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人生会議

厚生労働省は人生の最終段階の医療やケアについて、日頃から家族と話し合うこと。関わりのある医療や介護関係者と話し合う取り組みを「人生会議」と名づけ、普及啓発活動に取り組んでいる。

約一か月スパンで入退院を繰り返しながら化学療法を受けている末期がんの男性がいた。

抗がん剤の副作用で感染症のリスクは高く、とくに病状の変化に対して奥さんの不安が強い。そこで、在宅中は様子を見に訪問してほしいと依頼があった。

最近は、入院するたびに肺炎を起こすようになってきた。二人の会話からは、いつお迎えに来てもおかしくない、という覚悟を感じ取ることができる。

ある訪問日、思い切って「人生会議」の話題を出してみた。

「今日は足浴はしなくていいので、そういう話をしましょう。」

奥さんの方が乗り気だ。

私は、「もしバナゲーム」というカードセットを取り出した。

これは、人生会議をよりスムーズに進めるためのツールである。「ゲーム」というと不謹慎に聞こえるが、あくまでも「縁起でもない」話をより「身近な話題」にするための手段である。人生会議を始めるきっかけとしてはとてもよいツールだ。

中には36枚のカードが入っていて、一枚一枚のカードには重病のときや死の間際に「大事なこと」として人がよく口にする言葉が書かれている。彼は、一枚ずつ手に取り、今の自分にとって何が重要なのか、じっくり吟味した。そして、8枚のカードを選び出した。

「私の思いを聴いてくれる人がいる」
「人との温かいつながりがある」
「家族と一緒に過ごす」
「いい人生だったと思える」

彼は、これらのカードをまず選んだ。

彼には東京に住む一人娘がいる。連休中に娘夫婦が刺身やお寿司など、ご馳走をたくさん買ってきてくれたので、つい食べ過ぎたと顔をほころばせていたのを思い出した。コロナ禍の中で、今は帰省することもままならない。

「意識がはっきりしている」
「尊厳が保たれる」
「器械につながれていない」

次にこれらのカードを彼は選んだ。余命宣告を受けた時から、家族と話し合い、延命治療は受けないと決めていたそうだ。

数日後、担当のケアマネジャーから電話があった。肺炎で緊急入院となり、東京から娘さんが呼ばれたとのこと。しかし、娘さんの到着を待たずに容態は急変してしまった。心肺停止状態となったが、延命治療はせず、そのまま帰らぬ人となったという。

一週間後、「娘が札幌にいるうちにぜひ会いに来てください」と奥様から電話があった。そこで、娘さんにも彼が選んだカードを見てもらうことにした。

「すごく不思議な気持ちです。まるで父がカードを通して語りかけてくれているようです。」

娘さんは目に涙をためていた。

そして彼女は、父が選んだ最後の一枚に目を留めた。

「家族が私の死を覚悟している」

もしかしたら、このカードは、父の死に目に会えない娘を思いやる、最後のメッセージだったのかもしれない。

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