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大虎の泣く子も黙る小説小噺

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記事一覧

#10 トロイの木馬/レーモン・クノー

レーモン・クノー/塩塚秀一郎 訳「トロイの木馬」(国書刊行会、「短篇小説の快楽」シリーズ『あなたまかせのお話』収録)

レーモン・クノーは、言語遊戯や、数学的理論を用いて新しい文学を実践し、潜在的文学工房=ウリポを創設し、その実験的な小説は文学の幅を広げていった。またそれらの小説は現実をぶち壊すユーモアが溢れていて、クノーは人を喜ばせよう、驚かせようとするサービス精神が旺盛な作家なのだろう。旺盛す

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#9 プロシア士官/D・H・ロレンス

D・H・ロレンス/井上義夫 訳「プロシア士官」(ちくま文庫『ロレンス短篇集』収録)

いわゆるゲイ小説として有名な作品。確かにその性的傾向はそうなのかもしれない。そこも読みどころではあるが、それ以上に、恋愛感情を持つすべての人が感じるあるあるを描いているように思う。関係性の距離感と綱引きがたまらなく胸をかきむしる。なぜなら、それはあるあるを描いているのみならず、二人の大尉と従卒の心の奥の襞のような

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#8 少女病/田山花袋

田山花袋「少女病」(実業之日本社文庫 末國善己 編『文豪エロティカル』収録)

「少女病」がおすすめである、と知人から伺い、収録されている短編集を探してようやく見つけたのが『文豪エロティカル』という短編集であった。これに関していろいろ文句を言いたいけれど割愛する。

三十七歳の作家崩れの雑誌の校正者は若い女性をみるともうたまらない。ドキドキが止まらない。かわいいかわいいと観察する。

込合

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#7 愛し合う二人に代わって/マイリー・メロイ

マイリー・メロイ / 村上春樹 訳「愛し合う二人に代わって」(中公文庫 村上春樹 編訳『恋しくて』収録)

村上春樹が選んで訳した十編の短編小説と自身が書き下ろした一編「恋するザムザ」を加えた短編集。貴重な村上春樹の直筆サインが入っている単行本も持っている。やや自慢だ。その中から最初の一編を。

内気だか自分の目標は明確に持っていていつも冷静なウィリアムと一見派手に見られがちなブライディーは高

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#6 春は馬車に乗って/横光利一

横光利一「春は馬車に乗って」(新潮文庫『機械・春は馬車に乗って』収録)

肺を患った妻と看病する夫の会話を描いた名短編。好きな短編あげろや、と言われたら中島敦の「文字禍」に次いでこの短編が出てくると思う。

病気で不安定な妻に対して苛立ちを隠せない夫。自分より仕事を重視してろくに看病をしてくれない夫に対して寂しさを隠せない妻。はじめは、おいおい言い過ぎだろう、と思うこともあるけれど、読み進

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#5 幻談/幸田露伴

幸田露伴「幻談」(岩波文庫『幻談・観画談』収録)

閑職に追いやられた侍と船頭に起こった釣り場でのこわい話。それは恐ろしいことが起こるというより本人たちの罪悪感に根差したこわい話である。よくあるこわい話なのだが、本書の読みどころはこわい話よりも、本題に入る前の釣りのよもやま話である。

釣りを知ってる人も知らない人も楽しめてしまう語りが魅力だ。ぐいぐい引き込まれ、釣りの用語や種類に詳しくなった

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♯4 山羊の首/三島由紀夫


三島由紀夫「山羊の首」(新潮文庫『ラディゲの死』収録)

女たらしのダンス教師が戦時中に原っぱで山羊の首を見て以来、女性と寝ていると山羊の首の幻影が頭を離れず、一夜しか過ごすことができなくなってしまう。ただそれに対して山羊の首が恐ろしいとか気味が悪いとか遠ざけたいということはなく、むしろ心待ちにさえしている。しかし、山羊の首の出現を遠ざけたくなる相手もいた。男のダンス教室へ通う香村夫人である

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#3  失われた三時間/スコット・フィッツジェラルド

スコット・フィッツジェラルド / 村上春樹 訳「失われた三時間」(中公文庫『マイ・ロスト・シティ』収録)

主人公のドナルドは飛行機の乗り継ぎのため、ある街に降りたつ。次の飛行機までの三時間のあいだにある女性に会うことを思いつく。十二歳ときに別れたぶりの初恋の女性に電話をすると、彼女は結婚をしていて姓がかわっていた。結婚して引っ越した先に電話をすると彼女が出る。すぐに会うことになり、お互いの時間を

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#2外套/ゴーゴリ

ゴーゴリ / 浦雅春 訳「外套」(光文社古典新訳文庫『鼻/外套/査察官』収録)

ペテルブルクに住む貧乏でうだつのあがらない役人アカーキー・アカーキエヴィチの哀切極まる物語。ぼろぼろになった外套を新調することになり、どうにかお金を工面して新しい外套を手に入れ、うきうきになって外套を着て街にでるが、すぐに泥棒に遭って盗まれてしまう。警察に訴えるもけんもほろろに扱われ、翌日熱病にかかり死に至る

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#0 私が小説を読むようになったわけ

短編小説を読みたいというラザニアに、彼女の好きそうな小説を偉そうにいろいろと紹介した。彼女に合っているかどうかはまだわからない。読んですぐによいと思うものもあるだろうけれど、時間が経ってからよいと感じるものもある。読むことは他人の考えを知ることだから、わからないのが当たり前だし、時間がかかるのもしょうがない。わかることなんて重要ですらない。何度も読めばいいし、わからなかったら諦めてもよい。引っかか

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#1 羽蟻のいる丘/北杜夫

北杜夫「羽蟻のいる丘」(新潮文庫『夜と霧の隅で』収録)

女の子がじっと土を見つめている。蟻がいるからだ。蟻の行列を見つめて遊んでいるところから、徐々に後ろのほうにいる男女へと話は向かっていく。女の子の母親と、色が黒く額が広いけむくじゃらの男の二人が何やら話をしていて、その会話が小説の核心である。男女の心理の機微がそこはかとなく穏やかな空気のなかに描かれている。終盤、男のある一言で突如しかし必然性

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