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桜井鈴茂さんの『へんてこなこの場所から』を読んで、これは僕のために書かれた物語だと思ったし、ついでに言えば、まるでロックの名盤みたいな小説だなと思った。


今までで一番楽しかった仕事?

そうだな、夜中の遊園地の清掃のアルバイトかな?



いつも、このできそこないの世界からちょっとだけはみ出してしまっているような気がする。

完全にドロップアウトしてしまっているわけではない。

ドロップアウトしてしまえば、もう少し楽なんだろうなと思いつつ、このできそこないの世界にしがみついているのが僕の日常だとすれば、そこからちょっとだけはみ出してしまっている自分を解放できるのがロックを聴いているときと、読書をしているときなんだと思う。

それから、もうひとつ。

夜の時間を生きているとき、である。



桜井鈴茂の短篇集『へんてこな この場所から』を読んだ。

傑作か傑作じゃないかは、どうでもよくて、『できそこないの世界でおれたちは』と同様、これは僕のために書かれた物語だと思ったし、ついでに言えば、まるでロックの名盤みたいな小説だなと思った。

まず素晴らしいのは、さえない日常を生きる主人公たちが、この世界に違和感と怒りと失望と諦めを抱きながら、しっかりと「労働者」であるということ。

コンビニの店長、看護師、スーパーの青果担当、ホームヘルパーetc. 
生きるということは働くことで、現状への不満や将来への不安はあっても、彼らは「仕事やめてー」みたいな単純で投げやりや思考には陥らない。

だけど。

いや。だからこそ。

このできそこないの世界にしがみつこうとするからこそ、少しだけこの世界からはみ出してしまうのである。

そして、その、はみ出し方を描くのが、この作家は本当にうまい。

僕のために書かれた物語だ、と思ってしまうのはそのためだ。

主人公たちは、夜を生きることで、はみ出してしまっている自分を解放しようとする。

しかし。

夜はサンクチュアリ(外敵から守られて安全な地域)であることは間違いないが、明けない夜はない。

サンクチュアリは生きてく中で必要だけど、人はサンクチュアリにとどまることはできない。

本書は、だからこその悲劇と希望を同時に描いた物語だ。

例えば、クラブで夜遊びした後の、あの気だるい解放感と同時に襲ってくる寂しさと憂鬱な気分。

そういう類いの感情や感傷が、たっぷり散りばめられた物語だ。

ポジティブな要素は一切ないけど、僕はこういう物語にこそ、勇気付けられる。

安易にはオススメできないけど、ハマれば泥沼、みたいな作品だと思います。

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