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風呂上がりの一杯

「風呂上がりの一杯は最高だな!」

とは言っても、「一杯」とはビールのことではない。
服を着る前に脱衣所で飲むスポーツドリンクのことだ。

彼は肺気腫のため在宅酸素療法を行っている利用者。
調子が悪い時はトイレに行って帰ってくるだけで、酸素飽和度が90% を切る。

身の回りのことは何かと奥さんの助けが必要だ。

その奥さんが、この度、整形外科に入院して肩の手術を受けることになった。彼一人を家に置いておくわけにはいかない。そこで、奥さんのレスパイトも兼ねて、彼の方はうちの地域包括ケア病棟に入院することになった。

当初の予定では、3週間程度で退院できるはずだった。しかし、術後の回復に思いのほか時間がかかった。結局、退院まで1か月半かかった。

奥さんの肩は術前の状態にはまだ遠く、あまり負荷をかけられない。今でもリハビリのため、毎週外来に通っている。
そこで奥さんの代わりに訪問看護で入浴を介助をすることになった。

「あんた、体洗うの、うまいね。病院でこんなに丁寧に洗ってもらったことないわ。」

時間に追われる、流れ作業のような病院の入浴介助。
もちろん、訪問看護の入浴介助とは比べるつもりはない。
なぜなら、看護師はいつも、限られた条件の中で最善のケアをするのがミッションだから。

風呂上がりの一杯の後は、体の水分を拭き取ってリビングのソファーへ。
そこで、全身に保湿剤を塗る。
ひとしきり着替えまで終えると、彼が一言。

「かあさん、アイス!」

奥さんは、お決まりの「チョコモナカジャンボ」を出しながら、

「看護師さんまだ仕事中なのに、一人で食べるの?」と呆れ顔。

病室には個人用の冷蔵庫はあったが、「冷凍庫」まではついていない。入浴後のアイスも、しばらくお預けになっていた。

彼はチョコモナカジャンボにかぶりつき、ご満悦な様子。

「この顔が見たくて、訪問看護をしているんだよな…」

彼の表情を前にして、そのことに改めて気づいた。

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