そんな自分自身と生きていこうと、決めた。


2021年12月以降もう少し深堀。

12月→
彼氏と別れた。
自分で選んだことだったけど、辛かった。
きっと間違ってはいないんだけど、でも辛かったの。

1人になることがってよりも、
自分が彼を傷つけていた、
辛い思いをさせてしまっていた、ということに。

関わる人とは、深く関わりたい。
悲しみやネガティブさ、辛さを、
近い人に与えてしまっていたのは、自分の至らなさ。

「仕事、そんなにがんばりたいですか?
自分の身近で大切な人を傷つけてまで。」

そういう問いが生まれて初めて生まれた。
「生き方」の反省。


何か減らさないと、ダメだって、痛感した。

これじゃあ、本当に大切にしたいものを大切にできないまま、私は終わっていきそうって。

で、ミニマルに生きること、
減らすことに焦点を置き始めた。

関わる人と物事をちゃんとケアする時間や、

1人でちゃんとじっくり考える時間を
増やしたり作ったりするために。


それで1月2月は、

ミニマルになりたいけど今すぐには無理、

の時期で心と身体が一致せず辛いという。

こなすのは、自分の身体だから。
心の想いと行動の、不一致。


3月→
仕事をひとつ辞めてからは若干の無気力と喪失感。
でも、その仕事3年間頑張ってよかったなって思った。

それで結局英検1級を取ろうと思う私はどこかへ行き、
(英検単語を無差別的に覚えるより、目の前のレッスン準備を一生懸命やったほうがきっと私には効果的だと思って)

「自分にとって心地良い」

とか

「自分が本当にやりたいこと、

人生をかけてやる価値あることって

なんだろう」

って思ったり、

「今は中身をひたすら外に出さないといけない」

って思ってるところ。自分の生き方と経験を。

あとは、自分を受け入れた。

素の自分と共に生き始めた。

改めて、夢を追う過程で
ずっと無理していたらしいことに気づいた。

その先に描きたい未来がない中での無理なんて
なおさら続かないから。

その上で、どんな生き方したら良いのか、
何が自分の強みなんかって
受け入れたうえで、
これからのことを考えるようになった。

本当にこれはびっくり。

頑張れない自分を受け入れる。


英検1級取るはずだったけど、
25歳の日々を通して得たこと、変わったことは
自分の「生き方」のように思う。

ミニマリズムにこんなにも心が惹かれていることにもびっくりだし。

だからこの1年(2021年4月〜2022年3月)に
名前をつけるならば

「目標を達成するため、
あるいはコンプレックスを克服するために
日々一生懸命、
勉強したり仕事したりしてみたけど、
結局一周回ってミニマリズムに行き着いた、
ついでに感覚レベルで素の自分に戻った」

っていう、そんな一年かな、、、。

(名前、長いなあ。
いや、それでも1年をギュッて凝縮したつもりや)



0歳から14歳までの素の自分と

15歳から25歳までの全く新しい自分が

ミックスしている、その事実を受け止めた。

そんな自分自身と生きていこうと決めた。


そんな26歳の自分と共に歩いてる。

同時に英検合格からは着実に遠ざかってる。



一生懸命やってなかったら、

ここまでのレベルで納得して、
ミニマリズムを取り入れられてないし、

心の根本から、軸が変わるような変化、転換は
無かったと思う。


そして改めて、

なにで目の前の人に最も良い影響を与えられるのか

って考えた時に、

答えがもう見えているような、、、。

そんな気は、している。


この記事が参加している募集

#振り返りnote

85,359件

#探究学習がすき

7,495件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?