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早瀬耕さんの『彼女の知らない空』を読んで、僕はあの時この作品を読んでいたら退職願を出さないでよかったのだろうか、と自分に問いかけた。


読み終えてしばらくした今も「自分の正義に忠実でいる」というのは、どういうことなんだろうと考えている。

生きていく中で、分かりやすく「自分の正義」が試されるのは、間違いなく仕事をしているときだろう。

僕の中にも、それなりに「自分の正義」というものはあるけど、それに反することを求められる機会というものは、今まで経験してきた全ての仕事において存在した。

それらは、いま振り返ってみれば、社会人として、あるいは仕事としての自覚と覚悟を欠いた、あまりにナイーブな感性から生じたいわば僕の被害妄想だったわけだけど、そのうちのいくつかは「人としてのモラル」に反していたことに疑いはなく、しかし、それに対して僕が示せた行動は「退職願を提出する」という、これまたナイーブな選択しかなかったのも事実だ。

だけど。

組織人は感傷的な人間であってはいけないのか。

それについての回答は、いまの僕には、保留にさせてくれ、としか言いようがない。



いま、最もkeizo的に新作を待ち焦がれている作家、早瀬耕の最新作『彼女の知らない空』を読んで、僕はあの時この作品を読んでいたら退職願を出さないでよかったのだろうか、と自分に問いかけてみる。

いや、お前の正義と、この物語の主人公の正義は、比べ物にならないっしょ。

という突っ込みはさておき。

自分自身で罪悪感を抱くようなことは、たとえ仕事であろうと、したくないというのが人間の本音だろう。

以前postした中で、「自分の子供に誇れる仕事なんて想像すらできない」というネガティブなことを書いたけど、それにはお察しの通りの深い訳があったわけである。

その経験を経た上で言わせていただければ。

もし、僕が「自身の正義と組織の論理の狭間」で悩んでいたあの頃に、この物語を読んでいたら。

ひょっとしたら、僕の「今」はないかもしれない。

そう思った。



あー、いや、違うな。

今の僕、がいるから、この物語が沁みてくるのかもしれない。な。

自分の矜持と組織の論理。
その狭間で苦悩し悶える姿を描くのは、横山秀夫の専売特許と思っていたけど、ここに新たな金字塔が打ち立てられました。



組織がどうの、己の矜持がどうの、しゃらくさいこと言いながら、絶品のラブストーリーに仕上げてくるあたり、早瀬さんがいま読まれるべき作家だということを饒舌に語っていて、僕は興奮をおさえられません。

とりあえず早瀬作品未読の方は、つべこべ言わないので、まずは極上の恋愛小説『未必のマクベス』をぜひ。

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