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おおにしひつじの小説

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大西羊(onishi_hitsuji)の小説をまとめています。おもしろいのが書けてるとうれしいです。
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#創作

掌編小説:フィクションの人

掌編小説:フィクションの人

 手紙がとどく。山になるくらい、どっさりと。
 寝ぐせのわたしは、玄関の靴のそばに落ちて土ぼこり・砂まみれになったそれらを一つひとつ拾いあげていく。上等の、ステキなクリーム色の封筒のそれは、ほんとどっさり、バケツ一杯ぶんくらいある。
 一通目の手紙にはこう書いてある。

 あなたのことを
 好きになってしまいました
 だから届く
 水星の恋文

 すっぴんのわたしは封印を破って他の手紙もぜんぶ読ん

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掌編小説:獣の半分

掌編小説:獣の半分

(あたりは静かで、真っ暗闇だ)
(遠くにぼやっと、光が見える)
(すごくゆっくり、近づいていく)
(パチリと携帯のライトをつける)
<どうも……>
<どうも、こんにちは。はじめまして。お忙しいところ、すいません。水を一杯いただけないでしょうか?>
<え? あんた、誰?>
<いえ。わたしは、なんでもないんです。ただ、グラスで一杯、水をいただけないかと思いまして、お声かけしたしだいです>
<水? あん

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短編小説:レストラン

短編小説:レストラン

 歳月にくすんだ床板も、夕刻になると鼈甲のように輝いた。輝きはテーブルや樫の椅子、黒革張りのソファ、本棚、色の褪せたカウンターにも等しくおとずれた。おじは太った指を交差させ、手を組んでいた。カウンターの内側に深く腰掛け、窓をはさんだ向こう側の世界に視線を投げかけていた。外の世界には、人々の雑踏があった。子どもたちの高い声があり、自転車の錆びついた回転があった。ぱたぱたと窓枠にうちつける風や、北のほ

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短編小説:占い師

短編小説:占い師

 僕のガール・フレンドは以下のようなことを伝えた。
①先日、占い師のもとを訪れた。
②友達と一緒だった。
 そして、僕がそんなおもしろそうなことについて口をはさむその前に、以下の二つをつけ加えた。
③私は、占いなんて興味ない。
④そのときは、友達についていっただけ。
 彼女は「こんな話したくなかったんだけど」というような顔をした。④について、「本当は行きたくなかったし、いつもなら断るところだったけ

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掌編小説:シャープの窓

掌編小説:シャープの窓

 ただぼんやりとクーラーの効いた部屋でテレビを眺めている。ダブルのカウチに腰かけながら、ときどきチャンネルを変えたりしている。外はまるで暑すぎた。むき出しの熱気に耐えられるほど、僕はタフなつくりじゃない。だからこうしてぼんやり休日を過ごしている。七月の太陽はぎらりと笑い、雲はうんざりした顔で浮かんでいる。妻がどたどたと部屋に入ってきても、僕はぼんやりテレビを見つめていた。極めてぼんやりした頭はとけ

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掌編小説:その箱

掌編小説:その箱

 日曜日の朝、紅茶を淹れると私は机に向かって言葉を書いた。死んでしまったあの子の言葉を。手のひらの半分もない、ごく小さな紙切れに私は言葉を認める。「おはよう」、「明日は体育があるんだ」、「これ、プリントだって」、「お母さん、今日って何曜日だっけ?」。

 昼食にラビオリを温めた。仕事の電話があった。皿を洗って、戸棚にしまい、取り出したタンブラーに買ってきた水をついだ。砂糖漬けのレモン数枚を小皿に出

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