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小川洋子さんの『ホテル・アイリス』を読んで、なんの役にも立たない、誰一人救うこともない、共感も感動も興奮も呼び起こさない、忌まわしく汚らわしいこの物語を「美しい」と感じた。


読み終えてすぐ、また最初のページに戻って読み返そうとして、ふと、この物語は、僕が読み終えると同時に消え去ってしまい、ページを開き直しても、すべてがもう跡形もなくなっているような気がして、だから、それを確かめるのが恐くて、そのまま書棚の奥に簡単には取り出せないようにしまいこんだ。

旅先であれば、そのままホテルの一室に置き去りにしたまま、立ち去りたかった。
そんな気分。

あの物語とは、もう二度と再会できない。
そんな風に思うと、途端に哀しくなり、でも、それに少しだけ安堵している自分もいる。

なんの役にも立たない、
誰一人救うこともない、
共感も感動も興奮も呼び起こさない、
忌まわしく汚らわしい物語だ。

だけど、僕がこれまで読んできた小説の中でも屈指の美しさをたたえた物語だ。

登場人物たちは、
幸せか不幸せかで言えば、
圧倒的に不幸せであることに間違いはない。

だから、この物語を美しいと形容するのは、もしかしたら歪んだ視点なのかもしれない。

それでも、僕は、この物語を「美しい」と称賛することに、なんのためらいもない。

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