ落ちそうだ。 明らかに前回訪問した時とは違っていた。 * 彼女は、サービス付き高齢者…

むんむん
3年前
3

本来の闘い

うちの病院で新型コロナウイルスのクラスターが発生したのは、ちょうど1か月前のことだ。 2年前まで働いていた急性期病棟で、それは起きた。 潜伏期の患者が入院後に発症し…

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3年前
1

風呂上がりの一杯

「風呂上がりの一杯は最高だな!」 とは言っても、「一杯」とはビールのことではない。 服を着る前に脱衣所で飲むスポーツドリンクのことだ。 彼は肺気腫のため在宅酸素…

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3年前
2

人生会議

厚生労働省は人生の最終段階の医療やケアについて、日頃から家族と話し合うこと。関わりのある医療や介護関係者と話し合う取り組みを「人生会議」と名づけ、普及啓発活動に…

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3年前
4

弁当箱を洗う

先日、うちの娘が高校の帰り道、地下鉄の車内に弁当箱を忘れてきた。 電話で問い合わせると、乗り継ぎ駅にある「忘れ物センター」に届いているはずだ、と教えてくれた。 …

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3年前
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退院指導

退院指導

「娘さん、病院から何も指導されないで帰ってきちゃんたのよ。一から説明したから、疲れちゃったわ。」

就業時間を過ぎているのに利用者宅から戻らないと心配していたら、その看護師がぼやきながら帰ってきた。

利用者は80代の女性。訪問看護と介護を受けながらの独り暮らし。今年の春に大腸がんが見つかり、人工肛門(ストマ)増設術を受ける。一日も早く家に帰りたい。その一心で彼女はリハビリに取り組み、何とか在宅復

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何気ない言葉

何気ない言葉

うちのステーションは笑いが絶えない。

訪問先での失敗談も、いつの間にか笑い話に変わる。
みんな物事の暗い面よりも明るい面によく気づく。
失ったものよりも、得られた貴重な経験にみんな目を留めてくれるからだ。

事務所の中を歩いていたらスタッフの一人に
「どこか具合が悪いんですか?」と心配された。
いつもの姿と、ほんのちょっと違っていたらしい。
自分ではまったく意識していなかったので少々驚いた。

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準備不足

仕事の事前準備の大切さを表す言葉に「段取り八分、仕事2分」という格言がある。事前の段取りが完璧なら、仕事の8割方は終わっているという意味だ。

仕事に取りかかる前に、仕事を進める手順をきっちりと決め、必要な準備をしておけば、それだけ仕事の質とスピードは上がる。

病院で働いていた頃、朝の検温の途中に、何度もナースステーションに戻って来る新人がいた。検温は一向に進まない。お昼の休憩時間はとっくに過ぎ

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プチナース

「介護には慣れてるかもしれないけど、点滴をしたたまま家に帰るのはちょっと無理なんじゃないかな?」

これは主たる介護者である妻に対する病院側の評価。しかし、彼女は周りの「期待」を見事に裏切ってくれた。

 脳梗塞の後遺症で嚥下障害のある男性。誤嚥性肺炎を繰り返し、幾度も入退院を繰り返している。今回も誤嚥性肺炎で入院。いよいよ口から食べられなくなって、体に必要な栄養を点滴で摂ることになった。しかも、

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食べることは生きること

食べることは生きること

「家に帰ったら食べると思う」

お孫さんの予感は見事に的中した。

利用者は90代の男性。妻と二人暮らし。食欲不振と肺炎で入院した。検査で胃・腸管蠕動不良と診断され、胃腸の動きをよくする薬が始まった。肺炎は治ったが、食欲は回復しないので点滴はやめられない。持病の前立腺肥大が悪化したのか、おしっこも出なくなって膀胱留置カテーテルが挿入された。すると、激しいせん妄が始まった。点滴ルートもバルーンカテー

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再出発

再出発

「人はいくつになっても変わることができると思います!」

思わず熱くなって私の口をついて出た「はなむけ」の言葉は、その場にいた誰の心にも届いていなかったに違いない。



彼は60代の独居男性。酒に酔って路上で転倒。病院に搬送され、脳内の出血を取り除く手術で一命を取り留めた。子どもたちは疎遠だったが、入院を機に彼の「身辺整理」を引き受けることになる。

父のマンションに子どもたちが初めて足を踏み

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サイン

サイン

脳外科の急性期病棟では、患者の身体に様々な管がつながっている。まず、点滴やおしっこの管。術後に頭蓋内にたまった血液を外に出すための管。口から食べられない患者に流動食を入れるための管。管を勝手に抜去されてしまうと、患者の生命や身体に危険が及ぶ。だから、自己抜去のリスクが高い場合には、看護師は躍起になって患者の手を拘束する。

