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    • 京都の通りすべて歩く

      京都の通りをすべて歩く話。歴史云々とか神社仏閣ではない京都のなんの変哲もない風景を見ていく。

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    細切れ徒歩旅のススメ

    徒歩はいいぞ徒歩旅が好きだ。自転車・車・列車・船・飛行機などなど高速な移動手段はいろいろあるけれど、時間をかけてちょっとずつ街が変わっていく様子を見たりするためには最も原始的な移動手段である徒歩が良い。 別に運動が好きなわけではないのだが、頭をカラッポにして、ただ時間を潰すというのに、散歩というのは最適な趣味であった。 同じような趣味の持ち主はいるらしく、久住さんの『野武士、西へ 二年間の散歩』を読んだり、映画『転々』を見て、散歩を「延長」したいと思った。 散歩の延長と

      • 京都の通りすべて歩く - 浄福寺通

        浄福寺通は、南北の通りで船岡山から竹屋町通までの2.5kmほどの長さである。「浄福寺」は一条通を上ったところに今も存在している。 竹屋町通より南の延長上にも通りがあるが、「坊城通」という名前に変わっており、今回は竹屋町通以北の、「浄福寺通」のみを歩くことする。 2022年2月某日歩行。

        • 京都の通りすべて歩く - 松原通

          松原通は、なかなか変わった由来を持つ道である。寺町通りから西は五条大路にあたる。これまた、豊臣秀吉が、もうちょっと南のほうに橋をかけたことで、五条通の場所が移ったという話がある。 物語の中で牛若丸と弁慶が出会ったと言われている「五条の橋」というのは、もともと五条大路のあった松原通上にある橋が正しいとのことである。(牛若丸と弁慶のであった場所については諸説ある。) 西は阪急西院駅から歩いて5分くらいのイオンモール京都五条のある北東の辻となり、東は清水寺の入り口となる。鴨川から

          • 京都の通りすべて歩く - 大宮通

            大宮通 (おおみやどおり) は、南北方向の通りで、北側は賀茂のほうにある鹿ノ下公園から、南は竹田駅付近となる。全長は12kmほどになる。 もともとは、平安京の大宮大路をベースとしており、「大宮」とは皇居を意味する単語であるとの説が一般的なようだ。 京都に引っ越してくる前、「大宮」という言葉を聞いた時に、さいたまのことを思い出してしまうが、さいたまの方は氷川神社の「大いなる宮居」のことである。 実は京都の大宮も同じように神社が由来という説もある。 2022年12月某日歩行。ほ

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            京都の通りすべて歩く - 小川通

            小川通(おがわどおり)は南は錦小路通り、北は紫明通まで4km続く通りである。made by 豊臣秀吉リリーズの1つで、もともとは一条通りの北側に小川(こかわ)が流れていたことにちなんでいる。 現在は、小川は暗渠 (地下水路) となっており、その実物を見ることはできない。 2021年12月某日歩行。

            京都の通りすべて歩く - 万寿寺通

            万寿寺通 (まんじゅじどおり) は、東西方面に伸びる、4kmほどの通りで、東は寺町通、西はだいたい西院にあるイオンらへんまで続く。かつては、今の万寿寺通高倉あたりに、ズバリの名前である「万寿寺」が存在していたが、天正の時期。つまり、豊臣秀吉が京都の街を魔改造していた時期に、東福寺のあたりに移転している。 寺自体が、その場所になくなったとしても、名前として残り続けるのは、とても影響力があったのではないかな。と感じられる。 鴨川を越えた先の通りである、「柿町通」も、万寿寺通とし

            京都の通りすべて歩く - 烏丸通

            烏丸通というと、京都の中で、特に観光的な文脈で比較的メジャーな通りとして扱われている。というのも、地下鉄「烏丸」線とか、京都駅の「烏丸」口とか、窓口空間として烏丸通が使われていることが多いためである。またビジネスの中心でもあり、四条烏丸付近には多くの企業のビルが建っている。 歴史的には、平安京の「烏丸小路」にあたる通りとなっていて、なぜ「からすま」なのかというのは、手元にこれといった文献を見つけることはできなかった。以下の記事によると、川が流れていて「河原の州 (かわらのす)

            京都の通りすべて歩く - 三条通 (後編)

            この記事は前回の続きとなる。前編は、嵐山から、蹴上まで歩いた。三条通りは、この先、山科の四ノ宮まで続く。蹴上からは、四ノ宮は超えて東海道を歩いて見ようと思う。 前回の翌日、2021年11月某日歩行。

            京都の通りすべて歩く - 三条通 (前編)

