#2外套/ゴーゴリ

ゴーゴリ / 浦雅春 訳「外套」(光文社古典新訳文庫『鼻/外套/査察官』収録)

ペテルブルクに住む貧乏でうだつのあがらない役人アカーキー・アカーキエヴィチの哀切極まる物語。ぼろぼろになった外套を新調することになり、どうにかお金を工面して新しい外套を手に入れ、うきうきになって外套を着て街にでるが、すぐに泥棒に遭って盗まれてしまう。警察に訴えるもけんもほろろに扱われ、翌日熱病にかかり死に至る。悲しみの極みだ。

前半は彼の過去や仕事ぶりを描き、キャラクター作りに余念がない。彼がいかにみじめであるかを具体的に描写していく。外套を新調しなければならなくなり、とぼとぼと通りを歩いているところは具体的すぎてゴーゴリの想像力に脱帽してしまう。

途中、煙突掃除の男が汚れた体をぶつけてきて、アカーキー・アカーキエヴィチの片方の肩にべっとり煤をこすりつけたり、まるまる帽子一杯分の石灰が建設中の家屋の屋上から降りそそいできたりしたって、この男ときたらてんで気がつくようすもない。

この一節だけでもいかにアカーキエヴィチが
不運でみじめかわかるだろう。よくこんな描写が思いつくもんだと感心する。こういうのは頭の中から出てくるというより、ゴーゴリ自身が目で見て耳で聞いたからこそ出てくるものではないかと思えてくる。具体的な描写がとても多い。

この小説の最も愛らしい点は、新しい外套を新調したアカーキエヴィチはうきうきになって外を出歩く箇所だ。私もこないた虎のスカジャン(なんとリバーシブル)を安く購入し、真冬の極寒を無理して着て街を闊歩した。

アカーキー・アカーキエヴィチは歩いていても、まさにルンルン気分。ことあるごとに、いま自分の肩に仕立て下ろしの外套がのっかっているんだと意識せずにはおられませんで、そのたびに沸々と内からこみ上げてくる満足感に思わず何度もにんまりしてしまう。なにしろ、これはあったかいし、それに着ているだけで気分がいい、となりゃあ、実際嬉しさも二倍二倍。アカーキー・アカーキエヴィチはどこをどう通って来たのかも記憶にありませんが、気がついてみると役所に到着していた。

うおおん、気持ちはわかるよ!アカーキエヴィチ!とキュンキュンしながら読んだ。

不幸なことにこのルンルンは長く続かず、夜の街で追いはぎに遭い、外套を盗まれてしまう。アカーキエヴィチは必死に警察に訴えるが、けんもほろろに扱われ、翌日熱病で死ぬ。それから街には幽霊が出るという噂がたつ。外套を追いはぐアカーキエヴィチの幽霊である。アカーキエヴィチが死んでからはゴーゴリの想像力が爆発する。幻想万歳だ。

70ページほどあり短編にしては少し長めだが、訳文の軽妙さもあってすいすい読める。落語調に訳されてあり、男の悲しい人生と小説全体を覆うユーモアはまさに古典落語のようだった。みじめな男よりも、周りにいる性格の悪い奴らのようにはなりたくないなと強く思った。

(大虎)