「○○さん、また鼻管抜いているわ!」

認知症のため施設入所中だった80代

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タイミング

タイミング

転倒転落の危険があるからといって漫然と身体拘束を続けてはならない。それが医療安全の名の下で、やむを得ず行われるとしても、人としての尊厳を著しく傷つける行為であることに違いはないからだ。いかに早く身体拘束をやめるタイミングをつかむか。それは看護師として、最低限の責任だろう。

今から15年以上前、私は脳外科の病棟で働いていた。そこには、リクライニング式の車椅子で詰め所に座らされていた60代の男性がい

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拒まれても

拒まれても

「主任がまたやってるよ。」

詰め所前の病室から聞こえてくる主任と患者とのやり取りに気づいて、あるスタッフがつぶやく。病棟で働いていた頃、当時の主任は認知症の影響で脱衣行為が見られる患者とよく「格闘」していた。

「かぜひいちゃうから着ましょうね。」

裸の患者さんに優しく、根気強く、服を着せる。着せたはしから脱がれる。そんなやり取りが30分以上近く続くこともある。

しばらくして、彼の部屋をのぞ

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縁

今週、ある女性から訪問看護の依頼があった。

彼女は要介護4の父を家で看ている。彼は、大の病院嫌いだが、医師が自宅に来て診てくれる訪問診療は受け入れた。しかし、誤嚥性肺炎で毎日点滴が必要となった。本来なら、入院をして治療を受けるべきだが、絶対に入院はしたくないと言うに決まっている。先生からは、訪問看護を入れることを勧められた。しかも、父の病状はかなり悪く、命に関わる容態らしい。彼女は自宅で看取るこ

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家に帰りたい

家に帰りたい

「家に帰りたい…」

脳外科の病棟で働いていたときは、よく耳にした言葉だ。

ある夜勤で担当していた認知症のおばあちゃん。
「家に帰りたい」を連呼していた。

「治療のためですから、もう少し頑張りましょう。」
入院理由など理解できるはずもない。
かりに理解できたとしても、数分後には忘れているだろう。

消灯時間は過ぎたが、眠る気配は全くない。
ベッドから何度も起き上がって、あやうく転落しそうになる

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作られたフレイル

作られたフレイル

体はひどく傾き、左の腕は床につくほど垂れ下がっている。
あやうく椅子から転げ落ちそうだ。
明らかに前回訪問した時とは違っていた。



彼女は、サービス付き高齢者向け住宅に住む90代の女性。
高齢だが、財産管理も含めて、身の回りのこともはすべて自立していた。
もともと社交的な人で、週に3回のデイサービスが生きがいである。
姉妹仲も良く、毎日のように携帯電話で連絡を取り合っていた。
たしかに、

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本来の闘い

本来の闘い

うちの病院で新型コロナウイルスのクラスターが発生したのは、ちょうど1か月前のことだ。
2年前まで働いていた急性期病棟で、それは起きた。
潜伏期の患者が入院後に発症し、患者7名と職員3名へと感染が拡大したのだ。

入院の受け入れはすべて中止。病棟は閉鎖され、病床数は半分にされた。

それでも、6月初めには、1回目の一斉PCR検査で、関係職員の陰性が確定した。

まずは、病棟閉鎖が解除となった。
私は

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風呂上がりの一杯

風呂上がりの一杯

「風呂上がりの一杯は最高だな!」

とは言っても、「一杯」とはビールのことではない。
服を着る前に脱衣所で飲むスポーツドリンクのことだ。

彼は肺気腫のため在宅酸素療法を行っている利用者。
調子が悪い時はトイレに行って帰ってくるだけで、酸素飽和度が90% を切る。

身の回りのことは何かと奥さんの助けが必要だ。

その奥さんが、この度、整形外科に入院して肩の手術を受けることになった。彼一人を家に置

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人生会議

人生会議

厚生労働省は人生の最終段階の医療やケアについて、日頃から家族と話し合うこと。関わりのある医療や介護関係者と話し合う取り組みを「人生会議」と名づけ、普及啓発活動に取り組んでいる。

約一か月スパンで入退院を繰り返しながら化学療法を受けている末期がんの男性がいた。

抗がん剤の副作用で感染症のリスクは高く、とくに病状の変化に対して奥さんの不安が強い。そこで、在宅中は様子を見に訪問してほしいと依頼があっ

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弁当箱を洗う

弁当箱を洗う

先日、うちの娘が高校の帰り道、地下鉄の車内に弁当箱を忘れてきた。

電話で問い合わせると、乗り継ぎ駅にある「忘れ物センター」に届いているはずだ、と教えてくれた。

よりによって、その日はキーマカレー。
弁当箱のふたを開けた時の表情が目に浮かぶ。
箱の内側は、挽き肉の脂でギトギトになっていたはずだ。

あらかじめ連絡を取っていたので、受付の職員に名前を伝えると、奥の方から見慣れた弁当袋を携えてきた。

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