            三条通りは、西側は京都嵐山の渡月橋から、東側は山科の四宮まで続くそれはそれは長い通りである。東西方向に伸びる代表的な通り (京都市公式の数え歌に出てくるものという定義) では、15kmほどあり、最長のものとなる。 以前、油小路通を歩いたときも15kmを超えており、1日で歩ききるにはそこそこの覚悟ししなくてはならない。 歴史的には、平安時代の三条大路だったり、東海道五十三次の終点だったりと、それぞれの時代において、意味が強い空間だったことがわかる。 https://ja.wi

            京都の通りすべて歩く - 堺町通

            堺町通は北は御所の南側(丸太町通)から南は五条通まで続く2.3kmほどの通である。豊臣秀吉によって作れれた通りシリーズ。名前の由来は、かつての街と田畑の「境」とのこと。今では、様々な建物が建て並ぶため、その面影を感じ取ることは難しい。 錦市場や、イノダコーヒの本店と出会うことができる観光的な意味で同じ通を歩いていても飽きない通だとは思う。2021年11月の早朝に歩行。 「イノダコーヒ」は「イノダコーヒー」ではないということに気づいた。関西ではコーヒーのことを「コーヒ」と表

            京都の通りすべて歩く - 竹屋町通

            竹屋町通は、西は千本通から、東は鴨川を越えて平安神宮付近まで続く。二条城の北側を通るルートで、江戸時代には、二条城の運営を行うための、職人が多く住んでいたそうだ。 特に、堀川付近には竹細工の職人が揃っていたことが、この通り名前の由来となっているそうだ。 事前に調査した段階では、堀川通から、鴨川までと記載していたが、実際歩いたタイミングでミスに気づき、意外と距離が長いじゃないかとなってしまった散歩になった。距離は4km程度。2021年9月某日歩行。 竹屋町通の前には7月に蛸薬

            京都の通りすべて歩く - 蛸薬師通

            蛸薬師通は、新京極商店街の中にある「永福寺」の俗称である「蛸薬師」に由来する。永福寺には、京都旅行というか、修学旅行とかで行った記憶があって、地権者文学的な要素が溢れている寺だなという感想はあった。俗な感じにショッピングを楽しむ街と、民衆の信仰が隣り合った空間が存在している。 東西方面の道で、西は春日通、東は鴨川付近まで続いている。距離は4.5km程度で、1時間ほどの散歩には良いルートである。 2021年7月某日徒歩開始。 この日は、法事が行われていたのか、子どもが2人走

            京都の通りすべて歩く - 釜座通

            前回の葭屋町通の記事から随分日がたってしまった。生きています。少し、慌ただしい日々だったのと、体調的な問題なのである。記事には表面的な写真や情報が多いが、街の由来などを調べる場合が多く、1記事の作成にはなんだかんだ、体力を使うものなのである。 また、時間をとれそうなので、誰も見ていなくても、記事作成をゆるりと再開していこうと思う。 前回は葭屋町通だった。この通りは短く、1.2km程しかない。そこで、7本ほど東へ向かい、同日に「釜座通」も歩くことにした。 釜座通は、北が京

            京都の通りすべて歩く - 葭屋町通

            京都の通りすべて歩く。16本目の道は、葭屋町(よしやまち)通。「葭(よし)」というのは、植物の名前で、アシと呼ぶこともある草である。本来は「アシ」だったが、アシが「悪し」を連想してしまい縁起が悪いので、ヨシになった説とのことである。 豊臣秀吉による天正の地割でできた通りのシリーズの1つで、北は晴明神社らへんから、南は丸太町通で終了する、1.2kmで終わってしまう短い通りになっている。 通りの名前は不明。京都の地名由来辞典で調べてもよくわからなかった。「葭屋」とあるところから

            京都の通りすべて歩く - 松屋町通

            京都の通りすべて歩く。15本目の通りは、松屋町通。前回の日暮通のとなりにある通りで、距離が短いので同日に歩いてみた。2021年7月某日歩行。 日暮通同様、1kmほどしかなく、豊臣秀吉の天正の地割によって作られた突き抜け (割って作った道路)。 二条城の東側、押小路釜座〜御池釜座らへんには、呉服屋が由来の「上松屋町」「下松屋町」が存在するが (京都市提供、御池通界わい今昔マップ参照)、『京都地名由来辞典』や、古地図、その他資料を確認したところ、地名の由来は不明。 さらに郷土

            京都の通りすべて歩く - 日暮通

            京都の通りすべて歩く。14番目の通りは、日暮(ひぐらし)通。2021年7月某日実施。 ごく短い通りで、南北方向にたったの1km。竹屋町通から始まり、中立売通で終わってしまう。これは短すぎるので、隣りにある同じく1kmしかない松屋町通も同日に歩くことにした。 豊臣秀吉が西陣のあたりに作ったと言われている「聚楽第」の「日暮門」があったことに由来する。あまりに豪華絢爛で、日が暮れても眺めていたくなるような門だったそうだ。 西本願寺や、日光東照宮にも同じ名前で呼ばれている門が存在